したたかに生きるよ狼少女

志保ちゃんの護衛(という名の見張り役)だった無知な被検体少女が、志保ちゃんのプリズン・ブレイクに乗じて組織を逃げ出して志保ちゃんを探し求めてたらハムさんに保護されてた話。(要約)
落ちは不明だけど強いて言うなら宮野姉妹夢です。
赤井さんが話の展開上ボロクソに言われてますので、ある意味厳しめかもしれない。苦手な方はお控えください。
死んでるはずの人たちが色んな要因でしれっと生きてます。特異点がたくさん居る世界線なんだと思われます。
あとさらっとクロスオーバーしてます。出てくるキャラクターの進路はねつ造です。
観覧後の苦情は受けつけかねます。
前書き置いたので自衛してくださいお願いします。

狼少女(ロウ)
本名はとうの昔に忘れてしまった。宮野姉妹からは「ロウ(狼)」と呼ばれていた。組織の人間からは「アンバー」と呼ばれることが多い。
色素の薄いブラウンの髪と琥珀色の瞳を持つ。瞳も髪も後天的なもので、彼女の持つ一番古い写真には、笑顔の黒髪茶目の日本人の女の子の姿が写っている。
外見年齢は十代前半ほどだが、実年齢は志保と同程度。
元々は志保の遊び相手(姉妹の見張り)として組織が用意した子どもで、幼い頃に親に組織に売られてきた。度重なる投薬実験の中で一番最初に忘れたのは血の繋がった家族の顔。
投薬により身体能力が異常に高く、能力は狼の特性に近い。それを使おうとすると、狼のように瞳孔が縦に細くなるらしい。
優しくしてくれる宮野姉妹をこよなく慕っており、彼女らに危害を加えようとするともれなく死んだほうが幸せな目に遭うともっぱらの噂。天敵はライとジン。ころす。
口調はたどたどしいが、投薬の影響によるものらしい。

宮野志保
幼児化して逃げ延びた米花町で紆余曲折あって公安の協力者となり、姉と同じくらい大切な狼少女と感動の再会を果たす。プリズン・ブレイクした後も気がかりはロウのことだったので、再会後は公安や跡部財閥の庇護の下、解毒剤の研究に邁進する。天敵は諸星。次に会ったときが奴の命日。従兄弟と知った日には修羅が舞い降りる。
宮野明美
死にかけたところを『名無しの人』に助けられ、公安に保護されていた。今は名前と姿を変えて暮らしており、妹やもうひとりの妹と思っていた狼少女が心配。保護された後、かつての恋人が血縁と判明した上、彼の妹たちへの蛮行(暫定)に百年の恋も一瞬で冷めた。

お兄さんたち
中学時代はテニスのプリンス様達だった。
※進路は捏造してます。
白石:薬学部卒からの麻取。今回、かねてより問題視されていた組織の薬物で人体改造された被験体が脱走したという情報を聞きつけ、連れ戻される前に保護をと探していたらどこぞのFBIが幼気な少女を首絞めしてる現場を目撃。速攻で保護し、身の上話を聞いて泣いた。過保護なオカン。
仁王:謎のお兄さん。警備会社っぽいところに在籍。変装術を生かして色んな組織に情報集めたりしてる人。諜報活動してる際に今回の一件を知り、近くに居た白石と共に少女を保護。起きたらたぶん懐かれる。FBIの頭にくっつけたチャカはエアガン。

警備会社:警視庁のノンキャリ元警部の完璧超人が作った会社。社章はたぶん菖蒲の花とか入ってそう。コラボカフェおめでとうございます!!! 尚この世界線だと奥さんは警察辞めてこの警備関係の仕事してそう。

『通りすがりの族』
スコッチが追われていた際、背後からライを締め上げたヤベー奴。
その正体は空を駆ける靴を履いた元・暴風族のお姉さん。転生者ではないが視点を変えればどっかの夢主かもしれない。
保護したスコッチを安全なところに置いて保護者の白モミアゲさんとトンズラしたらしい。

