!スレイ闇落ち
!スレイと夢主以外のメンバーがいません
(捉え方によっては胸糞案件です)
*夢主は人間ですが特殊設定があります



はた、と目を覚ました。夢の続きにしては薄暗い部屋。夢うつつのままぼんやりと眺めてから、身じろいだ時の違和感に目を瞬かせる。

―――違う、こちらが現実だ。

動けばじゃらりと鳴る重苦しい音。幸い自由に動けるものの、この部屋からは出られないような長さの鎖が私をつなぎ留めていた。
あれからどのくらい経ったのだろう。まだ生きているということは、この世界は災厄に見舞われて滅んでいないということか。……いや、もしかしたら私だけしか正気を保っていないのかもしれない。人の持つ絶望、悪意、疑いといった心の闇から生まれ、他者にまで影響を及ぼす「穢れ」が世界中を蝕んでいるためで……私は唯一、聖主の御使いとして浄化の炎を操り、穢れの影響を受けない人間ーーー『御子(みこ)』だから。
とは言っても、もう私はその力を還してしまったし残っているのは誓約によって得た『穢れを無限に許容する』ことだけ。普通の人間なら穢れが体のキャパシティを超えると憑魔―――いわゆる魔物というものに変わってしまう。しかし私は自身に枷をかけることで力を得る「誓約」によって人の姿を保っているというわけである。
だからといって、穢れを浄化もできない私が何をしたところで事態が好転するというわけでもないのだけど。

ふと扉の向こうに気配を感じて身構えると、ドアがノックされた。

「おはよう、ナマエ。よく眠れた?」

私の返事を聞くまでもなく ぎぃ、と部屋の扉が開いて少年が入ってきた。私の名前を優しい声で呼び、その両手には二人分の食事を持っている。彼の挨拶からして、朝なのだろう。おいしそうな匂いが鼻をくすぐった。声の調子は明るかったが、少年の顔はどこか疲れているようだった。

「……ええ。スレイは、よく眠れなかったみたいね」
「あれ、分かる?ちょっと夢見が悪くてさ」

なんだか疲れているように見えたから、と返せば少年―――スレイは困ったように笑った。

「疲れているならもう一眠りしてきて良かったのに」
「二度寝したらナマエがお腹空かせちゃうかなって思って」
「……まるで私が食いしん坊みたいな言い方ね。少しくらい我慢できるわよ」

そう返せば、スレイは 本当に?と半分冗談、半分疑ったように聞いてきて、その和やかなやりとりに思わず顔が綻んでしまった。はたから見れば何気ない朝の光景だが、よく考えてみてほしい。

私の手足は部屋から出られないように、手枷足枷でつながれているということを。
そして、私の前で笑っている少年こそ、私をここに縛り付けている張本人なのである。

スレイは二人分の食事を近くのテーブルに置くと、近づいてきて私を抱きしめた。

「……よっぽど怖い夢だったのね」
「……うん。ナマエが、俺の前からいなくなる夢だった」
「こうしてつながれているのに、どうやってあなたの前からいなくなるというの」

少し抱きしめる力が強くなって、私はやれやれと肩をすくめた。本来なら、抱きしめ返して慰めてあげるべきなのだろうが、手枷の重さで腕を動かすことすら億劫なのだ。代わりに相手の肩に自分の頭の重さをかけてみる。

純粋でお人好しな彼が変わってしまったのはいつだったけ。人と天族が共存できる世界を作り、まだ見ぬ遺跡や土地をこの目で見てみたいという夢を叶える為に『導師』となったスレイ。導師として穢れを祓い、やみくもに助けるのではいいように使われてしまうということで、人々が自分の手でできるところまで手を貸してきた。ときには、人々の心無い言葉や世の中の理不尽さに振り回されることもあった。それでも、彼は怖がられるより笑ってもらえた方がいいと言って、人と天族のために奮闘していた。

しかしスレイを、『導師』をよく思わない人間が彼の琴線に触れる事件を起こしてしまったのだ。彼だって人間だ。自分への悪意は割り切れたとしても友人の少女を殺されて、さらに彼女の生き方を否定されて平気でいられるはずかなかった。少女―――アリーシャが殺されたことによって今まで抑えていたであろう穢れが溢れ出し、

彼は、堕ちてしまった。

主神の機転のお陰で導師に従っていた天族達はドラゴンにならずに済んだものの、スレイを止めようとして返り討ちにあい、いなくなってしまった。暗殺者の少女と私、4人の天族を相手に無傷で叩きのめすほど彼の力は強力だった。私も殺されるかと思ったが、

『ナマエは、オレについてきてくれるよね』

と、いつもと変わらない笑顔で言ってきたのである。それは問いではなく、有無を言わさぬもので私の返事を聞くまでもなくその場から去って、今に至っている。どうやらスレイは私を殺す気はないようで甲斐甲斐しく世話をしてくれる。
……小鳥を飼うように、鳥かごに閉じ込めて逃げないように。

かと言って逃げない私もどうなのか。もちろん最初は抵抗したし、穢れにのまれたスレイを救おうと手を尽くした。けれど、私の聖主から授かった白銀の炎でも浄化し尽くせないほど彼の穢れは深く、スレイの心を覆っていた。それでも彼が憑魔にならず人の姿を保っているのは、生まれ持った素質のお陰か、それとも彼自身が人の姿のままでいることを望んでいるからかもしれない。……私に嫌われないように。
なんて思うのは自惚れだろうか。

ともかく私がそこまでするのは、彼の抱えていたものを聞いて吐き出させなかった後悔。大事な仲間たちと少年を穢れから救えなかった不甲斐なさから。償いというにはあまりにも遠いが、これらが私をスレイから離してくれないのだ。―――否、それだけではない。

「……あいにくベッドはないのだけど、それでも良ければここで寝てもいいよ」
「でも、朝ごはん」
「平気だと言ったわ。それに、スレイが離れてくれないと食べられないし、離れる気もないんでしょ」

うとうとしている気配を感じて声をかければ、舌足らずな答えが返ってこようとしたのでさらに言葉を被せた。スレイは ナマエには適わないなぁ、とのんびり言って甘えるように私の肩へ擦り寄った。

「じゃあ、お言葉に…甘えて、」
「ええ。……おやすみなさい、スレイ。良い夢を」
「うん、おやすみ。……好きだよ、ナマエ……」

つぶやきにも似た言葉に目を見張って、ため息をつく。しばらくすると規則正しい寝息が聞こえてきた。

「……全く卑怯だわ。この天然タラシめ」

忌々しげに呟くが、それとは反対に緩む口元を抑えられなかった。旅をしていたときには考えられなかったこと。『導師』と『御子』のままでは得られなかった関係。本来は「家族を持てない」という制約らしいが同義だろう。全てが壊れた今、私とスレイがそれを気にすることはなくなった。だから私はスレイから逃げないし、離れないのだ。
第三者から見れば狂気の沙汰だろうが関係ない。スレイがいればそれでいいし、私を傍に置いてくれているということは彼も同じ気持ちなんだろう。自惚れかもしれないが、私たちは幸せなのだから。

枷によって重い腕をあげてそっとスレイを抱きしめ返し、一定のリズムで背中を叩く。

「私も好きよ、スレイ」

目が覚めたら、先ほどよりも明るい笑顔で笑いかけてくれることを願って、私は目を伏せた。

これが最高のバッドエンド

(それは第三者から見た私達であって、私達は確かに幸せよ?)

お題元:確かに恋だった 様