32
エレベーターは七階についた。あまり降りたことのない階なので、きょろきょろとあたりを見ていると名前を呼ばれた。それで、スコッチと少し距離ができていたことに気づいた。駆け足で近寄って、今度はスコッチから離れないように気をつけながら周りを見る。他の階よりも清潔感があって、窓が多くて明るい。私が生活している仮眠室の階とは大違いだ。壁際には観葉植物も置いてある。
スコッチに案内されて奥に歩いていくと、大きなガラス窓の休憩所があった。席と席の間はついたてで仕切られているのでプライベートな話にはもってこいだ。
一番眺めのいい席に座ったスコッチの前に座ると、「それで」とスコッチが切り出した。
「彼女の話だっけ?」
「そうそう。ライに彼女がいるって聞いたから気になったの。宮野さん? だっけ」
「ああ、そうだよ。ライが組織に入る前に知り合ったらしい」
「え……ええ!!」
頭の中でライの顔がぐるぐる浮かんだ。あの仏頂面なライに彼女がいるというだけで面白いのに、それに加えて組織に入る前から付き合っているなんて。一般人のライが彼女と仲良しこよししているところを想像しようと思ったけれど、幸せそうに微笑むライなんてまったくイメージできなかった。
「宮野さんは元々組織の人だったの?」
「ああ。宮野さんの妹も組織にいて、その人がライのことを見込んで組織に入れたらしい」
「妹? そんな一般人を組織に入れられるくらいの人なの? 宮野さんも若かったから妹も若いんじゃないの?」
「若いって言ったって愛子ちゃんよりずいぶん年上だからなあ」
そう言ってスコッチはおかしそうに笑った。たしかに五歳の私が言うのはおかしかった。曖昧に笑って流して、妹のことよりライと彼女のことを詳しく聞こうと口を開くと、遠くから足音が二つ聞こえてきた。顔を向けると呆れ顔のバーボンとライがこっちを見ている。笑顔で手を振ったけど無視されてしまった。
ふと、「あれ、ライはデート中じゃなかったのか」と気になって聞いてみたら、「バーボンに呼び出されたんだ」とむすっとした声で返された。
「え、それはごめんね」
「まったくだ」
「でもデートを邪魔されて機嫌悪くなるなんて、ライにもそんな人間らしい感情があったんだね」
「お前は俺をなんだと思っているんだ」
ライはじとっと見てくるが、ライの後ろのバーボンは声を出さずに笑っている。絶対バーボンも同じこと思ってたでしょ。
ライはバーボンとともに私たちと同じ席に座ってから溜息をついた。私も別にライのデートの邪魔をしたかったわけではないので謝ると、「いや、悪いのはわざわざ呼び出したこいつだ」とバーボンを指さした。
「どうしてですか。愛子が気になっているのは、ライと彼女の問題なんですから、あなたを呼び出すのは当たり前でしょう?」
「適当に説明して、今度会った時に話せばよかっただろ」
「適当にって言ったって、適当に説明して愛子が冷やかしたら怒るでしょう?」
「当たり前だ」
おっと、なんて流れ弾だ。と思ったけれど、実際ライを冷やかそうとしていたから言い返せない。さすがバーボン、私のことを理解している。伊達に半年も一緒にいないなと変な感心をしていると、スコッチがこっそり「どういう冷やかしをするつもりだった?」と聞いてきた。急にそんなことを言われてもと戸惑ったけど、言い争いを続けるライを見るとすんなりと思いついた。
「ロリコンじゃなかったんだね! って言ってたと思う。っていうか今まさに思ってる!」
一瞬時間が止まったようの静かになったあと、スコッチが噴き出して、そのあとにバーボンが肩を震わせて笑い出した。ライにはもちろん睨まれた。
だってしかたがないじゃん、と口を尖らすとほっぺたを挟むように掴まれた。「ぶへ」と鳴くとまたスコッチとバーボンが笑った。私の声に気が抜けたのか、ライも少し表情を緩めて手を離した。これは幸いと身を乗り出す。
「で、宮野さんって人との出会いは? どっちが告白したの? どこが好きなの?」
幼い姿を最大限利用して無邪気に聞くと、ライは言いよどんでから「お前にはまだ早い」と父親のようなことを言った。
まだ早いって言ったって、別に変なことを聞いているわけじゃないんだから教えてくれてもいいじゃない! と、今度は答えやすいように「どんな人なの?」と質問を変えた。これには素直に「真面目なやつだ」と答えてくれたので、喜んで「それで、どこで知り合ったの? さっきスコッチに宮野さんと付き合う前までライは組織の人じゃなかったって聞いたよ?」と続けるとまた答えなくなってしまった。もしかして、言えないことかと心配したけれどそうではないらしくスコッチが含み笑いをしながら「衝撃的な出会いだよ」と代わりに答えた。
「そうですね。衝撃ですね」
「おいスコッチ、バーボン」
「衝撃だったのは本当だろう? 何も嘘は言ってないさ」
スコッチもバーボンも何が衝撃なのかは教えてくれない。ライも言いたくなさそうだ。まさかナンパしたとか? はたまた衝撃と言うくらいだから宮野さんの任務にライが巻き込まれたとか? なんて色々考えるけれどどれもピンとこない。宮野さんとの出会いはこれ以上教えてくれそうもないので諦めて、他に聞きたいことを考えた。
「宮野さんって、何が好きなの? 趣味は?」
「……そんなこと聞いてどうするんだ」
「どうもしないけど気になったの。ほら、若い女性ってベルモットくらいしかいないし新鮮で。ベルモットだって若いけど大人っぽいし」
そう言うと三人は何か言いたげな顔をした。首をかしげているとライが小さな声で「若くはないがな」と言ったのがかすかに聞き取れた。たしかに大人だけど、他によく喋るのは清掃のおばちゃんくらいで、若い人とは挨拶をする程度なんだからしかたがない。
「前から思っていたが、お前はずいぶんベルモットのことが好きなんだな。何か理由でもあるのか?」
「え、だって美人じゃん。初めて見たとき、こんな綺麗な人がいるんだーって思ったよ。汚いところにベルモットみたいな綺麗な人が急に現れたら、女神様かなって思うよ。誰だって」
「……そうか」
また三人は変な顔をした。私からするとベルモットのような美女は憧れの対象だけど、男からすると違うのかもしれない。
「って、そんなことより宮野さんのことだよ! 宮野さんってここの人たちより若いでしょ? それに髪の毛もベルモットと違って黒くて日本人って感じだから親しみやすいんだ。だから色々知りたいの!」
ライがちらりとバーボンの方を見た。それにつられてスコッチもバーボンの方を見るのでいったいなんだと思っていると、バーボンがライを見て「そうですね」と頷いた。アイコンタクトについていけずに、なんだなんだと目を白黒させてバーボンとライを交互に見た。
「今度連れてきてやる」
「え?」
「明美に会いたいんだろう?」
「うん!」
突然のことに驚いたけれど、またとないチャンスに大きく頷いた。それと同時にさっきのアイコンタクトは、きっと「連れてこようか?」とかそんなところだろうと理解してすっきりした。
いつ会えるかもわからないけれどもうすでに楽しみで笑みがこぼれた。