4.非営利団体アオバ・ロジティクス
 雪国の秋は短い。この間まで暑かったねなんて言っていたら気温が一桁まで落ちる。そうなればフェイントみたいな雨が降って、すぐに総てを地上に縫いとめて平伏させる、死の冬が来る。
 菅原は部活帰りの横断歩道で信号待ちをしながらジャージの首元を握りしめて肩をすくめた。クソ寒い。月島が早くも長袖のウェアを着ていて、「まだ早いべ〜?」なんて茶化していた夕方ごろの自分を殴り飛ばしたい。さっむい。洒落にならん。まだ始まってもない冬に想いを馳せて、菅原はちょっと白いため息を吐いた。
 日が沈むのもずいぶん早くなった。燃え盛る炎より赤い夕暮れ空と、すべてを包む夜の帳のグラデーションが目に美しい。帰路を急ぐ何人目かを見送って、菅原の視界はちょっと珍しいものを捉えた。

「あれっ、青葉城西の」

 花巻だった。ピンクっぽい茶髪が鮮やかな青葉城西の3年が、その髪の鮮やかさとは似ても似つかない沈鬱さでトボトボと歩いていた。寒そうに肩を縮め、上まで閉めたジャージの襟に口元を捻じ込むように首も縮め、数センチずつ足を引きずるようにして歩いている。遠目にしか見えないが表情も思い詰めていて、おっとこりゃ尋常じゃないぞと菅原は寄り道を決意した。

「あのー、大丈夫?」

 青になった横断歩道を渡らずに花巻へ駆け寄れば、花巻はばね仕掛けよりも俊敏に顔をあげて菅原を見た。呆然としながら呟く。

「あ……烏野の……」
「ああやっぱ花巻だ。大丈夫か? やべえ顔してる」

 菅原が訊けば、花巻は転んじゃった小さい子どもみたいにびっくり顔をじわじわと歪ませる。別に痛くはないが、転んだことにびっくりして泣いちゃうやつみたいだった。
 どんどん落涙までのカウントが進む花巻を前にアタフタしてしまった菅原の焦りもつゆ知らず、花巻はついに声を上げて泣いた。

「及川が死ぬう〜〜!」
「は?! マジ?! なして?!」
「わかんねえよおお〜〜! えあああ〜〜、もう無理助けて〜!」
「ごめん俺も今切実に助かりたい!」

 転んじゃった小さい子どものほうがまだマシだ。なんでって花巻は現役バレーボール部員の高校3年生で、身長が180を超えている。通りがかる人の視線がめちゃくちゃ痛い。菅原はとりあえず花巻を近くのマックに拉致ろうと「奢るから!」と言えば、花巻はぺしょぺしょしながら「じゃあ行く」と大人しく着いてきた。このやろうめちゃくちゃゲンキンだな。菅原は安堵と呆れの真ん中らへんでしょっぱい顔をしながら、駅前でもらったポケットティッシュを花巻に渡した。


 花巻は結局ビッグマックのセットとアイスキャラメルラテを頼んだ。高校生にとっては結構良い値段の間食をまんまと奢らされた菅原は、花巻がチミチミとポテトを摘むのをアイスコーヒーを啜りながら見ていた。明日旭に購買で飲みもん買ってもらおう、とか思いながら。哀れ東峰。

「落ち着いた? 話せそう?」
「……うちの三年レギュラーさあ、たぶん全員「見える」やつなんだよ」
「ンっ?!」

 鼻をすすって喋り出した花巻の一言目にまずぎょっとして、ああいかん話聞くんだった、と菅原は乗り出した身を引っ込めた。花巻は特に気にした素振りもなくピスピス鼻を鳴らしてキャラメルラテをかき混ぜている。
 詳しく聞けば、たぶん松川がすごいらしかった。次いで及川、別枠のやべーやつとして岩泉の名が挙げられた。花巻は特に見聞きしたことはないらしい。
 そんな対「あっち」クソ強チームの何がどうして及川が死ぬなんて泣く羽目になっているかと訊けば、花巻は「それがわからんからしんどい」と再びポトポト泣いた。キャラメルラテが塩キャラメルラテになってしまう。

「わかんねえ、松川と岩泉が何してんのかわかんねえ。及川がなんであんなんなってんのかわかんねえ。俺なんにもできねえ」

 花巻の熱い涙を受け止めて、キャラメルラテはすっかり氷が溶けていた。花巻はストローも手放して、ただ苦しそうにグラスを両手で包む。薄まって美味しくなさそうなキャラメルラテは、きっと今まで花巻が舐めてきた苦渋みたいな味になっているだろうと思う。
 菅原は花巻の両手をとった。花巻の指先は冷え冷えとしていて、震えてすらいる。

「喋ってくれてありがとうな。よく頑張ったよ」
「……待って、もっかい泣きそう」
「それは勘弁して」
「じゃあオレオのフルーリー頼んでいい?」
「それも勘弁して」

 これ以上の出費はマジでキツかったので本気で言ったのだが、花巻は「へへ」と溜まっていた涙を落としながら笑った。なんの笑みなんだ。小学生の時に買ってもらった野草図鑑に「可食」の記載があったことを思い出して、菅原は帰ったら押し入れを捜索しなければならないかと生唾を飲む。

「へへへ。じゃあフルーリー頼まないから、一個だけ頼んでいい?」
「えー何、サイドにしてくれよ」
「おう。及川たちを助けて」

 花巻は笑っていた。泣きながら笑っていた。はらはらと泣いていた。微笑んで、ぶっ壊れる数歩手前で踏み止まっていた。もしくは、もうぶっ壊れていたかもしれない。菅原が声をかけたことで、唐突に「ああ人間って本来そういうもんだよな」というのを思い出してしまったのかもしれなかった。
 吹けば飛ぶような花巻の笑みに、温めようと伸ばした自分のほうが指をキンキンに冷やしていたことに気付いたのは、花巻が次に「んは、言っちった」と笑ってからだった。



*****



 美化委員会 役員(3)

