01


少女は、幼いころから何でも知っていた。

「名前は世界で一番美しいわ」
「名前はとても賢いね」
「名前はあらゆることにおいて才能があるわ」
「名前は世界中の人から愛されるべき子だ」

自分が世界で一番美しいことも、とても賢いことも、あらゆる面において才能があることも、世界中から愛される価値のある人間だということも知っていた。何故なら両親がそう言っていたから。

幼い子供にとって両親の言葉は世界の全てである。例えそれが溺愛ぶりから来る身内目が多少入っている言葉であってもだ。だがやはり、世間の第三者的な視点から見ても苗字名前は誰よりも美しく、賢く、才能があり、愛されていた。本人もそれを分かっていたからこそ、両親の言葉は全て正しいものだと認識していたのだ。

しかし彼女にとって一つだけ、両親の言葉の中で正しくないものがあった。

「名前は僕らのお姫様プリンセスだ」

父親の溺愛ぶりから何度も贈られる愛の言葉だったが、名前はこの言葉を聞くと表情を曇らせた。そのかわいらしい顔を小難しそうに歪めながら、首をひねって腕を組む。妙に大人びて見えるそのポーズにクスリと笑いながら父親が「どうしたんだい」と聞くと、彼女はそのちいさな口を動かしてこう答えるのである。


「ちがうわパパ、わたしはお姫様じゃない。女王様クイーンなの」


名前がそう言うと、父親は一瞬驚いた顔をするがすぐににっこり笑って「じゃあ王冠を被らないとね」と言って紙で出来た王冠を小さな頭にのせる。小さな名前はそれはそれは満足そうに笑った。



▽ ▼ ▽ ▼ ▽




4月。満開の桜が風に舞い暖かな空気が肌を撫でる季節。名前は高校1年生になった。道行く誰もが振り向く美貌、着る服全てを美しく見せるプロポーション、その身にまとう制服で自身の秀才さを世間に晒している。自分がこの服を着てこの地に立っていることは必然であると疑っておらず、周りの視線も羨望も注がれることは当たり前の事象であることから、欠片も気にならなかった。彼女は歩く。威風堂々と。この雄英高校の敷地を踏み、1年A組を目指して。

その頃1年A組の教室はほとんどの生徒が到着済みであった。中には同じ中学出身のものもいて、雰囲気は悪くない。お喋りに勤しむものもおり、滑り出しは上々だ。しかし次の瞬間、教室の空気は一変する。がらりと開いた扉を何の気なしにちらりと見ると、視線は奪われ身動きなどは到底できなくなっていた。それが人から人へ連鎖して行くと、先ほどまで聞こえていた話し声も聞こえなくなり、教室の中は静寂に包まれる。それは開いた扉から現れた人物が原因だった。

すらりと伸びる長い手足、白く透き通るような肌、風に揺れる白銀の長髪、瞬く瞼から零れ落ちそうな大きな碧い瞳、果実を彷彿とさせる紅い唇。この世の綺麗なものを全てを集めて作られたのではないかと思うほど美しいその姿に、息をするのを忘れたものすらいる。ゴホ、という誰かの発した咳で皆ようやく我に返り、息を大きく吸うのだった。

「あの子、めっちゃきれー…宝石みたい…」

名前は指定されている席に着いた。座る姿すら美しかった。誰かが発した素直な感想に、何人かが無意識に頷いていた。そう、名前は宝石だった。立てばサファイア、座ればルビー、歩く姿はダイアモンドだった。そしてそんな誉め言葉は名前本人にも聞こえて来ていたが、毎日聞かされている誉め言葉だったため、特に気にすることもなかった。名前にとってはBGMと同じなのである。

「ねぇねぇ、キミ名前はー?」
「…………」
「連絡先教えてよ、今度デート行かね?」

そんな近寄りがたいほどの美しさを持っている名前に、ある男子生徒が近づいた。金髪で、顔は整っているが所謂”チャラい”というやつだった。彼は片手にスマホを持つと、名前の席の横に腰掛ける。LINEのIDを教えてだのインスタのアカウント教えてだのと、とにかく名前とお近付きになろうという魂胆を隠そうとすることすらしない。悪い虫がつく前に先手必勝だと思ったのだろう。己が一番悪い虫だが、それはこの際どうでもいいのである。

「…許可してないけど」
「……え?許可??」

名前の発言を聞けば、きっとこの男も悪い虫ではなくなるのだから。



「喋り掛けてもいい、と許可した覚えはないと言ったの」



怒っているわけではない。牽制したわけでもない。この男に一泡吹かせようとしたわけでもない。名前はただ本当に疑問を持っていたのだ。「なぜこの男はわたしに許可もなしに話しかけてくるのだろうか」…と。今まで名前は許可を出した人間としか喋ってこなかったから。そして周りの人間もそう易々と話しかけてはこなかったから。この男のことが不思議で仕方なかったのだ。

この強烈な発言に似合わない純真無垢そうな顔に、その場に居た全員が凍り付く。


名前は今日も、世界で一番女王様だった。




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