天峰がFES眉見をセイバーとして召喚する話

「……は?」
「……え?」
「……ん?」

 ある暮れ方のことである。レッスン終わりに天峰が突然手を押さえて「イテテ」と呻いたので、花園と眉見が揃って「どうしたどうした」と覗き込んでいた時のこと。
 それは突然に現れた。
 左右対称を描く文様。複雑な文様。よくよく見れば線はところどころで途切れ、よくよく見ればそれは三画ある。

「……わァ。先輩どうしよ、俺令呪出ましたよ」
「そんなことある?」
「令呪とはなんだ……?」

 疑問を投げかけたのは眉見であったが、それが当然の反応である。天峰はひどく大雑把に「ゲームのこれこれこういう……」という説明をして、蛍光灯や夕陽に手をかざして眺めた。

「俺聖杯戦争に参加できるってこと? 俺くらいの天才になると東京にいても冬木の聖杯が放っとかないのか……いや、俺冬木に行かなきゃいけないのか? 今から?」
「冬木とはどこだ?」
「架空の街だよ眉見くん」

 花園も多少造詣があるらしく、時折天峰に向けて「あってる?」と挟みながらも概要を説明する。ひどく雑に言えば、これがあれば英霊を召喚できるのである。それも、本人から端を発するありとあらゆる縁を辿って。
 有名生徒会長三名、とはいえ男子高校生三匹である。好奇心にゃ勝てねえのであった。男子どもは「天峰が召喚する英霊は誰になるだろう」とアレコレ激論を交わして、ついには。

「やろう」
「やってみようよ」
「やってやりましょうよ」

 という運びになったのである。



▽△▽


 高校生三匹は、しかし有名生徒会長三人組であった。有名生徒会長がなぜ有名って、ハイスペなのだ。およそ全てのことにおいて。つまり、資料収集においても。
 三人はかき集めてきた資料をたっぷり抱えて事務所に集まり、ガサガサ広げてやんややんや話し合った。魔力だの何だの如何わしい単語が飛び交うが、クラスファーストは折良くゲームの仕事が来ていたので、特段怪しまれることもなかった。
 と、思いたかった。

「おや、お前さんたち。お……おぉ? ははは! 随分懐かしいものを見ているな。本当にやるなら星の位置だと……大体一週間後くらいにするといいぜ。なに、困ったら訊きな。覚えがあるもんでね」
「よくこんな資料まで集めましたね。この中ですと……これが肝でしょうか。イワシの群れを呑むクジラのようですが、皆さんは残念ながら人間ですし、適切な量を適切に食べることをオススメしますよ」
「まぁー、そのぶん時間はかかっちゃうかもねー。清水やー、音羽の滝は尽くるともー、失せたるものの出ぬはずはなしー。時間をかけてもいいのかもねー」

 レジェンダーズの面々である。それぞれがそれぞれに、ひどく思わせぶりなことを好きなだけ言って去っていった。三人はいっとき何を言われたかわからないままパチクリと瞬きし、その日の眠る直前になってやっと「まさか?」と思い至った。その「まさか?」の名前はまだ思いついていない。

 さて、クラスファースト並びに天峰秀はアイドルであるので、しかもそれ以前に有名生徒会長であるので、人前に出ることが多い。
 そこで困ったのが令呪の隠蔽である。下手に怪我だと嘘をつくと心配されるし、長続きすると嘘に綻びが出る。
 だので、水嶋咲を頼った。第二候補に華村翔真がいたが、彼はクラスファーストからすると少々歳上で、まして隠し事を相談するには少し気が引けた。大人の手が介入する気がしたのである。
 天峰たちは水嶋を借り、事をひどくあやふやに説明した。真相を教えるわけにはいかない。雑で要領を得ない前提と、それを踏まえて「何かいいファンデーションみたいなもの、ない?」と言われ、しかし水嶋は可愛らしく考える。

「んー、ぱっと見、市販のファンデじゃ消えないかも。ちょっと待ってね、アスラーン」

 水嶋に呼ばれてやってきたアスランは、天峰の手を見て「ほほぅ」と言い、次いで「サキ、パピ族の末裔よ」と言う。

「今宵、かかるが構わぬか? 我とサタンの魔力をもってして、これの隠匿とあっては少々苦難の道となろう。我らであればゆえ、今宵で済ますが」
「だよねー、手伝うよ、材料はカミヤに訊いたらいいのあると思うし! ごめんね、せっかくあたしに話してくれたのに、結局ちょっと広がっちゃった」
「あ、イエ、え? いや……なんかすいません……?」
「ううん、謝るのはこっち。すぐ用意できなくてごめんね。明日パピっと隠してあげるから!」

