ひろみつの嫁と娘

「あなたのパパはね、正義の味方なんだよ」

 そう言って誇らしげに笑う母の顔が、私は大好きだった。

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 ごきげんよう、転生者です。
 出オチと思われるかもしれないが、残念ながら事実である。ある日目を覚ますと前世の記憶が戻っていた、プリティでチャーミーな敵役ではない幼女、今年から帝丹小学校に通うプリティな一年生――それが私という人間のスペックである。

 家族構成は母と私の二人――つまり母子家庭で、母はそこそこいいとこのお嬢さんなのだそう。
 疑問形なのは、我が家では祖父母との交流がなかったからだ。
 つまり、私にとって母以外の親類は、顔もわからない未知の存在だった。母の様子を見るかぎり、母と親子の交流があったかすら怪しい祖父母である。金と環境だけ与えて放置されて育てられた、一種の虐待なのではと私は勘繰っているが、真相は闇の中。
 そんな顔も知らない祖父母が母にあげたいくつかのマンション等の不動産からなる収入と、母が個人的に転がしている株とかなんかそういうやつのおかげで、我が家の家計は賄われている。
 年収は一般家庭の大黒柱数人分ぐらいあるっぽい。転生者がみんな株に詳しいと思ったら大間違いやぞ。
 なので、母はだいたい家でお仕事をしている。たまに買い出しやどうしてもしなきゃいけない用事などで入れ違いになることもあるけど、基本的に私の下校時間あたりにはマンションのエントランスまで出てきていて、私を待っていてくれる。
 えっちらおっちら歩いて帰ってきたら、パッと顔を輝かせて「おかえり」と言って、私をぎゅうと抱きしめる、私のとってもかわいいおかあさん。

 おかえりの言葉がこんなにも幸せな言葉なことを、今までちゃんと気づいていなかった。とんだ親不孝者である。置いて逝ってしまった前世の家族を思うと、胸が痛い。記憶の中にいる『前』の母の姿を思い出そうとしても朧気になってきているから、なおのことそう思ってしまうのだ。
 たぶん、今生の母も『前』の母と似たタイプなのだと思う。
 記憶が薄れてきても、ママを見ると、思い出せない悲しみが埋まっていくような気がするので。

「ママ、今日はスパゲッティがいい」
「あらぁ、じゃあアレね。ミートボールごろごろ入れちゃいましょうね」
「かりおすとろ?」
「うふふ。ザッツラーイト!」

 手早くエプロンを身に着けた母がにかっと笑顔を浮かべた。
 私の心はルンルンである。だってスパゲッティはおいしいし、ミートボールもおいしい。そして、私は泥棒一味の映画の中でもかわいそうな花嫁を助け出すあのお話が一等すきだった――内容はほとんど思い出せないけれど、そのぶん母が覚えているので、無問題なのだ。というか、記憶が正しければ、あの一味はこの世界に実在している。

「いつか会えたら、サイン貰いたいな……」
「わかる〜。ママも貰いたい……不二子ちゃんに……」
「ママったら面食いさんなんだから」

 そう。母もまた、私と同じ転生者だった。

 それを知ったのは、私がついうっかり、この世界には存在しないアニメのテーマソングを歌っていた現場を確保されたからだ。因みに私が歌っていたのは仮面○イダーのテーマ曲。ヤイバーではなくライダーの方だ。ライダーはこの世界では須らくヤイバーになっているらしい。私は泣き崩れた。閑話休題。

 私が口ずさんだその番組を、母も存じ上げていたのだ。
 いわゆる、大きなお友達、というやつだったらしい。ちなみに、放映当時私はリアル小学生だったため小さなお友達だった。ジェネレーションギャップ、と母が呟いていたが深くは追及しなかった。知らなくたって世界は回るので。

 そこから私と母は、親子であり、前世の記憶という不思議なモノを持つ同志にもなった。
 違いといえば、母の『記憶』は今もバッチリ残っているのに対して、私の『記憶』は年々薄れてきていており、少しずつただの子ども≠ノ近づいてることだろうか。
 幸い精神面は前の私を踏襲しているらしいので、いつか記憶が思い出せなくなっても、『前世の記憶』を持っていたのだということは覚えていられる。何より、ママがどんなわたしになったとしても、愛してくれる自信がある――それが救いだった。

「あなたは、早産で予定よりずいぶん早く産まれちゃったから、周りの子よりも小さいし、心はお姉さんだってわかっているけど……ママ、とっても心配なの」
「ううん……それをいわれると、返すことばもなし……」

