隣に座っている少年からの問いに私は困ったように笑って返すしかできなかった。
街には夜の帳がおり、すっかり人通りも少なくなった頃。私は旅の仲間であり、恋人でもある少年―――スレイにあるお願いをしたくて彼を呼び出した。が、改めて向かい合ってしまうと言い出せなくて視線をさまよわせてしまう。旅の途中で久しぶりの寝床であるため彼も早く休みたいだろう。言わなければ始まらないし、何よりそんな疲れた中で私の誘いに応じてくれたスレイの気持ちを無駄にするのも申し訳ない。
もんもんとする悩みを振り払うように首を振り、彼と視線を合わせた。
「あの、ね」
「うん?」
「その、は……ハグを、してほしいの」
あまりにも幼いお願いにいたたまれなくなって、最後の方はしりすぼみになってしまった。たった一言ではあるが、死ぬほど恥ずかしくて顔が熱を持っていく。そんな顔を見られたくなくて隠すようにうつむいた。
「ハグって、抱きしめることだよね」
「う、ん。ええっと、その……以前、無性に寂しくなって誰かに抱きしめてほしくなる時があるって言ったでしょう?今日がその日で、頼めるとしたらやっぱりスレイしかいないと、思ったから……」
ダメかしら、と相手の顔を伺うように見上げた。よほど私が情けない顔をしていたのか、スレイはびっくりしたように目を瞬かせ、何故か喉が上下するのが見えた。
柄にもないことを言っていることは自覚している。女性というのは月に4回性格が変わり、そのうちに無性にマイナス思考になる期間があるというのを聞いたことがあって。たぶんそのせいだと思うことで自分を正当化したいのだと思う。仲間たちの手前、これみよがしにくっつくことはいい大人としてどうかと思っているから、こういうことでもない限り……こんなお願いはできないもの。
しばらく私を見つめて動かないスレイにいよいよ不安になった。ああでもやっぱり言わなければ良かったと後悔が生まれ、やはり忘れてもらおうと名前を呼ぶと我に返った彼がへにゃりと笑う。
「もちろんいいよ。おいで、ナマエ」
はにかみながら腕を広げたスレイ。私を自身の胸へと誘う声の、なんと優しいことか。先程まで感じていた羞恥はどこへやら。飛びつく、というよりは寄りかかるようにして身を委ねる。そして優しく包むように私の背に腕が回された。
「う、なんかごめんね……」
「気にしないで。むしろ、君が頼ってくれて嬉しい。ナマエってあんまり弱音吐いたりしないだろ?だから少し不安だったんだ……オレって頼りないのかなって」
「そんなことないわ!」
スレイの言葉に思わず委ねていた身体を離して否定する。彼と目を合わせれば突然声を張り上げた私に驚いた双眸は見開かれていた。しかし、いつもは輝いている緑の目が翳っているように感じて、そんな表情をさせているのが私の行動だとわかると申し訳なくなる。
「その、みんなの目をあるし私の方が年上だし、しっかりしなきゃって思ったらどうしても言い出せなくて。本当は、もっとスレイを頼りたいと思っているの……」
私がスレイと同い年であったなら若気の至りだと主張して、このように思い悩むこともなかっただろう。しかし同意があるとはいえ、相手は未成年。元々甘え下手でもあるうえ、ただでさえ危ない橋を渡っているのだから慎重にならざるを得ない。もっと素直に気持ちを言えたなら彼にもどかしい思いをさせずに済んだだろうなと思う反面、21年これで生きていたためそう簡単に性格は変えられないとも思う。
先ほど言った気持ちを示すように、離れていた距離をまた詰めてスレイの背中に手を回した。
「あなたみたいに素直に言葉にしたり、行動に表したりできないから不安にさせてしまうことが多いと思うけれど……私がこんなこと頼むのは。頼めるのはスレイ、あなただけよ。……信じてくれるかしら?」
きゅ、と回した腕に少しだけ力を込める。
「……うん、信じるよ」
しばらくそうしているとぬくもりに身体が包まれた。
「ごめん、ナマエ。オレ、焦ってたみたいだ。君は自分よりオレやみんなのこと考えてくれる分別のある人だって分かってるのに、一人で不安になって疑ってた」
間を置いて、また言葉が紡がれる。
「こうして頼ってくれたんだし、それだけでも幸せなことだって思うことにする。ナマエがしんどい時を分かるように努力もするよ。経験もなくてなかなか察せないオレで良ければ、君の隣にいさせてほしい」
「……もちろんよ。でも、私は今のあなたが好きなんだから無理に変わる必要はないのよ」
「うん、ありがとう」
その肯定の言葉を噛み締めるように、私を抱きしめる腕が力が込められた。
もう少し素直に言葉を言えるよう、頼ることができるよう私も努力しよう。そうすることでこの愛しい少年を不安にさせることがなく笑顔が見られるのなら、私の年上であろうとする姿勢は崩した方がいいだろう。
せめて彼の前だけでは、弱い部分を見せられるようになればいいと思いながら、回した腕に力を込めた。
君の胸に飛び込む
title by 空想アリア 様