うわさ

「変な噂?」

モブリットにそう言われアネモネは作業の手を止めた。

「そう。最近、俺達新兵の間で流れてるって。アネモネはその様子だと耳にしていないんだ」
「うん」

モブリットに目をやると資料の仕分けの手を休めず続けた。
自分も倣いモブリットの続きの言葉を待ちつつ作業を再開した。

「君とエルヴィン分隊長が付き合ってるって」
「な…!?」

アネモネはバッと顔を上げて向かいに座るモブリットの顔を見つめた。
冗談を言っているわけでは無さそうだ。

「…何で、そんな噂が…?」
「ほら、アネモネってエルヴィン分隊長と昔からの知り合いなんだろ?」
「まぁ…そうだけど…。でもそれだけで?」
「後はそれじゃない?」

モブリットはそう言って私の胸元を指差した。

「懐中時計、お揃いに見える」

私は訓練兵の頃から訓練時以外、胸元のジャケットに懐中時計を入れている。
それは確かに、分隊長と同じもの。
だけど、これは。

「これは父上から頂いたものだから、私の意志とかそんなんじゃないよ」
「じゃあお揃いなんだ」
「…そうだけど、」
「それだけ証拠が揃ってた騒がれるよ」
「証拠って…」

呆れすぎて言葉が続かなかった。
この閉鎖的で行動に制限のかかる兵団はその手の話が大好きなようだ。
今年新兵として入ってきた自分もモブリットも、食堂でそんな話で盛り上がる先輩達を何度も見た。

「因みになんだけど、モブリットは誰から聞いたの?」
「ハンジさん」
「あぁ…」

何かすっごく納得した。

「あの先輩の変に吹聴する癖なんとかならないのかしら…」

頭を抱えているとモブリットの後ろのドアがバァン!と大きな音を立てて開く。

「やぁやぁ!2人供悪いね〜!資料整理手伝って貰っちゃって!!」

話題に上がっていたハンジさんが追加の資料を持って入ってきた。
モブリットと揃って立ち上がり先輩に敬礼する。
仕分ける資料、まだあったんですか。

「ハンジさん、お話があります」
「ん?どうしたのアネモネそんな怖い顔して。そうだ、私も君に聞きたいことがあったんだ」
「多分なんですけど、ハンジさんが聞きたい内容と自分が問いたい内容は一致してます」
「え?そうなの?なら話は早いや。で、どうなの?」
「違います。全く根拠の無い話です」

追加の資料をテーブルに置きながらニヤニヤとそれはそれは嬉しそうにハンジさんが聞いてくるのできっぱり答えた。

「根拠ならあるよ。懐中時計でしょ、後は君がお兄さんから持ち掛けられてる見合いの話断ってる点とか」
「これは父上からの贈り物で、見合いを断っているのは自分が新兵だからです。入団1年目から許婚なんている調査兵団員聞いたことありません」

ってかどうやったらそんな解釈になるんだ。

「そうなの〜?じゃあ違うんだ」
「モブリット始め色んな団員に言いふらしていらっしゃるところ誠に申し訳ありませんが、根も葉もない話ですので是非収拾の程お願い致します」
「う〜…分かったよ」

ハンジさんの返事を聞いてモブリットを見ると苦笑いを浮かべ、言い過ぎじゃあ…と目が言っていた。
そんなことは無い、違うものは違うと先輩だってちゃんと言わないと。
資料整理の続きをしようと手元に視線を戻すとドアがノックされた。
ドアが開いて入ってきた人物を見て私とモブリットは立ち上がって敬礼をした。

「エルヴィン、どうしたんだい?」
「ハンジ、悪いが新兵を1人貸して欲しい。明日の会議の資料を…あぁ、君もか」

何時もの表情の無い顔でハンジさんに用件を言っていたエルヴィン分隊長は、テーブルを見て僅かに苦笑した。

「イヤ、急に決まった会議だから!準備間に合わなくてさ〜」
「仕方ないだろう。キース団長の予定が変わったんだ。で、借りても良いか?」
「構わないよ」

ハンジさんの返事を聞いてエルヴィン分隊長は起立したままの私達を見た。

「アネモネ、来なさい」
「はいっ」

呼ばれた私はハンジさんに敬礼をして、ドアから出ていく分隊長を追いかけた。

「…ねぇ、モブリット」
「はい?」
「何でエルヴィンは手前に居た君じゃなくて、奥に居たアネモネをわざわざ指名したと思う?」
「…ハンジさん、さっきアネモネが言った言葉覚えてます?」



※※


エルヴィン分隊長の背中を追いかけ古城の廊下を歩く。
向こう側から先輩の女性兵団員が2人歩いてきた。
先輩達はエルヴィン分隊長を見ると立ち止まって敬礼をする。
それに答えるようにエルヴィン分隊長は軽く頷いた。
私は立ち止まって先輩達に敬礼をして分隊長の後を追った。
すれ違った後、小さくきゃぁ!と湧くような声が聞こえたので後ろを振り向くと、先輩達はこちらを向いて何だか盛り上がっている様な様子だった。

ねぇ、やっぱり?あの噂本当?
なんて声が聞こえてきた。

今すぐに訂正に行きたい、が、分隊長が先に行ってしまってそれは難しい。
自分が立ち止まって空いた分の隊長との距離を埋めようとしたが、チラリと後ろを振り向くと先輩達はまだこっちを見ている。
これ以上の誤解は御免だ、距離をそのままに歩いた。

「アネモネ、手伝って欲しいことだが…」

分隊長が後ろを振り向くが私の姿が見えなく立ち止まる。
慌てて距離を詰めた。

「どうかしたのか?」
「いえっ、特には…!」

分隊長は私を見て、立ち止まっている私達を見ている先輩達に気が付いてそちらに目を向けた。
先輩達は分隊長の視線に慌てた様子で去っていった。

「アネモネ」
「はいっ」
「君は噂事には敏感か?」

何を指しているのか一目瞭然。

「…はぁ」
「その様子だと君の耳にも入ったようだな」
「あの、分隊長…」
「何だ」
「どうして、そんなに平然としていられるのですか…?」

さっきモブリットから聞いた自分は寝耳に水を入れられた様な反応をしてしまったのに。
鉄の心臓のせいなのか。

「ここに何年も居ると噂の渦中になることも珍しくない」

慣れろってことですか。

「そう、ですか…」
「真実ではない噂は直ぐに消えてなくなる。君も疚しくなければ毅然といることだ」
「…畏まりました」
「アネモネ、話を戻すが手伝って欲しいことだが、明日の会議で使う資料の模写をして欲しい」
「承知致しました」
「君は字が綺麗だからな、適任だ」
「ありがとうございます」

確かにモブリットは絵が上手だが字は男らしいもので、読む人によっては見づらい印象がある。
私は昔から教養を受けたせいか、字が綺麗だと良く褒められる。
確かに自分が適任だ。
説明が終わると分隊長はまた歩き始めた。
私も後を追いかける。

「あぁ、1つ言い忘れていたが、アネモネ」
「はい」
「私は今回立った噂は悪いものでは無いと思っている」
「え?」
「良い虫除けになるからだ。暫くは泳がせておいても損は無いだろう」

こちらを向かずに分隊長は言う。
そして歩みも止めないので私は大柄な足に精一杯ついていく。

虫除けって…

「…どっちの?」

首を傾げたところで分隊長の執務室に着いたのでその答えはお預けとなってしまった。


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