―――

 黒の組織には、「アンバー」と呼ばれる実験体が存在する。

 彼女はかつて組織が研究していた人体改造の被検体(モルモット)の一人であり、もとは親に売られた哀れな子供の一人だった。
 探せばどこにでもいるようなありふれた存在。いくらでも替えのきく存在でしかなかった子供――そんな子供が一番最初に選ばれたのは、ある姉妹の「話し相手」という役割だった。
 当時、組織にいた「被験体」の中でも年齢の割に知性があり精神的に落ち着いていたということもあって、宮野姉妹――主に才能の片鱗を見せつつあった志保のためにその子供は両親を失った姉妹と引き合わされた。
 お膳立てされた出会いは「同年代の子どもがいれば組織への警戒心も薄らぐだろう」という大人の汚い打算を含めたものだったが――けれどそれは、互いにとっての福音となったのは間違いなかった。
 使い捨ての実験体と組織の研究者の忘れ形見の姉妹という、珍妙でちぐはぐな組み合わせ。無知な子供だからできることだと影で嘲笑う人間は多かった。

 けれどそんなこと、当人たちにとっては気にするようなことではなかった。
 姉妹は組織の実験体という悲惨な境遇の中でも生き延び、親に売られたというのにそれでも屈託のない笑顔を見せてくれる少女に心を開いた。
 そして少女も終わらない地獄の中で見つけた、蜘蛛の糸のような存在に――自分が正気を失い狂気に飲まれても手を繋いでいてくれた姉妹に心を開いた。

 三人の少女は長い時間を共に過ごし「組織」という檻の中で生き延びた。
 その距離感は今や家族同然であり(事実、三人は自分たちを一つの『家族』であると認識していた)三人の間に育まれた絆――繋がりは確かなものだった。

 それが崩れ落ちたのは、一番上の姉――明美が死んだのがきっかけだった。

 1

 「ロウ」、と彼女は私を呼んだ。
 なあにと首を傾げると、ぎゅっと抱きしめられる。彼女がこんなふうに抱きしめてくれるなんて、随分と珍しい。何かあったのだろうか、と思っていると、彼女は震える声で「お姉ちゃんがしんだの」と言った。

 ――しんだ? だれが? ……明美お姉ちゃんが?
 目を見開いた私に、彼女は教えてくれた。お姉ちゃん――明美ちゃんが突然死んでしまったこと。それに、組織が関わっているのではないかということ。
 頭が真っ白になった。
 嘘だといってほしかった。けれど彼女の瞳は真剣で、この話が嘘なんかじゃないのだと教えてくれた。

「あけみちゃんが……しんじゃった……?」
「ロウ。聞いて……もし、私がこの先会いに来なかったら、これを飲んで、外に行きなさい」

 彼女はそう言って、小さなケースを私の手に握らせた。
 ケースの中には小さなカプセルが幾つか入っていて、私は首を傾げて彼女を見た。「これなあに?」と訊くと、「少しの間、走るのがとっても早くなる薬よ」と教えてくれた。
 私には時間がわからない。いつも居る部屋に時間を見ることができるものが無いからだ。だから私は、感覚で大好きな家族と会える時間を覚えていた。
 毎週決まった時間に会っている私達だが、最近では別の人が作っていた私の薬も彼女が作るようになったので、次に会うまでの時間は以前よりも短い。
 そしてその時間の感覚は、既に体に染み付いている。

「いいわね、ロウ」

 その期間を過ぎても会いに来なかったら、これを飲んで外に行けと彼女は言った。
 それは、会いに来れないようなことが彼女を襲うということではないのだろうか。その考えに至って、私の胸を不安が占めていく。

「しほちゃん? ……あえないって、なんで?」
「……お願いよ、ロウ。必ず、また会えるわ。だから……」
「……わかった。わたし、しほちゃん、ぜったいみつける、まってて」
「ええ。私も、あなたを必ず見つける。また、会いましょう」
「うん」

