髪の毛
「アネモネの髪は綺麗だね〜生糸みたい」
「…あの、ハンジさん…」
「手触りも最高だし、何か手入れしてるの?」
「何も…あの、ハンジさん。手を、避けて頂けませんか」
目の前にはハンジさん、横にはエルヴィン分隊長、そして私は資料の模写中だ。
ハンジさんも会議の資料作りで分隊長の執務室にやって来てて、最初は横に座る分隊長と話をしていた。
何がハンジさんの探求心を刺激したのか分からないけど、ジッと私の顔、正しくは私の顔の横に揺れている肩から上程の長さの髪の毛に興味を持ち始め、しまいには身を乗り出して髪を一房掴んで眺めはじめた。
ハンジさんが身を乗り出したお陰で私が分隊長から頼まれている模写する資料は彼女の肘の下だ、見えない。
「何も手入れしないでこの髪なの?凄いな〜遺伝?ご両親も?」
「…この髪は母上の遺伝です…兄上も同じ髪色なので…。あの、ハンジさん…」
「皆”紅葉みたいな髪色”って表現するのも分かるね。艶が良いから見る角度で色が変わって見えるんだ」
今度は掴んだ一房の毛先を右に左にと眺め始めた、早く飽きてくれないだろうか。
「ハンジ」
分隊長が一声かけた、その声色には『アネモネは今私の資料を模写している所だ、邪魔をするな』という内容が含まれた声だった。
「あぁ。ゴメンゴメン、アネモネは手伝い中だったね」
「それもあるがハンジ、提出する書類は出来上がったのか」
「今やるよぉ〜」
分隊長の一言により無事私の髪の毛はハンジさんの手から解放され、模写する資料も見えるようになった。
…資料にちょっと皺寄っちゃったけど、大丈夫なのかな…。
※※
「分隊長、出来ました」
頼まれていた部数分の模写が終わり分隊長に声をかけると、静かな室内にあぁ。と分隊長の返事が響いた。
さっきまで居たハンジさんは集中力が切れたとか何とか言って分隊長の執務室から出て行ってしまった、ハンジさんの資料はいつ出来上がるのだろう。
「ご確認お願いします」
横に居る分隊長に出来た資料を差し出す。
受け取った資料の模写の紙の上をエルヴィン分隊長の視線が送られる。
「問題無い。アネモネ、悪いがあと5部程頼む」
「畏まりました」
模写した紙を受け取ろうと少しだけ身を乗り出すと、エルヴィン分隊長の視線が私に移った。
そして分隊長の手が私に伸びる。
「…確かに」
「え?」
「綺麗な髪だな、アネモネ」
伸びてきた分隊長の手が私の髪を梳いた。
突然触れられて私は固まる。
「あ、の」
「幼い頃から当たり前のように見ているものだから余り意識しなかった。アドニスもそうだが」
「は…はぁ…」
エルヴィン分隊長の手によって揺れる私の毛先を分隊長は表情無く見る。
分隊長の手は大きくて、モブリットや兄上とは違う無骨な手で、私の顔をすっぽり覆ってしまいそう。
昔は頭を撫でられたり、もっと小さい頃は抱っこだってして貰った、慣れた手の筈なのに。
分隊長と新兵の関係になってからこんな接触は初めてなのでどうしたら良いのか困惑してしまう。
「君の魅力の1つだ」
「魅…力…ですか」
特に意識していない部分をそう言われて褒められているのか、何なのか。
ハンジさんにしろ分隊長にしろ、吸い寄せられるように触れてくる。
私の髪は猫じゃらしか何かか。
「…大人びてきたな」
「へ!?」
流石にこの一言には目を白黒させてしまった。
「そう…でしょうか…」
「あぁ。アネモネもそんな年頃か」
答えに詰まっているとエルヴィン分隊長の手が離れた。
「中断させて済まなかった。再開してくれ」
「…はい」
何事もなかったかのように分隊長は作業を再開する。
私はこれ以上自分の髪が誰かの邪魔をしないよう、下ろしている横髪を耳の後ろにかけた。
一体、何だったんだ、今のは。
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