「いくら分かったからって、部屋にまで気を遣わなくて良かったのにね」

割り当てられた部屋で私は肩を竦めた。
先日スレイと私がお互いに想いあってることが分かった。隠しておくのも変な話だということで、仲間達にも伝えたその日。たまたま宿で休むことになったのだが、いつも女子・男子で部屋を分けるのに仲間達がスレイと私を同室にしたのだった。去り際にニヤついていた女頭領とナンパな風の天族の顔が忘れられない。ご丁寧にツインではなくダブルベッドなあたり、恐らく彼女達の仕業だろう。というか主神はストップをかけなかったのかしら……いや、もしかすると彼女もグルなのかもしれない。今度暗黒物質ができたら差し入れしてあげよう、うん。
仕組んだ輩への処遇をを考えていると隣にいた少年が口を開いた。

「あはは……でも、オレは嬉しいよ。誰かの目を気にせずにナマエと一緒にいられるから。ナマエは嬉しくない?」
「……その質問は卑怯だわ。私だって、その……あなたと同じ気持ちよ」
「なら良かった。とりあえずゆっくりしようよ、久々のベッドだしな!」

スレイの素直な言葉にじわじわと顔に熱が集まってくるのを感じて、隠すようにそっぽを向く。私の言葉にに満足したのか弾んだ声で部屋の奥へ進んで、彼は着ていた上着を脱いでベッドに座った。
……スレイの下心のない純粋な言葉には本当に適わない。心臓がいくつあっても足りないわ。バレないようにため息をついた。

さすがにずっと留まっておく訳にもいかず、私も奥に行って荷物を置き上着を脱ぐ。と、視線を感じてそちらを向けば、じっと私……というより背中を見つめていたスレイと目が合った。
ああ、そう言えば男性の前で脱ぐのは初めてだったっけ。

「……スレイのえっち」
「えっ?! ご、ごめんそんなつもりじゃなくて!見えちゃってつい目が離せなくなったというか、その!」

さっと自身を抱き込むようにして身を竦めてみせる。すると弁解するつもりが思いっきり墓穴を掘っている彼がおかしくて、笑ってしまった。
スレイの視線を釘付けにした私の服は、インナーもトップスも背中が腰あたりまでがっつり開いたデザインになっている。しかし普段は上着で隠れているため、女性陣しか知りえないことだった。うっかりいつものように脱いでしまったので、彼が見てしまったというわけだ。

「冗談よ。他の人だったらエナジーブラストでも放ってたけど」
「よ、良かった……。あ、でもオレの前以外では気をつけてね?」
「ええ。……隣、座ってもいい?」
「うん、もちろん!」

一人分のスペースを空けてくれたので、その隣に腰掛ける。と、同時に左手が温もりに包まれた。指と指を絡ませしっかりと握る、いわゆる『恋人繋ぎ』にされたのだった。きょとんとしてスレイの方を見れば、照れくさそうにはにかんでいる。その様子にきゅんとしてしまって自分の顔が緩むのを抑えれなかった。誤魔化すように、彼の肩に頭を預けるようにして寄りかかる。

穏やかな時間だった。交わす言葉もなくただ手を繋いで寄り添っている。それだけで暖かく満たされた気持ちになった。
そういえば、両想いになってから二人っきりになることなんてなかったかもしれない。果たして、本当にこれだけで満足していいのだろうか。この先ずっと一緒にいることができる保証もないのだから。
……ライラも止めなかったし、今日くらいちょっと欲張ってもいいわよね?

閉じていた目を開けて口を開いた。

「ねぇ、スレイ」
「ん、何?ナマエ」
「……前に『大人の階段登ってみる?』って言ったこと、覚えてる?」
「! う、うん。覚えてる、よ」

私の問いに身体を固くする少年にくすりと笑いをもらす。預けていた体重を離し彼の方を向くと、揺れる翡翠の目と視線が交わった。その頬は微かに赤く染まっている。

「手を繋いで抱き締めて、それだけでいいって思ってたけど……せっかく二人っきりになったんだし、この機会に一歩進んじゃってもいいんじゃないかなって」
「で、でもオレ達って家族はもてないんだよね。大丈夫なのかな」
「私たち、『家族』じゃなくて一本手前の『恋人』だからセーフなんじゃないかしら。ものは考えようよ」
「なるほど……それなら大丈夫……?」

