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 今の時代は、ぼやけた写真を鮮明にするAI技術がフリーアプリで手に入る。
 バーボンとスコッチと別れたあと、若い女性職員に声をかけてスマートフォンを借りた。その中には狙いどおりの画像編集アプリが入っていた。
 それを使って気になっていた写真を変換すると、写し出されたのは二十代半ばくらいの男性たちだった。おそらく一番年嵩な人でも三十代前半。偶然にしては年齢層が狭すぎるし、服装も一致しすぎている。
 そして何より、そこに写っている男たちは、みんながみんな様々なリーゼントヘアをしていた。あまりにも特徴的すぎる。
 予感が的中したことに頭を痛めながらもスマートフォンから写真の痕跡を消去し、それを返してから部屋に戻った。
 ポケットに写真や財布を詰め込み、それから体を透明にして部屋から出ようとしたとき大事なことを思い出して部屋に戻る。
 丸めたバスタオルを布団の中に入れて術をかけると、あっという間にバスタオルが眠っている私の姿になった。

「よし」

 何も失敗していないことを何度も確認してから、そっと部屋を出た。このフロアはいつも人気がないから危険は少ないけど、それでも警戒するに越したことはない。
 階段をかけ降りて、ちょうど職員が退勤する時間だったのでその波に乗って自動ドアから出ると、簡単に外に出られた。
 同じように人の後ろにピタッとくっついて電車に乗り、山手線で二駅、東京メトロに乗り換えて一駅揺られていると懐かしい並盛町に着いた。
 そこからは、ボンゴレの資料で見た住所と地図の記憶を頼りに道を進み、少し迷いながらも写真の背景にあったビルに辿り着いた。
 五階建てガラス張りのそのビルは、街に溶け込んでいるけど独特の存在感を放っている。その建物にいる人を知っているためかもしれない。
 ロビーには見知ったリーゼントの男がいたから、すんなりと目的の部屋まで案内してもらえた。
 初めて足を踏み入れた風紀財団の会長室は、古き日の並盛中学の応接室に似ていた。

「やあ、久しぶりだね」
「うん久しぶり、雲雀くん。変わってないね」

 正面の机に座る雲雀くんは、最後に会った数ヵ月前と変わらないまま。

「君はずいぶん変わったね」
「まあね」
「綱吉から聞いているよ。日本の組織に潜入しているんだろう?」
「そうそう。それで雲雀くんにちょっと協力してほしいことがあって今日来たの」

 例の写真を二枚、雲雀くんの前に出した。特に、このビルの前で撮られた男を彼の近くに置いた。

「見覚えは?」
「こっちはうちの奴だね。そっちの外国人は知らない」
「やっぱり雲雀くんのとこの人だったかあ」
「で、それがどうかしたのかい?」
「私が潜入している組織が、この写真の二人を狙っているから……」
「助けろって? どうして僕がそんなヘマする奴を助けないといけないんだい?」

 本当に雲雀くんは変わらない。一切の情け容赦のないところは尊敬する。

「雲雀くんに助けろとは言わない。でも、私が彼を助けるために情報提供とかをしてほしい」
「捨て置けばいいのに」
「助けられるなら助けたいの」

 私も任務の最中だし届かない命を拾いにはいかない。だけど事前に風紀財団の人間だと気づくことができた。それならできる限りのことはしたい。

「それで何をしろって?」
「彼がどうしてうちの組織に狙われてるか知りたいの。……あと、もし手が空いていたら、こっちの男の身元も調べてほしいんだ。今の私じゃ身動き取れなくて」

 雲雀くんは、目の前の写真を二枚とも掴むと外に待機していた草壁くんを呼び入れてそれを渡した。
 草壁くんは風紀財団の男を見て表情を変えた。

「草壁くん、知ってるの?」
「ええ。彼の名前は瀬口で、今並盛の新しいハザードマップを作るために行政と一緒に行動しているはずです」

 頻発する異常気象を鑑みて、複数の災害が被ったときにも安全に避難できる経路を模索しているそうだ。

「別に何も悪いことしていないのに……。どうして狙われているんだろう」
「日の当たらないところに隠れている草食動物からしたら不都合なことがあるんでしょ」
「ああ、なるほど」

