06


ジュウッっと何かが焼ける音が聞こえて、微睡みからゆっくりと意識が浮上していく。ぼんやりとした意識の中、柔らかな光をまぶたが感じてそれが朝であることを物語っていた。そっと目を開ければ先ほどより強い光に一瞬目が眩んだけれど、何度か瞬きを繰り返す。そして目が慣れたとこでベッドから身を起こした。

不思議な夢を、見ていた気がする。懐かしいような、でも寂しくて悲しいような。しかし内容がさっぱり思い出せない。夢なので覚えていない方がいいし、いくら考えても仕方ないというのに……気持ちが思考を止めることを拒んでいるようで、私は眉をひそめた。

「アリア?入ってもいい?」
「……ええ、どうぞ」

ふと声をかけられてそちらを見れば、部屋の真ん中を仕切るようにカーテンがかかっていた。……そういえば昨日、お互いのプライベートを守るためにと間仕切りを作ったんだっけ。見慣れないものに合点が言ってワンテンポ遅れて声の主に了承を伝えると、はねた茶髪の少年がカーテンからひょっこり顔を出した。

「おはよう、よく眠れた?」
「おはようスレイ。ええ、そりゃもうぐっすりとね」
「それなら良かった!朝ごはん作ってみたんだけど、食べてもらえるかな」
「もちろんよ。すぐ起きるわ」

わかった!とまたカーテンの向こうへ消えたスレイを見送って、ベッドから出ると寝巻きから着替える。そしてカーテンを開けて部屋を一つに戻せば、きちんとたたんであった彼の布団を押し入れに直し、真ん中にテーブルを置いて朝食が並べられるようにした。

ふわりと香った食欲をそそる匂いにつられてキッチンに出てみると、ちょうど朝食をよそっているところだった。

「わ、ベーコンエッグにサラダ。おいしそう!」
「そう見えるなら、昨日よりマシに作れたと思う。そうだ、パンも焼いて良かった?」
「ええ。……確かに育ち盛りのスレイにはこれだけじゃ物足りないわよね。焼いておくわ、先に運んでてくれる?」
「うん、ありがとう!」

トースターに食パンを入れてタイマーをセットする。その間に洗面所で顔を洗って化粧水を叩き込み、歯を軽く磨いた。身だしなみを整え終わるのを見計らったように焼き上がりを知らせる音が鳴ったので、それを皿へと移す。うん、いい焼き上がりだ。

「お待たせ。さ、食べましょう!」
「「いただきます!」」

並べられたものに食パンを加えて、行儀よく合掌をして食べ始める。

昨日の朝ごはんはちょっとこげた味がしたけれど、今日のは美味しい。スレイが器用なのか使い方のメモを貼っているのが功を奏したのか、どうやらコンロの使い方をマスターしたようだった。

「味、どうかな?」
「うん、美味しいよ。3日目とは思えないくらい上手になったわね」
「火加減の調整がつまみを回すだけだって分かったんだ。元いたところは薪でそっちに慣れていたし、逆に難しかったよ」
「そうなんだ。薪ってことはコンロはなかったのね」
「オレの村ではなかったかな……村の外だったらあったかもしれないけど」

困ったように笑ってスレイが言った。……そういえば、彼は村から出たことがないって言っていたっけ。村の外に出れば魔物が出るらしいので、おそらくそのために外部と交流ができなかったのだろう。そう考えればスレイが他の地域の事情を知らないのも当然だし。

そう思って深くは追求せずに料理をつつく。

「でも、食文化は一緒みたいで安心したわ」
「言われてみれば……見たことのない食べ物もあったけど普通に食べられたし、食材もオレの知ってるものと変わりないと思う」
「へえ……なら、私とスレイの世界の共通点になるわね」

