迅悠一の世界は黒いカーテンに覆われている!



 黒いカーテンみたいな女の子だ。
 いとこである彼女は、小学校に入る前から髪が長くてショートヘアなんてした事がないらしい。まさにカーテンのように、肩に流れる黒はお世辞でもなく、心から綺麗だなと思う。
「迅、来たんだ」
 からんころんと、来店を意味する鐘がなった。
「えらいね、ちゃんと営業時間に来るなんて」
「たまにはちゃんと客としてくるよ」
 不確定な未来を見るおれを、たぶん、一番近くで見ていた人だろう。そんな彼女は第一次大規模侵攻時に親を亡くしていて、そういう人はこの街に多い。今は残されたこの店を、祖父と二人で守っている。店内に入り込むと芳しいコーヒーの匂いに包まれた。外はもう薄暗くなったものの、店内にはまだちらほらと客がいた。それでもこの一杯を飲んだら足早に帰っていくだろう。
 高く結い上げた、艶のある黒髪がさらりと動いた。一人がけのカウンター席に促されて座る。
「はい、これ」
「どーもいつもの悪いな」
「ご贔屓にしてくれるお得意様なんだから当然よ」
 ボスご贔屓のコーヒー豆を受け取る。別にインスタントでも問題はないが、お客が来た時くらいは良いものを飲みたいという声が多かったのだ。こうして定期的にこの店でコーヒー豆を買っている。
「せっかくだから、飲んでって」
 コーヒー特有の香ばしい匂いが鼻を通った。
「おまたせ」
 白い湯気が上がるコーヒーカップを目の前に置かれ、一瞥するといつもの黒色は映らなかった。
「あれ、ブラックじゃない!」
「もう夜だし、別にそれ嫌いじゃないでしょ」
 別にこの後は支部に戻っても趣味という名の暗躍がるので、眠気覚ましに美味いコーヒーでもって思っていたが、目の前のコーヒーカップにはミルク色が映り、甘い香りが漂っていた。これは想定してなかったなぁ〜と心の中で一驚する。
 ミルク色に濁ったカフェオレを口につける。コーヒーの風味豊かな香りと苦味がミルクに馴染んで、体がほのかに暖まった。彼女はにやりと笑いマグカップを手に持ち、おれが座る隣の席に腰を下ろした。
「どう?」
「美味いよ」
「店、見てなくて良いの?」
「いまは休憩中よ」
 二つのコーヒーの香りと湯気がゆらゆら揺らめき漂う。彼女が楽しそうな笑みで話を始める。内容は今日あったことや、友人とのこと。店でのこと。それを聞きながらたまに相槌をうつ。そんなたわいもない話だ。
「陽太郎も会いたがってたけど、玉狛に来ないの?」
 彼女のマグカップが揺れた。答えはいつも決まっている。
「だってわたしボーダー隊員じゃないもの」
「そっか〜残念」
 コトリとコップを置きながら彼女は言った。
「支部でしょ、無関係の人間が行っていいわけないじゃない」
「別に支部って言ってるけど市民との窓口みたいな役割もあるよ?」
 残念ながらそれは玉狛支部以外の支部のことだ。玉狛は本来少数精鋭であり、ボーダーが公表される前のいわゆる旧ボーダーの本拠地だ。今はネガネ君達もいて賑やかだが、玉狛だけが所有する情報や技術も多い。なるべく部外者を入れたくないのが本音だった。それでも、それでも、おれにとって玉狛は帰る家であり、大切な場所だった。だからこそ自慢したいし、見せびらかしたいし、案内したいと思ってしまうのだ。まだまだ甘い人間である。
「なに迅、お使いに来るのが面倒くさくて、私に来させようとしてる?」
「いいな〜それ、月一でお願いしたい」
「はぁ〜ありえない。バカ、あんたが来なくて誰が来るのよ」
 彼女は眉をひそめ、おれと似た色の瞳がこちらをじろりと睨む。「それもそうだな」と半分になったコップを揺らしながら言う。実際は玉狛のほかのメンバーに頼んでも良かった。例えば、この店は鳥丸が通っている第一高校から近いし、レイジさんにでも頼めば買い出しのついでに寄ることもできるだろう。それでも、なんとなくおれが一人、お使い役を買ってでている。いや、だって、ボスがおれに頼んでくるし。
 店内に立てかけられたアンティークな時計に目をやる。そろそろ時間だ。程よく冷めたカフェオレを一気に流し込む。
「もう行くの?」
「うん、ごちそーさま」
 いつの間にか、紙袋に入れられていたコーヒー豆を持ち、店を後にする。師走の夜道を歩く。遊真たちは一月になれば晴れて入隊だ。その為にも、この実力派エリートである自分がもっともっと活躍せねば。これから先をになっていく後輩のために今日も忙しいぞ〜と、そそくさと帰路を急ぐ。すると、遠くでドアが開く鐘の音が聞こえた。
「ねぇ、じーん!」
 エプロン姿のまま、綺麗な髪をなびかせながら走ってきた。おれがどうしたの?と聞き出す前に、彼女はおれの手を掴んでその掌にひとつの紙を乗せた。おれの手に握らされたのは、コーヒーの一杯無料券だった。彼女は息を整えるように、深く深呼吸をして言った。
「いま、来てくれた人に、配ってんの。それ持ってまた来てよ、ぜったい!」
 おれの碧と彼女の碧が視界に被る。この街でこの色の瞳を持つのはもう、おれたち二人だけになってしまった。おれは、そうなることを分かった上で二人っきりになった。自分の母親も彼女の両親も救えなかった。救わなかったのだ。彼女の黒い髪が、おれの視界を塞ぐように闇夜に溶け込む。
「しょうがないなぁ」
 いいよ。会いに来よう。戻ってくるよここに。

迅悠一の世界は黒いカーテンに覆われている!


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