DC
※注意事項※
魔法使いの男主(新婚)が奥さんと暮らしながら米花町で仕事(裏工作)する話。
一応クロスオーバー夢。知らなくても困らないです。
男主だけど腐向け夢ではない。
キャラとの恋愛要素をお求めの方は今のうちに引き返してください。
「したたかに生きるよ狼少女」と同世界線、別側面からの話みたいなもん。
基本あんまり名探偵たちに優しくないので、苦手な人は見ないでね。
特異点がいっぱいいる世界線の米花町のおはなしです。生存ifとか原作登場人物に兄弟(特異点要素)がいたりするよ。しれっと出てくるよ。
今回の時間軸:原作前から原作開始あたりをアソートセットにて。
0.5
「ねむ……」
朝。
軽く伸びをしながらリビングに入ってきた青年は、まだ目覚めきっていない表情でソファになだれ込んだ。深く息を吐きながら、覚束ない様子でリモコンを操作し、流れ出した映像を虚ろな目で見つめている。
「きょーうは、木曜日かあ……」
気だるそうに呟きながらテレビを見る彼の姿は、どこにでもある、一般的な朝の姿のひとつである。その様子自体におかしなところはなく、物憂げな顔は、社会人であれば一度はそういう日が来ることもある、そう共感できるような表情だ。
ただ、違うことがあるとするならば。それは、彼の背後にあった。
――食器が、宙を飛んでいる。
それまで何ら変哲のなかった筈のリビングは、青年の起床と共に動き出した。
ふわふわと宙に浮かんでいた皿たちが次々テーブルの上へ着地し、次いで、冷蔵庫のドアが開き、そこから俊敏な動きで食材が飛び出す。いつの間にか温められていたフライパンの上で油と踊る卵とベーコン、テーブルに置かれた皿に滑り込んでくるレタスと、隣に置かれたマグカップになみなみと注がれる、ドリップコーヒーに牛乳を加えたカフェオレ。木でできた小鉢には、カットフルーツが乗せられていく。
トースターが軽快な音を鳴らし、蓋が開くとともに綺麗に焼かれた食パンが飛んでいく。するりと皿に着地したパンには後を追ってきたバターがひと欠片ずつ乗り、残るはフライパンの中の卵とベーコンのみ。
部屋の中に食材の香ばしい匂いが漂い始めた頃、ソファで横になっていた青年は起き上がり、ダイニングテーブルへと移動した。
椅子に座り、先に出来上がったパンにがぶりつく。
「うん、まあまあ」
指先に流れてきたバターを舌で舐め取る。呟くと同時、宙を浮きながら運ばれてきたフライパンから、熱々の卵とベーコンがレタスの上へ降り立った。
お伽噺の一節でも見ているかのような、不思議な――異様な光景だった。
そんな状況の中、平然と食事をする青年の姿が、それは『現実』だと雄弁に語っていた。
0.51
僕は魔法使いだ。
冗談のように思われるだろうが事実である。
故郷は日本から遥か遠く離れた、外国のとある地域にある小さな田舎町。そこは魔法使いが寄り集まって暮らしている町で、住人の大半は魔法使い。そして、僕もその魔法使いの一人であった。
幼少から同年代の子たちと一緒に魔法を学び、親は気づいた頃には既に居なかったが、気にすることなくこれ幸いと好きなことをして親がいる子供よりものびのびと育った。
そんな環境だったせいか、ストッパーもいない好奇心の塊だった僕は、覚えた魔法を片っ端から実験しては魔導書を読み漁り、周りにドン引きされても気にせず、思い付いたことを魔法で試すという好き放題に過ごす生活を何年も続け――年齢的に小学生の頃には勢いで魔法戦争に個人参戦するイカれた子供に進化していた。
世界征服をしようとしてた集団の邪魔をしたり、正義の味方ヅラして無自覚迷惑行為をしていた集団に嫌がらせを仕掛けてタイマン勝負に突入したり、あの頃は毎日が命懸けでスリル満点だった。青春、そのワードを聞くたび、過るのは血の匂いと硝煙。それが僕の人生。
そんな人生を送っていた僕であったが、いい加減、殺し合いばかりなのに嫌気が差した。端的に言うと、飽きてしまったのだ。
年齢的にもちょうどよかったこともあり、魔法を使って戸籍をちょちょいといじり、進学を機に心機一転、大学から現在に至るまで、この国――日本で慎まやかに暮らしている。
――そう、いまや僕はどこにでもいる善良な魔法使いだ。
大学から移り住んだのは、日本の関東圏にあるとある街――M市(仮称)である。
M市は魔法使いであった僕にとって、大変暮らしやすい街であった。なんせ街自体が魔法使い達の手によって作られた疑惑があり、全体的に胡散臭い、間違えた、きな臭い土地だった。実際、定期的に街全体の大地主であるお家からお叱り(ころすぞ)が出てくるあたりお察し。
広大な土地には幼稚園から大学までの様々な学術機関が作られ、魔法絡みの事件が度々起きてるにも関わらずあまり気にしていない様子の一般人の皆様(街全体に認識を曖昧にする魔法でもかけてあるのだろう)、そして基本戦争とは無縁な日本という国の土地柄。
