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二月六日の東京上空はあいにくの空模様で、雨こそ降らないもののぼんやりと雲がかかっていた。
午前八時に羽田空港を離陸した飛行機は機体を激しく揺らしながら雲間を裂いて空へ飛び立ち、数分後には窓の外に眩いほどの白の世界が広がった。
ポーンとチャイムが鳴りシートベルト着脱可能のアナウンスが流れると、一気に機内の雰囲気はゆるみ、いたるところからシートベルトを外す音が聞こえた。
そんな中でも隣に座る透くんはしっかりとシートベルトを締めたまま。背面テーブルを倒して鞄からノートパソコンを取り出し、何かの資料を読み始めた。
相変わらず真面目だなと思いながらも、私も今はのんきに空の旅を楽しむ余裕はない。テーブルこそ出さないものの、スマートフォンに映る動画から高木刑事の居場所を突き止める何かがないか目を皿にして探し始めた。
遡ること半日前、高木刑事を救うことを決意した私はコナンくんに今の状況を聞くために電話をかけた。
高木刑事が消息を絶ったのは四日の夜。羽田空港に向かうモノレールで目撃されたのが最後だ。警察は高木刑事が羽田空港を利用したとみて乗客名簿を確認したけど高木刑事の名前はなく、そこで行き詰っていた。
その話を聞きながら私は一週間前に高木刑事と会ったときのことの思い出した。あのとき高木刑事は「今週、北海道に行く」と言ってた。電話の向こうに一緒にいた佐藤さんに最近高木刑事が北海道に行ったかどうか尋ねたが、彼女はそんなことは聞いていないと返事をした。
それなら高木刑事は四日に北海道に行くつもりで空港に向かったのかもしれない。だけど名簿に名前がない謎が残っている。空港に着くまでに拉致されたにしても航空券も買わずに空港に行くものだろうか。わざわざ事前にジャケットまで買って。
警察は今、怨恨の線を疑って過去に高木刑事が関わった事件を洗っているらしい。コナンくんの説明を聞きながら、私は次にかけるべき電話の相手を思い浮かべた。
「わかった。じゃあ、今わかっている情報を送って」
電話を切り、ふうと息をつく。
部屋の温度は低いのに、スマートフォンを握る手はじっとりと汗ばんでいる。スマートフォンの画面をスカートで拭いながら自室のドアを開けると、ぬっと大きな影が現れ、「わっ」と喉が潰れた悲鳴が出た。
「びっくりした……」
どくどくと荒ぶる心臓に手を当てながら、そうっと顔を上げる。
「すみません、まさか出てくるところとは思わなくて……」
ちょうどドアをノックしようと右手を中途半端に浮かせたポーズのまま透くんは気まずそうに曖昧に微笑み、だけどすぐに眉をひそめた。
「一人で北海道に行くんですか?」
浮いた手が私の右手にあるスマートフォンを指差した。それで、話し声が聞こえていたのだと気づく。
さっき切った電話の相手はキュラソーだった。久保田正也の件で連絡をしたのだ。
「そうだよ。飛行機は六歳以上なら一人で乗ってもいいみたいだし」
「一緒に仕事をしている人は行かないんですか?」
「うん。まだターゲットが向かった先が札幌ってわかっただけで、それ以上の手がかりは見つかってないからね。私は北海道に用事ができたから、現地調査させてもらうことにしたの」
ドアの前にいる透くんを押し退けて、物置きからキャリーバッグを引っ張り出す。そして準備をする間に、納得していない透くんに事情を説明した。
高木刑事が拉致されたこと、この前会ったときに高木刑事は近いうちに北海道に行くと言っていたけどそこで監禁されているという証拠は一つもなく警察が動けないこと。そして元々久保田正也の件で北海道に行く予定のあった私が動くことにしたこと。
「……愛子は北海道に行ったことありませんよね」
「うん、初めてだよ。どうして?」
この前買った服をキャリーに詰めながら答える。
透くんは片手を頭に当てて、呆れたように溜息を吐いた。
「北海道の広さ、わかっていますか?」
「ものすごく大きいっていうのはわかってるよ」
「……北海道は東京都の四十倍の大きさ、と言ってもイメージができないでしょうね」
口元に手を当てた透くんは、一呼吸置いて「札幌市だけで、普段の愛子の捜索範囲の倍以上はあります」と言い換えた。
普段の捜索範囲は東京都の中でも都市部にあたる。その狭い範囲でもヒントもなしに人を捜すとなると数日はかかる。それどころか、シェリーのように隠れられたら時間をかけても見つけられない。
パッキングの手を止めて透くんを見た。
「透くんは私が北海道に行くのは反対なの?」
「ええ」
あっさり頷かれ、私は唇を噛んだ。
悔しいけど、心のどこかでは透くんが反対することはわかっていた。
私も薄々無謀だということは気づいていた。久保田正也の情報を得ることだって大変なのに、それと同時進行でいるかどうかもわからない高木刑事のことを捜そうなんて、あまりにも無茶だ。
それでも、それを知ってしまったのにじっとしていることはできない。
「正確に言うと、愛子が一人で北海道に行くことに反対です。……ちょうど今、僕は車を修理に出しているので大きな仕事をキャンセルして用事がありません」
透くんはにっこりと含みのある笑みを作った。
「そんな探偵の僕に何か言うことはありますか?」
横で見ているときはその顔を胡散臭いと思っていたのに、真正面から見ると妙な信頼感があった。
私はごくりと唾を飲み込み、ゆっくり口を開く。
「拉致された高木刑事を探して」
「ええ、任せてください」
そこから透くんが動くのは早かった。
拘束された高木刑事の映像は、こっそり幻術で自分のスマートフォンに転写していた。それを見ていた透くんは、映ったカラスから高木刑事が北海道にいると特定し、さっさと二人分の航空券を買うと家を空ける準備をした。
そして一夜明けた今日の早朝に家を出て、現在新千歳空港に向かう飛行機に乗っている。
飛行機の中でできることは少ないので、私が高木刑事の映像を確認して、透くんはパソコンで久保田正也のことを調べている。透くんに頼んだのは高木刑事のことだけど、組織に久保田正也の件で北海道に行くと言った以上、何か少しでも手がかりを見つけないといけない。
そうしてまったく気の休まらない一時間半を過ごし、ついに私たちは北の大地に足を踏み入れた。