03


桜舞う4月。わたしは高校1年生になった。誰もが羨む制服になんの気もなしに袖を通した。入学試験も受けていないし、どうしても雄英高校に入学したかった訳でもない。わたしにはこの選択肢しかなかっただけだ。それでも道を歩けば降り注ぐ視線に胸が痛くなった。誰かが着るはずだった制服を着て、誰かが座るはずだった席に座る。わたしは、色んな人の犠牲の元に立っている。そんな事を考えながら、手に持った日傘をぎゅっと握りしめ、なるべく視線に晒されないようにかさの部分を深く被った。

「………広っ…」

門をくぐると、空まで届きそうなくらい背の高い校舎に、想像の何倍も広い敷地。自分の教室を探すだけで迷ってしまいそうだ、なんて思っていたら、見事に迷ってしまったようで、教室になかなかたどり着けない。1-Aって書類には書いてあったけど、まず1年生の教室は何階なの…?首をひねりながら同封されていた地図らしきものを見ていると、後ろからトントン、と肩を叩かれた。振り返るとそこには同じ制服を来た男の子。紫色の髪の毛に目の下にある隈が少し特徴的だった。

「…ヒーロー科はあっち」
「えっ…あ、」

男の子の指さした方向を見ると、その方向には1-Aと書かれた大きな扉があった。1年の教室、そのまま1階でよかったんだ…

「あっありがとう…」
「ん」

困っているところにサッと駆けつけて道を教えてくれるなんて、やっぱりヒーローの卵は違うなぁ。私だったら声かけるか迷って、結局掛けずにスルーするだろう。そんなことを考えながら親切な男の子にお礼を言うと、彼は短く返事をしながら後ろ手に手を振ってサッサとどこかへ去っていってしまった。…向かった先は、ヒーロー科の教室とは逆の方向だった。
…聞いたことがある。雄英高校はヒーロー科だけではなく他の科にも同時受験出来るって。だから”ヒーロー科に落ちたから他の科で入学する”という人も多いのだとか。つまり、普通科やサポート科、経営課などの中には”ヒーローになれなかった”人たちがいるということ。…彼は、ヒーロー科じゃないんだろうか。もしかして、ヒーロー科に入学出来なかった他の科の人なのかな…

「…ダメだ、切り替えないと」

罪悪感に支配される前に…と、両頬をペチンと叩いて気合いを入れ直した。…仕方のない事なんだ。割り切らないと。親切な男の子が教えてくれた道を歩き、わたしは《1-A》とデカデカと書かれた扉へと向かっていった…のに。

「そこの君!何故机に脚を乗せている!?」
「…あァ?」
「この机は学校の備品!大事に使うべきだ!」



教室の扉の前で男女が青春をしていて、中に入れない。
元々人付き合いが苦手なわたしが「ちょっとそこどいて」とか「邪魔」なんて言える訳もなく。春色の雰囲気に水を差せる程の勇気もない。…パリピ……苦手だ…
早速来たことを後悔していると、足元でモゾ、と影が動いた。

「お友達ごっこしたいなら他所よそへ行け」

たかが15歳の子どもには、"自分と違う思考を持つ人間"に理解を示すなんて事は到底できない。ヒーローになりたいという思考を持ち、300倍もの倍率をくぐり抜けた彼らとわたしではあまりにも違いすぎて、今まで周りにもそんな子は居なかったからか、どんな人たちなのかが分からなかった。

ささやかながら、こんな風に願っていた。
クラスメイトも、担任も"普通"であればいいな…と。で、コレ。

「ここは…ヒーロー科だぞ」

そんな台詞を吐きながら、寝袋に包まれて芋虫みたいに廊下に転がっているくたびれた男性は10秒チャージのウイダーゼリーを1秒程度で飲み干した。
理解が追いつかない…これ教師?いや、教室に入っていき「静かになるまで8秒かかりました」と、定番の教師の台詞を呟くところを見る限りでは…教師なのだろう。

