綺麗なものに溺れたい

 ゆったり喋り尽くしてラムネがなくなると私たちは座っていた階段から腰を上げた。
 鳥居を抜けてもまだ町には祭りの色は残っている。普段より多い子供たちは友達と鬼ごっこをしたり屋台で買った光る刀のおもちゃでちゃんばらごっこをしたり、屋台だってぽつりぽつりと立っていて、ベビーカステラの甘い香りが漂っていた。

「ありがとうね、付き合ってくれて」
「いいよ。僕もいい気分転換になったから。神崎さんは満足した?」
「それなりに。あとは来年、大学生として夏を楽しむよ」
「そうだね。大学生になればできることだって増えるし」
「夜だってもっと遅くまで出歩けるし」
「危険なことはするなよ」
「はーい」

 もう数年もすれば、私たちが囲む炭酸はラムネなんかじゃなくてアルコールが含まれるようになるだろうし、私は化粧をして降谷くんはもっとかっこよくなって、今日たくさんどきどきしたくらいじゃ済まないくらいになるだろう。
 無意識に未来でも降谷くんと一緒にいる想像をしていることに気づいた。
 突然、足元の地面が消えてしまったような、そんな感覚に襲われた。
 私の恋は、夏休みを前にして死んでしまった。
 そんな失恋した私の心を埋めたのはたしかに降谷くんだった。毎日学校で勉強して、家では連絡を取って、悲しむ暇なんて全然なかった。おかげで私は諸伏くんと距離を置くことなく自然と接している。
 だけど、あまりにも自然すぎる。
 本当に私は諸伏くんのことが好きだったの? 好きなのに、こんなに簡単に気持ちが切り替えられるの? 諸伏くんじゃない人にどきどきするの?
 頭の中がぐちゃぐちゃになって、私は隣を歩く降谷くんに助けを求めた。

「降谷くんは、好きってなんだと思う?」

 突然だし、こんなことを降谷くんに聞くなんておかしいけど、でもなんでも知っている降谷くんなら、教科書の二次方程式を解くくらい簡単に私のこんがらがった気持ちを解き明かしてくれるような気がした。
 降谷くんはさすがに学校でわからない問題を教えてくれるときのようにすぐには答えなかった。
 だけど私はそれが嬉しかった。用意された答えや適当な答えではなく、ちゃんと私の疑問に向き合ってくれてるようで。
 私たちの間に沈黙が落ちた。すでに住宅街に入っていて周りに人もいない。火照った身体を夜風が冷やす。
 降谷くんは熟考したあと「笑顔が見たい」と呟いた。

「僕の隣でじゃなくてもいいんだ。だけど隣にいてくれたら僕が笑顔にしてあげられるから、わがままを言えば隣にいてほしい。それが僕の『好き』かな」

 途中から私の目を見て言われた言葉は、真っ直ぐ私の心に響いた。
 そんなの全然わがままじゃない。笑顔にしたいから隣にいたいなんて、私はまったく考えたことがなかった。私は降谷くんの逆だ。私が幸せでいるために諸伏くんと一緒にいたかった。
 やっぱり、諸伏くんへの「好き」は間違いだったのかな。
 どんどん沈んでいく気持ちを掬い上げたのは私を突き落とした張本人だった。

「でも、これはあくまで僕の考えだから。他の人には他の、それこそ神崎さんには神崎さんの『好き』があっていいと思う。感情に正解なんてないし、答えがみんな一緒だとつまらないだろ?」

 言い終わると、それまで堂々としていた降谷くんはふいと顔を背けて「なんか僕、ものすごく臭いことを言ったな」と照れた。
 ロマンチックとは程遠い、祭りの魔法の解けた薄暗い住宅街でなんて青春を繰り広げているのだろう。
 思わず笑うと降谷くんはじとっと私を睨んだ。

「笑うなよ」
「ごめんね。温度差がすごくて。でもかっこよかったよ」

 そう言うと、降谷くんは恥ずかしそうにはにかんだ。それから深く吸った息づかいが聞こえた。

ヒトリヨガリ