すが☆ : ということで、ちょっと手貸して
赤葦 : 「ということで」が何にもかかってないじゃないですか。枕詞が助走つけて殴りかかってきますよ
赤葦 : ますらおのとかが
海信行 : ちはやふるも殴ってくるな 澤村くんに言いつけるよ しないけど
すが☆ : やさしい!
海信行 : 言いつけないからちゃんと説明してください
すが☆ : 宮城に青葉城西ってとこあんだけど、そこのバレー部の主将が死ぬ〜って泣いてる部員保護して飯食わせて帰らせたとこ
海信行 : なんて?
すが☆ : なんか青城の3年泣いてた奴以外見えてるんだって で、なんかやってるのはわかるけど何もできないし、なんかやってる奴らがどんどんピリピリしてくるし、顔どんどん疲れてきてるしでも何もできないし〜ってめちゃくちゃになってて、助けてって泣かれた
赤葦 : あーそれは
海信行 : あーそれは
すが☆ : 助けてって言われちゃやるっきゃないべ
赤葦 : それは本当にそう
すが☆ : とはいえ俺も詳しいわけじゃないから、手貸してほしいわけです
海信行 : わかった まず連絡ありがとう ここからは申し訳ない話をします
海信行 : 俺たちも春高予選始まってます 毎週末宮城まで行くのはちょっとかなり厳しい
赤葦 : ウチもです
すが☆ : あーそれは全然いい ていうかこっちまで来なくていい
すが☆ : 全国でやる時に全力で戦いたいから、むしろそっちはそっちで全力でバレーやってて
すが☆ : 知恵だけ借りたい この借りはコートで返す
海信行 : 空気読めてなかったらごめん かっこよすぎる
赤葦 : ファンです 年明けお会いする時にサインもらっていいですか
すが☆ : 照れる照れる照れる 照り焼きになる
すが☆ : 青葉城西、インハイで俺たち負けたから、今度こそ全力全身全霊で勝ちたいんだよね
すが☆ : 弱ってるとこ殴って勝っても意味ない
赤葦 : お気を悪くされたら申し訳ないんですけど、マジで烏野ですね…
海信行 : 烏野だな
すが☆ : なに?隠語?
海信行 : 褒めてる 今の烏野だから、俺たちもゴミ捨て場の決戦を実現したい
海信行 : 協力は惜しまないよ
赤葦 : 友情がアツくてやばい ファンです チケット取りました 最前列センターです やったぜ
すが☆ : あかあしが壊れた
赤葦 : 壊れてません 俺もできる限りのことさせてください 音駒と烏野が戦うところ、俺も生で観たいので
すが☆ : 海さんご覧になった?この子もう全国行く気よ
海信行 : 第一出場校で春高出るの音駒だから^^
赤葦 : 予選決勝楽しみですね^^
海信行 : ね^^
すが☆ : や〜俄然楽しみになってきた ちゅーわけで明日から詳しいことやっていくから、なんか進展あったらここに投げるな
赤葦 : 明日からなんですか?
海信行 : ヒント 受験生
すが☆ : 節子それ答えや
赤葦 : おいたわしや
すが☆ : 来年大変だぞ〜^^
海信行 : そうだぞ〜^^
赤葦 : あわわわわ…


*****


 マックフルーリーを奢るかわりに連絡先を貰っていた菅原は、昨日と同じ時間に花巻と待ち合わせた。先に席を取っていた花巻は、昨日よりは元気そうなものの、相変わらず萎れかけの生花みたいだった。

「昨日は奢ってもらったから、今日はここ俺持ちね」
「助かる。ビッグマックのセットとアイスキャラメルラテがいい」
「意趣返しかよ」

 菅原の分と自分のマックフルーリーを頼んで、花巻は事の始まりを話し始めた。
 花巻が言うには、春先の練習試合の時点で既に事は起きていたかもしれないらしい。及川が練習試合に遅れてきたのは軽い捻挫のためとのことだったが、その捻挫が既に「そういうこと」によって起きたのでは、と花巻は話す。

「あいつ顔だけは良いから、あいつ目当てのマネージャーの子とかけっこう来るわけ。で、あいつも付き合う気なんかないのにチャラチャラ誘いに乗るから、女子的には「最初優しかったのになんで?」みたいなのたまにあんのね」
「想像にかたくないのを喜べば良いのか、妬めばいいのか」
「妬め妬め。で、インハイくらいにはそういう子ってだいたい辞めちゃうんだけど、まぁ何人か残るのよ。その子たちがたまに、及川のことをじっと見ながら指差してんの。何してんのーって聞いても、なんでもないよーって」
「黙って指差すの? かっこいーとかじゃなくて?」
「そう。何人かで、黙ってただじーっと及川を見ながら指差してんの」
「うーん」
「ヤバくなさそうじゃん? それをさ、松川と岩泉がめちゃくちゃ怒って止めに行くのよ」

 青葉城西のメンバーを詳しく知らない菅原も、これにはちょっと違和感を覚えた。岩泉が怒るのはちょっと想像できるが、松川までもが怒るのは珍しい。行儀の問題で考えれば、岩泉がそこまで怒るのも新鮮な驚きがある。
 行儀の問題ではなく、物静かそうな松川までもが「めちゃくちゃ怒って」止めに行く。たぶん、「そういうこと」だ。

「そんなこんなで2人がなんかやってるっぽいんだけど、岩泉は手痛そうにしてるし、松川は食欲なさそうだし、及川はシンプルに疲れてる。部活やってる時は全然平気そうなんだけど、なんだろ、昼飯ん時とかにみんな揃って「ふー……」みたいんなってて」
「で、花巻には何してるか教えてくれない」
「そう」

 花巻はマックフルーリーを混ぜ返しながら言った。あんまり混ぜると昨日みたいに花巻の苦渋フルーリーになってしまうかと思って、菅原はわざと明るい声を出す。

「にゃーーーんだろなぁ! オトメ心かなぁ」
「オトメ心なぁ……女子って占いとか好きじゃん? 占いってめっちゃ簡単な「そういうの」っていうじゃん。俺的にはその指差してんのがひとつキーポイントかなって」
「うーん、なるほどね! 俺オトメ心なんもわからんから勉強んなるわ」
「オトメ心かなぁ、っつっといてそれ?」
「にひひ」

