5.投錨
「えんのした」
「は」

 目が細いんだなと思った。紺色の練習着。梟谷。
 なんかしたっけ、と思い返してみても、梟谷の眼鏡にかなうようなことはできた覚えがない。なんだろうと思って伺えば、梟谷のセッターは、切長の瞼に隠された瞳孔をきらりと光らせた。

「良い名前だな、と思って」
「よく言われる。名前負けだけど」
「負けてないよ」

 会ったのはこの夏が初めての人にそんなことを言われるとは思ってなくて、俺はちょっとびっくりする。梟谷のセッターは眉を片方だけ上げてニコッとした。

「欠かせない。縁下がいるから、あの烏野なんだろうね」
「……」
「ごめん。俺2年の赤葦京治。よろしく」

 そうだろうか。梟谷のセッターは目が細いのではなくて、目を細めているのだと気づいたのは、寝る前になってだった。


*****


 えんのしたちから。縁の下の力持ち。
 そんなことない。端っこにいさせてもらえるだけ嬉しい。
 そう思え。
 そう思ってやってきた。

「縁下ーーーッ!」
「田中、うわうるさいな何」
「イサミちゃんの授業どこまで行ってる?! 今日ノート提出あんの忘れてたんだよ!」
「俺歴史選択世界史だから」
「日本史取れや日本人だろがい!」
「力ーーーッ!」
「西谷は何?」
「勢い余ってメガメロンパン2個買っちまったから一個やる! 受け取れ!」
「食べ物を振りかぶらない!」
「こらー廊下うるさいぞ。騒ぐな男バレ」
「田中今静かでした!!」
「西谷もです!!!」
「現在進行形でうるせえよ。頼むぞ縁下」
「えー……はい」

 いつも大体こう。それでいい。「お前は一度逃げたから」と排斥されないだけありがたい。
 俺は強くない。強くないから、コートに立てない。頼られたりも特にしない。羨望は俺がするもので、受けるものなんかじゃない。
 できることは何もない。
 それでいい。端っこでも、俺の場所があるなら。

「あ、縁下!」
「キャプテン、どうしたんですかこんな治安の悪いところまで」
「おいノヤさん聞いたか?! コイツ今俺たち指差しながら「治安が悪い」っつったぞ!」
「ああ聞いた! こんにゃろ力アア!」
「おすわり」
「きゃん」
「きゃん」
「お騒がせしました」
「お……おお。あー、スガ見てないか?」
「菅原さんですか? 朝練の後はまだ」
「あ゛あ゛……」

 大地さんは今際の際みたいに息を吐いて膝に手をつく。田中たちがやかましく騒ぐので、「ハウス」を申しつけた。
 心底悔しそうに唇を噛む大地さんは、なんだか不似合いだ。そんな顔しなくていいのに。貴方ほど頑張っている人にそんな顔をされちゃ、誰も何も言えなくなってしまう。俺は黙って大地さんの言葉を待つ。

「……スガ、たぶんまた、「あっち」行った」
「……ああ、じゃあ、待ってます」
「すまん、頼む」

 大地さんは「俺もできるだけ探すから」と踵を返した。おおきな背中を見送って、さて、頼まれたことをしよう。
 教室に戻る。席に着く。西谷からもらったメガメロンパンの封を切る。食べる。飲み込む。
 変わったことはしない。変わったことはするべきでない。ただ普段通りの昼休みを過ごす。
 出来ることは何もない。俺はただそこに在る。それだけが、俺が出来る唯一のことだった。





 あちら。対して、こちら。分けるものは何だろう。
 俺は質量だと思う、と言えば、赤葦は瞬きした。

「質量」
「そう。質量を持つか持たないか」

  木陰でぬるい風を浴びながら飲むスポドリが一番うまい。苦しいことも悩むこともあるけれど、クーラーの効いた部屋でジャンプ読んでるより良い。
 合宿は過酷だ。無限に繰り返される練習試合と、ほぼ確実に付き纏うペナルティ。体力はいつだってジリ貧で、でも頭はフル回転させていなきゃいけない。俺たちはこいつらから何を食えばいいのか。どこに食らいつけばいいのか。
 ひとときだけ全てを停止させていい休憩が何より有難かった。休憩には、なぜか梟谷のセッター、赤葦が隣に来ることが多かった。