 もう一度、ぎゅうと強く抱きしめられる。今度は私も手を伸ばして、彼女を抱き返した。
 そして頭を撫でられて、出ていく彼女を見送る。

 それから、彼女が――志保ちゃんが来ることはなかった。


 2

 ネオンの煌めきから遠ざかった廃ビルの群れの中、闇夜を駆け抜ける影が一つ。
 その影はビルからビルに飛び移り、ひたすら走り続けた。

 ――においがする。だいきらいなにおいがする。

 走る、走る、走る。
 青白く簡単に折れそうな足は、けれど力強く大地を踏みしめ、異様なほど高く飛び上がる。走り始めたばかりの頃聞こえていた声は今はもう聞こえない。
 やった、と思うと同時に、鼻をかすめた匂いがあった。――だいきらいなにおいだ。

 真っ白な地獄を逃げ出すときに聞こえた声があった。
 薬を与えられて進化した体は、遠くの声も簡単に聞くことができる。これは組織の人間も知らない、少女と志保と明美の三人だけの秘密だった。
 その力を使って聞こえたこと。それを聞いたとき、わずかに残っていた外に出ることに対する躊躇いは全て失われた。

(――ライは、えふびーあいで、スパイで、あけみちゃんを、しなせた……!)

 ギリ、と奥歯を噛みしめる。
 FBIというものが何なのか彼女には分からなかったが、ライと呼ばれる男には覚えがあった。志保と明美と一緒に過ごす大切な時間の中で、珍しく明美が連れてきた人間――それも男だったからだ。
 真っ黒な長い髪と特徴的な緑色の目をした、とにかくタバコ臭い男だった。
 もろほしとかいう名前だった気がするが、嗅覚の鋭い彼女は会った瞬間顔を歪めて志保に縋り付いたのでよく覚えていないし、察した志保は無言でスプレータイプの消臭剤を男にぶっかけていた。
 ただ、いけ好かない性格(やつ)だったということは記憶している。
 明美が付き合っている人だと言っていたが、どうにも信用できなかった。かゆくなるような言葉の節々から、嘘くさい匂いがしたためである。明美が居ない時に志保とも確認したが、やはり出会いからして「騙されているのでは?」で満場一致だった。
 それでも明美が選んだ人なので、矢面に立って文句を言うわけには行かない。
 彼女の仕事は、二人の横に並び、うさん臭いこの男が不埒なことをした瞬間、遠慮なくぶち殺す用意をすることだけだった。

 ――そして、その時が今だ。

 空高く飛び上がった影が、勢いよく足を振り下ろした。


 ◆


 グルル、とおおよそ人間とは思えない獣のような低い唸り声が小さな少女の体から響く。
 色素の抜けた明るいブラウンの髪に、闇夜でも分かる輝く琥珀色の瞳を持つ少女。細く小柄な体から出てきたとは思えない鋭い一撃を間一髪で躱した男――赤井秀一は目を見開いた。

「これはこれは、驚いたな。……久しぶりだな、アンバー」

 毛を逆立てるように殺気立ちながら爛々と輝く目は殺意を隠そうともしていない。事実、それをされてもおかしくない、とは赤井自身も思っていた。
 少女は、組織に潜入していた時代に付き合っていた女性――宮野明美と妹の志保にとって、家族と呼んで差し支えないほど大切な存在だった。
 少女は両親を亡くした姉妹に組織が連れてきた子供で、人体実験という悲惨な境遇の中でも笑顔を忘れなかった光のような存在なのだと、自分達にとってもう一人の家族なのだと明美は嬉しそうに話してくれた。

 アンバーという呼び名は、彼女が被検体をしていた実験が『人間に狼の強靭な身体能力を宿させる』というものだったことからついた名前だ。
 事実、色素の薄い髪も名前の由来である琥珀色(アンバー)の瞳も後天的なもので、その色彩が実験の成果を物語っていた。ただし知能に「少々」問題があり、人間兵器としての実用性は見込めないということで、その実験は今は凍結されている。

 被験体の中で唯一生き残った、組織に飼われている少女がなぜ此処に?
 その疑問は、彼女の言葉によって解消されることになる。

「ゆるさない。おまえ、おまえがいたから、あけみちゃんが――しほちゃんがっ、おまえのせいで!」
「……明美のことはすまないと思っている。だが、アンバー……ッ!」
「よごれる! くさい! よぶなッ、うすぎたない声でっ、あけみちゃんをよごすなァ!」