 菅原はフムフムとメモを取る。メモを取りながら、さも「話を伺っています」の顔をして花巻を見る。見ているのは花巻ではなく、花巻の肩の後ろだった。

「自覚はありそう?」
「誰が?」
「んん」
「あー、及川? あんじゃねーかな」
「ほほーん」

 頷いて視線をメモに落とす。再び花巻を窺う。
 花巻の肩の後ろで、福笑いが蠢いている。輪郭に定型はなく、ともすればギリなんとなく輪郭みたいに烟るモヤの外までいきそうな目鼻や口が、どっしりとのしかかっていた。「何人分なんだろ」と思うような顔のパーツは、主に口は、絶えず花巻への怨嗟をガビガビしたラジオノイズのかかった声で呻く。ほとんどはノイズがひどすぎて聴き取れない。
 なんだっけ、岡崎体育の曲でこんなんあったよな。ガビガビザーザー、なんて? みたいなやつ。見る人が見ればわりとギョッとする異常事態なのだが、悲しいかな菅原は"委員会"2人から「寄ってる」と思われている男であった。へーぐらいにしか思わなかった。

「今日のとこはこんなもんにしとくか? 遅くなってもアレだし」
「まー部活上がりなんでそもそも遅いとこあるけどな」
「まだ帰宅時間ギリセーフだろ。補導とかマジ勘弁な、試合でボコすんだから」
「言うなぁ〜〜、言うなぁ青葉城西。覚えとけよお」

 夏ほど騒がしくなく、冬ほど明るくない星空がマックから出た2人を出迎えた。北国の冬は地面も雲も真っ白なので、街灯ひとつあればその光があちこち乱反射して平気で歩けるほど明るい。ただ雪道がクソである。
 四季のなかで1番暗いだろう夜空の下に立って、菅原は突如頬まで鳥肌を立てた。
 ごそり。半身までもが削ぎ落とされるような感覚。なにが、と訊かれれば、わからない、としか答えようがなかった。自身を構成する不可視のなにかが、ごっそりと削ぎ落とされた。
 思わずぎょっとして弾かれたように削がれたほうを見ると、意外な人物がそこにあった。再びぎょ、と目を見開く。


「松川じゃん」
「よっす」
「あー、ミドルブロッカーの」
「あれ、烏野の。なに、大会前に? 邪推しちゃうよ」
「スパイとかガラじゃねーわ! ガラでもやんねーけどよ」

 松川一静。花巻の語るなか以外ではネットを挟んで向こう側の姿しか知らなかったが、妙に制服の似合わない大人びた顔の男が、何かを噛みながら立っていた。

「最近付き合い悪いと思ってたら、まさか他に男がいたとはね」
「お前こそなんだ突然出てきて! 貴大は俺と結婚するって約束してるんだ!」
「やめろやめろやめろ俺絶対ツッコミしねえからな! 知らねえからな!」
「誰が誰に?」
「やめろァ!」

 花巻が「ぎゃおん」と笑うのにニマリと笑みを返しながら、松川がブレザーのポケットを弄る。ポケットからは近頃珍しい板ガムが出てきた。松川は爪の短い指先で器用にガムを折りたたんで噛む。
 菅原は三たびぎょっとした。
 松川が折り畳んだガムがアヒル口に消えていくまでのわずかな間、菅原にはガムに包まれた福笑いのパーツが見えた。逃れようとするように蠢く目が、松川の頬の内側でバキリバキリと音を立てている。
 何してるんだ。何食べてるんだ。何も言えないままただ松川を見ていた菅原に、当の本人は再びニマリと笑った。

「あーもー、昼ドラごっこはまた今度にしようぜ。松川んちこの辺だろ? おじゃま虫はドロンするから後はお若いお二人で。またな」
「発言がメチャクチャか。またな〜」
「俺というものがありながら」
「まだやるか!」

 花巻はニャハハと笑って帰っていった。面立ちこそ軽妙だが、肩の暗黒福笑いは少し小さくなりながらもガビガビと暴れ回っていた。それが何を意味するか分からないほど菅原も「あっち」思考ではなかった。滅入っている。三年間連れ添った仲間を前にして抱く感情にしてはポジティブとは言えないものが渦巻いているらしかった。
 さて、マックの前に残された菅原と松川は、正しく互いに「あなたと私は友達じゃないけど私の友達とあなたは友達」状態だった。何から言ったもんか。挨拶っつったってあんなもん見た後でどうしろと。菅原が口の中だけで「ええと」とかモゴモゴしていると、松川が口を開く。

「烏野の」
「はい。え、はい。あ菅原です」
「菅原」
「なに?」
「お前見えてるでしょ」

 松川はまたもニマリと笑った。二の句が継げない。

「なんか花巻と仲良くしてるみたいだけど、ウチにはウチのやり方があるから」
「……どっち?」
「どっちも。じゃあね。俺たちがボコすまで負けないでよ」

 松川は口の中でガムを転がしながら帰った。
 しらない世界だ。菅原はこっちにいながら「あっち」「あちら側」とも親しいので、こういうことは大体全部経験したり、「そういうこともあるからこうしくんもきをつけなよ」と「あちら側」から忠告を受けたりしてきていた。が、ここにきてほんとうの「しらない世界」を見た。
 人間、全く知らないものに触れた瞬間の反応は三つある。「畏怖」、「興味」、「ポカン」である。菅原はマックの前で間抜けに立ち尽くしていた。通行人が横を通り抜け、テイクアウトの紙袋を持って店を出てもまだそこにいた。
 北国の夜は早い。それをさておいても、すっかり夜になっていた。


