めと
「荒船せんせえ!」
「お、#名前#か。久しぶりだな」
小走りで近寄ってきた後輩に口許が緩む。任務かと問いかけると、ランク戦に来ていたのだと明るい声で返事が返ってきた。
「久しぶりに先生に会えて嬉しいです」
「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか」
わしわしと遠慮なく髪を撫でれば、#名前#は「髪が乱れる」と言いながらも嬉しそうに身を捩らせる。まるで構ってもらえて嬉しい子供のようだ。実際、#名前#の中にはそれに近い純粋な気持ちしか無いので、荒船も遠慮なく構ってやっているのだが。
「そういやお前、なんで此処に?」
今、#名前#と荒船が居るのは狙撃手の練習場だ。銃手である#名前#には縁のない場所のはずだった。
「そりゃあ、私も狙撃手に転向したからですよ。あ、任務の時とかは銃手のままですけど」
ふふん、と#名前#が胸を張って答える。
聞けば、入隊したときから使っていた銃手でのポイントがマスタークラスに到達したらしい。なので折角だから、と狙撃手もしてみることにしたと。向上心があることは悪いことでは無いので、そうかと頷いてマスタークラス到達を褒めてやる。
「へへ、荒船先生はぱーふぇくとおーるらうんだー、でしたっけ、それ目指してるんですよね。すごいなぁ〜」
「まぁな。お前はあれか、中、遠距離の万能手にでもなる気か?」
「あっ、それいいかもですね。後方支援担当、闇討ちでもなんでもお任せあれ〜って感じで!」
先生のお背中は私が守りますよ! と意気込む後輩を撫で回す。もしも一人に飽きたらうちの隊に来い――という言葉は今は飲み込んでおくとしよう。
「名字先輩!」
ラウンジのボックス席に一人座っているその人に声をかける。顔を上げた彼女は、パッと表情を輝かせた。
「藍ちゃんだ〜! こんにちは、お仕事終わったの? お疲れさま」
「はい。先輩は任務ですか?」
「夕方からね。部屋にいるとだらけちゃうから、先にラウンジで勉強してんの」
おつむよくないから、勉強はちゃんとしないとね。太刀川さんみたくなりたくないし、そう付け足した先輩に、「正しいと思います」と頷いて返す。
先輩は元々県外からスカウト入隊した人で、私よりも隊員歴が長い。私が入隊した頃にはもうB級隊員だったし、チームを組まずソロで仕事を続けていた。先輩は私のことを買ってくれていたのか、同じ銃手としてできる限りのことを惜しみ無くしてくれたし、私の現在の戦闘スタイルも先輩のアドバイスが活きている。
私が嵐山隊に入り、A級になった後も変わらず接してくれる、おおらかで優しい人だ。
腕も悪くない、贔屓目抜きでA級でもやっていけるだろう。事実、いくつか誘われていると聞いたことがある。なのに、それでも先輩はソロで活動している。
理由はわからないけれど、あの穏やかな陽射しのような笑顔が見られるなら、それも良いか、と思ってしまうのだ。姉がもし居るのなら、こんな人なのかもしれない。そう思ってしまうほどに。
「カゲのアニキー」
とてとて、とでも効果音がつきそうな足取りで近寄ってきた少女は、「こんにちは」と微笑んだ。
「アニキ達もランク戦ですか?」
「それもあるけど、今度試合あるからねー、ログとか見に来たんだよ」
「ほあー、チーム戦の。それはそれは、お疲れさまです」
「#名前#ちゃんはランク戦に来たの?」
ゾエの問いかけにこくりと頷いて、#名前#は「若造達からポイント奪ったろと思って」と悪役じみた笑みを浮かべる。
「#名前#さん、今狙撃手の練習場によくいるよね」
ぼそりとユズルが呟く。転向したのかと訊けば、にっこり満面の笑みが返ってくる。
「折角だから新しいことやろうと思ってね。先日、銃手はマスタークラスになりましたので」
「おお、めでたい」「おめでとう」「ありがとユズルくん〜君はいいこだぁ」よしよしと頭を撫で回す。弟ができるとしたらこんな子がいいなぁ、しみじみ呟くとゾエさんに「#名前#ちゃんはユズル大好きだよね」と言われる。えっ、そう?
「へへへ……末っ子なんで……年下がかぁいくてしゃーないんですよね……ごめんねユズルくん触りすぎなのはわかってるの……」
「なら離せや」
「カゲさん触らせてくれるなら――イテッ!」
「嵐山さん、こんばんは」
「やあ、#名前#。元気だったかい?」
「はい、怪我ひとつなく元気です。嵐山さんもご活躍目覚ましいようで。お体は大丈夫ですか?」
「ああ、俺も元気だよ」
大きな手のひらがゆっくりと頭を撫でる。流石ボーダーの顔、さわやかだしキラキラしている。目がしぱしぱしそうなんて思いながら、精一杯の笑顔で返した。
「あ、イコさん」
「お、カワイイカワイイ#名前#ちゃんやん」
「やだあ、イコさんったらお上手! 任務ですか?」
「#名前#ちゃんはかわええよ、いじらしくてほんまきゅんきゅんするわ。あ、今日は任務やないで」
「も〜、イコさんはイイオトコだからドキドキしちゃうなぁ」
「えっホンマ? ホンマ?」
「ほんまほんま」頷く#名前#に、生駒が震えながら口元を両手で押さえる。
「この子めっちゃええ子やわ……嵐山には勿体ないわ……」
「なんで嵐山さんの名前が出るんです?」
「付き合ってるんとちゃうんか?」
「……私と、嵐山さんが?」んなアホな。首を振って否定すると、生駒は「ちょおまっとってな」と一言おいて、そのままどこかに電話をし始めてしまった。その姿を眺めながら、はてと首を傾げる。
「#名前#さー、嵐山さんにはすっげえ甘いよな」
「はい?」
昼休み、一緒にご飯を食べようと突撃してきた出水くんと米屋くんとご飯を食べていたときのこと。
おもむろにそう言った出水くんに、私は首を傾げた。
「なんて?」
「だってさー、
「……ああー、ごめんなさい。その日は無理です」
申し訳なさそうな顔をした#名前#が、「折角お誘いしてもらったのにすみません」と悲しげに謝る。
「いや、俺も突然だったし気にしないでくれ。――因みに、どんな用事か訊いてもいいかな?」
「兄ちゃんが、バイトで三門市(こっち)に来るんです。バイトまで時間あるから、久しぶりに会おうってことになって」
「お兄さんが来るのか!」
満面の笑みで#名前#が頷く。
#名前#の兄は、嵐山や迅達と同じ年の、県外の大学に通う大学生らしい。写真を見せてもらったことがあるが、優しそうな顔をした、穏やかな青年だった。
妹のことをよく可愛がっていて、スカウトされた妹を後押ししてボーダーへ送り出してくれたということも。
何だか気が合いそうだと思った記憶がある。
胸のなかで燻った黒い感情が沈むのを感じながら、嵐山は笑みを浮かべる。#名前#が好きだと言っていた、爽やかな好青年の笑みを。
「そうか、お兄さんが来るんなら仕方ないな。気を付けて行くんだよ」
「はい!」
嵐山さんは優しい。それは普段からもだし、ベッドの上でもだ。
「んあ、あっ、あっ……」
「ここがいいのか?」
まばらにナカをまさぐっていた指が、ぐっとナカを押されて、一際高い声が出る。