ぱち
「琉生くん」
「こんにちは、なまえちゃん。今日は、ありがとう」
「どういたしまして、琉生くんのお願いなら、いくらでも聞きますので」
「ふふ、ありがと……僕、こういうの、よくわからなくって」
「私も簡単なことしかわからないから、もしかしたら解決できないかもしれないけど」
「ううん、見てもらえるだけで、十分。じゃあ、行こうか」
「はいっ」
琉生さんに手を引かれて歩き出す。吉祥寺は初めて来たので、迷子にならないようにという彼の気遣いだ。
「そういえば、なまえちゃんは神奈川にいつから住んでいるんだ?」
きっかけは東堂の何気ない一言であった。
「いつ……から? って、どういう意味?」
「いやな、以前お静さんがここに住んでいるのは数年程、と言ってるのを思い出してな。幼少期からであれば、おそらくずっとここで育っていると答える筈だろう?」
「ーーたしかに」
なるほど、と頷く。確かにその推理は鋭いし、問いかけも的確だ。なまえはうーんと唸った。
「前に住んでた街のこと、実はあまり覚えていないんだよね」
「覚えてない?」
「ウン。詳しいことは誰も教えてくれなくて……ただ、お父さんの仕事の関係で、地方で暮らしてたみたい。そこでちょっと事故にあって、記憶が曖昧になってるんだって」
「それは……大丈夫なのか? 検査は?」
「受けたし、まあ、忘れててそんな不便なことが無かったから、その程度のものなのかもって」
気が付いた時には神奈川でフリースクールのようなところに通っていた。記憶障害のような状態になっていたなまえはぼんやりとしていることが多く、家族の希望によってメンタル面のケアやサポートがあるフリースクールを希望したのだ。
その記憶障害によるものなのか、集中力が持続できず、中学も通えなかった。フリースクールに通い続け、秀才であった姉や両親がサポートを受け、同じマンションに住む同年代の友人ができたことで、高校には問題なく進むことが出来た。
家族は心配してくれていたが、その実なまえ自身は困ったことなどこれといって無かった。記憶障害とはいえ、それで不便を感じたことはなかったし、それ以上に神奈川での生活が楽しかったのだ。
「姉さんの様子を見る限り、あんまり訊かない方がいい気もしてて。で、神奈川に来てからは尽八くんもご存知の通りというか、箱学で姉さんは尽八くんのお姉さんと出会って、今に至るって感じ、かなあ」
恋人と歳の近そうな風貌の青年だ。ぼんやりと青年を見つめるなまえは心の中で誰だろうと独りごちた。
「――久しぶりだね、なまえちゃん」
「……えっ?」
戸惑いを隠せなかった。
「あの……あなたは、私の、知り合いなんですか……?」
「……そっか、覚えてないんだったか。ごめんごめん、驚かせて。うーん、知り合いっていうか、ちっちゃかったなまえちゃんをよく預かってたよ」
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