*****


すが☆ : ちゅーことがあったのじゃよ
赤葦 : はーそれは
海信行 : はーそれはそれは
赤葦 : それはそれはそれはそれは
海信行 : アリアリアリアリアリ
赤葦 : アリーヴェデルチ(さよならだ)
すが☆ : 遊んでるべ?
海信行 : いやシンプルにびっくりしてる
海信行 : なに?食べたの?
すが☆ : ビッグマックをね
海信行 : いやスガくんではなく
すが☆ : さみしい
すが : さみしすぎて星がどっかいっちゃったよ
海信行 : マメだなぁ
赤葦 : さみしくないよ かえっておいで
すが☆ : ただいま☆
すが☆ : いや俺はどうでもいいねん!
赤葦 : 手のひらクルックルじゃないですか
すが☆ : アレなんだと思う?
海信行 : どっちが?
すが☆ : どっちも
赤葦 : 花巻さんのほうは厭魅でしょうね
すが☆ : なんて読むの?
海信行 : えんみ
すが☆ : しおあじ
海信行 : うまあじ派は賢いなぁ
赤葦 : ようは「オラめっちゃ人を呪い殺してえぞ!」の気持ちがマジになってしまったやつです 略して厭魅
すが☆ : どこをどう略したんだよ 「え」しか入ってない
赤葦 : 辞書を引くと「まじないでのろい殺すこと」と出ますが、今回はそのまじないが「指差し」だと思います。ヨーロッパのほうの古い魔術で指差しひとつで人を呪うようなやつありますし、「人に指をさしてはいけない」は行儀もですがそういう側面があるからやってはいけないんだと思います
海信行 : 無自覚だろうが人を呪わば穴二つは有効だからな。知らないうちにかけてた呪いのしっぺ返しが1番タチ悪いだろ
すが : なるほど
赤葦 : ああまた星が
海信行 : かえっておいで こわくないよ
すが☆ : 指差しってそんなに良くないの?
海信行 : どっちの話?
すが☆ : 行儀も呪いも 試合中とかよく指差しちゃうからちょっと不安になっちゃった
赤葦 : 洋の東西どっちか忘れましたけど、指先なり爪なりって魂がナントカで、呪いの杖の材料にもよく使うそうです。杖作る工程ショートカットして爪だけ、指先だけで簡易的にやる呪いの儀式、ガンドが「指差し」と同一視されてるんじゃないですかね。知りませんけど
赤葦 : 行儀としての「人に指を差してはいけない」はここから来た説だそうです ウィキペディアがそう言ってます
海信行 : 呪いの人形に対象の髪とか爪が入るのは、魂の下位互換かつ入手しやすいからって感じなんだと思う
海信行 : 呪いかそうじゃないかの差って、そこに意図が介在するかしないかじゃないか? 俺も詳しくないから知らないけど、サーバーに指差されたらちょっとドキっとしたりするだろ。あれ広義でのガンドなんじゃないかな
すが☆ : はえ〜勉強になる 解像度が上がるわ
赤葦 : 問題は対象が主将なのに花巻さんに飛び火してるところですね
海信行 : 厭魅食べてピンピンしてるブロッカーもだな。自分で何言ってるか分からなくなってきた。厭魅を食べるって何?
すが☆ : 海が分かんなきゃ俺にわかるわけないべや〜 もうここに花巻呼んだ方がいい気がしてきた 力不足感ある
海信行 : 大丈夫?星まだある?
すが☆☆☆ : ある…
赤葦 : 増えた…
海信行 : スガくんが「あちら側」からも聞いたことなくて「ウチはウチ」って言われたんなら、もうあちらさんに任せた方がいいんじゃないかな。たぶんあっちにはもうシステムがある
すが☆☆☆ : システムって?
海信行 : なんて言ったらいいかなぁ
海信行 : 例えばお経。インドから中国に来た段階で漢訳されてるんだけど、その漢訳も音を寄せたり意味を取ったりしてるから呼んで字の如くの意味にならないやつもあるんだよね。当然現代語訳とかもある
赤葦 : 茶々入れるみたいですいません 般若心経とか一行で訳したら「心配せんでも幸せになれるぜ」ですもんね
海信行 : そうそう。真言なんて略しに略して一字咒にまでなったりしてるけど、でも頑なにサンスクリット語で唱える。なんでかって、それが伝わるメソッドだとされてるから。もう「それでお願い事してください」ってシステムができてるから
すが☆ : ごめん注釈ほしい
赤葦 : 真言宗で神さまお願いごとするときに唱える呪文です。ざっくり一字咒が「オネシャス」、二字咒が「お願いします」、三字咒が「どうぞよろしくお願い致します」みたいな感じです
海信行 : 不動明王とか聞いたことない?
すが☆ : ある! 中学の修学旅行んときめっちゃ可愛がってもらったわ
赤葦 : 出た…
海信行 : 急に来るもんな
すが☆ : オレ…またなんかやっちゃいました?
赤葦 : なろう系主人公やめてください だいぶシャレにならないです
海信行 : 話戻すね…。「こっちの方がよくない?」みたいな部分はあるけどその方法でずっと来てるのは、システムがもう出来てるからなんだと思う。で、春先かもしかしたらもっと前から続いてた数人がかり規模の厭魅がまだ大きな被害を出してないなら、その青葉城西にも対策できる人がいて、何かやってたんだと思う
海信行 : それが花巻くん以外の三年なんじゃないかなーと。
赤葦 : 俺も同じ意見です。先方が言うなら従った方がいいのかなと。ここに来てちょっとガタついてきてるのは、お役所仕事のハンコみたいな感じじゃないですか
すが☆ : 急に親近感湧く例え
すが☆ : なるほどな〜 まぁ次のお話会は向こうから連絡きてから考える感じの方がいいかな
赤葦 : それが良いかと
海信行 : 右に同じです
すが☆ : 右?
赤葦 : 上?
海信行 : ↑↑↓↓←→←→BA
すが☆ : エネミーコントローラーだ!
海信行 : はずれ。コナミコマンドです
赤葦 : 何の話なんだ一体…
すが☆ : 受験に出るぞ
海信行 : 3年くらい前のセンター過去問に出てたよ
赤葦 : いや大嘘 流石に分かりますよ
赤葦 : 嘘ですよね?
赤葦 : ちょっと?
赤葦 : えマジで?