移住したときに出会ったM市の女子校の学長で日本の魔法協会の会長をしているらしい爺が妖怪みたいな風貌をしていたのもまたよかった。あれは何ていうんだっけ、そう、ぬらりひょん。
まあ、そんな如何にもヤベー爺が受け入れられてるのだ、見た目が外国人というだけの自分が受け入れられない道理がなかった。移住確定である。
ちなみに僕はきちんと礼節をわきまえた男だったので、有事の際は普通に魔法協会ではなく大地主のほうの味方になるということは明言しておきたい。大地主、普通に人外の血がいっぱい混ざっているタイプの名家なので、所詮間借りしてる魔法協会側についても僕に利点がない。あと普通に皆一般人に紛れてきちんと地に足をつけているのも高評価だ。
(平和ってすばらしいな……)
日本での生活はとても楽しかった。
学園内でも数少ない前線向きの魔法使いということで、市内の見回りや魔法絡みのゴタゴタの鎮圧に駆り出されたこともあったけど、それも祭りの時期限定であったし、基本的に学生としての生活を優先させてもらえていた。
依頼者である爺は表向き学園長でもあったので、市内の学校に籍を置く一学生をこき使えないというところもあったのかもしれない。
戦争の「せ」の字も知らない一般市民に馴染んで暮らすのも、個人的に良い経験になった。正直平和ボケしすぎでは? と思わないでもなかったけど、それは街一帯にかけられてるであろう認識阻害魔法のせいだろう。
だいたいの友人は市外に出たら危機管理など一般的な反応をしていたし、この土地の中で正気を保つなんてそれこそナンセンスなのだ。とんでもねえ街である。
エンジョイしまくった大学生活はあっという間に四年が過ぎ、僕は恙無く卒業することができた。
卒業後は学生時代に趣味で始めたトレーダー業をメインに置き、爺から来る魔法関係の仕事をそこそこの値段でこなしながらそれなりに稼ぎ、悠々自適なおひとりさま生活をしていたのだが――そこからまた数年が経ち、
「――私に依頼?」
天気の良いある日のこと。
前夜に爺から連絡があり、管理している学校の理事長室に呼び出されていた僕は、唐突に告げられたそれに顔を顰めた。
「まあまあ、まずはこれを見るがよい」
そういって手渡される紙の束。
受け取りはしたものの胡乱な目で爺を見る僕に、それまで存在感の無かった、爺の隣に立っていた見覚えのない黒スーツの男が口を開いた。
「『魔法使い』である貴方の力をお借りしたいのです」
転機を迎えたのは、間違いなくこの男の言葉によってだろう。
男が告げたとある『依頼』の概要を聞いた僕は、この国のお上が自分たち『魔法使い』の存在を認知しているらしいということを知った。日本風にいえば『陰陽師』か。多分そっちの方が馴染み深い。
持ち込まれた依頼内容自体は簡潔でわかりやすかった。
僕に暫くの間「ある町」で生活を送りながら、適宜送られてくる依頼に応じて動いてほしいというものだった。つまりは裏工作の作業員になれという。
詳しく訊けば、どうもその街は犯罪検挙率が全体的に異様に高いうえ、年々右肩上がりの状態と化しているという。
『工作員』というのは、どうもその町の中で起きる数多の事件のなかには現在警察や防衛省などが秘密裏に追いかけている犯罪組織絡みのものもあるらしく、それの被害を未然に抑えるために魔法を使ってほしいということだった。
科学では成し得ない奇跡を起こせる唯一の技――それが『魔法』だから。
「なるほど」
大方の理由はわかった。けれど何故僕なのかと首を傾げたのはおかしなことではないはずだ。表向きの自分は外国から移住して日本に暮らす、日本の大学卒のただのトレーダーである。
「まあ、ほら、おぬし強いからのう」
とは件の妖怪の発言だった。
どうやら、僕の魔法使いとしての実力が国内の魔法使いの中ではトップに近かったのと、表向きの職業での稼ぎがその街の比較的治安が良い物件で暮らすのに丁度良い収入だったかららしい。いつの間に人の収入を調べたのだろうか。
国内の魔法使いでは実力がトップに近い? そりゃあ小学生の頃は魔法戦争に参加していたこともあるもので――とは口には出さないけれど。相手の告げた理由は一応納得できるものだった。
確かに魔法使い――特に日本の魔法使いは基本的に表の仕事がメインだし、その『魔法使い』の大半はM市に居を構えているか、地方の要所に居を構えているかのどちらかだ。
どちらも地盤をそこで固めた人が多いので自由に身動きできる人物は限られるのかもしれないが、しかし、しかしである。
『あなた、気をつけてね』
何時だって脳裏に浮かぶのは、今も帰りを待ってくれてる愛する妻のこと。
つい最近のことである。この街で出会った女の子と清い交際を経て、ようやく結婚まで辿り着くことができたのは。
猛アタックに猛アタックを重ねた末のゴールインであった。念願の新婚ライフに人生の絶頂へと向かわんとしているこんな時期に――おそらく僕が結婚していることを知りながら依頼とは、どういう了見なのだろう。
というか、依頼と銘打っているもののこれは完全に脅し混じりでは?
