それからしばらく座ってスレイの顔色を見ながら休憩をした。30分くらいして大丈夫そうなのを確認すれば、残りの用事をぽんぽんと済ませていく。
靴と日用品を買ったところで荷物を一旦車に置きに行くと、ちょうどお昼時。とは言ったものの、今の時間帯はフードコートも店舗も待ち時間がすごいことになっているだろうな……。
「スレイ、お腹空いてる?」
「……実はペコペコなんだ」
「じゃあお昼にしましょ。腹が減ってはなんとやら、よ」
私の問いかけにちょっと間を置いて、スレイは困ったように答えた。そんな状態の彼を連れ回すのもどうかと思ったので待ち時間を覚悟でフードコートへ向かう。
案の定、フードコートは人でごった返しており様々な食べ物の匂いが充満していた。そこでも、スレイにとってはやはり珍しいのかきらきらした目で見回している。
「色んな食べ物屋さんが並んでる!すっげえ!」
「露店とはちょっと違うけど、食べたいものが並んでるところよ。何か食べたいものある?」
「そうだな……せっかくだから、見慣れないもの食べてみたいかも。例えば、あの丸くてソースのかかってるやつとか!」
「あれは……たこ焼きね。さすがにあれだけじゃ足りないだろうし、頼んで他にも食べたいものを選ぼっか」
うん!と元気な返事をする彼に目を細め、たこ焼き屋さんで注文をする。比較的空いている方のお店だったのですんなりと品物を受け取ることができた。フードコートの端から順に見ていき、彼が食べたくなったものをその都度注文して、待ち時間が長ければ呼び出し用の機械を受け取って次に行く。もちろん、私も食べたいものを注文して。
そうして注文を済ませ、空いた席に座って待つことにした。
「これは割り箸って言って、昨日の晩御飯で使った箸の使い捨てのものよ。引っ張って割るの」
「なるほど、だから『割りバシ』なんだな。……あ!なんか変な形に割れちゃった」
「ふふ!よくあることだわ。スレイでも変に感じるのね」
「割れ目があるから綺麗に割るかと思ってたんだ。良かったらアリアの箸も割らせてもらっていい?」
「どうぞ」
自分の割り箸を渡せば、彼は綺麗に割ろうとポジションを見定める。そして力を込めて引っ張ると、それは割れ目に沿って綺麗に割れた。「アリア見て!」と余程嬉しかったのかはしゃぐスレイを見て私も「良かったわね」と顔を綻ばせる。そうしてたこ焼きをつつきつつ話していれば機械が振動して料理ができたことを伝えた。
交代で商品を受け取りに行って、昼ごはんが揃うといただきますをして食べ始める。驚いたことに、スレイの世界でも合掌をする文化はあるようだった。
昼ごはんを食べ終わって少し休憩した後、私たちはまた動きだした。今度は簡易間仕切りを作るための道具を買いに、併設されたホームセンターへと向かう。そこで突っ張り棒と厚手のカーテン、洗濯バサミに洗濯かごを購入。
重いものは率先してスレイが持ってくれた。こういうとき、男手があると助かるなぁ。
「さて、今日の目標は一応達成したんだけど……スレイ、何か他に欲しいものはない?」
「えっそんな、悪いよ!色んなもの買ってもらったしこれ以上は」
「今更遠慮しないの。それに、明後日から私が日中いないからすごく退屈になるわよ。何か暇を潰せるものを持っておいた方がいいんじゃないかな」
「そっか。アリア、シゴトってのをしてるって言ってたね……」
そう言って考え込むスレイ。しばらく思案した末に口を開いた。
「じゃあ、オレこの世界の文字を勉強したいな。そうすれば、こっちの本も読めるようになるし」
「OK!じゃあ本屋に行きましょう」
そう言って本屋へ向かう。
3つの文字を組み合わせた文章の母国語は、外国の人にとっては取得に一苦労するらしい。しかし、違う世界で普段使っているもの以外に古代語を読むことができる彼なら大丈夫そうな気がしたのだ。
書店でひらがなとカタカナ、そして店員さんに聞いておすすめの小学生用の漢字のテキストを揃える。彼のレベルがどれだけのものかは分からないが、たぶん小学校程度ギリギリ終わるか終わらないかだと思ったから。それより上のものは終わってからの方が良さそうだしね。
そういえば遺跡とか歴史系が好きだったことを思い出して、そのジャンルを取り扱う棚にも行ってみた。
「ここって……もしかして、この世界の遺跡とかの本!?」
