03
「2日前から発熱、それ以外は特に症状はなし…と」
「そーなんだ、原因が分からねェんだよ」
彼らの船に上がると一目散に通されたのは簡易的な診療室のような部屋だった。中にはベッドや机、その上に冷えた水とタオルが乗っており、息を荒くさせながら高熱にうなされているオレンジ色の髪の女性を甲斐甲斐しく看病している様子が見え隠れする。
長鼻によると、彼女の熱は40〜41度を行ったり来たりしているらしく、ここ2日間ほどその状態が続いているらしい。
他に症状はなし…か…。
「ここに来る前はどの島を通ってきたんだ?」
「ああ、それなら…」
「こんなでっけェ〜巨人がいる島だ!!」
症状から見るに病名は皆目見当つかない。とはいえ、何かが引っかかる。どこかでこんな状態の人を見たことがあったような…そう思い腕を組みながらそう聞くと、長鼻の代わりに麦わらが話に割って入って来ては腕を大きく広げてそう言った。
………巨人のいる、島。
「…なるほど」
彼女の上に乗せられた布団をはぎ取り、パジャマを捲ると長鼻が「ぎゃあっ」と声を上げる。後で彼女に見たことが知られたらベリーを徴収されると言い、両目を手で押さえる。どんなルールなんだそれは。
パジャマを捲った先には、彼女の赤く火照った滑らかな肌には似合わない赤黒いアザがポツンとあり、それを見た瞬間これはあれだな、と一人納得して頷く。
「熱は下がるよ、この調子だと…あと3日かな」
「っ!ホントか!?」
彼女のパジャマを元に戻し、布団を掛け直しながらそう言うと、麦わらは大層嬉しそうな顔をした。その横にいた長鼻も金髪も、緑髪でさえホッとしており、彼女の人望が窺える。
……けれど、そういう意味ではない。
「彼女はあと3日もすれば息を引き取る」
わたしがそう言うと、彼らの表情が一気に険しくなった。
「…ど、どーゆうことだよ!」
「ナミさんが……あと3日で死んじゃう!?」
「お前!冗談だったら済まされねェぞ!!」
口々にそう言いながらパニックになり始める男ども。しかしここで取り乱したって仕方ないじゃないか。そう思いながらその様子を眺めていると、壁に寄りかかったまま眉間に皺を寄せて怖い顔をした緑髪と目が合う。
「……説明してもらおうか」
「…続きは飯を食いながらでもいいか?」
腹が減った。そう言うと、未だ戸惑ったままの彼らはわたしをキッチンダイニングまで誘導し、わたしの説明を一言一句逃さないように耳を傾けた。
恐らく、あの高熱は「ケスチア熱」だろう。「ケスチア熱」とは、「ケスチア」という有毒のダニに噛まれることで発症する病気である。
噛まれた箇所には特徴的なアザができ、その傷口から細菌が入り症状を引き起こす。彼女の腹に浮き出ていたアザはその刺し口とみて間違いないだろう。
「ケスチア」は約100年前に絶滅したとされているが、ここに来る前に彼らは古代の環境が残る島”リトルガーデン”にいたと言っていたから、そこに生存していた「ケスチア」に噛まれたのだと予想される。
昔こそ5日熱なんて呼ばれ、苦しくはあっても結局は治る病気だったが、現代で「ケスチア」の持つ細菌に抗体を持つ人間などいるはずもない。大体はこのケスチア熱を引き起こした人間は5日後に息を引き取るとされている。このままなら、恐らく彼女も例外なく。
「とはいえ、治らない…とも限らない」
「っ、ホントか!?」
「確か専用の抗生剤があったはずだ、それがあれば治るだろう」
差し出された具だくさんのスープを口に頬張りながら「これは美味い」と言っていると、微かに見えた希望に気をよくしたのか、麦わらが大きな声で「じゃあ薬を探してくる!」といって船室の方へと走り出そうとしたのを「待て」と言って制止する。
「この船にあるとは思えないが、仮にあったとしてもどうもできない」
「何でだ!お前が治してくれるんだろ!?」
「最初に言ったが、わたしは医者じゃない。医術を少し齧った程度だ」
「それは…言ってたけどよ、」
彼女の状態からして、薬の投与には点滴が必要だろう。その設備も技術も揃っていないのに、治療をしようとするなど言語道断だ。
「医者を探した方がいい」
わたしがそう言うと、麦わらたちの顔はまた曇った。
まぁ、一食分の恩は返したことだろう。そう思いながら立ち上がりそろそろお暇しようとすると、緑髪に「おい」と呼び止められる。
「…お前、医者の居所知ってるな?」
「……さぁ?一食分の恩はさっきの診察で返したつもりだ」
「さっきデザートまでたらふく食ってたろ、別料金だ」
「……………」
面倒なことになる前に退散しようと腰を上げたが、今度は食べたものを引き合いに勘定不足だと退室を制止される。
既に食べてしまったプディングを戻せと言われても難しそうだし…はぁ、とため息をつく。
「ここから北に進め、5ノットもあれば半日で着く」
「北ってどっちだ」
「……羅針盤の針の赤い方が指している方角だ」
「…羅針盤……ってなんだ」
「…………は?」
医者のいる島の方角と所要時間を伝え、至極丁寧に伝えたつもりだが、そもそもの知識が浅すぎたようだ。それは緑髪だけでなく、麦わらも金髪も長鼻もだったらしく、全員で同じ方向へ首をかしげている。
偉大なる海にいる上での知識以上に、生きる上での知識が乏しい。というよりナシに等しい。一体今までどうやって生きて来たんだコイツら。
「お前、一人で海にいるくらいなら航海術持ってんだろ」
「ホントか!?なら、案内してくれ!」
「良かった、これでナミは治るんだな!?」
「んナミすゎん!俺が医者の所まで運んでみせる!」
「…ちょ……ちょっと待て、」
緑髪も金髪も長鼻も麦わらも。「勿論、島まで案内してくれくれるよな」と言わんばかりの視線で見てくる。わたし、一応”急ぎ”の仕事中でそんな暇はないし、忙しいんだけどな…面倒だし、どう断るか。
頭を抱えながらはぁ、とため息をついた時だった。
「みんな…どうしたの?その方は誰?」
聞こえてきた高い声に顔を上げる。まだ仲間がいたのかと思いながら奥の船室からやって来た女性の顔を見ると、心臓が大きく動いた。
この顔、そしてこの特徴的な水色の長い髪、隣にいるカルガモ…
間違いない。
「……ビビ王女、」
彼らの要求を必死に断り続けようとしていたが、
どうやらその必要もなくなったようだ。