黒スーツがいけしゃあしゃあと言い放った「大切な奥様の御身をお守りするために此方から護衛を派遣しても構いません」とか、それはつまり、その町で暮らしている中で愛する妻が危険な事態に巻き込まれる可能性が否定できないということだ。
そんなの許せるわけがない。
おそらく派遣されてくる護衛は多分男だろう――絶対に許せない。出会った瞬間に頭をカチ割る自信がある。その日のうちに派遣された男を全員ミンチにして箱詰めして宅急便で送り返す自信しかない。
しかし妻を一人置いていくという選択肢は端から無い。――とすればできる回答は、忌々しいが唯一つ。
「受けても構いませんが、此方からの要求は可能な限り呑んでもらいますよ」
「――その要求を呑めるのなら、ええ。引き受けても構いませんが」
ニッコリと口角を上げ、怯えているのか、びくびくと肩を揺らす目の前の男に笑いかける。
妖怪が「おお怖」といいながら顔を逸らすのを視界に収めつつ、僕は相手の返答を待つ。
誤解させないようにする、というのも、優しさのかたちのひとつだと僕は考えている。
――僕が無償で働くのは、いつだって愛する妻のお願いだけだ。
1.0
愛する妻との出会いは数年前、僕がまだM市(仮称)で暮らしていた頃のこと。
当時、大学を卒業し社会人という称号を手にいれた僕は、実質フリー状態で自由気ままに暮らしていた。
学生時代交遊のあった同級生たちはみな社会の荒波に揉まれて自然と疎遠になり――現在関わりがある相手といえば、この街で魔法先生をしている教職員やバイトで一緒に働いていた元・魔法生徒くらい。魔法から離れるために日本に来たのに、気づいたら魔法に囲まれているとは誰が思ったろう。
メインに定めていた仕事は目標額まで稼いだら暫く自由に過ごすとルールを決めていたこと、それに元々過分に貯蓄があったこともあって、僕は心身ともに自由だった。
そして僕は、贅沢にも退屈を持て余していた。
外出する気も起きないし、なにか心揺れるものがあるわけでもない――何か起こらないかな、なんて思っていた僕の前に現れた人物――その人こそ、現在の妻であった。
彼女をひと目見た瞬間、僕は頭から雷が落ちるような感情を抱いた。
つまり一目惚れだった。
自分のような非人間でも雷に落ちるような恋をすることができたのは、後にも先にもこの一度きりの奇跡だ。
初めて出会った日の彼女は学校指定の運動服に身を包んでいたので、どの学校に通っているか容易に知ることができた。彼女が着ていた運動服についてたロゴが当時住んでたM市にあった有名な女子校のものだったからだ。
その時点で自分よりも幾分か年下と気づいていたが、そんなちゃちな理由で止められるなら人は恋などしない。
恋は戦争、ラブ・イズ・ウォー。闘わない者に得られるものなど何も無いのだ。
「……はー、すき……」
彼女のため、僕は頑張った。とても頑張った。
持てる限りのコネと技術を総動員し、彼女に好かれる要素を自分にガン積みし、外堀をとことん埋めた。幸いにも自分の顔が人よりもいいのは自覚していたので、それを全面に押し出す作戦で僕は一世一代の戦いに挑んだ。無論、最初から負けるつもりなどなかったが。
相手は純朴な、恋がなにかもよく分かっていない清らかな女の子……結果は言わずもがな、今自分と彼女の薬指にある指輪が答えである。
「好きだよ、僕のかわいいお砂糖ちゃん」
「ふふ、わたしもすきだよ」
わざと音を立てながらキスをすると、いまだに生娘のような反応をしてくれるのに、節々の対応に慣れが見えてくるのが生々しく、彼女が自分の妻なのだと実感する。年々犯罪発生率が上昇していると噂されるこの町に行くことになったと告げたときも、嫌な顔ひとつせずに「着いていくよ」と頷いてくれたこと、僕を信頼してるといってくれたこと、彼女の愛おしいポイントは数えきれない。
妻は僕が手ずからいろいろとおまじない≠してあげたせいか、常にすこしふわふわしているが、そこも大変かわいいチャームポイントになっている。
彼女が僕を見て、にっこり笑う。
ああ、この笑顔だけでなんだってやれる。このあとの仕事が偽装工作だったとしても、今なら笑顔でやれる気がした。