 風を切る音と共に鋭い攻撃が繰り出される。
 その猛攻はあきらかに人の範疇を越えるものであった。異常な速さに、赤井も流石に防戦一方にならざるを得ない。どうにか捕獲しようにも小さな体は異様なほどに柔軟で、その身体能力と相まって人外めいた動きで赤井の手からすり抜ける。

「待てっ、アンバー、話を聞いてくれ! 彼女は、宮野志保は――」
「うるっっさい! くさい! くさいくさいくさい!」

 「オラァッ!」と巻き舌じみた声とセットで繰り出された足技が腹部に直撃する。華奢な少女の繰り出した攻撃とは思えない重みに、胃のものを吐き出しかけたのをグッとこらえた。そのまま足を掴み、なんとか捕獲しようと試みるが――

「さわるな! きもちわるい、おまえはいやだっ、へんたい、へんたい、へんたい!」
「ぐっ……落ち着け、アンバー、俺は君を傷つけたくない」
「うそつき! おまえはうそつきっ、あけみちゃんもだました、あけみちゃんわるくないのにっ、あけみちゃんにひどいことした――地獄に落ちろ! しね! おまえはしね!」

 悲鳴混じりの声で至極真っ当な罵声が嵐のようにぶつけられる。
 興奮しているのか、彼女の琥珀色の瞳が金に近い色に変化しつつある――それは組織に居た頃に資料で見た、興奮状態による能力向上の症状に似ていた。

(このままではマズいな……)

 赤井自身、ジークンドーをしていたこともあり腕に自信はあるが、本業は狙撃手である。あくまで体術は相手の攻撃をいなすためのものだ。
 対する彼女は、下手をすれば興奮状態で自分の足をへし折ってでもなりふり構わずこちらを始末しようとするだろう。

 だが、まだ死ぬわけには行かない。
 組織を殲滅した際には彼女の手で縊り殺されるのもやぶさかではないが、しかし、それは今ではない。
 実年齢は妹とほぼ同じ――しかし外見は十代前半ほどの少女なので罪悪感はあるが、そう甘いことも言っていられない。

「悪いが、強硬手段で行かせてもらうぞ――」

 足を掴んだまま少女の上半身をホールドし、伸し掛かるようにして暴れる小さな体を抑え込む。そしてそのまま腕を首周りに回して、締め付ける力を強めていく。「んぐ、ぐぅ――」息ができず、顔に血が上った少女の顔が赤く染まり――暴れていた体の力が抜けた、その瞬間。

「そこまでじゃ、FBI」

 後頭部に、冷たく硬質的な何かが押し当てられた。


 3


「……あ、目ぇ覚めたん? もうちょっと寝とってもええからな」

 頭がくらくらする。なにかに座っている。体に力が入らない。辛うじて頭は動いたので、横を向く。
 そこには優しい笑顔を浮かべた男の人が座っていた。優しい色の、そう、ミルクティーみたいな髪の色をした、きれいな男の人。
 「だぁれ?」と訊くと、男の人は、「お嬢ちゃんを守るために来たんや」と言って、名前を教えてくれた。志保ちゃんの知り合いだろうかと思い訊ねると、それに近いなぁと言って頭を撫でてくれた。やさしく、そうっと触れるようにして。

 それが明美ちゃんの撫で方と似ていて、ふにゃふにゃと笑ってしまう。
 ほろりと涙が目からこぼれた。

「……ごめんねぇ。あけみちゃん、ごめんねぇ、ごめんなさい、おやくそく、したのにっ、しほちゃんまもれなくって、ごめんなさい……」

 明美ちゃんは私の強さを知っていた。
 最後に会った日、私にお願いしてくれたのだ。「どうか、志保の側であの子を守ってあげて」と。
 そして、「帰ってきたら、三人で外で暮らしましょう」と言って、いつものように優しく頭を撫でてくれた。