そう言うと、彼は一瞬きょとんとしたあと 本当だ!と顔を輝かせた。新しい発見だといわんばかりに笑うスレイを見て、私もつられて頬が緩む。

「文化も生活の中で使われるものも全く知らないと思ってたけど、案外近くに共通点があったんだな」
「こっちに来てからドタバタしていたからね。落ち着いて周りを見る余裕ができたのよ」
「そうかも。昨日は目に映るもの全部が目新しくて考える暇すらなかったし……あ!共通点と言えばもうひとつあるじゃないか」
「え、何?」
「言葉だよ。使っている文字は全く違うのに、何故か話していることがわかるとこ!」

ごく自然に会話をしていたものだからうっかりスルーしそうになっていたが、一番重要な共通点だったことに気付いて確かにと頷く。

「不思議よね……文法も違うはずなのに」
「うん。普通のことだから見逃しそうになるけど、言葉が通じるって大事なことだなって思うよ」
「……これで言葉も通じなかったら、私達どうしていたのかしら」
「あはは……あまり想像しなくないかも」

眉を下げた相手を見て、私も困ったように笑う。ジェスチャーでの意思疎通は限界があるしスレイの世界に手話があったとしても通じるのか……そもそも私は手話なんてできないから、言葉が通じなかったとことを思うとぞっとした。その嫌な想像を振り払うように緩く首を振った。

「あまり嫌な想像はしないようにしましょ」
「そうだな。ひとまず言葉が通じること、食材が同じであることがアリアとオレの世界の共通点ってことか」
「……そういえば、こっちの事情ばかりでスレイの世界の話あまり聞いてないわね」

地球(とは言っても日本中心になるけれど)の文化については私の持てる限りの知識と文明の利器を使って説明したが、私は彼の世界の事情をほとんど知らない。そう感じてぼやくように言うと、驚いたように目を瞬かせるスレイが目に入る。聞かせてほしいなと言えば、彼は頬をかいた。

「話すのはいいんだけど、オレ本で読んだ以外のことはわからないよ?」
「それは承知の上よ。そうね……そうだわ!スレイの世界の遺跡とこっちの遺跡を比べてみるとかどうかしら。意外と似たようなものがあったりしそうじゃない?」
「いいね!それならオレも話せるし」
「決まりね。まずは……朝ごはん食べちゃいましょ」
「賛成!」

私の提案に了解を得る。ずいぶん話し込んでいたのだろう。冷めてしまった朝食に手をつけた。



「ねえ、アリア。これはなんて書いてあるんだ?」
「ええっと......これは、マチュ・ピチュね。海外にあるもので、15世紀―――私たちの時代から400年ほど前に栄えていた国の都市の遺跡よ。ただ、この文明では文字がなかったそうだから何のために建てられたものなのか分からないんですって」

朝食の後片付けを終えたあと、昨日購入した本とスレイが持ってきた『天遺見聞禄』を広げながら共通点を探していた。スレイに声を掛けられて写真の下にあった解説を読む。

「へえ!遺跡ってことは、人は住んでないんだな」
「そうね。......まさか、スレイの世界ではこういうのが普通なの?」
「そうじゃないよ。なんというか、オレの住んでる村に似てるなって思ったんだ」

その言葉にぎくりと肩を震わせた。不安を感じさせないようにとあまりスレイの村について突っ込んでいなかったのだけれど、まさかこんなところで触れてしまうことになるとは......いや、遺跡の話をする時点でどうかと思ったのだが、好きなことを話せば気が紛れるだろうと考えての話題振りではあった。
ちらりと表情を伺うが、彼は懐かしむような感じではなくむしろ興味深々といったもので写真を眺めていた。......これは、少々突っ込んでも大丈夫かもしれない。

「どんなところが似てるの?」
「やっぱり山の上にあるってところかな。オレの育った村イズチは雲よりも高い山の上にあってさ、近くに遺跡があるんだ」
「雲よりも高いところって......空気が薄そうね」
「うーん......ずっといたからそれは感じなかったけど。雲海が広がってて空気も澄んでるから空がすっごい綺麗なんだ」