「縁下、すごいな」
「なんで?」
「俺ただ「あちら」と「こちら」って言っただけだよ」

 世界中から色が無くなったみたいだった。温度も音も無くなった。目の前にはただ、木陰で風に吹かれながら微笑んでいる赤葦だけがある。
 しまった。抜かった。やらかした。呼吸を二つするうちに、温度は冷たさだけが帰ってきた。さっきまであれだけまとわり付いていた熱は、まだ帰ってこない。
 それはよくない。そっちは危ない。言ったが最後、どうやら「茶化しやすい」と思われていたらしい俺の言葉は意味を持たなくなった。図書室の学校の怪談シリーズ。あれと限りなく同質の揶揄と畏怖でもって俺の居場所はすり替わった。やーい縁の下の力持ち、これやってくれよ。ああ心臓が普段と違う拍動をしてる。いずい。中途半端に腫れ物扱いするなら、いっそ断罪してくれればいいのに。生きてはおらず、かといって死にきれるわけでもない。
 あれをまた繰り返したのか。あれをまた繰り返すのか。この烏野で。

「縁下」

 赤葦の声音は優しい。判決を待つような心地だった。どうだろう、赤葦は一応東京の人だし、でも合宿はまだ始まったばっかりで、ああ月島がよく世話になってる。どうしよう。

「俺もそうだよ」
「なに」
「俺も同じ。見えてる。あいつらも、縁下のことも」

 赤葦は乱暴に俺の肩に頭を乗せる。熱気のピーク、木陰で生ぬるい風を受けながら。文字にしてみるとロマンチックだけど、悲しいかな俺たちはそういう意図が全くない汗まみれの男子高校生二匹だった。「ドスン」を通り越して「ゴズン」みたいな勢い。もう頭突き。
 肩に頭が乗っているので、赤葦の表情は伺えない。赤葦の体は熱くて、そういえばみたいに熱を思い出す。

「……質量のはなし、筋肉量のことを言ったんだけど」
「あそうだったの?」
「そう。木兎さんと日向の筋肉量の話だと思って」
「早とちった?」
「…………とちってない」
「ははは。そう」

 赤葦は笑う。赤葦が気兼ねなく俺の背中に当てた手が、嬉しかった。なにか吹っ切れたような気がする。お返しがしたくて、赤葦の肩に腕を回した。
 熱くて二秒で離れた。


 その後も、赤葦は休憩にふらりと現れて、なぜか俺の隣で涼んだ。その間にいろいろなことを喋った。

「俺もまだ勉強中の身だけど、きっと縁下はたくさん考えて答えを出すだろうから、参考程度に」

 目を合わせてはいけない。供養できないなら盛り塩はしない。肌感覚でマズいなと思うところはなるべく寄らない。
 そして何より、気を確かに持つ。

「転成語」
「てんせいご」
「そう。穢れはもともと気枯れって言ったらしい。神道の考え方だけど」
「特になにも信じてないよ」
「信じてなくていいよ。でも、自分のことだけは信じてて。たぶんそれが1番いい」

 赤葦は「聖書だと神は悪魔の何十倍も人を殺しているし」と笑った。そうなんだ、と俺も笑って、俄に体育館のほうが騒がしいのに気付く。2人してヤレヤレと腰を浮かせて、またそのうち、なんて言って、それがこの夏赤葦とちゃんと話した最後になった。


*****


 菅原さんは結局昼休みが終わるころキャプテンに回収されたらしかった。部活前にしおしおした菅原さんが纏わりついてきて知った。

「えんのしたぁぁ」
「なんですか」
「大地あいつ将来警察官とかになるんじゃないかな」
「ビッグボス相手に懲りませんね本当……今度は何したんですか」
「なんもしてねえよー。でも縁下もドンだしさー、月島は知将だしさー、俺いつの間にこんなハードモードやらされてたんだべなー。いや烏野はみんな好きよ? 良いチームだし」
「なんかやたらツッコミどころある気がしますけど、寝言いってないでポールとか手伝ってきてくださいよ」
「俺! 俺三年! 三年で副主将!」
「菅原さん、いい組織ってリーダーは動かずジッとしてて、リーダー以下がよく働くそうですよ。良いチームですよね烏野はね」
「はァーッ言質ィ! くそーうちの子反抗期かしら! お母さんスーパー行ってくるから冷蔵庫から勝手に食べないでよ! アイスは食べていいからね! ダッツはお母さんのだからダメね!」
「ダッツ買ってるのか……設定が細かいなぁ。はいはい、早く行かないと日向たちがまたケンカしますよ」