 ――それが、最後だった。
 どうして止めなかったんだろうと、毎夜、夢でそのときのことを思い出す度少し泣いた。白髪に見られたらいやなことを言われるから、泣くのはほんのちょっとだ。それから朝になるまでに目を冷やして、なんでも無い顔をして地獄の中で過ごす。
 そんな私の後悔を、お兄さんはうんうんと頷いて否定することなく全部聞いてくれた。優しい人だ。「頑張ったんやなぁ」と言って、こぼれる涙を手で拭ってくれて、それから今度は抱きしめてくれた。

 優しい匂いがする。柔軟剤と、少し汗の香り。
 あの地獄とは違うのだと分かった。あそこは、大好きな志保ちゃんや明美ちゃんでさえいつもほんのり血の香りがしていたのに、この人からはそんな香りはしなかった。

「わたしね、しほちゃん、さがすの」
「そうかそうかぁ。大丈夫やから安心しぃ、まずはゆっくり休むんや」
「……ちょっとだけ、つかれちゃった……」
「せやなぁ。いっぱいいっぱい走っとったもんなぁ。今はゆっくりおやすみ」
「……おにいさん、いっしょに、いてくれる……?」
「おん。お嬢ちゃんが目え覚ますまで、一緒におるからな」
「……ありがとぉ……」

 これで、お兄さんが悪い人でも許してあげられる。
 むにゃむにゃと私は、そのまま夢の中へと落ちていった。

 ――夢の中で、私は明美ちゃんと志保ちゃんと三人で外の世界で一緒に暮らしていた。怖いものなんてなにもなくて、みんな笑顔だった。
 ああ、とっても幸せだなぁ。


 ◆


「――スマン。仁王くん、車のスピード、もうちょっと落としてもらってもええか?」
「了解じゃ」

 少女を抱きしめた男――白石は、運転席に座り車を動かしている長い付き合いの男に言った。
 「任せときんしゃい」と言って片手をひらひらと振る姿は学生時代から変わらない。まあ、そんなところが信頼できるのだが。

「にしても、こない小さい女の子がなぁ……」
「世知辛い世の中じゃのう。とりあえず公安にも連絡は入れといたし、のんびり行くナリ」
「せやな。この子が起きたら、名前訊かなアカンなぁ。お嬢ちゃん呼びは寂しいし」
「そもそも、名前なんて覚えとるんか?」

 公安から回された資料によれば、少女が組織に売られたのは小学校低学年ほどの頃。
 後に組織の幹部となり「シェリー」と呼ばれる少女と同年代であり、幼い頃から交流のあった彼女とその姉の番犬役を務め、暴れ出すと他の幹部でも手に負えないことから実験は事実上の凍結――現在では完全にシェリー預かりになっていたという。

 なんの罪もない、親にはした金で売られた子供。
 彼女と同年代であり、姉を人質に取られその才能を危険な研究に使わさせられていたシェリーという少女もだが、そんな非情なことがこの国で起こっているということにゾッとする。
 一刻も早くこの組織を潰さなければならないという決意を新たに、あどけない寝顔を見ながら車を運転している男――仁王と他愛ない話を続ける。
 妹が居る白石としては、少女より先に組織から逃亡し行方不明である「シェリー」という幹部の少女――志保ちゃんというらしい彼女も、無事に保護されてほしいと願うばかりだった。
 

 4


 眩しいのと、体がふわふわに包まれているのに気がついて目が覚めた。
 起き上がると、「おはようさん」と微笑んでくれたのは、あの優しいお兄さん。
 思わず無言で自分の頬をつねる。
 「どないしたん!?」と慌てた様子のお兄さんに、夢かと思ったのだと伝えると、お兄さんはちょっとだけ下手な笑顔で、夢なんかじゃないとまた私の頭を撫でてくれた。

「ここ、どこ? じごく?」
「地獄やないで。ここはお嬢ちゃんを守ってくれる人たちのおるところで――あっ、せやせや、お嬢ちゃん、自分のお名前言えるか? なんやお嬢ちゃんいうのも、ちょっと寂しないかと思ってなぁ! できれば名前で呼びたいんやけど」
「おなまえ?」

