*サブエピソード「ひとつの終わり」のネタバレがあります。



全ての秘力を手に入れ、風の試練神殿を出た私達の元にヘルダルフが現れたという情報が入った。情報を元にアイフリードの狩り場に向かえば、ヘルダルフこと災禍の顕主は確かにいて勢いのまま戦いを挑んだ。
パワーアップしたスレイと天族の力はあちらの領域の制約をものともせず、あっさりと倒してしまった。

これで災厄の時代が終わった。

誰もがそう思っただろう。でも、私は終わったというのに嫌な予感と胸騒ぎが止まらなかった。
その予感は的中し、もう現れないと思われていた災禍の顕主が新たに生まれた。何度倒しても、倒しても。彼らは現れ続け、終わらない戦いに日々皆が疲弊していった。

今日もまた、一人の災禍を倒した。その帰りに酷い嵐に遭遇してしまったため、山小屋で雨宿りしようということになった。
雨がうちつけ雷が鳴り響く窓の外を眺めるライラとスレイ。そんな2人とは対照的に、デゼルとエドナにからかわれてムキになるミクリオという緊張感のないやりとりが行われていた。
……幼なじみが落ち込んでいるというのに気づかないのかしら。ミクリオ達を見ながら感じた違和感に不安を覚え、私はぎゅっと手を握りしめた。

「ナマエ、血が出ちゃうよ」
「ロゼ」
「疲れたんなら休みなよ。見張りはあたし達でやっとくからさ」

握りしめた手に、ロゼの手が重ねられてハッとする。相当強い力で握りしめていたのか、血の気が引いた私の手は彼女の体温を温かいと思うほど冷たくなっていた。ありがとうとロゼに伝えると、彼女はいつものようにからりと笑ってスレイの方へ歩み寄る。

「雨、止みそう?」
「……全然」

ロゼの問いに対して首を振り答えたスレイ。光源のせいだろうか、私の方からは彼の表情が全く読めなくて安心した気持ちが一瞬でざわついた。ロゼに向いていた視線を彼はまた窓の外に戻す。

「……いつまで続くのかな」

ぽつりと呟かれたその言葉と、じわりとスレイから感じた気配に思わず身体が動いた。

「っ、スレイ、ライラ……!」

ロゼを押しのけて、縋るように名前を呼び彼らの服の袖を掴む。驚いたのか二人の息を飲んだ音が聞こえた。

「……大丈夫、終わるよ。ううん、終わらせなくちゃ。私もちゃんと協力するから、だから……今は倒せて良かったって思うことにしよう?」

終わる根拠なんてどこにもないけれど、気休めでも言っておかなければ。きっと私が思ってる以上にスレイとライラは思い詰めている。
袖を離し、今度は2人の手を握った。気付かれないように力を発動して、今まさに彼らを蝕もうとしていたそれを自分の方へと流していく。

「今日は休みましょ。みんな疲れてるし……気分が上がらないのもきっとそのせいだわ。ね?」
「……そうだな、見てても仕方ないか。心配かけてごめん、ナマエ」
「はい。……ナマエさん、ありがとうございます」

表情は硬いままだが、ぎこちない笑みと共にきゅっと手が握り返された。

私の提案が通り、皆が寝る体勢になった。見張りはロゼがやると言ってくれたが、最前線で活躍する彼女に任せるわけにはいかないと押しに押して私がやることを勝ち取る。寝る間際、スレイとライラに手を握っててくれないかとお願いされたので了承し、手を繋いで私の両隣に2人が寝る形になった。

しばらくして穏やかな寝息が聞こえてくると、私はほっと息をはいた。以前から溜めていた穢れに加え、2人を蝕んでいたそれを受け止めたためにくらりとめまいがする。スレイとライラを見れば苦しげな顔から幾分か安らかな顔になっていた。

その表情を見てもう大丈夫だろうと起こさないように手を離す。小屋全体に護りの天響術を施し、ポーチからメモとペンを取り出すと、メッセージをしたためた。そして挿していた簪を外して手紙と一緒にスレイの枕元に置く。
この簪だけは、どうしてもスレイに持っていてほしかったから。

「……彼は言っていたわね。『答えを見つけなければ、災いは繰り返される』と」

おそらく、ただ災禍の顕主を倒すだけでは終わらない。その背景に何があって、そのうえでどうするのかを見つけなければいけないのだろう。
今の私達は、目の前の敵を倒さなければならないという使命に囚われている。だからなんとしてでも踏みとどまらせる必要があった。

「……ごめんね、こんな答えしか出せなかったわ」

それは誰に向けた言葉だっただろうか。
外で彼が待っている。ヘルダルフを倒したあの日から穢れにまみれてしまった、私のもう1人の主。着いていけばもうここには戻ってこれないことも分かっている。
けれど、スレイ達を終わらない戦いから救うには、主を穢れから解放するにはこうするしかないのだから。

「 」

呟かれた言葉は誰に聞かれることもなかった。そして主の呼ぶ声に心で応え、私は目を閉じる。じわりと自身を飲み込んでいく感覚に身を委ねると、そのまま意識を手放した。



翌朝、仲間達が目覚めるとナマエの姿はなく、手紙と共に置かれた彼女の簪だけが朝日にきらめいていた。


私は去る。あとには何も、残らない。



タイトル:創作向けお題bot 様より
(あなた→私 に人称変更)