1.0
冷めつつあるコーヒーを飲むふりをして、降谷はちらりと目の前に座る男を盗み見た。
ティーカップを片手にぼんやりと目を伏せる姿は、どこかの貴族の血を引いていると言われても納得してしまいそうなほど洗練された動作だ。謎めいたこの男は、いつも最低限のことしか話さない。
色素の抜けた髪に、透き通る異国を思わせる瞳の色、日本人とは異なる顔の造形――事実、彼は元々外国で生まれ育っていたのだからそれは間違いでは無い――しかし、今はこの国の、自分が守るべき「国民」である。
「何か?」
「――いえ。不躾に失礼しました」
「そうですか。では、私はこれで失礼します」
不躾に見すぎてしまっていたらしい。即座に謝罪した降谷に対し、関心の無さそうな声色で返した男は、ティーカップを置き、降谷に目を向けることもなく去っていった。
男の本名を降谷は知らない。
一応事前に渡された資料には記載されているが、本人が名乗らないのもあり、表で青年が名乗る名に合わせている。彼は貴重な情報源であり、唯一無二の協力者でもあるからだ。もっとも、男は降谷のことなど死のうがどうなろうがどうでもいいと思っているし、そのことを降谷自身も理解している。
「貴方とは仕事だから接しているだけなので」と、どこまでも冷淡で一線を引いた男のその態度は一般人からは顰蹙を買いそうだが、三つの顔を使いこなし多忙を極める彼にはありがたかった。
それに、降谷は男に数え切れない程の恩がある。
恩、といっても男にとっては些細なことだろうし覚えてもいないだろうが、降谷にとってはとても重要なことだった。
――彼は、直接的にも間接的にも、大切な友人たちの命を救ってくれた恩人なのだ。
存在を知らされ、実際その目で見るまでは一切信じていなかった『魔法使い』の男を、降谷は信頼していた。
02
――一体、どういうことだ?
ある日のことである。
愛する妻と暮らし始めた愛の巣であるマンションに爆弾が設置されていることを知った僕は、マンション前で規制線を張る警察の目の掻い潜って中へ突入した。
透明化と身体強化の魔法を自分にかけ、非常階段を階飛ばしで駆け上がりながら妻に連絡を試みる。
しかし電話が繋がる気配は無く、何度かけても留守電メッセージへと繋がってしまう。
「くそっ……!」
思わず苛立ちが募るが、それは自分に対してだ。間違っても愛する妻に非は一切ない。妻はきっと今頃ベッドの中ですやすやと眠りについているのだろう。
恥ずかしい話だが、昨晩はちょっと盛り上がりすぎてしまったのだった。新婚なのでこれくらいよくあるよくある。ウンウンと内心頷きながらも歩みを止めることはしない。
途中、警察らしき黒い防護服を着た集団が見えた気がしたが――そんなことよりも最優先すべきは妻。
全力で駆け上がって急いで自宅へ駆け込めば、案の定、妻はすやすやと眠っていた。まるで眠り姫だ。口角がふにゃりと緩んでしまう。できることなら永遠にこの愛くるしい姿を見つめるだけの仕事に就きたいものである。だが残念ながら今日はそんな暇が無い。
「よいしょっと」
薄手の毛布で眠っている妻を包んであげて、そのまま起こさないように抱き上げる。起こしてしまうのはかわいそうだったからだ。
妻は繊細なので、自分が住んでいるマンションで爆弾騒ぎなんて知ったらきっと怯えてしまうだろう。この町がなにかと物騒なのは知っているけど、実際遭遇したときの心理的負担はきっとひどいものだ。妻は危険を承知で僕に着いてきてくれたのだから、彼女の心を蝕む要因はすべて取り除く――それこそが夫たるものの務めである。
僕の嫌いなものは、妻が悲しんだり怖がったりするもの全てなのだ。
透明化を解除し、駆け上がってきた階段をできるだけ丁寧に降りていく。
ちょっとした振動でかわいい妻が目覚めてしまったら大変だし、いざというときは窓からそのまま飛び降りればいいだけだし。なんせ非常階段、そして魔法使いである僕は自衛の手段などごまんとある。最愛の温もりを毛布越しに感じ、焦っていた心が落ち着いてきた。あ〜妻ってなんでこんなにかわいいのだろう。セラピーだよセラピー。