「ええ。ただ文字を勉強するだけだと飽きちゃうだろうし。写真っていうんだけど、この絵みたいなのを眺めるだけでも楽しめそうかなって」
「まるで風景をそのまま切り取ったような……すごい技術だなシャシンって。これも買っていいの?」
「もちろん。ただし、ほどほどにしてね?」
漢字のテキストを選んでいるときとはうって変わってテンションが上がり、熱心に本を選ぶスレイ。余程好きなんだろうと改めて思って、私もついでに簡単なものをと本を物色する。2000円程度で写真と文字がちょうどいい古代遺跡の本があったので、それを手にとった。
「これにするよ!……あれ、アリアも買うんだ?」
「ええ、ついでにね。良かったら一緒に読みましょう」
「いいの?ありがとう!アリアの選んだ方が読みやすそうだな」
「そうね。文字より写真が多いものを選んだから勉強の息抜きにちょうどいいかなと思ったの」
スレイの選んだ本を受け取りつつ言えば、彼は一瞬驚いたような顔になった後はにかんでもう一度お礼を言った。ずっと勉強ばかりでは辛いだけだろうし、楽しく覚えてほしいしね。解説を読んであげれば内容も理解できるだろうと踏んでの選書だった。
会計を済ませあとは帰るだけになったが、その前にもう一度休憩をとろうと声をかけて近くの椅子に座る。
先ほどの休憩で飲んでいたものを渡し、自分のをバッグから取り出して一口飲むと息を吐く。いやー充実した一日だったなぁ。
「ねえ、アリア」
「ん、どうしたの?」
ぼーっと行き交う人々を眺めていると声をかけられた。
「今日は本当にありがとう。……でも、さ。どうしてアリアはオレにここまでしてくれるんだ?」
「……」
「いきなり現れて住む場所も文化も違ってて、明らかに怪しいのに。突然いなくなる可能性だってあるのにさ」
真剣な眼差しを向けてくるスレイ。その翡翠の目はかすかに揺れているように見えた。私の答えがどう返ってくるのか不安なんだろう。そっと目を伏せて答えを考える。
しばらくしてから、目を開けて微笑むと視線を合わせた。
「そうね。確かに私にとっては何の得にもならないわ。実際、出ていくことの方が多いし」
「……」
「でも、答えは単純よ。私はスレイにこの世界も好きになってほしいの」
「この世界を?」
「ええ」
身体を正面に向けて視線を人ごみに向ける。
「あなたと初めて話したとき、明らかに私より動揺してることを感じた。そして、ここが住んでいた世界と違うことが分かった時どうしようもない不安を持ったと思うの。これも何かの縁だし、帰れない不安ばかり抱えてるより楽しいことを考えてほしいなって。そのためにはこの世界のことを知って、好きになってほしいと思ったのよ」
そしてもう一度、スレイの方を見てにっこりと笑う。
「あなたが出会い頭に襲ってくるような人だったら、しょっぴいてもらうつもりだったけど。そんな子じゃなかったしね!」
冗談っぽく言うと、彼は拍子抜けした表情を浮かべてから眉をさげて笑い返してくれた。その瞳に先ほどの不安は見えない。
「アリアって意外と考えてるんだな」
「意外って失礼な。これでも大人だもの」
「あはは、ごめん。……アリアの言うとおり、最初はすっごい不安でさ。見知らぬ人の家にいたし、住んでる村も何もかもが違うところでどうしたらいいんだろうって思ってた。けど、アリアは嫌な顔ひとつせず、色んな事を教えてくれただろ?いつの間にか、この世界の技術や文化に興味がわいて、感じてた不安もそれほど感じなくなってたんだ。もちろん帰りたい気持ちはあるんだけど、この世界のことをもっと知りたいとも思ってる」
ひと呼吸置いて先ほどの表情からぱっと明るく笑った。
「だから、これからも色んなことオレに教えてください」
「……もちろん!私にできることがあったら遠慮なく言ってね」
手を差し出して言えば、スレイも握り返してくれた。きっとほんの一部だろうけど彼の本音が聞けて良かった……抱え込むよりずっといいだろうし。
じゃあ帰ろうかと立ち上がって荷物を持ち、駐車場へと向かった。荷物が多くて最初のように手を繋ぐことはできなかったけれど、慣れたのかスレイは私の隣を歩いている。
彼の不安が少しでも薄れるように私にできることを精一杯やろうと密かに思い、他愛もない話しながら少年に笑いかけた。