 せや、とお兄さんが頷いた。私はちょっと考えた。
 私の名前は三つある。厳密には、そのうち二つはあまり自分の名前とは思えていないものだ。
 一つ目、私が組織に売られる前――つまり、私本来の名前。
 これは、確か、表では私は死んだことになっているらしいので、今はもう死人の名前ということになる。
 二つ目、アンバー。
 これは私が実験されてるうちに、いやな笑顔の研究者の人たちがつけた名前。今の私の目の色らしい。
 三つ目――これは、志保ちゃんと明美ちゃんが私のために考えてくれたものだ。
 狼の研究をされてるから、ロウちゃん。私はこの呼ばれ方が、一番好きだ。

「ロウ。……おおかみのじっけん、だったから。ロウちゃん。ずっと前、しほちゃんとあけみちゃんがくれたおなまえ」
「――そうかぁ。ほんなら、ロウちゃんって呼ばせてもらってもええか?」
「いいよぉ」

 笑って言うと、お兄さんはふんわりと甘い笑顔を見せた。とってもかっこいい。ちょっとだけドキドキする。まるで、昔明美ちゃんが読んでくれた絵本の王子様みたいだ。
 志保ちゃんがここに居たら、二人でかっこいいねえって言い合えたのになあ。ちょっと残念だ。
 志保ちゃんは頭が良くて、周りがいやな大人ばっかりだったから大人びてるけど、私といるときは普通の女の子なのだ。イケメンは、目の保養というやつらしい。

「ほんならロウちゃん。これからご飯食べて、ちょっと休んだら質問に答えてもらうことになるねんけど、ええかな?」
「いいよぉ。ごはん、もらえるの?」
「おん。ほんなら移動しよか。お兄さんと手ぇ繋ごうな」
「はぁい」

 ベッドから降りて、お兄さんと手を繋ぐ。
 お兄さんの手はちょっと硬くて、なんとなく、スポーツをしていた手のような気がした。たぶん、野球とか、そういう感じのやつだ。
 眠っていた部屋を出て、廊下を歩く。真っ白い床はあそこを思い出すけれど、ここは血の匂いがしないので、おそらく安全なところなのだろう。
 何より、お兄さんからは嘘つきの匂いがしない。ライとは大違いだ。

 少し歩いていると、一つのドアの前で足が止まった。
 目的地はここなのだろうか。お兄さんを見上げると、にこりと笑って、そのままドアを開けた。

「お待たせしてすんません。アンバーちゃん……ロウちゃんが起きたんやけど、先にご飯食べさせてやりたいねん。用意してもろうてええですか?」
「ああ。食事ならいつでも出せるから大丈夫だ。今、準備するよ」
「お願いします。さ、ロウちゃん、入ろうな」

 部屋の中から、どこかで聞いたことがある声が聞こえた。
 くんくんと鼻で匂いを確認する。おや、と私は首を傾げた。確かこの匂いの持ち主は、随分前に死んだと聞いた記憶があったからだ。
 手を引かれて、部屋の中に入る。ふんわりと温かいその部屋の中には、数人の男の人と女の人が居て、私の視線は懐かしい匂いの先――スーツを着ている男の人に向かう。

 バチン、と目が合った。

「あーっ、すこっちだあ」
「久しぶりだな、アンバー……じゃなかった。ロウ、でいいんだよな?」
「うん、ロウだよ!」

 しほちゃんとあけみちゃんがつけてくれたのと伝えると、男の人――死んだはずのスコッチが、そうかあと笑って、私のところに来た。私の背に合わせてかがんだスコッチは、「無事で良かった」と言って、やさしく頭を撫でてくれた。
 嬉しいけど、お兄さんやあけみちゃんの方が上手だなぁと思う。
 でも、どうしてスコッチが生きているのだろう。ライに殺された、って聞いていたのに。

「すこっち、らいに殺されたって聞いてたからね、らいころそうとしたときにね、すこっちのぶんもえいえいってするつもりだったの。しっぱいしちゃった。むねん」
「そ、そうかあ……ロウが手を汚す前で良かった……」
「いや、ほんまギリギリやったけどな。相手さんの方が体格差でなんとか勝ったって感じで」
「首絞めて意識奪おうとしとったのう」
「なんだって?」