「…まじ?」

目眩がしてくる。入学初日に教室ドア前でイチャイチャと青春ごっこをするクラスメイトに、生態すら不明な教師。雄英高校ヒーロー科は思っていたように魔窟だった。決意してここに来た以上、絶対言ってはいけないことだろうけど…帰りたい。
そんな事を心の中で思っていると、先ほどの教師が「早速だが体操服コレ着てグラウンドに出ろ」と言う。渡された入学資料の中に、入学初日の持ち物が書いてあるプリントが入っていた。普通の高校でも持ち物として設定されていそうなものから、"体操服"、"個性発動に必要なもの"という、珍しいものまで。

…体操服着てグラウンドで入学式やるのかな?変わってるな…まぁ、いいか。口挟むような雰囲気じゃないし。次第に移動しようと椅子を動かすガタガタとした音が教室の中から聞こえ、わたしも早速移動しようとすると、教室から出てきた"担任の相澤先生"と目が合った。

「…朱里-Akari-朱里-Akari-、だな?」
「へっ…あ、はい…」

…まさかもう名前と顔を覚えられているとは。事前情報はしっかりと頭に入れているらしい。と、いうことは、わたしが"特別推薦入学者"という建前で入学してきたズル入学だと知られているんだろう。なに言われるんだろう、怖いな…と、鋭い視線から必死に目を逸らした。

「"個性発動に必要なもの"…忘れず身に付けとけ」

低い声でそう言った相澤先生の方をバッ、と見上げると、先生は涼しいような顔をしてわたしを追い越して歩いていった。

《個性を使う》
そう暗に告げられたようで。
鼓動は早まり、わたしは吐き気を覚えた。

雄英の門を潜ってから、ずっとそわそわと何処か落ち着かない気分だった。緊張してずっと胸が詰まっていたし、息もしづらかった。…でも、今の方がもっと緊張している。おまけに吐きそうだ。相澤先生の言葉を反芻しながらグラウンドに立っていると、生徒全員と相澤先生が揃ったようで、「それじゃあ始めるぞ」と先生の声が響いた。

「個性把握テストぉ!?」

入学式もガイダンスもすっ飛ばし、まず生徒一人一人の個性の限界値を確認、理解する為に、中学の頃にやった体力テストを行うという。"個性を使って"…だ。まさかこんなに早く来るなんて。いずれ自分の個性と向き合う日が来るとは思っていたけど、入学初日になんて、思ってもいなかった…。自分の腰に巻いた小さなウエストポーチに触れると、全身の血の気が引いていく気がした。

…無理だ、絶対に無理……そうだ、どうせ先生達は事前情報を知っているんだから。わたしの個性についてはむしろ先生達や大人の方がよく分かっているはず。別に個性発動させなくても、やっている振りをして何とか相澤先生の目を欺ければ何とかなる……

「…よし、トータル成績最下位の者は見込みなしと判断し、除籍処分としよう」

わたしが心の中で葛藤している間に、どこかの馬鹿なクラスメイトが「面白そう!」と不謹慎な発言をしたせいで、相澤先生の琴線に触れたらしい。本気を出さない者、実力が満たない者は雄英を追い出す…って事か。でも、わたし根津校長と誓約交わして入学した身だし、一教師の一存じゃわたしの進退決められないはず、だよね…?

「…全員、等しくだ」

相澤先生の鋭い眼光は何処からどう見ても私の姿を捉えていた。
…さっき忠告された時と同じだ。《個性を使う》から、《覚悟をしておけ》そして今度は、《真面目にやらなきゃ》《お前も除籍》…だ。…欺ける気がしない。除籍の如何ですら何とかしてしまいそうだ。除籍にされるような成績を取るお前が悪いと言われ、施設の返済を課せられるかもしれない。

「これから三年間、雄英は全力で君たちに苦難を与える」

弁済はこの際どうだっていい、まだ間に合う。けれど、一度得てしまったものを……あの子たちの輝くばかりの笑顔を得てしまった以上、わたしはもう、後には戻れない…

「Plus Ultra更に向こうへさ。全力で乗り越えて来い」

ならばこの目の前に立ちはだかる一つ目の大きな壁を超えるだけ。




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