 ある意味シマを荒らしたようなものなのか。そもそもここは雲雀くんのシマだというのに。
 でも、きっとそれなら今さら手を引いたところで狙われたまま。

「そうだなあ……、その瀬口さんには殺されたふりをさせてほしい」
「ふうん」
「雲雀くんだったら、この男に連絡できるでしょ? 先に手筈を伝えてほしいの」

 雲雀くんはつまらなさそうに「いいよ」と軽い口調で了承した。つまらなさそうなのは、きっと雲雀くんが暴れられないからだろう。瀬口さんを助けるのは、ほとんど私の幻術だから。
 ちゃんと無傷で返すからねと言うと、雲雀くんは鼻で笑った。

「それで死ぬような奴、僕のところにいらない」
「あー……ははは、もうちょっと雲雀くんは部下に優しくしようよ。綱吉までとは言わないけど」
「優しさなんて僕には必要ないよ」
「うーん、まあ雲雀くんが優しくても怖いけど」

 慈悲深い雲雀くんって絶対に何か企んでいそうだし。
 草壁くんが退出すると、雲雀くんは私の姿を頭のてっぺんから爪先までまじまじと見つめた。

「君はいつまでその姿なの?」
「わからない。今までより長い潜入捜査になるってリボーンが言ってたから最低でも一年はこのままかな」
「そう……」
「懐かしい?」
「そりゃあね。小さい君の世話を赤ん坊に押しつけられたのも、もう六年前になるんだね」
「あの頃の私は、まさか並盛最強の雲雀くんとこんな風に過去を回顧する仲になるとは思わなかったよ。よく私のこと咬み殺さなかったね」
「たまたまだよ」

 だろうね、とは思っても口にはしなかった。
 預けられた最初は、咬み殺しはしなかったが世話もせず、草壁くんや他の人たちがあれこれ身の回りのことをやってくれていた。あとから草壁くんに、「恭さんは子供の扱いに戸惑っていただけですよ」と教えられたが、雲雀くんに限ってそんなこと……とにわかに信じられなかった。

「それより君、ちゃんと潜入できているの?」
「なっ、失礼ね」
「だって弱いでしょ?」
「そりゃあ弱いけど、さすがに過激な組織でも五歳児に腕力は求めないから大丈夫よ。それに優しい人も多いし」

 雲雀くんはあからさまに怪訝な顔をした。騙されてるんじゃない? と言いたげだ。

「バーボンってコードネームの、私のお世話係の人なんだけど、怪しいのは怪しいよ。それこそ骸くらいね」

 骸の名前を出した瞬間、雲雀くんの表情がぴくりと動いた。これも相変わらずだ。

「たまに裏のない純粋な優しさを感じることがあるんだ。あんな組織なのに。おかしいでしょ? だからロリコンなのかなあって思うこともあるんだけど、特に害はないの。ロリコンでいえば、最近知り合った男の方がそれっぽいわね」
「嫌な組織だね」
「まあ、根っからの犯罪組織だしね。骸も昔の仲間か手下かにロリコンっぽいのがいたらしいじゃん」
「知らない」

 ばっさり切る雲雀くんに苦笑した。
 そのあとも雲雀くんは組織のこと、主にバーボンのことを聞いてきたので聞かれるがままに話していった。それは組織の情報にも満たない、最近カフェに行っただとか話題の映画を観ただとかそんなことだ。はたして雲雀くんはこんな話、聞いていて楽しいのだろうか。そう思ったけど、この前バーボンとスコッチを待っている間、猫が通りがかったから一緒に追いかけたという話をしたときはちょっとだけ目を細めて、ふっと息を漏らしていた。珍しく邪気のない微笑にどきりとした。

「まあ困ったら僕のところに来なよ」

 ひ、雲雀くんが優しい……。
 優しくしようよとは言ったけど、こんな急に優しくするなんて。それも私に。どきまぎしながら「困ったら、頼るね」と答えると、雲雀くんは満足そうに薄く笑った。
 珍しいものを見た。固まったまま雲雀くんを見ていると、雲雀くんが腕を伸ばして私の頭にぽんと手を置いた。

「今度は昼間においで。夜じゃヒバードが眠っているからね」

 これは完全に小動物扱いだ。そういえば昔から小動物に優しかったし、小さな子供にも割りと優しかった。

「あ、うん」

 まあ、でも怖いより優しい方が断然嬉しいから、このままでいいや。雲雀くんの手を甘受しながらそう思った。

ヒトリヨガリ