 んもー! とか言いながら菅原さんは部室を後にした。何歳なんだあの人。学年が一個上なだけで、実は六歳児だったりしないか。いやいまの素振りは母だったな。ぼんやり考えて、ちょっと、俯く。

「力ー、お母さん買い物行ってくるから。家にいるのね? 再配達頼んでるから受け取ってくれる。アイス食べていいから」

 忘れもしない、去年の今ごろ。クーラーのよく効いた部屋で食べるアイスは味がしなかった。冷たくて妙に甘いどろっとしたものを食べてた。きっと死ってあれと似ていると思う。ちゃんと死んだことはまだないけど。
 苦しくて苦しくて逃げ出して、逃げ出した先がもっと苦しいなんて知らなくて、結局ここへ戻ってきた。

「戻ってきてくれて嬉しいよ」

 戻ってきた俺に、キャプテンは、大地さんはそう言った。目の下にぎゅっと力を入れて、両足を踏ん張って、爪痕が残りそうなくらい拳を硬く握りしめて。
 大地さんは、きっと俺が帰ってくる場所を守ってくれていた。
 その日の部活が終わって帰ってから、俺は泣いた。今まで流した涙のどれとも違った。
 ああなりたい。すぐにはなれないことも、完全にああなれないこともわかってる。でも、誰かが帰ってくる場所を守っていられる人になりたかった。
 俺はコートには立てない。強くないから。でも、誰かが戻ってくる時に、その場所を確保できている人でありたい。そこで笑顔を湛えていたい。またコートへ向かう仲間の背中を「さぁ暴れな」と押せる人でありたい。

「ちからぁああああ!!」

 西谷の大音声でハッとした。日向と谷地さんの悲鳴、月島の高笑い、田中の喚き声、菅原さんの大爆笑。
 あーもう、これ絶対菅原さん何かしたな。体育館に向かってみれば、音声である程度予想はついてたけどわりと惨状になっている仲間たちがいる。

「力! モチと醤油! スガさんが田中の頭で大根おろすってよ! あ揚げナスとかも美味いんじゃねえか?! 力揚げ物の準備しろ! ついでにモチも! おかきにして食おう」
「動くな動くな! ちゃんと売り場にある中で1番いい大根買ってきたから! いい大根だから! 腹が減っては戦はできないから!」
「田中しゃんの頭がおろし金になるううう」
「おろし金! 痛そう! 田中さん死んじゃイヤですよおおお」
「ウォイ日向それ俺の頭が大根に負ける計算になってねえか?! あちょちょちょちょスガさんタンマ! 腹が減っては戦はできぬと俺の頭で大根おろすのイコールになんのマジでヤベェッスよ! あでも潔子さんも食べっかな? それならいいかオネシャス!」
「ヒーッ、阿鼻叫喚! アッハハハハ!」
「ツッキー今日も元気だね!」
「元気にもなるでしょ、もう地獄より面白い! あーサイテーすぎて最高!」
「月島それどういう意味だァ?!」

 菅原さんの頭の中でできてる方程式のイコールが全部狂っててどうしよう。

「おろろろろろろろろおろろろろおろろ」
「ヒゲチョコ、それ吐いてんのか? キョドってんのか? 大根おろしてんのか?」
「え大地の中だと大根おろすときの効果音「おろおろ」なの?」
「おろおろじゃないのか?」
「えーもう怖い……うわ目据わってるし……縁下、早く逃げよう。ここは戦場になる。大地がおこだ」
「おこで済めばいいがなぁ」
「おろろろろ……」

