みずち

 悲鳴が聞こえる。動揺、怒号もだ。

(これは――)

 ミズチは自分の手のひらを見つめる。風呂上がりであとは寝るだけだった

 どうやら自分たちは異界に閉じ込められたらしい。そう自覚した瞬間から、ミズチは行動を開始した。
 最初にやったのは念話機能を使ってログインしている後輩たちと連絡を取ることだ。フレンドリストを確認すると、どうやら友人や後輩の大半はログイン状態にあるということがわかった。それも仕方のないことだろう。今日は十二番目の拡張パック――〈ノウアスフィアの開墾〉の公開日だったのだから。
 〈エルダー・テイル〉。
 二十年の歴史を誇る、世界的に有名なMMORPG――いわゆる、オンラインゲームの名前だ。ユーザー数は全世界で数千万人、日本国内だけでも十万以上のプレイヤーが居るとされる有名なゲーム。
 ミズチもかつてはそれに興じていたユーザーの一人だった。拡張パックが公開され、新しいフィールドに――未知の世界へと冒険に出る高揚感は覚えがある。
 


 まずは集合すべきだ、そうミズチは考えた。

「とりあえずアキバの外れに行こう。全員、はぐれないように」

 戸惑う妹分や友人たちに声をかけ、集合場所に指定したアキバの外れを目指す。
 人は混乱したり追い詰められていくと、なにかと粗野な言動が目立つようになる。それは精神衛生上あまりよろしくないものだし、そういうものが視界にあると、自分の感情もそれに飲まれてしまうリスクがある。
 アキバの外れを集合場所に指定したのは、そこなら人もさほど居ないだろうと思っての事だった。

「……ミズチ!」
「や、みんな、こんばんは」

 夜更しだねとミズチがいつものように(・・・・・・・)笑うと、異常な状況下の「日常」に安心したのか集まっていた友人たちも笑った。「そっちが冷静すぎんだよ」とちょっとした軽口も入るようになって、張り詰めた緊張感は少しばかりは和らいだ。

「それで? どうするつもりなの、ミズチ」

 そう訊ねてきたのは級友でもあるリコだ。せっかくだからと選んでいたエルフのアバターは一見本来の彼女とは別人のように感じるが、よくよく見れば元の姿の影響を受けているとわかる――意志の折れていないまっすぐな瞳は、現実世界の彼女と同じものだ。
 ミズチは目元に笑みを浮かべ、ピッと人差し指を立てる。

「そうだね――まずは、良さげな土地を探そうか」

「土地ぃ?」とミズチの言葉に怪訝そうな顔をした級友に、そうだと頷いて返す。
 アキバのフィールドや土地(ゾーン)の一部を〈冒険者〉は購入することが出来る。ミズチはその土地を全員で探そう、と提案したのだ。
 脈絡のないその言動に首を傾げた者は少なくなかったが、付き合いの長い同じ所属のメンバーは勘づいたらしい。なるほど、と頷いたのは黒子――否、御影だ。

「何がなるほどなんだよ?」
「土地を探す――つまり、これから拠点になるところを用意する、ということで合っていますか? ミズチ先輩」

 大正解、とミズチは親指と人差し指でマルを作る。

「そう。お金ならあるから、そこは心配しなくてよろしい」
「拠点か……!」
「確かに、野宿ってわけにもいかねーよな。なんせこの人数だし」

 武将のような鎧を身につける同級生の言葉に頷く。
 ミズチの呼びかけによって集まったメンバーは最低でも二十人以上は居る――現在、アキバというフィールドの中に居るだけでもそれだけの級友や後輩たちがここに集まっているのだ。
 一見してみればソロプレイヤーがクエストのパーティでも組んでるかのように思えるが、その実はリアルの知人友人が集合しただけである。
 別の地方へとクエストに行っていたらしい何人かは、どうにか自力でアキバを目指すと念話で確認したばかりだ。サーバー間の移動用ゲートが使用不可となっており、即座に合流は望めない状態だったのだ。
 それ故、拠点となる場所が必要だとミズチは判断した。
 地方からアキバに向けて来るであろう面々にとってのゴールになるもの――そして、自分たちにとっても安心して腰を下ろすことができる場所が。

「フレンドリスト確認したけど、結構な人数がログインしてる。だからそこそこ大きめで、なんとかしばらく生活の拠点にできそうな建物、皆で手分けして探そうと思うんだけど、どう?」