***


 あれから2日ほど経った。大嘘で疑心暗鬼になった赤葦の機嫌をなんとか取りながらの話し合いで、結局松川が何をしたのかは謎のままだった。結論としては「謎は謎にしておくべき」となった。

「魔術は秘匿されているからこそ効果を発揮します」

 赤葦はライン上で語った。

「例えば火を起こす錬金術のようなものがあったとします。今同じ錬金術を行使できる人間はきっといません。なぜかと言われれば、科学が理屈を引っ提げて成り代わったからです。同じ「火を起こす」でも、「そういう儀式を行う」よりも「発火点を超えるまで物を擦り合わせる」とか、最悪「ライターを使う」とかの方が、理解ができるからです。現在「火を起こすマジック」として扱われるものはたぶん全部科学です」
「人類は発火の仕組みを理解して、魔術は消滅しました。技法は失われました。俺たちが松川さんのやったことを万が一解き明かしてしまうと、松川さんが気付かないうちに、その技法が無効になってしまうかもしれません。マジックもタネが明かされるまでは魔法です。タネを明かすまでは、どんなクソマジックも魔法たり得ます」
「繰り返しになるようですが、わからないならわからないままにしておくべきです。あちらがその技法を使って対策をしているなら尚のこと」

 赤葦もクソとか言うんだ、と少しだけびっくりしながら、菅原は「そうまで言うならそうなんだろうな」と思った。"委員会"での審議の結果、菅原は当面「花巻の相談に「そうなんだ大変だったね」と相槌を打つ」のみやっていろと結論が出され、お開きとなる。
 が、菅原は再びマックの前で花巻を待っていた。というのも、どうにも様子のおかしいラインが来たからである。
 よく言えば誰にでも明るく、悪く言えばチャラい花巻のラインは大体いつも「おはぴ すがちゃん今日ひま?」で始まり、会話の間に差し込まれるスタンプもマァ多い。烏野にはいない新鮮なタイプとのやり取りはいつも新しい驚きの連続で、実は菅原もちょっと楽しみにしている節がある。
 どっこい今日送られてきた文面は、今までとはちょっと似ても似つかなかった。

はな🌸 : 菅原 話がある 部活上がりマック 必ず来い

 絶対別人から送られてきたべやこれ。菅原はヒョーと肝を冷やしながらマックの前で待っていた。生きている人間の方が苦手だ。「あちら側」はともかく「あっち」は本能100%の人格と手加減なしの言葉のドッジボールで対話ができるのに、人間は理性が言葉をボヤかしたりするから。
 なんかあったら「あちら側」ワープして逃げよ。菅原が澤村の言いつけを破る覚悟を決めて間もなく、約束の人物は現れた。

「オウちゃんと来てるな」
「ごめんね菅ちゃ〜ん! 岩ちゃんのライン文面がヤクザだからびっくりしたっしょ。今日は俺らも混ぜてよ。ちょっとお話ししようか」
「あーよかった、警察同伴で待ってたらどうしようかと思った。呼んでないよね? いや脅しじゃないんだけど」
「ごめん菅原、こいつらちゃんと俺とタメだから。ちゃんとカタギだから、やべえシノギに手出したりとかしてないから」

 青葉城西高校男子バレーボール部、三年レギュラーが揃い踏みであった。花巻がフォローしてくれたので勘違いせずに済んだが、最初は知ってる顔の青葉城西の制服着たヤクザが来たのかと思った。肝が冷えた。さっき冷えたぶんと合わせて菅原の肝はもう冷えっ冷えになっている。
 なに怒られんだろ俺。ヤクザにつままれた小ガラスの顔をしながら「じゃあ席取るべ……」と踵を返しかけた菅原の腕を、岩泉がガッチリと掴む。

「ひと気のないとこ行くぞ。ここじゃ散らかる」

 なにがでしょう。俺の血とか? やだぁ。ぼく悪い子ガラスじゃないピヨ。
 ふざけてられるのは脳内だけだった。花巻はしきりに「なんかごめん」を繰り返している。花巻も事情はあんまりよくわかっていないらしい。せめてもの救いか、巻き込むなら理解しておけなのか。菅原は大人しく岩泉たちに連行され、日も落ちて寒々しい雑居ビルの裏路地にいた。

「はいこれ」
「なんでゲしょう……」

 松川がポケットから何か取り出した。先日の板ガムではなく、あぶらとり紙みたいなものだった。紙のケースみたいなのに入っていて、違い違いに薄い紙が入っていて一枚ずつ取り出せるタイプのやつ。パッケージと呼んでいいのかわからないが、でかでかと「餅」と書かれている。

「読める?」
「餅でゲス……」
「なにその語尾」
「ヤンスのほうが良かったでヤンスか……」
「あーあーあー。いやもうホント、取って食ったりしないよ」
「そうそう。少なくとも菅原はね」
「大地に遺言伝える時間だけ貰えないでヤンスか」
「あーあーあー」

 ついに言語がバグり始めた菅原を観て、ヤクザ三人は笑った。花巻だけはキツネにつままれたような顔をしている。

「なんの話してんの?」
「俺がどの臓器を売るかって」
「ちがわい」
「花巻、気づいてると思うけど、俺たち「そういうもの」見えんの。で、これパッケに「餅」って書いてあんのね。見える?」
「真っ白いじゃん」
「花巻は見えないの?」
「そうなるな。見える奴しか読めない細工をしてるから。詳細は企業秘密。呪いめいてるからね」

 松川が細い目をさらにキュウと細めて笑う。ここまで来たら「俺じつは蛇です」とか言われても違和感ないんじゃないかとすら思わされる笑みだった。

「菅ちゃん。マッキーがあれこれ相談してたと思うけど、俺たちには俺たちのやり方があるから」
「はいでゲス」
「あーあーあー。で、今回お呼びたてしたのは、言うより見てもらった方が早いんじゃないかなってこと。ね、岩ちゃん」
「るせえ今集中してんだ喋りかけんな」
「マァこんな感じで。岩ちゃんが準備できたら始めよっか。見ててね」

 菅原がパニックのままトンチキな口調で喋っている間に、岩泉の周りには不可視かつ不体感の熱気のようなものが沸き立っていた。熱くはない。が、とんでもない高温のものを前に見る陽炎のようなものがある。岩泉とその奥にある壁の間で、空気がゴウゴウと煮えたぎって揺れている。
 及川の笑みはネットを挟まなくても変わらなかった。この状況で変わらないことがもはや怖い。菅原は久々に未知と理解を超えたものに対して恐怖を覚えた。三平方の定理以来である。