しかしまあ、目が覚めてもしマンションが爆発していた、なんて知ったら彼女がショックを受けてしまうかもしれない。犠牲者など出たらなおのこと、やさしい彼女は心を痛めるのだろう。それはなんだか――嫌だ。
(僕のために心を痛めるのならとても嬉しいけど、顔も知らない赤の他人のためにリソース削らせるのは普通に嫌だなあ)
0.25
「――爆弾も完全に解体し終わってないのに煙草とは、随分といいご身分ですね」
唐突に解体現場に聞き覚えのない男の声が響いたのは、萩原が解体していた爆弾のタイマーが止まり、ほっと一息ついたときのことだ。靴の音が鳴り響き、音の主が近づいてくるのが分かる。一体誰だ、と火を点けたばかりの煙草を咥えたまま後ろを振り返って、思わず息を呑む。
いつの間にか静まり返った現場の中、その場に居た班員たちの目は一人の男に釘付けになっていた。
そこに立っていたのは、毛布に包まれた『何か』を抱えた、恐ろしく整った顔立ちをした白皙の青年だった。
背丈は凡そ百八十ほどだろうか、色素が抜け落ちたような色の髪がさらりと揺れ、前髪の隙間から異国の色の瞳が此方を見つめている。――恐ろしいほど感情が失われた無表情で。
「ッ、まだ一般人が残っていたのか!? 確認したんじゃなかったのか!」
「すみません、一通り確認した筈なのですが……!」
「申し訳ないが、妻が眠っているので声を抑えていただきたい」
ハッと正気に戻ったのかざわめきを取り戻した現場が、男のその一言で静まり返る。
どうやら毛布に包まれていたのは彼の妻だったらしい。そして「眠っている」という言葉で、この男性が何故ここまでやって来たのかを察した。おそらく彼は妻が避難していない、避難誘導に気づいていないことを知り、他の警官の目を掻い潜って自ら迎えに来たというところか。とても危険な行動だが、そんなことを考える余裕も無かったのだろう。
それよりも、と男の目は萩原から離れない。
「早く完全に解体を終えて頂けませんか? 防護服も着ず、爆弾の前で煙草を吸う暇があるのなら」
――お前を爆散させてやろうかと言わんばかりの殺意に濡れた声だった。
虫けらを見るような目で見下され、萩原の背筋を冷たいものが流れ落ちる。
「すみません今やりますッ!」
咥えていた煙草を急いで消し、止めた爆弾の解体に戻る。後ろで他の班員たちが男性に避難を促す声が聞こえるが、男性の「ここに守るべき一般人が居れば、どんな阿呆でも警察官であれば速やかに仕事を遂行できるでしょう」という返事で一気におとなしくなってしまった。何でそこで黙るのか。無理矢理にでも連れて行ってほしかった。
「……万が一それが爆発すれば、警察の信頼度は著しく落ちるでしょうね。そしてその影響は当事者であるあなた方爆発物処理班へ一番強く出ることでしょう。ああ、倒壊したマンションの被害総額は何億になるのかな? 私の記憶違いでなければ、このマンションにはそれなりの数のご家族が住まわれているはずだから、各家族への慰謝料もあるかもしれないし……そのお金はどこから出るのだろう? 何十億という被害額になるかもしれないなぁ」
「ヒエッ……」
目の前の爆弾解体より、背後で淡々と語られる内容の方が一番怖い。
自分たちの給料がどこから出ているのかなまじわかってるぶん、これを爆発させた場合の被害を想像してゾッとした。そんなもの、まだペーペーの自分が耐えられるような重圧ではない。
絶対に負けられない戦いがここにはあるのだと否応なく悟ってしまう。やらねば殺られる。爆弾ではなく、背後の男に。
「お、終わった……解体完了だ」
張り詰めていた糸が解けるように、緊張感に包まれていた現場に温度が戻る。
ナイフのように自分を見る鋭い瞳に急かされながらも、焦ることなく磨かれた腕を遺憾なく発揮し解体を終えた萩原が深く息を吐き出した。ぐったりと体の力が抜けるのがわかった。班員たちに労われながら、その視線は自分を見下ろす男へと向かう。
「お……終わりましたので、あなたも避難を」
「ええ。そのようですね」
しかし、男の視線は変わらない。
