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 ただでさえ寒い一月末。そんな時期にまさかの東北山形に情報収集。
 それでも気分転換になるかと思ったのに、生憎空模様は悪く、今日は一日ホテルにいるようにとバーボンに言われてしまった。
 私をホテルに閉じ込めた張本人のバーボンは一人でどこかに行ってしまうし、これじゃあ研究所にいるのと一緒じゃない。少し部屋が広くて家具が充実しただけ。
 せめて町なかのホテルならこっそり外出できそうだけど、ここはスキー場直結のホテル。外に出たって雪山しかない。
 どうしてわざわざスキー場直結のホテルなのかというと、バーボン曰く、接触したいやつがここに泊まってスノーボードをするはずだったのだという。その人物は結局予定が変わって来ないそうだから、無駄に雪山に泊まることになってしまったのだ。
 ボスンとベッドに倒れこんで、隣のバーボンのベッドを見た。
 スコッチが処分されてから一ヶ月ほどが過ぎた。その間バーボンは休みなく任務を入れている。現実から目を背けたいのかもしれない。悲しいのなら、いっそどん底まで落ち込んでしまえばスッキリしそうなものなのに、バーボンは頑なに平常心を装おうとしている。
 隣で見ている私からすると無理しているのが手に取るようにわかる。こんな組織にいるのだから感情を出して不利になることはしたくないのだろうけど、それで無理して体を壊したらバーボンの身まで危ないのだから休息をとってほしいものだ。
 朝、バーボンが部屋を出て行ってからもう五時間も経っている。お腹が悲鳴を上げている。
 勢いよくベッドから起き上がって、壁にかけた黒のダウンを羽織り、耳あて付きのニット帽を被った。ホテルの中とはいえ廊下は寒い。椅子の上に置いてある小さな黒のリュックに財布やハンカチが入っていることを確認してから、それを背負って部屋から出た。


 外はまだ真っ白。銀世界といえば聞こえはいいけど、厚い雲に覆われて薄暗い中、風が轟々と響く音と雪が窓ガラスにぶつかる音は不安を誘う。
 食堂へ向かう道中、やたらと中学生とすれ違った。漏れ聞こえる言葉は関西弁。
 どうやら吹雪いてきたからスキー研修が中止になってしまい、ホテルの中で待機しているらしい。
 スマートフォン片手に音楽を流したり写真を撮ったり賑やかに過ごしている。
 そんな雑音の中、気になる言葉が聞こえた。
 「雪女が出るらしい」。おもしろ半分で女子を怖がらせる男子に顔を向けた。いろんなところから聞こえる話を総合すると、四年前に一人でリフトに乗っていた男が撃たれて死んだらしい。その日は今日みたいに吹雪いていて遠くから狙撃することは不可能。その上、男の横には雪がぱんぱんに詰められたバッグが置いてあった。そこから男を殺した雪女が雪になったという噂が流れるようになったみたいだ。
 ただの噂だと切り捨てるには、私はあまりにも不可思議なものに触れすぎている。いつかに迷いこんだ並行世界の悲惨な事件を思い出してズキリと胸が痛んだ。
 教師が屯するホテル玄関の前を通り抜け食堂に入ると、そこは廊下よりも人が少なかった。少数の中学生の中に、教師に見えない大人の集団が窓の外を見ていた。
 カウンターでラーメンを注文すると、レジのおばちゃんが「よいっけね」とニコニコ笑ってきた。
 突然の方言に驚いたけど、よく話を聞けば大人の集団は映画撮影班で、人気のイケメン俳優を直接見られてよかったねということらしい。
 俳優かあ。受け取ったラーメンをテーブルに運びながらちらりと顔を見た。言われてみれば見覚えがある気もする。
 スキー場の食堂は広いといえど、人が少なければ声が反響して遠くまで届く。特に彼らは発声するのがうまい。彼らの会話が筒抜けだった。
 曰く、四年前に雪女に殺されたのが彼らの仲間で、イケメン俳優のスタントマンをしていた男らしい。そして集団にはスタントマンの婚約者の女性もいれば幼馴染みの元刑事現探偵の男性もいる。
 端から見ているだけだと彼らの中に犯人がいそうなものだけど。ただ、不可能犯罪であることだけがネックなんだ。
 醤油ベースのスープに、大量のモヤシが乗ったラーメンを食べながら頭の中でサスペンスドラマを思い浮かべた。
 そんな思考を邪魔するように、幼い少女の声が真横から聞こえてきた。

