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15歳、春。木々は色づき、花は咲き乱れ、鳥が歌う、始まりの季節。そして何と言っても桜の花びらが散る様子は何度見ても美しいと思う。空を見上げながら青色とピンクのグラデーションを見つめていると、ポケットの中のスマホが震える。あ、緑谷からだ、なになに…「僕A組だったよ」え、まって緑谷もう着いてるの!?メッセージアプリに表示された緑谷の連絡からは既に彼が学校についていることが伝わってきた。こうしちゃいられない、とわたしも道を走りだす。身に纏っているずっと憧れていた制服が、風に揺れる。

ザワザワと騒がしい廊下を横切り、着いた先は1年A組の教室の前。あの後すぐにわたしも学校につき、クラス表が掲示されている掲示板を見ると、A組に自分の名前があった。どうやら緑谷と同じクラスだったようだ。緑谷もこれ見たなら同じクラスだったって教えてくれたらいいのに。あ、でも「恐れ多くて他の人なんて確認できない」って自分のだけ確認してさっさと教室行ったのかな。ふふ、やりそう。そんなことを思っていると、思い浮かべていた緑色の揺れる髪が教室のドアの前で立ち尽くしているのを発見する。

「緑谷!おはよ」
「っ!苗字さん、おはよう」

振り返った緑谷はこの間まで着ていた学ランではなく、全国的に有名なみんなが憧れる制服を身に纏っていた。なんだかやっぱり雰囲気違って見えるなぁ、ブレザーと学ランってそれぞれ良さがあるけど、わたしは圧倒的にブレザーの方が好き。そんなことを思いながらも久々に見た友人の姿に心が軽くなった気がして、少なからず緊張していたんだと気が付く。


「制服、似合ってるよ」


わたしがそう言うと、緑谷はよほど嬉しかったのか顔を真っ赤に染め上げた。憧れだった制服だもんね、似合ってるって言われて嬉しくないはずがないよね。両腕で顔を隠しながら「苗字…さんも、にあって…」とぼそぼそと言う緑谷の胸元で結ばれている短すぎるネクタイだけはその結び方あってる?と気になったが、それも一つの個性だ。みんな違って、みんないい。そんな悟りを開きながら教室のドアをがらりと開けると。

「机に足をかけるな!雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないか!?」
「思わねーよ!てめーどこ中だよ端役が!」
「ボ…俺は私立聡明中学出身、飯田天哉だ」
「聡明〜?くそエリートじゃねぇかブッ殺し甲斐がありそうだな」
「キミ酷いな!本当にヒーロー志望か!?」

登校して早々、衝撃的すぎる光景が目に入る。…分かってる、クラス表で名前があったから同じクラスなのは分かっていたけど、初日にこれはないわ…
爆豪は片足を机の上にあげ、あの誰もが憧れる制服をこれでもかというほど着崩している。さらに驚きなのは真面目そうな眼鏡の優等生に向かって「ブッ殺す」と…第一印象最悪だよ爆豪くん。眼鏡君は初めて人から浴びせられたであろう悪意のある言葉に言葉を失っていた。全くもう…

「おはよ、爆豪」
「あ?…ッチ、てめえか」
「ネクタイはどうしたの?」
「するかボケ話しかけんな」
「もー、まだ怒ってるの?」

席に向かう途中で爆豪に話しかければプイ、とそっぽを向かれる。どうやらわたしと緑谷がこの学校に合格したことがまだ気に入らない様子だ。眉間の溝が数週間前よりさらに深くなっている様子に呆れながらため息をつく。

「ねぇねぇ、制服どお?似合ってる?」
「ちっとも似合ってねぇな、あっち行けザコ転校生」
「……もう転校生じゃないんだけど」
「ハッ、明日にでも転校してなっちまえ」