「やるぞ」

 岩泉が短く言う。

「オッケー。じゃあマッキー、壁に背中つけて立って。はいそこ。はい動かない」
「え俺? なに?」
「はい動かない動かない。危ないから」
「えなにマジで?!」
「岩ちゃんの手元が狂うから」
「なになになに?!?!」

 花巻の背にある暗黒福笑いが花巻の肩と壁に挟まれて、わずかに動きが鈍る。岩泉は拳を何度も握ったり開いたりして、何かに集中していた。

「じゃあいくよー、はい」

 及川が自身の首の後ろを撫でながら対人パスでも始めるように気軽に言い、撫でた手を花巻の肩に気軽に置いた。
 その瞬間、暗黒福笑いはただしい形を取り戻した。
 目の数がちぐはぐだったのは、一部しかなかったからだ。その呪いの数と同じだけの相貌はギラギラと血走り、口からはノイズのない大音声の怨嗟が無限に湧き出る。指した回数ぶんだけ靄から湧き出した指先が結びつき、繋がり、形を変えておもむろに人っぽい形をとる。うぞうぞと蠢いた顔のパーツと指はやがて、顔だけが一メートルくらいあって、さらに目が規格外にでかい少女のような形をとった。厭魅の正体だった。

「うぉ、重っ?」

 花巻はその重みによろめく。肩に置かれたままの及川の手が、どこにそんな力があるのかと思うような不可視の力で花巻ごと厭魅を壁に縫い付けている。及川は「はいどうぞぉ」と岩泉を振り返った。
 重たい扉が開くような。地鳴りのような。信じられないほど大きい生き物の喉鳴りのような音。岩泉から、正確には岩泉が纏う陽炎のような熱のない熱気から発せられている。

「薬は打つより飲むに限るぜッ!」

 決め台詞なのかなんなのか、岩泉が咆哮と同時に花巻の肩に乗った厭魅を真っ直ぐに殴った。熱のない熱はもはや閃光めいて厭魅の口のあたりを正確に射抜く。レーザー兵器みたいだった。
 破裂音。どこかで聞いたことあるな、と後々思い返してみれば、それは誘蛾灯で虫が灼け死ぬときの音とよく似ていた。コンビニの入り口で時折クソデカ音量でバチンと鳴ってびっくりするような。それの何十倍もの音が響き、菅原は思わず目を瞑る。
 厭魅は悲鳴をたぶん上げたのだろうが、クソデカ破裂音に押しつぶされてろくに聞こえなかった。耳鳴りがするほど静かになって、そこからさらにしばらくしてからやっと菅原は恐る恐る目を開く。
 まず目に入ったのは花巻だった。ウサギみたいに目を見開いて震えている。わかる。俺も同じ気持ち。
 次いで、岩泉。口から煙でも吐いてないのが不思議なくらいの威圧感で、花巻の肩越しに雑居ビルの壁を殴ったままの状態でそこにいた。立ち上っていた熱のない熱は解けつつある。

「はーい、まっつんお待たせ。食べていいよ〜」
「わーい、好き好んでは食べたくない〜」

 たぶん空気読むって言葉を知らないんだと思う。朗らかに響いた二人分の声は、及川と松川だった。及川は花巻の肩に置いていた手を松川に「はいっ」と差し出している。その手には厭魅、だったものが見える。
 先ほどの「餅」のケースから抜き出されたのは、オブラートみたいなものだった。松川はオブラートで厭魅だったものを包んで、気軽にポイと口に放る。しばし欠片も残さないようにアギアギと噛んで、飲み下す。

「不味い、もう一杯はいらない。ごっさんした」
「はい終わり〜、岩ちゃんお疲れ様!」
「これで疲れるような鍛え方してねえんだ黙ってろ」
「うん知ってる知ってる〜。マッキーも菅ちゃんもビックリしたっしょ」

 話の矛先を向けられて、花巻と菅原はしばし見つめあった。たっぷり3度瞬きをしあってから、声を揃えて叫ぶ。

「いや、まず花巻に謝れよ!!!!」
「いや、まず俺に説明しろよ!!!!」



***


「だからぁ、見てもらったほうが早いと思ったんだってば」

 四人は結局マックに来た。菅原が想像できないほどキレ散らかし、花巻に至っては「お前らほんとバーカ!」と泣き出した。二人を落ち着けるためにまず腰を落ち着けられる場所を、と思って、男子高校生に与えられる選択肢はマックか牛丼屋かラーメン屋くらいしかなかった。
 花巻はフルーリーとアイスキャラメルラテとプチパンケーキとチョコパイとシナモンメルツを泣きながらモリモリ食べた。その間にも「ばぁか」「ほんとばか」は止まらなかった。菅原は及川たちに奢らせた倍ビッグマックをこちらもモリモリ食べながら、自分よりテンション高いやつがいるとテンションほどほどになるの法則を感じた。
 というか、理解が追いついた。そりゃ三年一緒に戦ってきた奴らが自分以外でなんかやってて、話が聞けると思ったら壁に縫いとめられてフリとはいえ殴りかかられたら流石に泣く。自分の身に置き換えて考えてみて、菅原は理解が追いついても再び怒りに火がつきそうになる。

「だからってっ、俺ほんとにめっちゃ心配してたのにっ」
「ごめんねーマッキー、いやマッキーほんとに「こういうの」にバカみたいに耐性あるからさあ。あ」
「おい」
「それとこれとがどうイコールになんだよ! 「1+1=ぬ」みたいな話してんじゃねえ!」
「俺ナゲット買ってくる」
「俺アイスコーヒーもう一杯」
「俺ポテナゲ!」
「俺シャカチキ!」
「もーフリーダムすぎて及川さんちょっと泣きそう!」
「1番泣きたいのは花巻だぞ!」
「そうだそうだ! もう塩キャラメルラテはゴメンだからな! 国見だって飲まねえわ!」
「ラドンもそうだそうだと言っています」
「なにそれ」
「小美人。常識だろうが」
「んもー!!!」