 ミズチはできる限り明るい声色で問いかける。
 それに一番に答えたのは、やはり場馴れ(・・・)している後輩たちだった。

「さんせ〜! 宿とか、手持ちじゃ心もとないし、ミズチ先輩がスポンサーになってくれんなら、甘えさせて欲しいっす〜!」
「お代は出世払いでいいよ」
「ありがたきしあわせ!」
「神さま仏さま先輩さま〜っ」
「頼れるのはやっぱミズチ先輩や〜」
「よっ、レベルカンスト済み!」
「よせやい、照れるじゃん」

 わらわらと群がってくる後輩たちの頭をミズチは順番に撫で回す。今は種族も見た目も違うが、それでも見ればすぐに自分のような人間を慕ってくれる可愛い後輩だと分かる。
 ちょっとした寸劇をするミズチたちの姿は、うまくカンフル剤のような役割を果たしたらしい。戸惑っていた様子の同級生たちの顔色もずいぶん良くなっていた。

「……じゃ、お言葉に甘えようかしら! いづき……じゃない、イヅくん! 物件決まったら、全員でミズチへの返済額割り出してもらえる?」
「了解。この人数だし、一人一人の負担はそこまでじゃないと思うよ。なんせ、他にも向かってきてる面々が居るし」

 明るい声でプランを練り始めたリコに、イヅと呼ばれた少年も笑って頷く。リコは現実ではバスケ部の監督業をしながら生徒会の副会長もする才媛だし、イヅはバスケ部の部費を管理していることもあって、金勘定には強い方だ。
 頼れる二人の声に、それもそうかと集まったメンバーは顔を見合わせて頷きあう。
 ゾーン購入に払う額は大きいが、現在一番手持ちが多いであろうミズチが大丈夫だというのだから問題はない。一人に負担を強いるのは申し訳ないが、大半のメンバーがまだエルダー・テイルというゲームを始めてさほど時間の経ってない新人で、手持ちもゾーンを買えるほどまとまった金額は無い。
 おそらく現在この場に居るメンバーの手持ちの金貨を合わせても、ミズチの所有する金貨には遠く及ばないだろう――というのが全員の共通認識だ。
 そしてそれは、他ならぬミズチ自身も理解していることだ。だから自分から口火を切り、出世払いでいいと鷹揚に笑ってみせる。
 今やこの場において、暗い影を宿す目をしたプレイヤーは一人も居なかった。
 一部で伝説のように囁かれる暗殺者の少女は、さてと言い。

「じゃあ、始めようか。物件探し」

 まるで日常の延長線かのような声で、非日常の扉を開けたのだった。



閑話:円卓会議結成後・〈記録の地平線〉にて。

 ――『春霖の庭』というギルドをシロエが知ったのは、ほんの偶然だった。
 〈記録の地平線〉のギルドホールを購入する際、自分たち以外にもアキバの外れの土地を(それでも結構な値段のするはずのフィールドを)購入したギルドがあると知ったからだ。
 メンバーは全員で三十数人程度。ギルドマスターとなっているのは、
 せっかくご近所になるのだから、と律儀に挨拶に行ったにゃん太班長が嬉しそうな様子で帰ってきたのは、その数分後だ。

「班長? どうしたの、やけに嬉しそうだね」
「ああ、シロエち。実は嬉しい再会がありましてにゃ。顔に出ていたとは、吾輩もまだまだですにゃ」
「へえ、知り合い?」
「はいですにゃ」とにゃん太は頷く。
 そして彼は穏やかな表情を浮かべ、シロエに言った。

「あちらのギルドに、ミズチちが居ましたにゃ」
「…………えっ?」

 ポロッと手から落ちた本にも気づかないほどの衝撃だった。
 たしかに、フレンドリストで確認したときその名前があるのに気づいてはいた。けれどその人物はけして肉声では喋らない人だったから――否、シロエは躊躇してしまったのだ。迷惑になってしまうのではないか、と。そうやってズルズルと現在まで来てしまった。

 ミズチ――暗殺者〈アサシン〉のミズチ。
 かつて〈放蕩の茶会〉で共にクエストに行ったメンバーの一人――それも、唯一ボイスチャットを使わずチャットで会話をしながらプレイしていたプレイヤーだ。
 故にその肉声を知る者は誰もおらず、アバターが中性的な装いなのも相まって、茶会のメンバーでは度々ミズチの性別論争が起きていたほどだ。本人は「どちらでもお好きに」と一言述べるのみではぐらかされていたので、結局その性別を知ることはなかった。