不安そうに首を傾げるスレイ。

「アウトだったらライラが止めに入ってるはずだもの、きっと大丈夫よ」
「……それもそうか」
「うんうん。……じゃ、大人の階段登っちゃいましょうか」

納得したように頷く彼を見て、からかうように笑ってみせた。手を伸ばしてスレイの頬に手を添えると、わかりやすく身体を震わせて私を凝視する。

「……そんなに見つめられると緊張しちゃうわ」
「う、ご、ごめん。その、どうしたらいいか分からなくて」
「ふふふ、キスをするだけよ。まずは肩の力を抜いて、目を閉じてちょうだい」

はい深呼吸、と言うと彼は素直に従う。数回繰り返して肩の力が抜けるのが分かると、再度目を閉じるようにお願いした。少々こわばった顔で私の言うことを聞いた少年の頬に手を添え、撫でる。軽く力を入れて自分の方へそっと引き寄せると、私からもその距離を詰めてキスをした。
心の中でいち、にい、さんとカウントをとって離れる。ほんの数秒のことだったけれど、長く感じた。
ゆっくり目を開けて相手を見れば、先程より頬を赤く染めて私を見つめている。

「……どうだった?初めてのキスは」
「その、とても……柔らかかった、です。あと、すっごいふわふわしてるような」
「うふふ。それはきっと、幸せだって感じてるんじゃないかしら」
「幸せかぁ。……それより、ナマエは普通だよな。オレばっかりドキドキしてるみたいだ」

不服そうにごちたスレイに目を瞬かせた。その言い分が可愛くてからからと笑う。私の様子に怪訝そうに顔を顰めたので、彼の空いている手を私の左胸に当てた。

「っ、ナマエ……?!」
「しっ。……心臓の音、感じるかしら。私だって、とっても緊張してるし恥ずかしいのよ」
「……本当だ。オレだけじゃなかったんだな」

困ったように笑えば、スレイは嬉しそうにはにかんだ。バツが悪くて目を伏せる。
いくら平気な顔をしていても、体は口ほどにものを言うとはこのことだ。私の方がお姉さんだからリードしてあげなきゃって思っているから、余裕ぶってるだけで。経験が無いわけじゃないけれど、慣れてるわけでもないので本当は死ぬほど恥ずかしい。
と、私の胸に当てられていた手が私の左頬に添えられてはっとする。再び視線を戻せば柔らかく笑む緑の目と視線がかち合った。その奥に微かな熱を感じて胸の奥が燻る。

「次はオレから、してもいい?」
「ん、どうぞ」

特に断る理由もないので了承し、目を閉じる。いつ触れるか分からない状況に鼓動が早くなるのを感じながら待つが、なかなかやってこない。そっと目を開けてみると、あわや触れそうなところで目が合ってしまった。
しばらく見つめあったのち、おかしくてお互いにくすくすと笑いあう。落ち着いたところでまた距離が縮まったので再度目を閉じれば、唇にスレイのそれが重なった。どれくらいぶりか分からない他人の唇の感触に、案外男の子も柔らかいんだなぁなんて場違いなことを思いながら身を委ねる。

自分がしたよりも長い時間触れ合っていたように感じて、名残惜しそうに離れた。繋いでいた手が離されて彼の手が私の背中に回ったかと思うとそのまま抱きしめられる。

「オレ、今すっごい幸せだ」
「私も。でも、これくらいで満足してもらったら困るわ。もう少し進もうと思ってるんだから」
「満足はまだしてないよ。オレ、もっとキスしたいしナマエに触れたいって思ってる。……欲張りすぎ、かな?」
「……そんなこと、ないわ。私だってそうだもの」

言葉につまりながらも行き場のなかった手をスレイの背に回して力を込め、同じ気持ちであることを示す。素直でまっすぐな彼の言葉は本当に心臓に悪い。
そうしてしばらく抱きあったあと身体を離した。優しく目を細めるスレイの顔が普段とは違う色を見せていて直視できずに目を伏せてしまう。すると彼の手が私の頬を、唇を撫でて背中がぞくりと粟立つ。今度は声をかけることもなく引き寄せられて唇が重なった。
私からだったりスレイからだったり、まるで求めるように触れるだけのキスを繰り返す。当然、物足りないと身体が疼く。

「! っ、す、れい……!」

不意にべろりと唇を舐められ、驚きの余り押しのけてしまった。口を隠してスレイを見れば困った顔をしている。

「ご、ごめん。嫌だった?」
「ううん、その、嫌じゃないんだけど、びっくりして。……初めて、なのよね?」
「もちろんだよ。えっと……部屋に行く前、ザビーダに『雰囲気良くなったらとりあえず舐めとけ』って、言われてさ」