 首を絞められた、と聞いたスコッチの目がぐわっと開いた。体がびくっとなって、急いでお兄さんの後ろに隠れる。
  スコッチとは、研究所で一人のときに何度か会ったことがあった。会う度に何かと優しくしてくれた数少ない大人の人だったのでよく覚えている。志保ちゃんと明美ちゃん以外で私が覚えてるなんて、とても珍しいことなのだ。
 しかし、こんなおっかない顔をしたスコッチは初めましてだ。ちょっとこわい。ピリピリしてるのが肌に伝わって、私もピリピリしてきてしまう。

「ちょ、諸伏くんアカンッ。ロウちゃん怖がっとる、髪の毛ブワッと立っとるでこれ、毛ぇ逆立てとるでこれ!」
「あっ! わ、悪いロウ、大丈夫だ、ドウドウ、落ち着け落ち着け」

 ふうふうと息を吐いてお兄さんの背中から顔を出す。ピリピリした感じは無くなっていた。
 そして、ふうっと息を吐くと、お腹がもにょりとした感覚になった。

「おなかすいた」

 きゅるるとお腹が鳴る。
 外に出てからどれだけ経ったのか分からないが、ずっと何も食べてなかったのを今更思い出した。ごはんをください。いい子にしますから。
 そしてお腹がいっぱいになったら、志保ちゃんを探しに行かなければ。


 5


「うまいか?」

 銀髪の男――仁王の問いかけに、何度も首を縦に振る少女。
 もぐもぐと口いっぱいに食べ物を詰め込む姿はさながらハムスター。大変可愛らしいが、喉に詰まらせないかと心配にもなる。ちゃんとよく噛むようにと促すと、少女はまた大きく首を縦に振った。

「かわいそうになあ、研究所飛び出して一週間近く、飲まず食わずでずっと逃げ続けとったんやろ。こんな育ち盛りの女の子がお腹空かせとるなんて……世も末や」

 少女――「アンバー」こと、ロウの隣に座り、甲斐甲斐しく世話を焼く男――白石は随分とロウが気に入ったようだった。一番に保護をしたことで、庇護欲のようなものが生まれたらしい。
 その感情にやましいものが無いのはロウが懐いてることで証明されているので、諸伏が口出しすることはない。

「とりあえず、ロウから聞いた限り、シェリー……宮野志保は行方不明。ジン達が捜索していることから、まだ一応死んではいないと見ていいだろう。仁王さん、監視カメラの映像はどんな感じだ?」
「今ウチの社長に確認とっとるけえ、もうちいとばかし待ってくんしゃい。流石に米花町中のカメラ把握するのは時間がかかる。警察のお上だけじゃのうて公安にも話通さんといかんからの」
「しっかし、仁王くんがまさか警備会社に入っとるとはなあ……しかもあの鳴海警備保障!」
「大学の頃社長にスカウトされたんじゃ。そのまま入ったのはいいものの、おかげさまで毎日大忙しぜよ」

 からからと笑う仁王の所属している会社は、新進気鋭の警備保障会社である。
 社長が元警視庁の警部な上、そのカリスマ性と会社の持つ最先端の技術・そして社長の美貌で一気に名を広めており、警視庁や大企業へのコネクションも強みの一つだ。
 今では米花町を中心にあの鈴木財閥や跡部財閥とも提携しており、米花町内の建物には必ずこの警備会社のステッカーが貼られている。なので、住人なら一目で分かることだろう。
 ロウが飛び出してきた研究所を中心に、この会社が設置している米花町内中の監視カメラを見れば、行方不明のシェリーの足取りも分かるかもしれない――というのが現状だ。
 そんな中、誰かの発した既に始末されているのではという危惧を、ロウは強く否定した。

「しなかったもん! おそと行く前に、しほちゃんがいるかもって、なかぐるぐる回った。でも、しほちゃんの血の匂いしなかったもん」

 だから私も追いかけてきたのだとロウは言った。
 ついでに白髪と一緒にいる黒いメガネを殴っておいた、という言葉はスルーしておく。おそらくジンとウォッカだろう。その件は潜入中であるバーボン――降谷から話は伝わってる。正直よくやったという気持ちである。
 「せやなぁ」とそれに相槌を打つのは白石だ。

