mm
「共感接続(コネクティング)・オン!!」
メイと#名前#の声が響くと同時に、血管のように赤く細い脈のようなものが二人の身体を侵食し――そして、二人は手を離す。
『共感接続完了・モード:チェンジャー』
機械めいた人工音声が、二人を称する。
それまで着ていた服装はより精密さと細かさが増し、火花のようなものを放ちながらも形を成している。周囲の驚いた声なんて二人の耳にはもう入ってはいなかった。
「――未来は、変えてみせる」
「ああ、もちろんだとも!」
「最大限(フルスロットル)でいく!」
ガチャリ、ガチャリ。頭の中で、そんな音が響いている。
自分に科した重石を解き放つ。鍵が開く音と共に、身体に血が巡るような感覚に陥る。それは突き刺すような激痛。トリオン体ではほぼ痛覚がない筈なのに、血が身体の中で沸いて、くらくらと目眩がする。けれど、今は正気を保たなければ。
#名前#は自分を鼓舞し、腹に力を込めた。
「――わたしのッ、にいさんに、手を、だすな!!」
#名前#の背に現れた巨大なキューブに、ハイレイン達は目を見開いた。それはこの戦場において千佳が修を介して出したトリオン量――黒トリガー並みのそれに、負けず劣らずの大きさをしていたからだ。
「金の雛鳥が、もう一人居たのか……!」
驚愕の声と共に、おびただしい数の閃光がハイレイン達に襲いかかる。荒々しくも繊細な攻撃。その隙を縫って、孤月を片手に飛び掛かる。「行って、兄さん!」未来は変えられる。迅が語った最悪の未来は、#名前#にとって絶望の宣告に他ならない。
生きていてさえくれれば。私ならきっと、それができる。
「やれる、やれる、私ならっ、できる! やってみせる!」
歯を食い縛る。孤月で攻撃を仕掛けながら残った手を翳し、動き続ける近界民を撃ち落とす。恐怖なんてあるわけない。だって本当に怖いことは、大切なものを失ってしまうことだと知っているから。
――絶対、守ってみせる!
「っあ、あぁ、うああぁああぁ……!」
目の奥が熱い。
水が膜を張って歪みだす視界の中で、#名前#の悲壮な声が響いた。
「いやー、オトナの皆様にも是非見せたかったね! 愛するお兄ちゃんが死にかけて発狂して入院してた#名前#ちゃんが会見を見て声にならない悲鳴を上げて気を失うト・コ・ロ」
ゴリゴリと、その場に不釣り合いなすり鉢を擦る音だけが響いていた。
気まずげに目を逸らす大人――主にメディア担当の根付に意味深な笑みを浮かべ、冷や汗をたらりと出す唐沢に意味深な目線を送ったメイは、用が済んだと言わんばかりに立ち上がる。
「じゃ、私行くんで。カワイイカワイイ#名前#ちゃんのとこにいかないと」
「すまない、柱目さん。三雲さんは今何処に?」
「私のうちで療養させてまあす。今は気が昂ぶり過ぎて、手がつけられない状態だから。本人も家族にこんな姿見せられない、って言ってるし、うちなら男手は足りるし、下品なこと考える馬鹿も居ないから、落ち着くまでは――鍵をかけるまでは、うちで保護することになったので」
「鍵……?」
「そう。鍵。心に、感情に鍵をするの。封印とも言える。それで今までなんとか近界民から隠れて過ごせてたんだよ。――あんなに膨大なトリオンを抱えながら、ね」
「あっ、#名前#ちゃん!」
「お、もう大丈夫なのか?」
「身体は? 退院したってのは聞いてたけど」
「はいはいはい! 三人共落ち着きなすって。病み上がりにマシンガンはご法度だぜ?」
「……なんだか、ご心配お掛けしたようで。すみません。兄のお見舞いにも来てくださったそうで、ありがとうございます……」
「それは良いんだよ。つーかあのお母さんと瓜二つじゃん…」「三雲家すげー…」
「今日は、検査に。――トリオンの事が知れてしまいましたので、メイちゃんが同伴してくれることになって」
「私も定期検診だったからねーん。一緒に受けて帰ろうぜ、ってこと」
「おお、三雲さん! 身体は大丈夫なのかい? まだ随分、顔色が悪そうだけど……」
すっと嵐山の手が#名前#の頬に触れる。「大丈夫です」と返す#名前#の顔色は、確かに優れてはいなかった。
「ああ、生爪剥がされると変な感じするもんなー、空気が本来触れない場所に触れてるから」
「いやいや、なんでそんなの知ってんだよお前……」
「そりゃあ、だって」と、きょとんとした顔でメイが言う。
「剥がされたことあるからね。四年前の大規模侵攻――ご存知の通り、メイさん怪我が重症で入院してたんだけどさぁ、その時看護師に紛れて入り込んで来てたらしい不審者に襲われて感覚無くなった方の生爪剥がされたんだよね」
いやぁ、あれは怖かった。メイの呑気な笑い声が会議室に響く。
「――いや、いやいやいや、メイちゃん。それ笑い事じゃないから!」
思わず突っ込む迅に、メイは瞠目して首を傾げる。
「そうかぁ? マ、でも当時は錯乱しててさぁ、鎮痛剤打たれてベッドに括り付けられて動けない状態だったもんで。抵抗できなくてさー、いやぁ、怖かった怖かった」
ひっ、と小南が悲鳴をあげる。
「何よそれ!? ニュースでそんなのやってなかったわよ!?」
「んあー、何かそいつ、指名手配犯らしくて? 秘密裏に追ってるとかなんとか……あと全国逃げ回ってる真っ最中だって聞いたような聞いてないような……」
「どっちよ!?」
「いやどっちでも良くない? そいつ、基本死体狙いの変態らしいから生きてるうちは大丈夫だって」
私が無事だったのも途中で目を覚ましたからだし――そこまで言って、メイは口をつぐんだ。
ちょっとこれは、呑気に喋りすぎたかもしれない――と、今の状況を察する。目の前には真っ青な小南を筆頭に、驚いた顔をしている木崎や烏丸、宇佐美も顔色が悪く、迅に至っては真顔で手に持っていたぼんち揚げをポトリと袋の中へ落とした。
「な、なんかごめんね……?」
「――メイ、玉狛に帰ったら説教だ」
「えぇー!」
顔を歪めるメイに、「当然だ」と木崎が返す。その言葉にその場に居た面々が深く頷いた。