 思わず絶句してる俺の隣に、大地さんと旭さんが来た。旭さんは相変わらず体にバイブレーションついてるのかってくらい振動してるし、大地さんに至ってはもう溶岩が流れ出てる火山みたいだ。大噴火まで秒読みだ。
 旭さんが「逃げよう」と俺を連れて端っこに行こうとするのを、大地さんが引き止めた。

「俺だけにあれをなんとかさせる気か、手伝え」
「ええ俺も?」
「当たり前だお前三年だろう!」
「渦中の人物も三年なんだけど?!」
「あれは永遠の五歳児だから」

 あ俺が思ってるより大地さんの認識の方が小さかった。状況がパニックであればあるほど、どうでもいいことを考えてしまうものだ。俺は五歳の時好きだったものなんだったっけなーとか考えながら、事態の収拾に向かう先輩を見送る。
 はずだった。

「お前も来い、縁下! 俺と旭じゃどう頑張ってもマンパワーが足りん!」
「え」
「待って俺マンパワーカウントなんぼ?!」
「0.5! 俺が10! 縁下は50!」
「俺50なんですか?!」
「こういう時はお前が1番強い!」

 そう言って大地さんは俺の手を引いた。力強い手だ。この手に何度も守ってもらった。びっくりしたまま前を向くと、奥の方に大惨事、手前にはおおきな背中がみえる。
 この背中にはなれない。でも、ああ、近づく努力は辞めたくない。
 俺たちの春高がいつ終わるかはわからないけど、また春が始まってしまったら、今度は俺たちがここを守らなきゃいけない。その時に少しでも、誰かを守れるようになっていたい。
 そしてあわよくば、俺たちの春高が少しでも終わらないように、もっと強くなっていたい。
 逃げる方がしんどい。今しんどくなくても、後から絶対ずっとしんどい。今しんどくても、逃げなかったらきっといつかしんどくなくなる。そのために、少なくとも今をやめない。
 酸いも甘いもぜんぶ舐め尽くして、いつか「あれ酸っぱかったな」と思える頃まで、何一つだって諦めてやらない。
 強くなりたい。
 春高予選、準々決勝はもうすぐそこだ。

***


えんのした : 久しぶり。遅くにごめん。少し話せる?


***


 風の冷たくなってきた東京で、青年は目を細めた。親しい者なら「細めているのだ」とわかるその面差しは、手元のコンビニのおでんに注がれている。

「すっかりこんな時期ですね」
「そうだな」

 応える青年は、食事を前にしてニット帽を脱ぐかを迷っている。坊主頭なので、冷え込む時期は頭が冷たいのだ。

「いいんじゃないですか。誰も気にしませんよ」
「俺が気にする。寒くてもいいか、おでん食べたらあったまるし」

 坊主頭の青年は結局帽子を脱いだ。
 日も暮れた公園のベンチで、違う制服を着た青年二人がおでんをモリモリ食べていた。帰宅ラッシュからはすこし遅い。しかし、異様なほど公園やその周りに人気はなかった。

「……縁下から電話が来ました。烏野、宮城予選決勝まで進んだそうです」
「そうか。黒尾が喜ぶ」
「はい。……その」
「うん」
「強くなりたい、と」
「縁下が。赤葦に言ったのか」
「はい。海さんならどうしますか」

 目を細めた青年、赤葦は、どうにも箸の進まない様子だった。それにしたって夕飯が入る容量残ってるのかちょっと心配になる食べっぷりなのだが、目が細められているのは、縁下を案じているらしかった。
 対して坊主頭の青年、海は、カラシをつけすぎて二の句が継げなくなっていた。何も言えなくなっている間が、なぜだか妙に様になっていて、さもそういう間をとったみたいになっている。つゆを口に含んで、飲み下してから口を開く。常にも増して白い息が出た。

「教える。赤葦にもそうしたから。赤葦は何が心配なんだ?」
「縁下は、下手をすれば澤村さんより強固な烏野の錨です。感知はしていても影響はしない。干渉もしないし、何よりされない。縁下がいるから、烏野は現実に縫いとめられています」
「そこに「あっち」を持ち込んでしまうのが怖い?」
「自分の命の責任しか取れませんから俺は」
「ふふ。全部嘘だ」

