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 目が覚めると、サイドテーブルの上にメモが置いてあった。バーボンからだ。そこには自分は夕方まで用があるけど私は任務がないから休んでいていいということが簡潔に書かれていた。これは僥倖だ。ちょうど雲雀くんに会いに行こうと思っていたから都合がいい。
 メモをテーブルに戻すと、すぐにクローゼットからダークトーンの紫色のセーターと動きやすい黒のストレッチジーンズをベッドの上に出して、パジャマを脱ぎ捨て服を着替えた。脱いだ服はバーボンに怒られないように、部屋の隅のランドリーバスケットに投げ入れる。
 リュックに必要なものを詰めたらさっさと部屋を出て研究所から抜け出した。前に行ったときと同じ道のりを走って行けばすんなりと並盛に到着した。
 だけど風紀財団の部屋で雲雀くんがじっとしているかもわからない。さて、どうしようかと顎に手をやって考える。が、悩んでも仕方がないと諦めてひとまずビルに行こうと歩みを進めた。
 しばらく歩くと黒い車が停まっているのを見つけた。運転席には立派なリーゼントの草壁くん。
 私は車に近づき、姿を現してから背伸びをして窓をノックした。すぐに窓が開き草壁くんが頭を出した。

「愛子さん、どうかしましたか。恭さんにご用ですか?」
「うん。……用ってほどじゃないんだけど、ちょっと会いたいなって思って。雲雀くん今どこにいるの?」
「今は並盛神社です。乗っていきますか?」

 腕時計で時間を確認した草壁くんが誘ってくれるが、ここから並盛神社までだったら大した距離はない。歩いていったって数分で着く。ありがとうと断って、方向転換して並盛神社に足を向けた。
 小さな体では普段より時間がかかるけど、下からの目線は新鮮で気持ちがいい。生まれも育ちも並盛で、ボンゴレに入ってイタリアに行くまでずっと並盛しか知らなかった。目の前に広がる普通の住宅地だって、私にとってはたくさんの思い出の詰まった道だ。ここを走っていて転んだこともあったっけ、友達と喧嘩して泣きながら歩いたこともあったな、と懐かしい記憶が頭の中を駆け巡る。
 木に囲まれた坂道を登っていくと、何度も来たことのある並盛神社に着いた。鳥居をくぐって参道を歩いていると、拝殿の右奥に植えられている木々の根元に腰を下ろして座っている雲雀くんを見つけた。遠目でも雲雀くんが寝ていることがわかった。
 少し近づくと、私の砂利を踏みしめる音が響いた。雲雀くんが顔を上げた。相変わらず起きるのが早い。

「やあ」
「おはよう雲雀くん」
「ああ、おはよう」

 大きく欠伸をした雲雀くんは、まるで眠っていなかったかのように自然な動作で立ち上がった。よろけることも、動きが緩慢になることもない。さすがだ。

「何しに来たの」

 雲雀くんが一歩近寄って聞いてきた。

「用はないんだけど会いたくなって来ちゃった」
「ふうん」

 ふざけて、ちょっとだけぶりっこしたけど雲雀くんの反応は薄い。まあ綱吉みたいに照れて慌てる雲雀くんなんて想像できないけど。
 雲雀くんは私の横を通りすぎて鳥居の方へ歩いて行く。じっと動かずに雲雀くんを見ていると、雲雀くんは少し体を捻って私を見て「来ないの?」と首をかしげた。ああ、ついていってもいいんだ、と駆け寄って雲雀くんの横についた。
 来た道を辿り、さっきとは違う隣の雲雀くんの顔を下から見上げて歩く。躓かないように足元だけ注意していると、雲雀くんが「それで」と口を開いた。

「何しに来たの」

 さっきと同じ言葉だけど、さっきとは違う意味を含んでいる。

「仲良くなった人が殺されちゃった」
「それで、任務を辞めたいって?」
「そうじゃないけど。……なんだかボンゴレが恋しいなって思っちゃったの。綱吉だったら関係のない人を殺さなかった」
「群れないと何もできない草食動物に殺されるんだから、どうせ近いうちに死んでたよ」
「一般人だからしかたないじゃない」

 手厳しい雲雀くんの手に軽く中指で弾いた。雲雀くんは怒ることなく、前を見つめる。
 大月さんの話をして、少し胸が痛くなった。落ち込む私の気配を感じ取ったのか、雲雀くんは溜息をついた。

「じゃあどうして愛子は助けなかったの」
「助けなかったって、……助けたかったよ。でもタイミングが……」
「君ならあんな草食動物くらい欺けたはずだよ」

 ぴたりと立ち止まる雲雀くんにつられて足を止める。雲雀くんの深淵のような目に見つめられて動けない。

「どうして助けなかったの? 本当に助けたかったのなら、あんな組織の人間捨て置いて助けられたはずでしょ? なりふりかまっていなければ。その女が殺されたのは助けられなかったからじゃない。君がその女より他のものを優先したからだ。……任務の遂行か、それとも」

 不自然に言葉を切った雲雀くんは、話を止めて内ポケットからスマートフォンを出した。振るえるそれを耳に当て、雲雀くんは一言「わかった」と答えた。
 さっきまでの鋭い表情は消え去り、いつもどおりの雲雀くんが私を見た。僅かにしゃがんだ雲雀くんは、私に画面を見せながら「君のとこの組織の人間が、並盛の付近に近づいたってさ。帰るときに気をつけなよ」と言った。覗きこんだスマートフォンには、長髪の男と、その男に寄りかかるように腕を組む若い女が仲睦まじく歩いている姿が写っていた。
 写真の角度的に監視カメラの写真ということに気づいたけど、今さらなんで監視カメラの映像を、なんて気にすることはない。風紀財団の権力は私の想像を超えていくから。
 それよりも写真に写っている二人が問題だ。長髪の男は明らかにライだった。何度も見たけれど、どこからどう見てもライだった。
 さっきまでの悩みは吹っ飛んだ。こんな面白いことを逃してはならないと、勢いよくスマートフォンを雲雀くんに返して「ありがとう!」と叫ぶ。大月さんのことも、情報をくれたことも。
 雲雀くんの言い掛けた「それとも」の続きは私にはわからなかったけど、そんなことだって写真のインパクトで忘れ去っていた。

ヒトリヨガリ