 バチギレの菅原とギャン泣きの花巻、悪ノリ症の松川をなんとか席につかせ、フリーダム岩泉の首根っこをなんとか引っ掴みながら及川は事件の顛末を語った。

「あの厭魅、全部俺に向けられてたやつ。内訳はほとんど「次の試合応援に行くから、及川さんワタシのこと見てくれないかなー!」みたいな感じ。呪いって指向性があるでしょ? 俺その向きをいじれるの。クッソ疲れるんだけどね」
「ちょっと何言ってるかわかんないでゲス」
「んで岩ちゃんが殴って柔らかくできて、まっつんが柔らかいものなら大体なんでも食べれるのね」
「そうでヤンスか……」
「人をゲテ食いみたいに紹介すんのやめてもらえるかね。好き好んでは食べないよゲロマズだし」
「普段は本人にお返しするかテキトーに散らしておいて、ヤバくなりそうだったら岩ちゃんに殴ってフニャフニャにしてもらったり、まっつんが固くならないうちに食べちゃうんだよ。マッキーがホイホイ体質だったのは俺たちも気づいてなくて、散らしたと思ってたのがマッキーに寄っちゃってた感じかな。マ今日で全部終わったしあとは問題ないでしょ!」
「それで疲れてたり手痛そうにしてたり飯あんま食ってなかったりしたのかよ……あ待て、お前ら俺にめっちゃ何か乗ってたの見えてたってことだろ? なんで早くやってくんなかったんだよ。てかお前向けならお前ら三人で完結させればいいじゃん」
「やだよ気持ち悪いもーん。バレー集中したいしね。なんで今日になったのかに関してはまっつんから」
「消費者代表の松川でーす。さっきも言ったけど普通に美味いもんじゃないから進んでは食いたくないわけ。お口直しが欲しいわけ。待ちに待って今日になった理由は、今日うちの夕飯がチーズインハンバーグだから。それだけ」
「バーカ!!!!!!!!!」

 花巻が噴火した。「晩飯がチーハンだから」って理由で後回しになってた彼の心中はいかばかりか。花巻はミリだけ残った理性で、ギリ迷惑にならない程度に荒荒しく座席を蹴って立ち上がり、猛然と再びレジに並んだ。松川が「ごめんって〜、ついでに俺もコーヒー買うわ」と後を追い、岩泉に「オラ生産者に敬意を表せや、俺ナゲットな」と言われた及川が「管理者にも敬意ほしいんだけど」としぶしぶ席を立つ。座席には岩泉と菅原が残る。
 はえ〜と唇を突き出している菅原を、岩泉が指先で突いた。向けば、「近寄れ」と指で煽られている。

「これ花巻には内緒な。今クソ川が言ったなかに、花巻には教えらんねえから嘘ついたのが一個ある」

 決して長くはない付き合いだが、それでも意外だなと思わされる声音だった。細く、しかし思いやりのある声だ。菅原は岩泉に耳を向けながら身を乗り出す。

「あいつ、ただのホイホイじゃねえ。ホイホイ成分配合の鉄壁だ。人並みよりかは寄せやすいが、それにも増してダメージ食わねえやつだ。及川が全部乗せてた厭魅、普通の人間が食らったら即頭おかしくなる」
「あー、それは俺も思った。規模のわりにダメージないのかと思ったけど花巻が強いのか」
「寄せ付けといてダメージ無効なんだよあいつ。でも完全無効じゃなくて、スリップダメージは出るみたいでな。俺たちいっつも一緒にいるから、微妙な変化って気づけねえんだ。今回お前が花巻がヤベエって気づいてくれて、俺たちも対処できた。ありがとな」
「……あのさ、一個いい?」
「なんだ」
「……やっぱいいや。システムが出来てんだもんな」
「は? おう。あ?」

 菅原は「なんでもねーって」と言いながら元の位置に戻って笑った。
 菅原が言おうとしたのは「もっと早く花巻に教えてやればよかったのに」「花巻も対応できるようになったら楽なんじゃないの?」だったが、言葉にしようとした段階で、喉が震えなかった。
 きっと花巻は青葉城西の「帰る場所」だ。「忘れずにいるべき正しい尺度」だ。「正常」だ。三人は花巻によって「霊的に脅かされていない状態」を確認し、花巻は正しさを確認した三人によって守られている。こう言ってしまうとビジネスライクに思えるが、その実言葉にしないところで、信仰にも近い信頼や友情がある。
 高校生は友達とずっと一緒にいるためならどれだけ後ろの列を待たせようがカラオケできっちりと割り勘をし、多くはない小遣いで買ったポッキーを分け合い、課題を後回しにして夜中までラインで語り合い、時に疲れることを進んでやり、食べたくないものも食べ、拳を痛めてまでも守る。
 青葉城西には青葉城西の「システム」があるが、それを稼働させているのは、菅原自身と同じく「帰ってくるための場所が変わらずあってほしい」だった。
 菅原が微笑んでいるのを、岩泉は怪訝そうな顔で見ている。菅原が勝手にほっこりしている推察も誤りではないのだが、実は三人は花巻自身に対抗策をとれるようにするためにアレコレしたこともあった。まず見えるようにならねばならなかったが、見えるようになるための霊障をそもそも花巻は全て無効にした。菅原は青葉城西の友情を邪推して胸の内をホクホクさせているが、埒が開かないので結局システムは今日まで来ていることを知らない。

「あーっ、何俺抜きでイチャイチャしてんだよやめろよ、菅原は俺と結婚すんだよ」
「まーた貴大は俺というものがありながら」
「なんですって! この泥棒猫! このポテナゲは及川さんが食べちゃう」
「おい俺に寄越せ及川。ナゲットだけで良いから」
「雪見だいふく半分こしようみたいな横暴じゃん」
「俺松川とよくやるよ。ねアナタ」
「ね。俺たち結婚してるからね貴大」
「もうめちゃくちゃだよ! やめろやめろ!」