 翌日、水嶋はアスランを伴ってクラスファーストを訪ねた。
 薬局では到底見たことのないケースに入ったパウダーを、何重にもローションや化粧水みたいな容器に入った液体をかけた後に令呪の上へ叩く。天峰の手の甲は赤子の肌よりもツルツルのスルスルになって、水嶋は「もうひと手間かけちゃう」と言った。
 これまた見たことないケースに入ったパウダーを、豪奢なブラシで取って自分の瞼に塗った。光の加減で何色にも光る瞼は、天峰の手の甲にむけてパチパチと瞬きをすると、パウダーを塗る前の色に戻った。天峰の手に特段変化があった感じはない。

「はい! パピっと完璧! 出てほしい時に出て、出ないでいい時は隠しておけるようにしたから。見破れるとしたら、ノーマンの加工した魔眼くらいかなー。それも日本じゃそうそうお目にかかることないし、日常生活には一才問題ナシ! あたしってば最高!」
「うむ、流石パピ族の末裔、バリュエレータに籍を置きながらノーリッジの手段も厭わぬ柔軟な魔術である。安心するがよい、カミヤの蒐集した素材も用いて我とサタンが作り、サキが施した。到底破られるものではあるまい」
「はぇ……」

 水嶋はパピッ☆と、アスランはバカデカく笑って「じゃあね、がんばって!」と三人を後にした。
 魔法を見ているみたいだった。参考にしている世界に基づいていえば魔術、というべきなのだろうが。


△▽△


 予定も組んだ。これが冬木の聖杯による令呪かなんてわからないし、冬木の聖杯による令呪だったとて聖杯戦争がいつからかなんて知らないし、行けもしない。
 が、やっぱ英霊は喚びたい。天峰が喚ぶのは、古今東西誰なのか。知りたい。
 ということで、眉見の家を借りて、2日後の夜半に召喚の儀を行うことにしたのだ。
 そこで男子高校生三匹に、最大の試練が待っていた。詠唱を覚えるのなんざチョチョイとやれば済んだし、魔力操作はそも存在するかわからないので練習もしていない。
 召喚陣を描くのに必要な、動物の血がない。
 直径およそ3メートルほどの巨大な召喚陣、しかも緻密な呪文の描写が要求されるそれを描くのに、そもどれだけ必要なのかもわからない。ペンキで代用できやしないか、と一応用意してはいるものの、ここ数日サイコープロダクションの数名がやけに協力的すぎる気がする。それも、天峰たちがどれだけ資料をひっくり返しても出てこなかったような魔術的な方法で、あれこれ手助けをしてくれる。
 ここに来て男子高校生三匹は、こう思う。
 マジなんじゃないのか、これ。
 そう思っちまえば最後、一応資料にあることはちゃんとやんなきゃいけないんじゃないかという不安にも似た気持ちでいっぱいになっちまったのである。
 どうしよう。リッター単位の血。自分達から供出なんてできないし、それだけの血を蓄えた生き物なんて到底殺せないし、全部合わせてその量にするにしても、つまり何匹も手にかけなければいけないということだ。有名生徒会長、並びにアイドルが、そも人がやっていいことではない。
 そこへ声をかけた人物がある。

「どうした、暗い顔して? よかったら、帰りに男道らーめんに来ないか。悩んで苦労してる時のウチのラーメンは、言っては何だが効くぞ」

 円城寺道流であった。
 言われてみれば、俺たち何してるんだっけ。疲れた。
 元より三人は男子高校生三匹で、ラーメンも嫌いじゃなかった。疲れていたし、しょっぱいものが食べたいし、円城寺の人柄にあてられて、肩の荷をすこし下ろしたくなってしまった。三人はハーメルンに導かれる子どもより楽に男道らーめんに誘われ、まんまと腹いっぱいになった。

「ッあ゛〜〜〜うま……すいませんお冷ください……」
「わぁすごい……なんか、通う人のことあんまよくわかんなかったけどこれは……ほんとに効くね……」
「またお邪魔していいですか」
「喜んで! 学校の友達なんかと一緒でもいいぞ」

 ちゃっかり営業も忘れない円城寺の微笑みに、三人はうっかり口を滑らせた。

「あははは。あー、あーー……血ィどうしよ」
「あアマミネくん」
「あ。円城寺さんこれは」
「ああ、作図にいるんだよな? 雨彦から聞いててな、用意してあるものが……この……奥に……ちょっと待ってな」
「え?」

 なんでこんな物騒な話題がツーカーで進んでいるんだ? 葛之葉から聞いた? なんでまた?
 天峰の新しく注がれたお冷のグラスがまたたっぷり汗をかくほどの時間、円城寺はカウンター下のストッカーをガサガサゴトゴトやっていて、滴がカウンターに伝ってやっと「ぶは、あったあった!」と顔を上げた。