「なあなあ、お父さんかお母さんは一緒じゃないん?」

 顔を上げると、おさげの可愛らしい女子生徒が立っていた。

「うん。部屋にいるよ」
「そうなんや。一人でえらいなあ」

 そう言いながら彼女はおもむろに私の横に座った。暇を持て余しているらしい。

「旅行? 関東の人?」
「そうだよ。東京から来たんだ!」
「そっかあ。私らは大阪からやで。修学旅行やねん。ほんまはテーマパークとかがよかってんけど……、しゃあないなあ」

 ぶーぶーと学校と教師の文句を言い始めた。彼女の上の学年はトロピカルランドだったらしい。テーマパークか否かはともかく、せっかくの修学旅行なのに吹雪で中止なんだから不満も多いだろう。

「ねえお姉ちゃん。あのお兄ちゃん、喧嘩してるけどいいの?」

 色黒の、緑のスキーウェアを着込んだ少年がイケメン俳優に突っかかっているのを指差した。
 少年を見た彼女は、「ああ」とどうでもよさそうな相槌を打った。

「服部か。なんか雪女の正体調べてるらしいわ」
「雪女の正体?」
「四年前ここで死んだ男は人間に殺されたんや〜! 雪女ちゃうわ〜! って。探偵ごっこしてるねん」

 服部という少年のことを聞いたからか、彼女は「もしかして服部のこと気になるん? 一目惚れ?」と聞いてきた。まさか十歳も下の子供に一目惚れするはずがない。今の見た目で言えば逆になるけど。
 そんなことないよと笑って否定したら、ほっと安心したように胸を撫で下ろした。もしかして、この子が好きだったのかなと、甘酸っぱい青春を思い浮かべて聞いてみたが反応は思ったものではなかった。

「え、私が服部のことを? ないない、ちゃうちゃう。服部のこと好きなんは服部の横に座ってる、オレンジのウェア着た子や。あの二人幼馴染みで付き合ってこそないけどもう夫婦みたいなもんやから、もし好きになっても手出しできんくて可哀想やって思ってな。違うんやったらそれでいいねん!」

 さっきまでイケメン俳優に突っかかっていた服部少年は、今度はオレンジのウェアの幼馴染みの子と言い争っているが、彼女の言うとおり痴話喧嘩のように見える。
 そのそばにいるイケメン俳優はファンに囲まれて楽しそうにしているが、他の撮影班は窓のそばで暗い表情を浮かべている。
 四年前とはいえ、同じ撮影チームの一人が亡くなった現場なのだから気持ちも落ち込むだろう。
 彼らの雰囲気が伝染して私も少しだけ気分が沈んでいく。


 私もボンゴレに所属してから、何度も仲間の死に立ち会ってきた。死体も持ち帰られず、空の棺に写真だけ入れられていたこともあった。
 でもそれは綱吉や他の子たちも同じこと。悲しかったけど、私には悲しみを共有する仲間がいた。一緒に泣いてくれる友達がいた。
 バーボンは。
 ふと、今どこにいるかもわからないバーボンのことを考えた。
 バーボンの悲しみも、私が共有してあげられたらちょっとは楽になるかもしれない。でもそれは無理だ。バーボンが組織の人間に弱音を吐くはずがない。
 せめてバーボンに、一般人の友達がいたら組織のことは隠しつつも弱音を吐けるかもしれないのに。完璧主義であるだろうバーボンがそんな危ない橋を渡ることはないだろうな。

ヒトリヨガリ