あのナンパ野郎……!!まだキスだったから良かったけど間違った意味でとらえてたらどうするつもりだったのよ。
ここにはいない人物に対しての憤りを感じて頭を抱える。しかしどうすることもできないので、とりあえず彼には暗黒物質をさらに追加しておこう。そう心に決めて、叱られた犬のようにしょんぼりしているスレイの頬を両手で包んで自分の方へ向かせる。
目を細めて笑いかければ彼が息をのんだようにみえた。

「っ、ナマエ……」
「スレイがあんな行動するとは思ってなくてびっくりしただけよ?ただ、あのやり方だと雰囲気が壊れて萎えちゃうわ」
「……じゃあ、雰囲気壊さないようにナマエがやり方を教えてくれるんだろ?」
「! そうね、お姉さんが教えてあげる」

ちょっと考えたのちに駆け引きするような言葉が返って来たので驚いたけれど、少年のちょっとした成長に笑みを深めた。
靴を脱ぎ、ベッドに乗って向かい合わせに座る。教えてあげるとは言ったものの、改めて向かい合うと踏ん切りがつかなくて視線をさ迷わせてしまった。

「ナマエ」
「っ、スレイ……」
「もしかして緊張してる?」

名前を呼ばれると同時に両頬をやんわりホールドされて視線がスレイに向けられる。先ほどと形勢逆転。いつもの笑顔でからかうように言われてぼっと顔に熱が集まった。

「そりゃあ、するわよ。慣れてるわけじゃないんだから……」
「そうだよな。オレだって初めてだし緊張してるけど、それより君に触れたいって気持ちが勝ってるよ」
「う……」
「オレに『大人の階段』登らせてくれるんだよね?ナマエ」

ぐっと鼻先が触れるくらいに距離を詰められた。少し前の初々しくて素直な表情はどこへやら、完全に男性のそれだった。至近距離で絡んだ視線から私が欲しいと訴えているようで下腹部がきゅんと締まる。
ああ、だめだ。完全にスレイのペースにのまれている。
好きな人に求められて抵抗できるわけもなく、私は自らその距離をゼロにした。

触れるだけのバードキスをして、舌先でちょんちょんと相手の唇を突く。薄く開かれたところから舌を差し込めば、びくりとスレイの体が強ばったのが伝わってきた。行き場のなかった手を彼の頬に添えてするりと撫でる。
私の頬を包んでいた手は、いつの間にか腰に添えられていた。

「……スレイ、舌を出して?」
「っ、……?」
「そう。いい子ね」

自分でも分かるほど甘い声で呼びかけ、恐る恐る出された彼のそれと私のを擦り合わせて口に含む。舌の感触にぞくりと体が震えた。最初は逃げ腰だったスレイもコツを掴んだのか、求めるように私の舌に応えてくれる。煽るように立てている水音やリップ音が耳を刺激して、欲をかきたてた。

名残惜しそうに銀糸が引いて、距離があく。まだ足りないと疼く体を抑えて、余韻に潤む瞳で少し背の高い少年を見上げれば上気した顔で荒い息を整えていた。
その翡翠の目は私を捉えたまま。

「ひ、ぁ……?!」

腰に触れていた手がつ、っと晒された背中をなぞり電流が流れたように仰け反った。

「ナマエ、可愛い」
「ちょ……?!スレイ、どこでそんなこと……!」
「なんとなくかな?背中が空いてるんだ。触ってくれって言われてる気がして、つい」

にっこりと屈託のない顔で笑うスレイに何も言い返せなくて、恥ずかしさを隠すように抱きついて彼の肩口に顔を埋める。主導権を握ったかと思えば弄ばれてるような気がする。本当に初めてなのか疑うほど順応してしまうところに、天然の恐ろしさを感じた。

「……これ以上は登れないわよ、制約的に」
「分かってる。だからもう一回だけしたいんだけど……ダメかな?」
「……断れないのを分かって聞いてるなら、タチが悪いわ」
「君の言い回しを真似してるだけだよ、オレは。ーーーね、いいでしょ?」
「…………一回だけ、ね」

果たして本当に1回だけで済むのかしら。
そう思いながら体を起こしてスレイを見上げる。頬に添えられた手に自分の手を重ねて甘えるように擦り寄れば、優しい笑みと共に再び唇が重なった。

優しい笑顔も暖かい手も

(私に触れるあなたの全てが愛おしい)

title by 空想アリア 様