とうらぶ


僕の主は所謂「引き継ぎ審神者」というものだった。
一時凍結本丸というものをご存知かな?
前の主は男性で、儚くなってしまった後、全員の意志を聞き取り、刀解を望むもの、別の主のもとに引き取られたもの、そしてここに残り、引き継ぎの審神者の元で刃を振るうものに分けられる。
僕は引き継ぎの審神者を待つことに決めた。
この一時凍結本丸というのは、元の持ち主であった審神者と霊力の波長が近しいとされる審神者にしか引き継げないという特徴があってね、
前の主はとても優しい人だったから、同じ波長の霊力を持つであろう引き継ぎもきっとそんな人物なのだろうと思ったんだ。
残ったのは僕を含めて数振り、あとは別の本丸……政府所属になった者も居るし、本霊に還った者ももちろん居たよ。

一時凍結された僕らは、十年ほど眠りについたのさ。

目が覚めたのは、本丸の中に霊力が流れてきたからだ。
それで分かったのさ、ああ、新たな主が来たんだ! ってね
僕は起きて、急いで玄関に向かったよ。そこから大きな力の源が……審神者が居ると分かったからね。増築して大きな本丸だから、初めて見るのはさぞ心細かろうと。

新たな主は、玄関の先、移動ゲートのそばにある桜の木の下に立っていた。
彼女は、地面に座り込んで泣いていたんだ。

えっ、泣いてた?

その審神者さん、無理やり連れてこられたとか?

いいや、違うよ。
彼女はね、嬉しくて泣いていたんだ。

嬉し……なんで???
嬉し泣き??????

彼女……主は、現世でいわゆる洗脳に近い状態で、恋人と呼ぶのも僕は気に食わないのだが……仕方ない、便宜上恋人と呼ぶ。恋人に支配された状態だった。
主は磨けば輝く原石のような女性でね、恋人はそれを知っていた。けれど愛するあまり美しく磨くのを拒み、より輝きを曇らせる方へ舵を切っていた。
暴力を振るい、主を外に出さず、自分の手で主の髪を染めて、食い物を与え、痩せることを許さず、肥えるようにと。

彼女はそんな中で過ごして、精神が参ってしまっていた。
暴力に怯え、必死に愛想をして、恋人にただ性処理の道具にされ、呪いのように罵倒され、甘やかされる地獄の中にいた。
顔は栄養バランスの取れてない偏った食事の影響でぼろぼろだったし、髪も無理やり染められて酷く傷んでいた。

桜の木の下には、切り落とした髪があった。
主が霊力を注ぐ際、禊として望んで切り落としたものだった。
傷んだ桃色の髪がばっさり切り落とされて、伸びていた黒髪が不格好に風に揺られていた。
彼女はまるでいま生まれたのだと言わんばかりに泣いていた。
やっと支配から抜け出せたのだと、嬉しくて泣いていたんだ。

一人の人間になれたと、そう言って泣いていた。
彼女を見つけた役人も泣いていたし、事情を聞かされていたこんのすけも泣いていた。
僕はそのとき事情を知らなかったけれど、彼女の霊力から伝わる悲しみや解放への喜びで、なんとなく分かった。
彼女は今、この本丸の審神者になることで人として「生まれた」のだと。
気がつくと、僕は彼女をつよく抱きしめていた。
悲しみの底にある暖かな霊力が、慈しみと深い愛が分かってしまったから。前の主と一緒だと。
彼女は優しく、心根の柔らかな人だったために、悪しき男に蹂躙されてしまったのだと。

「ありがとう、よく、生きて僕らのところへ来てくれたね、主……!」

生きるよりも死んだ方が幸せだと思うような環境のなか、それでも生きてくれていたこと、そのことに深く感謝したよ。
わんわん泣く主を好きなだけ泣かせて、その間ずっと抱きしめて、そうして僕らは、新たな主を迎え、本丸を一から作り始めた。

実は、先日新たな本丸の一周年を迎えたんだ。
そのお祝いをして、主から、贈り物を頂いてね。
嬉しくて、出会った頃を思い出して、今回このスレに書き込ませてもらった次第だ。
長々と済まなかったね。
主は今、健康的な食事や僕らがサポートしてケアをした成果か、心身ともに健やかに過ごしているよ。
すっかり痩せて、髪も顔も見違えた。
文字通り、磨き上げた彼女は、僕ら刀剣の誇りで自慢だ。
だけど嫁にやる気は今はないよ。
まだまだ、やりたい事がたくさんあるからね

ALICE+