うわぁ、こじらせてる…周囲の爆豪を見る目も「こいつやばいな」という視線が段々と増えていく。印象回復は失敗だったようだ。去年まではもっと軽口叩きあったり笑い話してることもあったのになぁ、意外と普通の男子だったのに、何でこんなんになっちゃったんだ…まぁひとえにわたしと緑谷のせいなんだろうけども。どうせそのうちまた普通に話せるようになるだろうと思いながら、つれない爆豪は放っておいて机に向かうと「あ」と女の子の声が聞こえる。

「ねね、試験の時会った子じゃない!?」
「っ、!!」

そう声をかけてくれたのは入試の実技試験会場で、わたしの背後に迫っていた仮想ヴィランを倒して救けてくれたあのピンクの女の子だった。

「っ!えっと…ピンクちゃん!!」
「それは語弊というか誤解が生まれる」
「ごめん、名前分からなくて」
「芦戸三奈!三奈でいーよー」
「苗字名前、わたしも名前でいいよ」

三奈は思っていた以上に気さくで明るくて楽しい子だった。助けてくれた時に彼女とは仲良くできそうだと直感で思ったけれど、やっぱり勘は当たっていたんだなぁと思う。席も近く、わたしの席の右斜め前に座っている彼女とわたしのお喋りは止まらない。あの時助けてくれたお礼から、出身中学のこと、好きなヒーローや好きなこと、色々話して「そうだ、LIME交換しよ!」と三奈から言ってくれて、もちろん!と言いながらスマホを取り出しQRコードを画面に映し出すと。


「お友達ごっこしたいなら他所へ行け」


そんな声が聞こえてきて、びくりと肩が震えて動きを止めた。
まるで浮かれまくっている私たちに言ったかのように聞こえたけれど、どうやら他にもいたようで。まだ教室のドア付近にいる緑谷も試験会場につく前に助けてくれたボブカットの女の子や眼鏡くんと話していたなか言われたからか、私たちと同じように目を丸くして声が聞こえてきたであろう廊下の方を見ていた。

「ここはヒーロー科だぞ」

そこには芋虫のように寝袋に包まっている人が寝転がっていて、ごそごそと寝袋の中で動いていると思ったらその男性はサッとウイダーインゼリーを取り出し思いきりヂュッ!!とゼリーを吸い込む。商品の謳い文句が10秒チャージなのに、今のは0秒チャージだった。この人がCMしたらこの商品売れそう。

というか…何者なんだ、この人…そもそも寝袋に包まって廊下に寝転がっているという事実が既に珍妙だったうえ、いざその寝袋を脱いだと思ったら小汚いことこの上なかった。髪の毛も伸ばしっぱなし、髭も放置しているのか無精髭。服装は真っ黒ずくし。もうこれ不審者なんじゃない?通報した方がいいんじゃないかな…そう思っていると、彼は静かになるまで8秒かかったから君たちは合理性に欠くという理論を展開し始め、ここで初めてこれはもしかしたら教師か?という一つの可能性に行きつく。

「担任の相澤消太だよろしくね」

これが、担任…
自由だ自由だとは聞いていたけれど、担任がここまで自由でいいのだろうか…生徒に示しをつける気は全くない様子に入学初日で不安を感じる。しかも「早速だが体操服コレ来てグラウンドに出ろ」と、とてもじゃないけどこれから行われるであろう入学式には向かない服装に着替えさせられる。

「え…何するんやろう…」
「入学式の前に…みんなで身体動かして気合い入れよう、とか?」
「ウケる、ブラック企業の朝礼か」

更衣室でも訳が分からん状態でみんなして不安になりながら着替える。入学初日ってやること大体決まってるし、もっと心穏やかなものだと思ってたけどな…新しい体操服に袖を通し、わたしたちA組はグラウンドへ向かった。



「個性把握テストぉ!?」

グラウンドにつくと、早速わたしたち生徒を待っていたであろう相澤先生はやっと来たか、とでも言いたげな顔をしてため息をついた後、「これから個性把握テストを始める」と言い出した。…あれ?入学式は?

