入学初日、とんでもない波乱で高校生活の幕が開ける。あんなに死ぬほど勉強して、殺されるかもしれないという恐怖を抱えながら実技試験を乗り越えて、ようやくの思いで入学した”雄英高校ヒーロー科”。なのに、個性を使った「個性把握テスト」で最下位をとったら除籍処分となり、もうヒーロー科での勉強はさせてもらえない事になる。
理不尽だと思う人も多かったようで抗議の声も飛び交うが、相澤先生いわく大人になると理不尽なことなんていっぱいあるよ、とのこと。それこそヒーローとして活動をしていると、自然災害や大事故、身勝手な敵たち、いつどこから来るかわからない厄災など、日本は理不尽にまみれてるのだとか。
「そういう理不尽を覆していくのがヒーロー」
予告をされるわけじゃない、危機はいつだって突然やってくる。しかしプロとして”ヒーロー”という仕事をする以上、救えなかったときに「聞いてない」では済ませられないのだ。突然やってきた危機から状況を覆し、人々を救ってこそヒーロー。そして先生はわたしたちをヒーローに育て上げるのがお仕事。だからこそこれから三年間雄英は全力でわたしたちに苦難を与え続けると何とも楽し気にも見える顔で高らかに宣言される。
「
この受難を、どう乗り越えるのか。
眉を下げて切羽詰まったような顔をする緑谷を見つめながら、50m走トラックに移動する人波に逆らうことなく歩いていく。
緑谷は無個性だ。彼自身からも直接聞いていたし、いつか偶然会った彼の母親からも、幼馴染である爆豪からも、同じ小中出身のクラスメイトからもその事実は聞いていた。無個性が雄英ヒーロー科なんて受かるはずがないって散々言われてきたのに、緑谷は成し遂げた。「救おう」という強い思いだけで、あの試験を乗り越えたんだ。
でも、今回ばかりは”思い”だけでは乗り越えられないことはわたしも、きっと緑谷自身も分かっていた。これは”自分の個性を理解する”ためのテストなのだから。頭のいい緑谷がそのことを理解していないはずがなかった。
「………っ、」
わたしはまた、何もできないのだろうか。
個性を持たない緑谷のためにわたしは何ができるのだろうかと考えたが、思い浮かんだのはせいぜいわざと自分が最下位を取ることくらいで。でもきっとそんなこと緑谷は望まないし、わたしだって死に物狂いでせっかく入学できたのにこんな序盤でみすみす除籍なんてされたくない。…なら、全力で挑むしか道は残されていない。
「次、苗字」
「…はいっ」
緊張の中トラックへ向かうと、スタート位置には走り出しが記録されるようにレーザーが引かれていて、ゴール位置にはカメラ搭載の測定用ロボのようなものが待ち構えていた。お金かかってるなぁ、さすが国立。そんなくだらないことを考えながらふぅ、と息を吐いて両手両足を地面につける。いわゆるクラウチングスタートだ。
イメージ、イメージ…ジャンプの直前に押し出すイメージ…
頭の中でイメージトレーニングをしながら相澤先生を見ると、ホイッスルを銜える。
「よーい、」
ピッ、という笛の音と共に前に向かってジャンプをする。両足で地面に衝撃を加え、普通に走るよりは推進力はある方だ。とはいえ、入試試験の時に思ったけれどわたしの【衝撃】では精々飛べて20mが限界値だと思う。その証拠に、今も高さで勝負はできないから前に踏み出した一歩では行けて10m先がいいところ。でも、そこは持ち前の運動神経で補填。3段飛びのようにぴょんぴょんぴょーん、と10mずつ飛んでようやくゴール。記録は4秒58と眼鏡くんの記録には及ばなかったけれどまあまあ悪くはないんじゃないかと思った。
「はやーい!なになに、何の個性?」
「【衝撃】って個性、ジャンプする瞬間に地面に衝撃与えて推進力高めてるの」
「へぇーテクニカルだねぇ」
既に記録を取り終えた三奈が近づいてきてそう言う。テクニックとか運動神経で補填しないとただジャンプ力が高いだけの没個性だからね、というと三奈はそう?と首を傾げた。
その後も次々と生徒たちが記録を作るために50mを走る。いい記録を出す人がいると「おお」と声が上がるが、わたしが気にしているのは緑谷のことばかり。最近ではめっきり見なくなった背中を丸めて両手でシャツをぎゅっと握る癖が出てきている。きっと不安なのだろう。50mトラックに爆豪と並んで何度も深呼吸をしながら精神を落ち着けている様子をわたしはハラハラと見ていた。
「よーい、」
ピッという音と同時に走り出した緑谷。中学の時より体力や筋力が付いたからか、走り自体は早くなっていた。とはいえ、個性を駆使して好記録を出そうとする周りとはどうしたって劣ってしまう。
4秒13という好記録を出した爆豪と比べ、緑谷の記録は7秒02。画一的な記録を出すことが目的の体力テストの平均的な数字だった。しかも、爆破の推進力で走る爆豪に邪魔されていて自分のベストで走れていないように感じた。これは…結構まずいかもな…
その後の握力、立ち幅跳び、反復横跳びと、好記録は出続けるがやはり平均的な記録ばかりな緑谷。他はみんな何かしらの競技で好記録を出していることを考えても、現時点で最下位なのは緑谷だろう。残りはボール投げ、持久走、上体起こし、長座体前屈のみ。
折角入学出来たのに、ここで除籍なんて…切羽詰まった顔の緑谷と目が合い、心がぎゅっと掴まれたように苦しくなった。
「緑谷くんはこのままだとマズいぞ?」
「ったりめーだ、無個性のザコだぞ!」
同じように眼鏡くんやボブカットの可愛らしめ女子も緑谷を心配していたようで、彼の様子が良く見えるわたしの方へと寄って来てそう言う。いつの間にか近くで同じように様子を見ていたであろう爆豪が眼鏡くんに向かって吠えている。
ボールを投げる緑谷。やはり46mと、中学の頃より記録が上がったとはいえ平均的な数値しか出ない。
緑谷は「救いたい」という強い思いを誰よりも持ち合わせているヒーローだ。けれど、この先に進むには好き放題個性を使って理不尽を振り撒く
「指導を受けていたようだが」
「除籍宣告だろ」
「…なんとかならないのかな…」
ブツブツとなにやら独り言を言っている緑谷。振りかぶって。
SMASH!!
705.3m。
「まだ、動けます…!」
なにあれ、
「どーいうことだこらワケを言えデクてめぇ!」
「うわぁぁあ」
相澤に捕縛される爆豪。ボーッとそれを見つめる。気が付いたらテストは終わっていて、除籍もウソで、最大限を引き出す合理的虚偽とのこと。順位も5位に収まる。
教室に戻り帰り支度をしていると胸ぐらを掴まれる。
「てめーはアレ知ってたンか!!?」
「……し、知らなかった、」
「なんも思わねーんか!!」
「なにを、思えばいいの…」
仲良しだと思ってたのはわたしだけだったの?とか?個性があったのに騙してたの?とか?今まで、わたしから渡した善意を、本当はどう思ってたの?とか、?
「わたしからの"助け"は貴方にとって、迷惑だったの?とか…?」
そんなの、思いたいわけじゃないのに。