 赤葦はロールキャベツのかんぴょうを食んだまま海を見た。海は串から抜けた牛すじをカップの底から攫おうとしたまま、赤葦を見ずに続ける。

「もう教えてる」
「千里眼持ちですか」
「持ってたら音駒もっと失点率低いよ。持っててもやらないけど」
「……」
「持ってるとしたら赤葦だ。千里眼というよりかは慧眼だけど。その慧眼が見たものを信じたらいい。赤葦の目には、縁下くんはどううつった?」
「……とんでもなく強いヤツに見えました」
「なら大丈夫。教えることを間違えなければいいだけだ。もし間違えても、縁下くんも烏野もとんでもなく強い。何より」

 海は一度言葉を切った。やっと捕まえたらしい牛すじを嬉しそうに「やった」と赤葦に見せる。

「烏野には菅原くんがいるし」
「……あー。そうですね。杞憂でした」

 ため息みたいに息を吐いて、吸うかわりに赤葦ははんぺんを勢いよく食む。その勢いに海は満足そうに笑った。

「ふふ、待って、めちゃくちゃはんぺん買ってる」
「煮込まれて茶色くまでなってるコンビニのはんぺん好きなんです。ここまでなると店側で廃棄にしちゃうらしいのでレアものなんですけど。美味しいのにもったいない」
「食べられる側も冥利に尽きるだろうなぁそれ。俺もくったくたの瓦解寸前ロールキャベツ好き。もうくたくたのキャベツならなんでも好きまである」
「海さんは味噌とカラシもらう派なんですね。柚子胡椒とかで食べるもんだと思ってました」
「具をカラシで食べてつゆに味噌溶いて味噌汁みたいにして飲むのが好き。だし汁なんだし味噌溶いて不味くなるわけない」
「天才なのでは?」
「天才ですから」
「いつから桜木花道に」
「坊主頭だけど髪赤くないし喧嘩もしないよ」

 丁寧に手を合わせて、海は割り箸をビニールに仕舞った。
 箸を進めあぐねている間にすっかりぬるくなってしまったつゆを飲み干して、赤葦は再び息をつく。
 きっとチームとしても、対「あっち」にしても、自分と縁下は同じものを求められている。求められることになる。今自分が知っていることは、教えなくても隙さえ見せれば烏野は勝手に食い去って自分のものにしてしまう。
 見せる隙を、教えることをゆめゆめ間違わないことだ。そして、自身もまた食えるものがあるなら容赦なく食らって血肉にする。互いにより強固な錨になってゆけばいい。
 そして、誰にも言ったことはないが。密かに「夜の鳥王者決定戦」とか、そんなことを夢見てみたりしているのだ。カラスとフクロウだし。なんちゃって。
 帰ったら、縁下にライン電話かけよう。全国のコートで、音駒だけじゃなく俺も待っていると伝えよう。

「ごちそうさまでした。海さん、話聞いてもらってありがとうございます」
「構わないよ。何になろうとしてるかは聞かないけど、人って文字は支え合ってできてるから」
「すいません。ふっる」
「あはは。ダサかったかな。次に会うのは予選決勝が一番いいけど、まあ完全に一人で生きていける世界じゃなくなったから、何かあったら頼りなね」
「はい師匠」
「ふふ。よろしい。じゃあまた」


***


「で、バタバタしない! って大声出しちゃった」
「それは言うわ。ていうか偉いわ。よく言った。俺が国王だったら爵位あげるのに」
「どこの国王なんだよ」
「あ国王じゃなくても爵位あげられる。シーランド」
「なら月の土地の権利書のほうがありがたいわ」
「どのくらいだっけ?」
「税込で三千円で釣りが来る」
「やっす。ああ、ごめん、話逸れた」
「なんだっけ。やっちゃいけないこと?」
「うん。知らない人についていかない。うまい話に乗らない。名前を教えない。ダメそうなところからはすぐ逃げる。で、菅原さんか俺に知らせる」
「不審者対策の標語みたいだな。ていうかまんまか」
「結局もうすでにある標語が一番強いよ。でもこれは守れなくてもいい。気づいたら誰かが助けに行ける。でも絶対助けに行けないのが一つだけある。これだけは誓って」
「何に?」
「何にでもいい」
「わかった」
「絶対に、「あっち」から受けた影響で血を流しちゃいけない」
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