「入学式は!?ガイダンスは?」
「ヒーローになるならそんな悠長な行事出る時間ないよ」

入学初日なのだから、先生が合流した後は当然入学式に出席するものだと思っていたが、ここは雄英高校”ヒーロー科”、ヒーローになるなら時間を有意義に使わないといけない、と此処でもまた時間は有限、合理性、をしっかりアピールしてくる。雄英は"自由"な校風が売り文句。そしてそれは"先生側"もまた然りだという。つまり、今までの常識は先生の采配次第でこうも簡単に崩れ落ちるということだ。

そしてこれから行う「個性把握テスト」、何をやるかと思えば中学生の頃に行った体力測定を”個性あり”で測定するとのこと。

「爆豪、中学の時ソフトボール投げ何mだった」
「67m」
「じゃあ個性を使ってやってみろ、円から出なきゃ何してもいい」

中学の頃も素の体力で校内No.1を獲得し続けていたという爆豪は相澤先生にこぶし大ほどのボールを渡され、早よと急かされている。個性を使うのが大好きな爆豪が「好きに個性を使っていい」と言われ喜ばないはずがない。口端を引き上げて笑うと「んじゃまぁ…」と言いながら振りかぶる。


「死ねぇ!!!」


FABOOON!!という久々に聞いた爆発音。爆風に乗って空高く飛んでいくボール。体力測定のボール投げをしているとは思えない台詞。はい、君の印象が死にました。

とはいえ、先生の手元のデバイスに表示された測定結果は705.2mと中学までは見たことのない記録が映し出されていた。
…そっか、ここで浮き彫りになるのは単純な体力ではなくて、個性でいかに記録を伸ばせるかということなんだ。つまり、自分の得意分野と苦手分野を見極めることが出来るんだ。一見強そうな爆豪みたいなやつの記録より、小さな女の子の記録の方が上ということもあり得る。

「まず自分の"最大限"を知る、それがヒーローの素地を形成する合理的手段」

法律的に”個性を使ってはならない”とされているのだから、わたしたちは自分の個性を完全に把握しているわけではない。何となく分かっているのは個性の性質と、何ができるのかくらいだろう。最大限の出力でぶっ放したことはない。だからまずは、自分の個性を知れということか。

なるほどすごい。この先生、ちゃんと教師だ。
最初は気まぐれかなんかで生徒を見極めるためにこの個性把握テストをやると言い出したのかと思っていたけれど、どうやらもう私たちの”初めての授業”は始まっていたようだ。このテストを行うことでわたしたちは何を学べばいいのかを理解し、教師は何を教えるべきなのかを把握する。実に合理的だということに気が付いた。

とはいえ、浮かれまくっている上に血気盛んな男子は「面白そう」と騒いでいて、個性を思いっきり使えることに喜びを隠せない様子だった。それに苦言を呈したのはもちろん相澤先生。ヒーローになる為の3年間そんな腹づもりで過ごす気でいるのかと低い声で周りを諫める。


「よし、トータル成績最下位の者は見込みなしと判断し除籍処分としよう」


相澤先生の言葉にみんな目を丸くして驚くと、次第に「はぁあ!?」と大声を出し始めた。このテストが面白そうなんだろう?それだけ自信があるなら最下位なんて取らないよな。取ったらヒーローになる見込みなしってことだよな?…どうやら、そういう理論らしい。

「面白そう」と発言したのは数名だったし、若干巻き込まれた感もこじつけ感も否めなかったが、体力測定を個性ありでやるのであればまぁわたしは最下位は取らないだろうという自信があった。元の運動神経もいい方だし、個性もこのテストには適応させやすかったから。…ただ一つ心配なことは。

「…………っ、」
「…緑谷……」

青い顔で絶望的な表情を浮かべている、
個性というアドバンテージがない緑谷のことだった。