「ロウちゃんの鼻なら確かやと思います。狼は人間の何万倍も嗅覚優れとるいうし、そんな子が建物ん中駆け回って確かめたんなら尚の事です」
「そうだな。……とりあえず、組織より先に保護できて本当に良かった……」

 白石の言葉に諸伏は頷いて安堵の息を吐いた。組織に捕まっていようものなら、下手をすれば殺処分されていた可能性だって大いにある。
 シェリーが事前にロウにいざという時のために言付けておいてくれて本当に良かった。
 もっきゅもっきゅと久方ぶりの食事を堪能するロウは、シェリーの生存を迷わず信じている。今は自分達もその言葉を信じて捜索するしか無いだろう、というのが総意であった。

 そしてそれから暫くして、ロウの言葉が正しかったことが明らかになる。

おまけ

「プリッ」
「ぷりっ」
「プピーナ」
「ぷぴぃー?」
「プピーナじゃ、プピーナ」
「ぷう、ぷぴーな?」
「おう。偉い偉い、それじゃ次はこれじゃの。ピヨッ」
「ぴよっ」

「……アレは……何を……?」
「仁王くん、ロウちゃんに懐かれたもんやから自分の口癖教えとるらしいです。微笑ましいわぁ」

「そしたら次はこれじゃ。――『んんーッ、エクスタシィ!』」
「……えく?」
「仁王くん何教えとんねんッ! それはロウちゃんにはまだ十年早い! しかも何ご丁寧に俺の声で再現してくれとんねん、やめてやほんまにもう!!」
「プピナッチョ」

 無知な女の子に何してくれとんねん派白石さんと、多分この子普通に教えたら理解できるじゃろな観察眼が鋭い仁王さん。
 どっちも正解。

登場人物

狼少女(ロウ)
本名はとうの昔に忘れてしまった薄幸少女(not転生者)。
宮野姉妹からは「ロウ(狼)」と呼ばれていた。組織の人間からは「アンバー」と呼ばれる。
色素の薄いブラウン系の髪と琥珀色の瞳を持つ。瞳も髪も後天的なもの。
外見年齢は十代前半(小学生くらい)ほどだが実年齢は志保と同じ。
口調はたどたどしく、投薬の影響によるものと思われる。

宮野志保
幼児化して逃げ延びた米花町で「灰原哀」として現在絶賛潜伏中。
プリズン・ブレイクした後も気がかりはロウのことだったので、再会後は庇護の下、解毒剤の研究に邁進する。天敵は諸星。次に会ったときが奴の命日。従兄弟と知った日には修羅が舞い降りる。赤井は死ぬ。

お兄さんたち
中学時代は人外魔境のテニスのプリンス様達だった。今でもプリンスである。
※進路は捏造。

白石:薬学部卒の薬剤師。詳しい話は次回。今回、かねてより捜索されていた組織の被験体が脱走したという情報を聞きつけ、連れ戻される前に保護をと探していたらどこぞのえふびーあいが幼気な少女を首絞めしてる現場を目撃。速攻で保護し、身の上話を聞いて泣いた。過保護なお兄ちゃんと化す。
仁王:口元のホクロがセクシーな謎のお兄さん。警備会社に在籍。変装術を生かして色んな組織に情報集めたりしてる。諜報活動してる際に今回の一件を知り、近くに居た白石と共に少女を保護。起きたらたぶん懐かれる。えふびーあいの頭にくっつけたチャカはエアガン。

警備会社:警視庁のノンキャリ元警部の完璧超人が作った会社。社章はたぶん菖蒲の花とか入ってる。コラボカフェおめでとうございます!!! 尚この世界線だと奥さんは警察辞めてこの警備関係の仕事してそう。


 こんな感じで保護された狼少女が家族と再会するまでの紆余曲折を書きたかったのですが一旦区切り。

 この後多分ハムさんか警備会社のシャッチョさんのツテで跡部様に匿われる可能性が大。
 跡部様の庇護下に行くと、もれなく大人になったプリンス様√が開く予定です。

 ここまで読んでくださりありがとうございました!

ALICE+