02


なんだか、避けられている気がする。名前はそう感じていた。

それもそのはず。入学初日の開口一番で「喋りかけるなら許可をとれ」と無茶苦茶な要望を展開したからである。美しく麗しい名前に喋りかけたくても、そもそも許可を取るには喋りかけなくてはならないのだ。頭のいい雄英生は理論的にその要望を受け取ってしまい、喋りかけたいけど喋りかけられない、という堂々巡りを繰り返す者と、そもそも強烈すぎる発言に「近寄りがたい子」という印象を植え付けられた者もいる。

「友達ごっこをしたいなら他所へ行け」と現れた担任の言葉には自分は当てはまらない。何しろ友達ごっこをしてくれそうな人すら今、名前の周りにはいないのだから。担任に指示され体操着に着替える最中の更衣室でも、グラウンドに行く最中の道でも、担任の説明を聞いている今この瞬間でも、名前の周りには他の人より若干スペースが開いている気がする。

まぁいいわ、別に先生の言う通り仲良しごっこをしに来たわけじゃないもの。わたしに必要なのは表面を飾るお友達なんかじゃなく、トップになるための知識なのだから。そのために雄英に来たのだから。
名前には避けられているかもしれないという事実ですらどうでも良かった。今は勉学に励むべし。いざトップへ。


「次、苗字」
「はい」


最下位は除籍という入学初日にも拘らず鬼畜な条件のもと行われている個性を使用した体力測定。もとい、個性把握テスト。最初の競技である50m走の走者の順番が来て名前はスタート位置へと立つ。この競技で1番の成績を収めているのは眼鏡の男の子。確か教室で机に脚を乗せる生徒に対して怒っていた真面目な生徒だ。タイムは3.04秒と好成績。恐らく個性は「エンジン」などの類だろう。彼のタイムを超えて1位を取るには…うん、あれだ。

「よーい…」
パン、ピピッ!

「1.68秒」

ゴール地点にいた計測ロボットと思われる物体がカタコトながらタイムを告げる。それは明らかに今まで計測してきた中で誰よりも速く、そしてどういう性質なのかはわからないが明らかに強力な個性だった。見守っていたクラスメイト達は口を開け驚愕に満ちている。

その後も握力は687kg、立ち幅跳びは783m、反復横跳びは163回、ボール投げは∞と、規格外の数字を出し続けた。いよいよ名前がこの個性把握テスト1位の有力候補かという空気が漂ってきたあたりの800m走前、スタート地点に相変わらず一人で立っていた名前にある転機が訪れる。

「ねぇねぇ、苗字さん…やったっけ?」

声をかけてきたのは小さな女子。可愛らしい丸顔と栗色のボブカットが良く似合う朗らかな雰囲気の女の子だ。彼女は競技の度に担任に呼ばれる名前の苗字を覚えていたのだろう。近寄ってきて名前の肩をトントンと叩く。そう、彼女は名前の「話しかけるなら許可をとれ」という強烈発言の際はまだ1-Aの教室へ着いていなかったため、聞いていなかったのだ。だからこそ、彼女は名前に声を掛けられた。

反して、教室で名前の発言を聞いていた者は心穏やかではなかった。苗字名前に話しかけるには許可を取らなければならない。しかし許可をとるには話しかけなければならない。…結果話しかけられない。イコール、「話しかけるな」という事だと思っていた。なのに、この可愛らしい女子はこの女王の法律に抵触してしまった。これはいよいよ、女の子にまた強烈な発言をして心を傷付ける可能性があるー…

ゴクリ、と何人かが喉仏を鳴らした。


「えぇ、あなたは?」
「あ!わたしはね、麗日お茶子!お茶子でいいよ」
「そう、よろしくお茶子」
「ねぇねぇ、苗字さんって何の個性なんー?」


…いいの!!?!?
固唾を飲んで様子を見守っていた連中は驚愕した。だって、アイツが話しかけた時は「話しかけていいと許可をした覚えはない」と言っていたじゃないか!!話しかけるには許可がいると思うじゃないか!何だ?アイツだからダメだったのか?それとも女子なら許可はなくてもいいのか?朝の教室で名前に話しかけてえげつないパンチラインをかまされたチャラ男こと上鳴電気は涙目で「くすん…」と悲しみに暮れた。

「わたしの個性は【引力操作】…物と物を引き合わせたり引き離したりするの」
「はえ〜…って待って!わたし【無重力】なの!似てるねぇ」
「そう…でも多分【無重力】より【引力操作】の方が性能は上ね」

やはりどこまで行っても名前は女王様だった。似ている個性を持つお茶子に「あなたよりわたしの力の方が上」と暗に告げる。自分の強さや個性の凄さを充分理解しており、それを口に出来る自信があるからこそ言えることだ。またもやサラッと出た爆弾発言にあたりはひやりと冷や汗をかく。


「そうやねぇ…でも負けないっ!」


確かに自分の【無重力】より名前の【引力操作】の方が性能としては上。自分は【引力操作】の下位互換でしかないのかもしれない。そう思うとこの先やっていけるのか一瞬不安にもなるが、No.1よりonly.1だ。わたしはわたしの良さで勝負する。そう思い両手をグッと握って拳を作るとそう言った。その健気な様子に周囲の雰囲気はほんわかと柔らかくなっていく。そして。


「…そうね、いい好敵手ライバルとして頑張りましょう」


名前は自分の力が圧倒的に上なのは理解していた。が、この場にいる人間が弱くないのも理解していた。なにしろ過酷な試験を乗り越え、選び抜かれた金のつぶ達なのだから。そう思い、お茶子に笑いかけると、お茶子は顔を真っ赤にして「ちょ…美しすぎるて」と目のやり場に困っていた。周囲の人間も同じくである。



「…あのー、名前ちゃん?」
「……………」
「連絡先って…」
「許可してないわ」
「デスヨネ!!!」


そのまま800m走も持ち前の体力でやり過ごし、名前は個性把握テスト1位の成績を収めるのであった。