26
その日はいつもより早い時間に起こされた。すでにバーボンはネイビーのシャツに空色のタイを緩く締めて、支度を終えていた。
眠気眼で今日の予定を聞くと、ターゲットを始末すると言うのだから驚いた。それもライまでメンバーに加わっているらしい。
バーボンは私に留守番を言い渡してきたけど、スコッチやライの実力を知るいい機会だからなんとしても同行したい。わがままを言ってどうにか首を縦に振らせた。
急いで支度をして、ホテルのレストランで朝ごはんを食べてからホテルを出た。二人とは駅で待ち合わせているらしく、バーボンはしきりに腕時計を気にしている。
そんなに時間を気にしないといけない計画なのかと気になって聞いてみたら、ターゲットは今日結婚記念日でディナーに行くから余裕はあるけど、その時間までに狙撃しやすい場所を探してポジショニングしたいらしい。
歩いて十分もかからずホテルの最寄り駅に着いた。すぐに二人に会えるのかと思いきや、二人と待ち合わせしている駅はここではなく少し離れた大きな駅らしい。そこからターゲットのいる場所まで一緒に行くのだと言う。
どうして電車? と思ったけど、たまたま朝から警察が検問を張っていて車で移動するより歩きの方が安全らしい。バーボンにきた任務じゃないのに、当日の警察の動きまで調べているなんて、さすがはバーボンだ。丁寧な仕事だ。
渡された子供料金の切符を受け取って、言われるがままに電車に乗ってガタゴトと揺られながら外の景色を見る。灰色や土色の無機質な細々としたビルに、たまにちらりと緑の木々が混じる。空は排気ガスで霞んで白んでいる。
「今日で任務終わり?」
流れる景色からバーボンに視線を移した。
「ええ」
「帰るのはいつ?」
「明日の朝です。後始末もあるので今日もホテルに泊まりますよ」
「なら、明日の朝ごはんは大月さんのとこの喫茶店行こうよ。モーニングのサンドイッチセット食べたいなあ」
「その噂の大月さんって人は明日の朝はお店にいるんですか? いつも昼過ぎからのシフトに入っていませんでした?」
「うん。今日の夜は用事があって働けないから、明日の朝の当番を代わったんだってさ」
ここ数日、何度も会話に出ていた大月さんにようやく会えるとわかりバーボンは少し嬉しそうだ。明日で最後なら、二人が顔を合わせて大月さんがバーボンに見惚れても最悪の事態は避けられる。
こそこそと小声で大月さんの作る料理の美味しさを語っていると、その途中でバーボンは外の景色を見て「そろそろですよ」と会話を中断した。
バーボンの言うとおり、会話が途切れてすぐにアナウンスが流れた。
待ち合わせは別の線のホームのため一度改札を出た。すぐそばの別の改札に入ろうとしたとき視界にコンビニが入った。店頭には新発売でコンビニ限定のチョコレートが売っている。慌ててコンビニを指さした。
「ねえバーボン! ちょっとコンビニ寄ろうよ」
咄嗟にそう言ってから、バーボンがすでに改札の向こうにいることに気づいた。もう入ってしまっているから改札の外にあるコンビニにはついて来られない。すぐに「あ、バーボンは先に行っててもいいよ、私だけで行ってすぐに買って追いかけるから」と声を上げた。
待ち合わせに遅れるのを嫌がりそうなバーボンのためにそう言ったけど、バーボンはこんな幼い子供を一人でコンビニに行かせる人ではなかった。バーボンは「でも」と言葉を続けるけど、こればっかりはどうしようもない。駅員さんに言えば出られるかもしれないけど、コンビニに行くぐらいで手間をかけさせるのも申し訳ない。
やっぱり一人でさっさと買いに行ってくると言おうとしたとき、見慣れた長髪の男が改札から出てきた。「ライ?」と声を上げると、それにつられてバーボンも少し離れた改札の方を見た。そして私と同じように目を丸くした。ホームで待ち合わせして一緒に目的地まで行くのだから、ここで出る必要はないはず。
視線に気づいたライが片手を上げながら私たちの方に歩いてきた。
「悪い、少し遅れる。スコッチはすでにホームで待っているから先に行っててくれ」
「それはかまいませんが、一体どうしたんですか?」
「あー……、ホームに妹がいたんだが迷子になって帰り方もわからず、切符を買う金もないと言うので代わりに買いに来たんだ」
ライの妹という言葉に驚いた。バーボンも初耳だったようで少し驚いているけど、私ほど妹の存在に驚いておらず、すぐに「それなら愛子がコンビニに行くのについて行ってもらってもいいですか」とライに頼んだ。
「コンビニに?」
「あ、うん。そこのコンビニの限定チョコがほしいから買いに行くところなの」
「僕はもう改札をくぐってしまいましたからね。二人が用事を済ませるまで、ここで待っていますよ」
「いや、それならバーボンには先にホームに行って二人の様子を見ていてほしい。初対面の二人を置いてきてしまったから気になってしまってな」
「……僕も初対面ですけど?」
「バーボンなら初対面とでもなんとかやるだろう?」
何か言いたそうなバーボンだったけど、すぐにしかたなさそうに溜息をこぼして「ちゃんと愛子を連れてきてくださいね」と一言注意してからホームの方に駆けて行った。
そのすぐあとに、くるりとライの方を見てから「それじゃあ」と手を上げてからコンビニに走った。引き止められるかと思ったけど、ライもさっさと踵を返して切符を買いに行くのが見えた。
店頭に並んでいるチョコを一つと、ついでにその近くにあるクッキーを一緒に店員さんに渡していると予想より早くライが戻ってきた。
ビニール袋を片手にライとともに改札を通ってホームに向かうと、遠くにバーボンとスコッチを見つけた。そばには癖のある黒髪の子。遠くからは男の子にしか見えないけど、ライが妹と言っていたのだから女の子なのだろう。ライの妹さんはスコッチの膝に乗せてもらっていた。一緒に白いベースも持っていて弾き方を教えてもらっていたようで、ライが心配してバーボンを先に行かせなくても問題なさそうだった。よく考えれば、スコッチも柔和な性格だし、少し髭が怖く見えるかもしれないけど表情は穏やかだから心配するほどのことは起こらなかっただろう。
横を歩いていたライが長い足を大きく動かし妹さんのもとへ行ってしまった。
私はわざわざ走りたくないので歩いたまま。
三人の元に着いたライが妹さんにさっき買った切符を渡したのが見えた。妹さんはライと少し話してから早々に別れ、私の横を通って帰りのホームに向かっていった。
ちらりと見えた顔はライと違って無邪気で可愛らしかった。だけど目元の隈は血縁を感じさせる濃さで少しだけ面白い。
「無事解決したの?」
やっと三人のもとに着いて声をかけると真っ先にバーボンが気付いて頷いた。それからすぐに灰色に黄緑と緑のラインが引かれた電車がホームに滑り込んできたので一緒に乗り込んだ。