鋭い目線で観察するかのように見下ろしてくる彼に、居心地の悪さを感じながら何か粗相をしてしまったのだろうかと冷や汗がだらだら流れる。
永遠のように思えたその沈黙は、ぽつりと呟いた男の一言で打ち破られる。
「仮にも警察の爆発物処理班が爆弾の解体現場で解体の終わってない爆弾を前に喫煙に防護服の未着用……メディアに知られたら大荒れだろうな……」
「ふえぇ……」
「一応、一応これでも最初は着ていたんです……ただ着用想定時間が超過したことと爆弾を一時的に停止したため一度脱いだだけで……」
「そうだとしても、報道なんて『その時点の状況』を面白おかしく恣意的に取り上げるのが仕事ですから……絶対最初は着ていたなんて報道しませんよ。この国面白いですよね、私も帰化して長いですけど、温和な国民性と陰湿な性質が両立しているアンバランスさが……」
「ひええ……」
地獄のような言葉が聞こえてきた。班員たちの目は同情と「まあそうやろな」「たしかに」みたいな目が半々だった。それが余計に弱った萩原のハートにダイレクトアタックを喰らわせてくる。
親友がいつも自分に怒っていた理由を今更ながら悟る。聡明なアイツは、メディアに叩かれる可能性までも頭に入れていたのかもしれない。いや、そもそも規定通り着なかった自分が一番悪いのだが。きっと彼には自分が頭のヤベー自殺志願者とかに見えてたのかもしれない。
それまで熱で浮かれていたような頭が一気に冷めていく。現実という、鈍器で殴られたような感覚だった。
――陣平ちゃん、いつも心配かけてごめんな……。
「爆弾は解体されましたが、安全のため外へ避難していただけますか?」
「ええ、構いません。失礼しました、あまりにも衝撃的な光景だったもので意固地になってしまいまして」
「いっ、いえ! 此方こそ不安に思わせてしまい申し訳ありません!」
危険が去って安心したのだろう、男の目からは鋭さが消え、班員の言葉に穏やかに対応する。そこにいたのは氷の修羅ではなく、物腰柔らかな外国の美丈夫だった。否、帰化したという言葉から、彼もまた、今は自分たちが守るべき国民のひとりだ。
他の班員に誘導されて避難する男性の後ろ姿を眺めながら、萩原はのろのろと親友からかかってきた電話を取ったのだった。
02
「ねえ、あなた」
「なあに、ハニー」
今日もかわいいねえ、とキスをすると恥ずかしそうに顔を赤らめて、妻が「質問してもいい?」と訊ねてきた。いいもなにも、かわいい妻の質問を断る選択肢なんて頭のなかには存在していない。僕は「答えられることなら」と笑った。
「あなたの魔法って、ほかの魔法使いさんとちょっと違うけど、どうやってやってるの?」
ずっと気になってたんだ。そう言った妻に、僕は脳内でその問いの答えを探す。
他の人と自分の魔法の違い――とはおそらく、始動キーがあるかどうかではないだろうか。なるほど、確かに魔法使いではない妻からしたら不思議なのかもしれない。
「僕は前もって肉体に始動キーを刻んであるから、それをいう手間を省けているんだよ」
本来、魔法使いは呪文を唱える前に「始動キー」というものを言う必要がある。
これは魔法を使うために必要な、パスワードのようなものだ。それは人によって違い、各々が自分のなかでしっくりくるものを始動キーにしている。ちょっとしたチャイルドロックのような認識でいいだろう。
僕の場合、かつて参加した魔法戦争で如何に素面で相手を潰すかを主に研究しており、最終的に辿り着いたのが、肉体に始動キーを刻み、声に出さずとも呪文を詠唱すればノールックで魔法を繰り出せる――というスタイルだった。
現状、これができるのは僕とM市で留守番をしてくれている弟子くらいのものである。
「へえ……! あなたの魔法、映画や物語に出てくる魔法使いみたいで、私すきなんだ。教えてくれてありがとう」
目を輝かせ、ふくふくと笑むその顔のなんと愛おしいこと! この高揚感、筆舌に尽くしがたい。できるならなりふり構わず結婚サイコーと叫びたい。そんなことしたら彼女が驚いてしまうのでしないけど、それくらいの喜びがある。