 ミズチという人物は、掴めそうで掴めない人――というのがシロエの所感だ。
 文字を介しての会話しかできなかったものの、アバターを動かしたり、大規模戦闘の際は端的な言葉や顔文字だけでコミュニケーションを取るなどお茶目な一面もある。同職のカズ彦とはまた違ったタイプのプレイヤーだったと今も記憶の中に残っている。
 〈茶会〉の解散後はミズチもリアルの用事を優先するとほぼ不在の状態で、もしかしたらこのまま引退するのでは――そう思っていた矢先、ぽつりぽつりとログインしていることに気づいたのだ。
「もしかしたら俺みたいに就活があったとかじゃねえのかな」とは直継の言葉だ。だとしたら、戻ってきてくれたのは素直に嬉しかった。
 そのミズチがギルドに所属している。そうにゃん太は言った。

「み、ミズチ? それって、あの(・・)ミズチ?」
「はいですにゃ。吾輩、実は〈大災害〉の前に一度、ミズチちと一緒にプレイをしていたのですにゃ。でも〈大災害〉の後は吾輩、ススキノに居たこともあって連絡が取れてなかったのですにゃん。ミズチちはいつもチャットで会話に参加してましたからにゃ」
「ああ……でも、そっか。ミズチもアキバで……それもギルドに入ったのか。何だかホッとしたかな」
「そうですにゃ。……なので、せっかくですにゃん、昼はミズチちのところで皆で食べるのはどうですにゃん? シロエち」
「えっ」

 話を聞くと、つまりこういうことらしい。
 ミズチの所属する〈春霖の庭〉は、〈大災害〉に巻き込まれたリアルでの知人や友人のために作ったギルドだということ。
 〈大災害〉後、アキバの治安が悪化していくのを察知したミズチが個人でフィールドを購入し、そこを一時的に拠点としたこと。
 そして師範システムなどを活用しレベリングを地道に重ね、拠り所で在れるようにと互助組合のような意味でギルドを設立した、という話だった。
 それを聞いたシロエは、ほうと感嘆の息を吐き出す。

「すごいな……ミズチは。じゃあ、ギルドに入ったのはその友達を助けるためってこと?」
「みたいですにゃ。ああ、リアルのご兄弟も二人巻き込まれたけど、ロデ研に在籍してるので大丈夫だとも言ってましたにゃ」
「へえ、ミズチ、兄弟居たんだ」
 驚いたシロエに、にゃん太は鷹揚に頷く。
「ミズチちはミステリアスな子でしたからにゃー。でも、個人情報をみだりに出さなかったのは偉いですにゃ」
「そうだね。そこらへん、しっかり教えられてたからあんなにガード固かったんだ。……それで、なんでご飯?」
「ああ、話が逸れてしまいましたにゃ。ミズチちも吾輩と同じサブ職は〈料理人〉……それも早々に〈調理法〉にも気づいてたようでしてにゃ、シロエちや直継ちも居ると知って、よければとお誘いしてくれたのですにゃ」

 〈春霖の庭〉に所属するプレイヤーは四十以上。シロエの立ち上げた〈記録の地平線〉と比べれば何倍もの大きさだ。所属しているのがリアルでの知人・友人という制限があるとはいえ、その規模はちょっとした中小ギルドに匹敵する。
 そのギルドで良ければ食事を――とミズチが申し出てくれたのだ。
 「新妻のエプロン」もあるから、人手は足りているとも。そう付け加えたにゃん太に、シロエは少しばかりくすぐったいような気持ちになった。
 自分の感傷は独りよがりなものではなく、あちらの方も同じように思っていてくれたと思えたからだろうか。答えはシロエにはわからない。
 けれど、それでも。

「……じゃあ、お呼ばれされようかな」
「はいですにゃ」

 親しい相手と――それもついぞ謎に包まれたまま去った仲間と話すことができることに、シロエは高揚感を覚えたのだった。


閑話:剣聖と暗殺者の逢引き監視記録

「大っ変だあぁぁぁぁぁぁ!!」

 勢いよくギルドホールに駆け込んできたコガの姿に、ギルドホールに居たメンバーは目を大きくして驚いた。

「何だよコガ、そんなに急いで」
「何かあったの? コガくん」

 怪訝そうな顔をするジュンペーと首を傾げたリコの問いかけに、コガは「大変なんだよぉ!」と重ねて叫ぶ。
 わなわなと震える姿は尋常ではなく、なにか問題でもあったのか――とギルドホールがにわかに殺気立ち始める。

「ミズチが……ミズチがぁ……っ!」
「ミズチ!? ミズチがどうしたっていうの!?」
「はっきり言え、何があった!」

「――ミズチが、西風のギルマスとデートするってええええええ!!」

 悲痛な叫び声がギルドホールに響き渡る。

「――はああああああああああああ!?」

 ――数秒後、〈春霖の庭〉のギルドホールは悲鳴に包まれた。

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