 片手に幼児用のフォークを握りしめたままの、自分の両手を見る。
 ふにふにで、もみじまんじゅうのようにやわらかくて、爪も貝殻みたいにちいさい。クラスでも並ぶときは一番前に立たされるし、貧血にもなりやすくて、体育はいつも見学だ。
 健康優良児だった『前』と違い、今生のわたしは、かわいいとクール系のハイブリッドのような顔立ちをした、将来有望そうな女児である。
 ミートボールを三口に分けてかじりつきながら、ミートソーススパゲッティを口いっぱいにほお張り、もごもご咀嚼する。「やぁだもうかわいい〜」とデレデレな母に口元を拭いてもらいながら、頭に浮かぶのは今の環境。
 帝丹小学校の一年生、原作を知る人ならばとんでもねえポジションだと思われるかもしれないが、幸いにも、私のクラスは少年探偵団の彼らとは違っていた。なので、まあ、なんとかなると思うのだが。



 小さな体に持て余す、大きなランドセルを背負った少女が道を歩いていた。
 時折きょろきょろと辺りを見渡しては、彼女はへにゃりと眉を下げ、がっくりと肩を落とす。そしてまた、小さな生き物はよろよろと歩き始める。

「キミ、どうしたのかな?」

 そんな姿を見たら、声をかけずにいられなかった。というか、放っておけるお巡りさんが一体どこにいるだろうか。声をかけると、女の子のくりくりとした瞳がこちらを見上げた。
 どこかで見覚えがあるような気がして――(ああ、そうだ)ずいぶん連絡が取れなくなってしまった、同期の一人と似てると気づいた。とはいえ、あっちは男で、こっちは比べようのないほどお人形のように可愛らしいお嬢さんなのだが。

「あっ、あのう」
「何だい? ……あっ、もしかして、知らない人に突然話しかけられたから困ってる?」

 訊ねると、数秒の間を置いて、眉を下げた少女はおそるおそる、といった様子で頷いた。
 確かに、突然知らない大人――それも男に声をかけられて、警戒しないほうがおかしいだろう。特にこの町……米花町であれば、なおのことである。
 ちゃんとした親御さんに育てられているのだろう、申し訳無さそうな顔をしてこちらを見つめる少女に、俺は目線を合わせるように膝をつき、ジャケットから持ち歩いている身分証明証を取り出す。

「俺は、萩原っていうんだ。ほら、こう見えてもおまわりさんだよ」
「……おまわりさん……」

 取り出した警察手帳を見せると、ようやく少女はほっとした顔になった。次いで、「怪しんでごめんなさい」と、ぺこりと頭を下げた。「大丈夫大丈夫! そんな謝ることじゃないよ」あわてて返すと、少女はやっと、花のほころぶような笑みを浮かべてくれた。

「お、おまわりさん。私、その、おうち、がわからなくて……住所はランドセルに書いてあるんですけど、その……」

 少女の説明をまとめると、こういうことだ。
 生まれつき体が人よりすこしだけ弱い彼女は、小学校に入学した現在も、定期的に母親に送迎してもらっていた。住んでいるマンション付近に同年代の子どもがおらず、登校班というものがなかったのも大きな要因の一つだった。
 けれど、今日は母親に外せない用事があったのと、道順も覚え、ひとりで帰ってくる機会も増えてきたからと、自ら立候補して、一人で帰宅することになった。
 だが、ふとしたことから、道順がわからなくなり――

「頑張って探してたんだね。えらいえらい」
「ひとりで帰れるようになったら、ママの負担が減ると思ったの……」
「そうかあ。君はいい子だね。安心して、お兄さんが家まで責任持って送ってあげるよ」
「ほんとう……?」
「ああ、もちろん!」



「まま?」

  ほんの少し吊り目っぽい、まんまるな灰色の瞳。あの人にそっくりだけど、親の贔屓目か、私にも似ているような気がする。
 幼い頃の自分の写真を見直しては、娘との共通点を見つけるたび、やはり私とこの子は親子なのだと再認識する。おかしいことだ、私が産んだのだから、正真正銘この子は私の娘だというのに。しかし、それでも、どうしてもふとした瞬間、確認したくなってしまうのだ。