かつての自分に言ってもきっと信じられないだろう。敵をいかに速く殺すために編み出したこの技術が、最愛の人を喜ばせるものになっただなんて。
ああ、幸せだ――そうだ。
「結婚しよう」
「してますよ」
――その日、喫茶ポアロに衝撃が走った。
始まりは一人の客だった。ドアベルが鳴り、いつものように喫茶ポアロの看板娘である榎本梓が元気よく「いらっしゃいませ!」と言う。入店してきた客が「待ち合わせをしているのですが――」と、言った瞬間。
まるで音が消え去ったかのような静寂が、店内を支配した。それまで多少のなな穏やかな賑やかさがあった店内が息を呑むように静まり返ったことに、図書館で借りた本に没頭していた江戸川コナンは顔をあげた。
「おや?」と顔を上げ、周りの様子を窺い、皆の視線が入口に向いていることに気づき――そして音が消えた理由を悟った。
例えるなら、凛と咲く一輪の花のような、そんな高貴な雰囲気をした青年だった。
スラリとした体格にピッタリのスーツをラフに着こなし、整った顔(かんばせ)に異国の香りを漂わせる青年に人々は見惚れ――青年が左手の薬指に嵌めている指輪に気付くと、一気に現実に引き戻された。
梓と一言二言話した青年は迷いなく店の奥へと歩き、あるテーブルの前でピタリと足を止め、
「……あっ、あなた。おつかれさま」
と。
少しだけ幼げな声色の女性の声が店内に響いた。
「待たせてごめんね」
「ううん。私も今来たところだから」
そう言った彼女は、四十分ほど前に来店し、「待ち合わせをしている」と告げて奥のテーブル席に座っていた女性だった。
「……ふふ。そっか」
女性の言葉に、青年は蕩けるような微笑みを浮かべた。
見ているこっちが赤面してしまうような、非常に甘ったるい笑顔。それに慣れたように笑い返す女性は、言っては悪いがどこにでも居るような、まだ幼さが残る普通の女性で――だけど、二人は愛し合っているのだろうとコナンは察する。
二人の左手の薬指に光るお揃いの指輪が、その推測を何よりも証明していた。
「なにか食べる? 私はこのケーキをお願いしたんだけど」
「じきに夕飯もあるから……でもそのケーキ、美味しそうだね。すみません」
「は、はいっ!」
「彼女と同じこのケーキと、あとアイスコーヒーを一つ」
「かしこまりました!」
心持ちいつもよりトーンの高い声で答えた梓は、ニッコリと接客用の笑みを浮かべ颯爽と厨房に姿を消した。接客のプロフェッショナルの本気を垣間見た瞬間である。
「か、かあっこいい〜……」
「ほんと。外国の人だよね? 日本語すごく上手」
「多分ね……でも奥さん日本人っぽいし、国際結婚とかなんじゃないかしら」
「ああ、確かに! あとは旦那さんが日本で仕事してるとか?」
「その線も濃厚ね。はー、しっかしいい男だわ……」
一連の流れを見ていた、窓際の席に座っていた蘭と園子は、件の相手に聞こえないように気を付けながら、こっそりと歓声をあげていた。
ひそやかに交わされる女子高生らしい会話、それも片方は自分が淡い思いを抱く幼馴染であることにコナン――元は工藤新一という高校生の少年だった彼は内心複雑な思いだったが、まあそれもあの美貌なら仕方ないか、と諦念の気持ちになる。
外国人であるという時点でまずアジア系である日本人とは顔の造形が違うのに、更にその中でも頭一つ二つ抜けてそうな美形が現れれば、そんな気持ちになってもやむを得まい。
「……君が居ればどこだって天国さ」
「あなたったら、またそんな歯の浮くようなことを……」
「事実だもの」
耳を澄ませば、ボックス席で交わされている夫妻の会話がぽつりぽつりと聞こえてくる。
普通の男が言えばドン引きされかねない、気障ったらしいセリフすら青年が言うとサマになっている。男は顔ではないとよく言うけれど、それはそれとして顔がいい男というのはどこまでも有利らしいと悟ってしまう。
世知辛さを身を以て感じる、そんな夕方のひとときだった。
0.35
「ただいま、お父さん」
「おう、帰ったか」
「こんにちは」
いつもは着崩しているスーツをカッチリと締めた父の姿に、依頼人が来てるのだと察する。父の向かいに座るのその姿は、つい先日見かけたばかりの人物。