「ほら。ちょっと重いかもしれないけど、これ代用で使えるから持っていくといい。常温で三日は保つから」
「え?」
「え……」
「いやいや……」
「大丈夫大丈夫、バリュエの係累なんかがやるやつよりよっぽどナチュラルというか、実質ただの豚骨スープだ。料理に使うのの数倍濃く煮出してあるから、これイチに対して水が……三までなら機能するぞ。血液を使うって書いてただろうけど、髄液ではダメって記載もなかったはずだ。時計塔はどうにも格式張っているから新しい門徒が入らない」
「いやいやいやいや待って待って待って」

 流石の天峰も待ったをかけた。待ってくれマジで。何の話をされてんだ俺たちは。
 そのままあれよあれよと三人は帰されてしまい、次の日は事務所の誰とも会わなかった。

▽△▽

 やっと会えたのは決行の日だった。方々に「今日は夜半集る予定がある」と話してしまっているので、同じ事務所の仲間にわからないなりにここまでお膳立てもされて、決行しない選択肢もなかった。
 ここまで来ても、やはり眉見は、花園は、天峰は、天峰が召喚する英霊が誰なのか知りたかったからである。ここまで来てもというか、ここまで来たら引けなくなった。

「うわっ、うわー、もったいない……飲みたい……抵抗感がヤバい……」
「百々人、やめよう。また今度円城寺さんの店に行こう。元が取れるには何杯食べればいいだろうか……測りながら描くか」
「やめてください、作図がブレてなんかこう……イヤですよ、この俺がなんか、ブリュネみたいな英霊呼んだら」
「ブリュネ良いだろう」
「そんなに良いの?」
「良いけどォ……」

 天峰はジュール・ブリュネに納得しないまま召喚陣を描く。花園が「アマミネくん、そこ、2個前のモチーフ繰り返しだから気をつけてね」と注意すると、「今やろうとしてたの!」とガキみてえな言い訳をした。

「ーー素に銀と鉄」

 深夜2時。召喚の儀は始まる。辺りは夜霧に満ちて月光に照らされ冷たくて神秘的なのに、現れた令呪に反応して輝きを放ちはじめる召喚陣からは、美味そうな匂いがしてなんともミスマッチだ。
 天峰は、背後で先輩2人が、チームメイトが、仲間が見守る視線を感じながら詠唱を続ける。
 絶対にバーサーカーを喚ばない。誰に言ったこともないが最初にそう誓った。先輩たちを傷つけたくないし、俺に何かあれば親友も、事務所のみんなも、プロデューサーも、何より百々人先輩と鋭心先輩が悲しむし。制御できないサーヴァントは喚ばない。
 喚ぶなら、三騎士のなかの最優、セイバー。

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よーー!」

 閃光。風圧。衝撃。波動。轟音。
 あらゆるものが三人に襲いかかる。
 あまりのことに天峰は数歩下がって尻餅をついてしまい、庇うように花園が、さらにその前に眉見が立つ。
 やっと目が開けられるくらいになって最初に見たのは、先頭で風を受ける眉見の背中だった。霧と煙が立ち込めて、残響のなか天峰は花園の手を借りながら急いで立つ。なんか恥ずかしかった。
 月の光がさっと差す。すっかり見慣れたステージライトに似た光を受けて、見知った顔の見知らぬ人ーー英霊は、そこにいた。

「ーー……問おう」

 英霊は。聴き慣れた声で、生きていて到底聴き慣れないことを問う。

「……誰が、俺のマスターだ?」
「いやマユミくんじゃん」
「いや鋭心先輩じゃん」
「俺はここだが」
「いやンなこたわかってんですよ!」
「マユミくん、生きてる? 生きてるよね? 何? どういうことこれ」
「俺にもわからない」
「わかって!」
「わかんない……」

 すっかり腹ァ括って魔術の世界に片脚突っ込んでいた三人は、あまりの衝撃に男子高校生三匹に成り果てちまってワギャワギャ喚いている。
 そりゃあだって仕方のないことだ。
 それほどの衝撃だ。
 あまりの喧騒に英霊が咳払いをする。三匹はパッタリと黙った。

「……セイバーのクラスで現界した。真名は……言わずともわかるだろうが、ひとまず、ルミネセンスのセイバーとでも呼べ。喚ばれたからには相応の成果を出そう。好きに使え」

 ルミネセンスのセイバーと名乗った英霊。
 言わずともわかると言われた真名は、眉見鋭心。
 その姿はこれから始まるゲーム主題歌の仕事の衣装と寸分違わなかった。


△▽△


 数日後、いつかの天峰と同じく「イタタ……」「んぐ……」と手の甲を抑えた花園と眉見に、「どっち?! どっちが俺召喚してくれるんですか?! 俺アーチャーだよ! 絶対そう! 百々人先輩はアサシンだ! 絶対そうだから!」と大声を出す天峰が目撃された。
none 1/7 next


戻る
TOP