 転生者は総じてメンタルが強い――多重転生者だとなおのこと――そう思われがちだ。実際、その気はあるのだと思う。娘は転生者であるがたまたま記憶を取り戻しただけで、それ以外は年相応に幼い。本人は大人の振る舞いのつもりだが、はたから見ればちょっと背伸びしたかわいい女の子でしかない。
 対する私は、ずいぶんな回数を生まれ変わり続けているタイプの転生者だ。よくある、脳内で転生者専用掲示板にアクセスする権限を持っているタイプの転生者である。
 私見だが、転生者はメンタルが強いわけではない。何度も繰り返すことで、強制的に耐性を得ているか、諦念の中で生きているため、必然的にそう思われがちなだけだ。
 つまり、何が言いたいかと言うと。

(私だから耐えられたけど、ふつうの子どもじゃこんな環境とち狂うか病んで終わりだって話なんだわ)

 生まれた瞬間から、両親との交流なんてなかった。
 どうにも政府関係の高官――曰く警察関係の役職についていたらしい両親は、私を放置しながらも金は惜しまず子どもが一人で暮らせる環境を築いた。
 世話役だという大人たちが代わる代わるやってきては最低限の身の回りのことをして、最低限のことだけを伝え、それでおしまい。ほとんどひとり暮らしの、奇妙な子どもの爆誕である。
 普通に虐待だ。ちゃっかり進路もレールを勝手に敷かれ、そこからはみ出そうとするたび、ねちねちと小言だけが世話役を通じて飛んでくる。何回殺してやろうと思ったことか。目の前にいたらぶち殺してたとうっかり口を滑らせた日には、世話役の人が顔を青くして哀れなものだった。
 そんな歪んだエリート教育の結果、おかげさまで私は見た目こそ温和でそれなりの経歴はあるが、中身はこんなめちゃくちゃな倫理観を育んでしまった。


 籠の中の鳥と思われた女性は、とにかく、『破天荒』が服を着て歩いているように諸伏景光には見えた。

「政略でもなんでも、大人の事情なんてどうでもいい。単刀直入に言います。あなたの精子をください。私、子どもを産むのなら、あなたの遺伝子を持った子がいい」

 まだ二十歳になって間もないであろう、ついこの間まで庇護される側だった少女だった女性は、満面の笑みで、諸節にそう言ったのだ。

「ぶっ飛んでんな、その女……」
 松田が言う。俺はいいやと首を振った。
「彼女、俺の所属とか全部把握して、自分が危ない立場になるのも承知の上でそう言ったんだ」
「えーと、つまり?」
「彼女、俺に一切合切興味がないんだ。というか、結婚自体すごくどうでもよさそうだった。昔からご両親が身近にいても『親』を名乗れない環境だったからか――純粋に、心から、彼女は自分の子どもがほしかったらしい。つまり、自分の『家族』がほしかったんだ」

 全員が目を見開いた。両親が公安関係者であり、権力者でもあった彼女は、昔から家族団欒と縁が薄かった。世話役に最低限の支援をしてもらいながら、ほとんどひとりぼっちで生きてきたのだ。――その世話役こそが、変装をした自分の両親だとも知らずに。

「だから結婚に愛がなかろうが自分にバツがつこうが、最終的に子どもが自分に残ってくれるなら、それでよかった。利害の一致――形式上のものだとしても『夫婦』になったんだから、ってさ、こんな仕事だから、不規則な生活だったろうに、俺に歩み寄って支えてくれた。いい子だったよ、本当……」
「……彼女の方は気にしてないんだが、ご覧の通り、ヒロの方がいつの間にか本気になっててな」
「あー、つまりだ」頭が痛そうな伊達が言う。「相手は念願だった自分の子どもが生まれて、今更お前が生きてようが死んでようがどうでもいい。だがお前は、相手に惚れて、一緒になりたい、ってことか?」
 ああ、と諸伏が頷く。そして、いそいそと私用の端末を取り出し、目の前の友人たちに翳してみせた。
「これが俺の子。すごくかわいいんだ」
 隣の降谷が言う。「ヒロにも似てるし、彼女にもよく似てて可愛いぞ」
「予定より、早産だったらしくて……どうにも体が弱いみたいで心配なんだけど……プレゼントを贈ろうにも、まだハードルが越えられなくて」
「彼女のお父君は公安職員で、今は前線から離れているが俺たちの協力者にもなってくれている。特にヒロのことを買ってくれていて、ふたりの結婚を斡旋してくださった方でもある。……ただ、環境ゆえ、娘さんに滅法甘くてな……」
「へえ、どれどれ」
「お顔を拝見――って、えっ」
 写真を見せられた萩原と松田は顔を見合わせ、無言で天を仰いだ。
 画面に映し出された友人の子は、つい最近自分たちが保護した、ちいさなちいさな女の子だったからだ。


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