「あっ、この前ポアロに来てた……」
蘭の言葉に、小五郎が片眉を上げた。
「なんだ、お前ポアロ行ったのか?」
「ええ、妻と待ち合わせも兼ねて」
「やめてくださいよ毛利さん、私、毛利さんと歳が近いんですよ?」
「あー……、おめぇ若作りだからなぁ」
くつくつ笑う小五郎に、男は困ったような笑みを浮かべている。
男性は見た感じ二十代半ばほどだと思っていたが、実際は違うらしい。父である小五郎と歳が近いということは、たぶん三十は越えているのだろう。
「あ、あの……父とお知り合いなんですか?」
「ああ、君が毛利さんのお嬢さんだね。そうです、毛利さんには以前お世話になったことがあって……。驚きましたよ、毛利さんは足で稼ぐコツコツとした調査が売りだと思っていたのに、最近はどこぞの高校生探偵みたいにやたらメディアに出ていますし……」
「あー……ま、色々あってな。そうだ、お前に相談があるんだが、わりぃがちょっと付き合ってくれるか?」
「私は構いませんが」
「よし、なら移動すんぞ。蘭、夕飯は要らねえから、コナンと二人で食べてくれるか?」
「う、うん。分かった、お父さんは?」
「ちっとばかしこの男前に頼み事があってな。……コナンにはこいつが来たこと、黙っておいてくれ」
そう言った小五郎の瞳の鋭さに、身がぎゅっと引き締まる。
あの幼い頃の幼馴染を彷彿とさせる聡明な同居人に知られてはいけないこと――その意味が、今の蘭にはわかる。
父の言葉に応えるかのように真剣な面差しになった蘭は、力強くうなずいた。
「――わかった。気を付けてね」
「おう」
「すいません、父のこと、お願いします」
「はい。大丈夫ですよ、毛利さんにはお世話になってますから」
にっこりと微笑む麗人は蘭の心の不安を吹き飛ばすかのように、しっかりと頷いてくれたのだった。
ベキッ、と嫌な音が店のなかに響いた。
「う、腕時計が……」
「指先の力だけで時計盤がへこんじゃった……」
「すごい握力……」
「――コナンくん、これ、阿笠さんの作ったものかな?」
「エッ?! う、うん! そうだよ!」
「やっぱり。裏の意匠に見覚えがあるわけだ」
「おにーさん、博士のこと知ってるの?」
歩美の問い掛けに青年は頷いた。
「ああ。以前住んでた街で会ったことがあってね……発表会だったかな、阿笠さんは界隈ではとても有名な発明家だから……それに、依頼して発明品を購入したこともあるよ」
「へ、へー、そうなんだ! どんなの作ってもらったの?」
「不審者を抹殺するための拷問具」
事も無げに言った男に、空気が凍りつく。
まじまじとコナンの時計を眺めていた青年だったが、沈黙に気づいたのか、顔を上げ「冗談だよ」と微笑んだ。
きゃあ、と小さく黄色い声が上がる。
微笑んだだけで人は背後に花を撒き散らすことができるのだとコナンは初めて知った。
声のトーンはどう考えても冗談ではなかった――後にその時の青年の顔を見ていたトリプルフェイスの店員はしみじみと振り返っている。閑話休題
「まあ、不審者用には違いないんだけどね。妻に持たせる防犯用グッズを依頼したんだ」
「奥さん思いなんですね!」
「やだぁ、イッケメーン!」
無邪気に瞳を輝かせる蘭と園子。男は少しだけ照れ臭そうな声で「言われるほどのことじゃないよ」と首を振る。
「私がどうしようもなくやきもち焼きで、心配性なだけなんだ。仕事で出掛けていても、いつも妻を想ってしまってね――だから防犯グッズを持たせたら、少しは自分の気も楽になるかなと思って」
結果はあまり変わらなかったけどね。はにかみながらそう答えた姿はまるで少年のようで、思わず見惚れてしまう。
「ああ、そうだ。これは阿笠さんに私から修理を頼んでおくよ」
あまりにも自然に抜き取られた時計に、反応する暇もなく。咄嗟に返そうとするコナンに「ごめんね、壊してしまって」「これから阿笠さんのもとへ伺うところだったから、一緒に渡しておくよ」と肖像画のような笑顔とともに言われてしまえば、「お願いします」としか言えなかった。
美形の、隙の無さ、こわい。