彼の言葉からイズチという村から見える景色を想像してみる。マチュ・ピチュのようなところで眼下には雲海が、上には澄んだ青い空が広がっている。......なるほど、確かに綺麗かもしれない。しかし想像力には限界があるので、私の描いたものよりもっと素敵なはずだ。せめて写真があればいいが、スレイのところにそんな技術はないと言っていたし。実際、『天遺見聞禄』の挿絵はスケッチなのだから。

そんなことを思いながら彼の手元の本を覗き込む。開いていたページには崩れたとも言い難い、鋭利な形をした建物が描かれていた。

「ねえスレイ、これは何?」
「どれどれ......ああ、これは凱旋草海ってところにある斜めに傾いた尖った塔で通称『斜塔』って呼ばれてるものだよ」
「なんだかすごい名前が出てきたわね、凱旋......?」
「草の海って意味で凱旋草海。えーっと......これが俺たちの大陸で、ここの中央部にある広大な草原がそうだと思う。この斜塔は、世界七不思議の一つなんだ」

そう言ってスレイは栞を挟んで別のページを開き、地図に描かれた大陸の中央部をぐるっと囲んで示してくれた。随分と縮尺されているから、実際はもっと大きいのだろう。これだけ広いのだから『草の海』と表現されたのか。でも、なんで凱旋なのかしら......?
そんな疑問がよぎったけれど、それ以上彼が言及しなかったので詳細が書かれていないのだろうと思い別に気になったことを口にする。

「さっきの建物、斜塔って言ったわよね。あそこまで傾いてはいないけれど、似たようなのがあるわよ」
「えっ本当?」
「ええ。遺跡ではないけれど......あった、これよ。イタリアって国の観光スポットにある大聖堂の鐘楼で、ピサって街にあるから『ピサの斜塔』って呼ばれているわ」
「本当だ、傾いてる!なんでだろう?」
「建てられている場所の地盤が柔らかくて、塔の重さで南側が大きく沈んでしまったそうよ。これ以上倒れないように何年か前に工事されたみたい」

私が解説を読み上げると、やっぱり地盤沈下かーとスレイがどこか残念そうに呟いた。

「残念そうね」
「そりゃあね。アリアの世界にはオレ達の世界にはない技術があるから、意図的に塔を斜めに建てるとかできそうだなって思ったから」
「できなくはないと思うけれど......傾いた塔なんて、倒れる危険もあるし意図的には建てられないと思うわ。......ああでも建築法、安全な建物を建築するためのルールに沿っていれば可能ね」

そういえばよく建設の許可が下りたなって思う建築物があることを思い出し、スマホを取り出して検索をかける。画像の項目をタップすれば、本当に建てられたのが不思議な造形のビルが表示された。......いや、本当によく建てられたわねこれ。
それをスレイに見せてあげると、遺跡の話をしていたときと同じくらいに目を輝かせた。

「なんだこれ!えっこんな建物が建てられるの!?」
「みたいね......ちゃんと基準を合格したから建てられているの。遺跡ではないんだけどね」
「それでもすごいよ。やっぱり、アリアの世界は発展してるんだな」
「そう?発展しすぎるのも考えものよ。スレイの世界も自然が豊かで綺麗な景色が広がってるみたいだし、きっと素敵なんでしょうね」

目を閉じてイズチの村や、凱旋草海を思い浮かべてみる。実際のスレイの世界はどんなところなのかしら。行けるわけがないと分かっていても、やはり見てみたいと思ってしまう。
物思いにふけっていると、スレイが口を開いた。

「......もし、」
「うん?」
「もし、アリアがオレの住んでる世界に来れたらそのときは案内するよ!お礼も兼ねてさ」
「! ......それは楽しみだわ」

任せて!と笑顔で胸を張ったスレイに、私はさらに笑みを深めた。

彼が来れたんだもの、一縷の望みは持っていてもいいかもしれない。そんなことを思いながら、私たちは再び共通点および遺跡談義を始めるのだった。


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※「マチュ・ピチュ」「ピサの斜塔」の記述はWikipediaの項目を参考に要約しています。
※「凱旋草海」の記述はファミ通の攻略本「用語辞典」を参考に要約しており、公式設定資料集を未所持のため捏造が含まれます。