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 二人に同行した任務は本当に簡単であくびが出るようなものだった。
 最初、ウォッカに見せられた紙には三十人ほどの名前が書かれていたが、一週間で、もうほとんどが終わった。そもそもクスリの受け渡しだけだから一日に数人さばくことができるのだ。ジンとウォッカの言うクスリなるものが麻薬であるという事実には気づいていないふりをして、毎日大量のクスリと大金とを交換するのを見ていた。
 今日はどんな人と取り引きするんだろうと、ウォッカの運転する車でぼんやりしていたら、同じタイミングでウォッカが楽し気に口を開いた。

「今日はついにやつの日ですぜ、アニキ」
「ふん」
「『やつの日』って?」
「愛子は知らねえと思うが、今日の取引相手は有名人なんだ。もしかするとテレビで見たことあるかも知れねえが、騒ぐんじゃねえぞ」
「はあい」

 ウォッカの言葉ですぐに俳優の三谷原だということがわかった。あのセレブ俳優がまさかの麻薬か。せっかくの爽やかなルックスがもったいない。
 ウォッカと三谷原について少しだけ話したあとは、いつもどおり車内は静かになった。どこをどう走っているのかもわからないまま何も考えずにいると、しばらくして高級そうなホテルの地下駐車場に入っていった。ちらりと見えたホテルの外観はどこか見覚えのあるもので、車を停めている間ずっと考えていたけどなかなか思い出せなかった。
 車を降りてウォッカの先導のもとホテルに入ってようやく思い出した。このホテル、ボンゴレと敵対するマフィアが経営するホテルだったはずだ。リボーン曰く「弱小マフィア」だからすっかり記憶から消し去っていた。
 ということは、三谷原はそのマフィアと繋がっている? いや、考えすぎか。マフィアの影のあるホテルでクスリの取引をするからといってそう結論づけるのは早計だろう。
 このことは思考の端から追いやって、今はジンとウォッカの任務でぼろを出さないようにすることだけを考えた。
 エレベーターで最上階に上がったが、外から見たときと最上階の高さが違うような気がする。ここは二十八階だけど、外から見たら四十階はありそうだった。そう思いながらも口には出さずにいると、すぐに疑問は解消された。どうやら一般の宿泊客が泊まるのがここより下の二十七階までで、この二十八階より上はマフィア関係者や私たちのような取引に来た人が来るVIPルームのようだ。
 二十八階のロビーのソファーに座っていると、ぞろぞろとSPを引き連れた三谷原がやって来た。その顔はテレビで見るときとは違いあくどい顔をしている。

「お待たせ」

 悪役じみた笑顔を浮かべて三谷原が私たちの前のソファーにどかりと座った。私を見たとき一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに興味は失せたようでアタッシュケースを持つウォッカの方に身を乗り出した。

「ちゃんと持ってきてくれた?」
「ああ。お前の方こそ金は用意してあるのか」
「もちろんだよ」

 三谷原が片手をあげると、横に控えていたSPがアタッシュケースをテーブルの上に置いた。そのSPがちらりと私の方を見たが、こちらは三谷原と違って特に驚いた表情もしなかった。
 テーブルの上に置かれたアタッシュケースの中を確認したジンは、ウォッカの名前を呼んで持っているアタッシュケースを三谷原に渡させた。待ってましたとばかりに恍惚の笑みを浮かべてアタッシュケースを受け取った三谷原は、しっかりと中を確認してからアタッシュケースをSPに預けた。
 満足そうな顔の三谷原を可哀想な人だと思ったけど、私だって裏の世界に染まった人間だから、表の人からしたら同じ穴の狢かもしれない。

「じゃあ、これで無事に取引は終わったわけだけど、君たちは次も予定があるのかい? もしないのなら、下でご馳走するよ。お嬢さん、美味しいデザートあるけど食べる?」
「デザート!」
「ああ。ここは有名なフランス人のパティシエを雇っているから美味しいよ」
「たべ……」
「いらねえ」

 私の言葉を遮って、ジンが低い声で制した。横に座るジンを見上げたらジンは冷たい目で三谷原を見ている。

「もうここには用はない」
「冷たいね」
「おい、ウォッカ引き上げるぞ」
「へい」

 すっと立ち上がる二人に、しかたなく私も立ち上がった。デザートは気になるけど置いていかれたら困る。
 来たときと同じエレベーターに乗り込み下へ降りながら、どうもさっきのSPが気になった。アタッシュケースを持っていたSPと、もう一人、不自然に私を見ていた。場違いな見た目の私を訝しげに見るでもなく、ただ観察するように見ていたのが引っかかったのだ。一階についてから、さっきのSPたちを調べようと力を使った。――が、幻術が跳ね返された。

「え……」

 予想していなかったできごとに、うっかり声をあげてしまい前を歩く二人に不審な目で見られた。二人の視線を適当にやり過ごし、もう一度幻術を使ってさっきのロビーを見ようとしたがやはり見ることはできなかった。
 試しにそばにある観葉植物に幻術で花を咲かせると、それは成功した。なら、二十八階より上に幻術避けが施されているのかもしれない。……それか、私より強い術士がいるか。集中して本気を出せば見ることもできるだろうけど、ジンがいる前で力を使ってバレたときのリスクが怖い。それに万が一、術士がいて戦闘になったら困る。ひとまず危険な相手がいるかもしれないと心の中で留めておくだけにした。

ヒトリヨガリ