 追加を注文に行っていた三人が戻ってきて、座席はさっきまでの内緒話の影も残らぬ喧騒とバーガーの包み紙ですぐにゴチャゴチャになった。

「てか岩泉、殴りかかってくる時のアレなに? かっこよかったんだけど」
「あれゴジラ映画のセリフだよ。メカキングギドラ? だっけ?」
「ビオランテだ2度と間違えんな!」
「メカキングギドラはアレだろ、高速で追いかけてくる未来人が出てくるやつ」
「そうだ。偉いぞ松川よく覚えたな。ナゲット一個やる」
「毎度「ここテストに出るからな!」ってありもしないテスト対策させられながら映画観せられてちゃねー。うわ久々に食ったら美味いわ。もう一個ちょうだい」
「ねえ今度ゴジラもいいけどなんかもっと毛色の違うやつ観ようよ。ないの? ゴジラでロマンスするやつとか」
「怪獣映画にクソみてえな色恋沙汰持ち込んでんじゃねえ。ない事はねえが、持ち込んだ奴から死ぬからな」
「ゴジラって非リアなの?」
「あんだけ映画出てるスーパースターが非リアなわけなくない?」
「うるせぇーッゴジラとくっついていいのはモスラだけだ! この話は終わり!」
「過激派だぁ……」

 喧騒に紛れて、菅原はチラリと花巻を窺い見る。先日の「気まずさ」のようなものは微塵もなく、ただ「三年間連れ添った仲間たちとバカやってるただの男子高校生」であった。
 バカ騒ぎはしばらく続き、やがて松川の携帯に「あんたいつ帰ってくんの?」と連絡が来てやっと会はお開きになった。
 マックを出て別れる直前、花巻が菅原を呼び止める。

「どした?」
「やーね、マァ助けてもらったから。ありがとな、俺のサイドの頼み叶えてもらっちゃって」
「あーいや、別に。俺なんもできなかったし」
「そこは素直に受け取れよ。で、厚かましいけど、メインの頼みがあってさ」
「お」
「俺たちと公式戦でガチで戦ってよ」

 花巻はいたずらっぽく笑った。

「結局俺は何もできないけど、でもあいつらはこれで疲れたり手痛そうにしたり、胃もたれしてそうな顔したりしないんだろ? ほんとに感謝してる。でも、だから、コートで会ったら遠慮ゼロでブチのめす。烏野も全力で俺たちに歯向かってみせて」

 花巻の後ろでは、離れたところから花巻を待つ三人が見えた。三人の顔もまた笑顔である。
 世話かけた。でもそれとこれとは別の話だ。コートで会うなら容赦はしない。目が口ほどに物を言っている。

「たりめーじゃん。俺らも強くなったから。ビックリしてポカンってしてるうちに俺らが勝つからな」

 菅原も笑った。菅原の笑みを受け止めて、花巻は「じゃあまたな」と手を振る。
 北国の秋は短い。もうすぐ全てを平伏させる冬が来る。雪が降る前の、四季でいちばん暗い夜が空を覆っている。花巻たちと別れた菅原は、暗いなかに際立って光る星を見て、足取り軽く帰路を進んだ。


*****


すが☆ : ってゆーオチ
赤葦 : すげえ。映画化まだですか?
海信行 : 縁下くんとかに頼んで作ってもらうか
すが☆ : 縁下にオファー出すなら事務所(俺)通してください〜!
赤葦 : 今の話縁下に映画化してもらいたいんですけど、菅原さんから頼んでください
すが☆ : 縁下にもさんをつけろよデコ助野郎!世界の巨匠縁下だぞ!
赤葦 : 前髪伸ばそ…
海信行 : ひっくり返って笑った
すが☆ : 真顔で打ってそう
海信行 : 失敬しちゃうな
海信行 : にしても、独自のシステムってほんとに聞いてて面白いな。花巻くんのダメージガードが硬すぎて諦めちゃうくだりほんと好き。他人事だから言えるけど
赤葦 : 正直羨ましいです。俺も見えないなら見えないままでいたかったですし
すが☆ : やっぱ見えるようになる方法ってあるんだな〜 そもそもそこがびっくり
赤葦 : 民俗信仰系だと結構出てきますよ 理屈の狂った伝承に則って何かを見るために目や耳を使えなくするみたいな
海信行 : あるらしいなぁ
すが☆ : そうまでして見たいもんなのかね?
海信行 : ナチュラルボーン霊視持ちはそこらへんどうしてもね
赤葦 : ぬるっと面白い単語出ましたね ナチュラルボーン霊視持ち 知らない世界だ…
すが☆ : 赤葦は最近見えるようになったんだっけ?
赤葦 : そうですね 大変忌々しいことに
海信行 : そういえばきっかけとか聞いたことなかったな
海信行 : 無理に話さなくていいけど
赤葦 : そんな生傷でもないのでいいですよ
赤葦 : 霊障受けたんだと思います。高校入学する前に一回高めの熱出して、復活してから「あれなんかおかしいな?」って感じになって、高校入って部活入ってすぐの合宿で足の裏怪我してからガッツリ見えるようになりました
すが☆ : 怪我?
赤葦 : なんか硬いもの踏んだんですよね。その時は「痛ぁ!」っつってそれどころじゃなくなっちゃって、後で探してみたんですけど見つかりませんでした
すが☆ : こわ…
海信行 : こわ…
赤葦 : ファッキンおかげさまで今は委員会をやってます
海信行 : サラッと言ったけど結構な話じゃないか?
赤葦 : そうですよ(全ギレ)
赤葦 : すいませんオバケが1番無理です。なんで日常会話でよく使う単語で釣ってくるんですかね。「すいませーん」じゃないんだもっと申し訳なさそうに言え
すが☆ : あわわわわ…おこだ…
海信行 : 鎮まりたまえー
すが☆ : さぞかし名のある山の主と見受けたがなぜそのように荒ぶるのかー
赤葦 : おぬしにオレが救えるか?!?!?!
海信行 : 鎮まらなかった…
すが☆ : あわわわ…俺たちが全国制覇するまで正気でいて…
赤葦 : 聞き捨てならない
海信行 : 聞き捨てならないな
赤葦 : ウチのエースが全国一になるんでよろしくお願いします チケット通販はこちらです
海信行 : ウチのトサカが表彰台立つんでよろしく ライブビューイングの申し込みはこちら
すが☆ : えーどうしよボケといて何も思いつかん 全員で表彰台立ってウェーイってやるからお楽しみに!
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