15
「遅いですよ」
「遅くない」
集合時間ちょうどに玄関に行くと、腕を組んだバーボンが待ち構えていた。遅刻はしていない。本当に時間ぴったりだった。
しれっとバーボンの隣の立っているスコッチは、遅いとも遅くないとも言わずに挨拶だけしてきた。
「遅刻してないじゃん。遅くないよね、スコッチ?」
「せめて五分前には集合しますよね、スコッチ」
「遅くないけど、ちょっと前に来た方が余裕があっていいとは思う。が、喧嘩している場合じゃないだろう」
一刀両断されてしまい、バーボンと目を合わせて肩をすくめた。
今日はとりあえず研究所の周辺をドライブして地理を覚えながらターゲットを探すらしい。白い車の助手席ドアを開いたバーボンは、シートを倒したあと私の脇に手を入れてグッと持ち上げた。そしてそのまま私は後部座席に収納された。
車くらい一人で乗れるよと言いたいけど、バーボンの車はツードアだからこの身体じゃアスレチックのように乗り込まないといけない。五歳だと乗せてもらうのが当たり前なのか。
悶々としていると、二人も車に乗り込んできて発進した。
スコッチから地図と二枚の写真を渡された。
人探しなんて本気を出せば一瞬で終わるし、研究所は偶然にも私の故郷である並盛町の近くだったので知っている場所も多い。
副都心のここは、都心部より人の動きが穏やかだ。近くには博物館や美術館を有した大きな公園や大学の研究施設がある。かと思えば下町情緒漂う観光地や、オフィス街も隣接している。
写真にはそれぞれ一人ずつ男が写っていた。三十路は越えてなさそうな公務員然のソフトリーゼントをきめたスーツの男と、四十代ほどに見える丸顔七三の白人の男。どちらも、この辺りにいそうにはない風貌だ。
だけど狭い車内は窮屈だから力を使って遠くを眺めていた。
――見慣れた赤と黄のカラーリングの看板を見つけた。
「バーボン!」
私の大きな声に驚いて、バーボンの肩が少し揺れた。
「何か見つけたんですか。まさかターゲッ……」
「もうちょっとしたらファストフード店があるから寄っていこうよ! ドライブスルーしよ!」
バーボンの言葉を遮って言うと、バーボンは「え?」と間抜けな声を上げた。「シェイク飲みたい! シェイク!」とバーボンのシートを後ろからポンポン叩くと、私の言っていることをようやく理解したバーボンが溜息をついた。
「また甘いものですか」
「いいじゃない。シェイクは久々なんだよ」
「いいじゃないか、バーボン。愛子ちゃんは千里眼で疲れているから甘いものを食べたいんだろう?」
スコッチが見ていたスマートフォンから視線を外して私にウインクした。
最初からバーボンは反対するつもりはなさそうだったけどスコッチも私に加勢したことでファストフード店に入ることが決まった。
車は指示器を出してスムーズに駐車場に入っていく。
前の車が注文をしている間に何味のシェイクにしようかとメニューボードを見ていると、スコッチが「店内にどんな人がいるかわかる?」と聞いてきた。私はシェイクの味を決めたかったけど、嫌がることはできないのでしかたなく目を閉じた。
「どんな人って言われても……。色んな人がいるよ。人数は十人かな。平日だし子供を連れたお母さんたちが多いかな」
「じゃあ、月見バーガーを食べてるのは何人いる?」
「ええ……、そんな細かいこと……。ううーんっと、今食べてる人だけでいい? それなら三人だけのはず」
「うん。ありがとう」
「もういい?」
「ああ。ほら愛子ちゃん、順番だよ。何味にする?」
目を開ければ、言われたとおり前の車がいなくなっていた。
「え、もう? 待って決まってない!」
「ほら、早くしないと」
「スコッチ、急かさないで! あ、えっと、チョコシェイク!」
窓からマイクに向かって叫べば、少し笑った声の店員さんが金額を言ってから「前の窓口までお進みください」とお決まりのアナウンスしてきた。
スコッチに文句を言えばバーボンと一緒に笑っていた。
「もう。それでなんのために店内なんて見させたの?」
無事に窓口でシェイクを受け取ってからスコッチに尋ねた。
「なんとなくだよ。ちょうど、あの店に組織の人がいたから、愛子ちゃんの言っていることが本当か確かめようと思ってね」
「えー! 酷い、疑ってたの?」
「愛子ちゃんの能力は本当だと思っているさ。でも、目に見えないから確かめたくなるだろう?」
「ええ、確かにそうですね。僕たちには愛子がどういう風に見えているかわかりませんから」
「バーボンも!」
試されるのは仕方がないことだけど、せめてもっと意味のあることをさせてほしい。唇を尖らせてズゴゴと思いっきりシェイクを吸い込んだ。
そして拗ねているふりをして写真に視線を落とした。
その片方のソフトリーゼントの男は、枠外の誰かと話している。さっきは被写体の男しか注視していなかったけど、ぼやけた背景がどうしても気になった。青空とビルと街路樹はどこにだってあるものだけど、写っている人間がなぜかみんな黒いスーツを着ている。たまたまかもれない。だけど、もしかすると厄介なことになるかもしれないと固唾を飲みこむ代わりにごくりとシェイクを飲んだ。