入団
「ここに第97期生を調査兵団員として迎える!皆敬礼っ!!」
キース団長の号令で俺達と今日卒業を迎えた訓練兵団が一斉に敬礼をする。
人間が1度に同じ動きをする、ザッ!と音が響いた。
「1年で何人減るかな」
隣に立っていたフラゴンが新兵を眺めながらそう呟く。
「減らさないようにするのも俺達の仕事だ」
フラゴンの先に居たミケがそう返した。
2人の会話に耳を傾けながら、俺は1人の良く見知った少女に目を向けた。
アネモネ・ウィスティリア
生まれた時から知っている彼女が何故調査兵団を選んだのか、真意を測りかねていた。
※※
「エルヴィン!」
新兵の訓練の様子を通目で見ていると昔馴染みの声に呼ばれた。
仕立ての良いスーツに身を包み、手をひらひらと振ってやって来る。
「アドニス、何故居る?」
「ここの常駐医に届け物。のついでに見学」
「…ここは関係者以外立ち入りを禁じている」
「俺一応関係者だろ?で、」
同じ位の背丈のアドニスは俺の肩に腕を回してくる。
「俺達の麗しの姫君はどこだ?」
「あそこだ」
指を指せば木々の間から姿を現した。
舞うように飛ぶアネモネ。
「うわっ!すげぇな。あれが立体起動装置ってやつ?」
「そうだ」
「俺達一般市民は中々お目にかかれない代物だ」
アドニスは両手で日除けを作り物珍し気に見つめた。
「97期生が入団して7日か…で、どうだ?」
「何がだ?」
「アネモネの態度だよ。変わらないのか?」
「……あぁ」
入団を迎えたあの日、俺はアネモネに話をかけた。
すると彼女は、まるで今までの関わりが無かったかのような態度を見せた。
強く拳を胸に当て敬礼をした姿は幼くも凛々しい姿。
変わったのは彼女の瞳だ。
琥珀色の目は何も読めないものだった。
彼女が小さい頃、ウィスティリア家に遊びに行った時に見せた懐いた感情は微塵も感じなかった。
「調査兵団に入団する前に顔見せたけど、特に変わった様子じゃなかったけどな」
「ウィスティリアの父上は良くアネモネの入団を認めたな」
「父上、アネモネに甘いから。ほら、生まれて直ぐ流行り病にかかって命が危なかっただろ?それを生き延びたから後の人生、生きたいようにさせてやるんだと」
「…そうか」
「憲兵狙える成績だったのに、調査兵団かぁ。兄としては心配だぜ」
「腕があれば生きられる」
「…それより、エルヴィン」
「何だ」
「新兵でも許婚って居てもいいか?」
「…何だ、突然」
「いや、アネモネももう15だろ」
「まだ15だ」
「そろそろお相手の話なんかもチラつかせたいなぁ〜。なんて」
「…今までの新兵にそんな奴は居なかった。新兵は鍛錬が必要だ、それに覚えることも多い」
「お前どうよ、エルヴィン。アネモネの相手」
「莫迦を言うな、何歳離れてると思っているんだ」
「あ、降りてくる」
アンカーを伸ばしアネモネが地上に降り立ってきた。
着地も安定感がある。
ふぅ。と息をついたアネモネはふと俺達の方を向いた。
「姫君〜。…うわ、こっち睨んだ」
「入団からあんな感じだ」
アドニスはアネモネに向かって手を振った。
睨むように見たアネモネは敬礼をして同期の方へ歩いていった。
背の高い、確かモブリットだったか、彼に話しかけられ彼女は笑った。
「何だよ、俺達だけにあんな顔すんのか。兄として傷つくなぁ」
「緊張してるのかもしれない。暫く様子を見よう」
「あ、そうだ。エルヴィン、アネモネに字名ついたんだぜ」
「字名?」
「”ウィスティリア家の奇人”」
「…兄が変人で妹は奇人か」
「まぁ、傍から見ればそうだろうな。ウィスティリアの家の中で過ごせば命は安全、生活も安泰、見目麗しいから結婚話も来るだろうに、どうしてわざわざ死と隣り合わせの場所に。だとさ」
「そうだろうな」
アネモネとアドニスの家は代々医者を生業にしている。
多くの患者がウォールシーナの貴族達だけあってウィスティリア家はかなり裕福で生活には困らない。
なのに、何故。
俺は再びアネモネを見る。
モブリットに立体起動装置の使い方をアドバイスしているようだった。
自分のグリップを見せながら説明をしている
「…なぁ、エルヴィン」
「あぁ」
「アネモネに何かあったらウィスティリアの権限使って連れ戻すからな」
僅かに変わった声色にアドニスを見れば、笑みは作っているが目が本気だった。
昔から何を考えているか分からない、その割に5手も6手も先の事を常に読んでいる。
アネモネと同じ琥珀色の瞳と紅葉の様な髪色を持つ旧友が俺の返事を待っていた。
「…そうならないよう努力しよう」
アネモネとの距離を掴めてない俺はそう答えるしかなかった。
※※
「痛いっ!!痛い痛いっ!!!」
「暴れないでアネモネ」
「マーガレッタ!もうちょっと優しく…」
同期で同い年の友人、マーガレッタは私の口元の傷口にグリグリと消毒液が含まれた布を圧しつけてくる。
「でも凄いなアネモネ、ミケさんに格闘術で勝ったんだもん。見てた誰もが予想できなかったよ」
「私も勝てるとは思ってなかったよ」
立体起動装置の訓練の後に行われた格闘術の訓練、私は得意ということもあり先輩の男性兵士をドンドンと負かした。
それを見ていたミケさんが相手を申し出たのだ。
180以上の体格と160あるかどうかの私。
正攻法じゃとても勝てないと考えて、ミケさんの攻撃を躱しながら身体の中心部分の攻撃を集中的に行ったら。
勝ってしまったのだ、あの豪腕のミケさんに。
倒れたミケさんを見た見物客、もとい先輩方と同期は皆言葉を失い、私は顔面蒼白ものだった。
「大丈夫かな…?」
「ミケさんが?」
「いや…私のこれからの立場」
「何言ってるのアネモネ、遠慮はするなと仰ったのはミケさんよ」
救急箱に消毒液の瓶を戻しながらマーガレッタが言うが、そうゆう意味で言ったんじゃないような、気もしないでもない。
「私は誇らしいわアネモネ。新兵だって十分兵力になるって先輩方にお見せ出来たんだし。…私も頑張らないと」
「マーガレッタは十分頑張ってるよ」
「そうだよ」
マーガレッタの何時もの癖が始まったのでモブリットと私で否定する。
この子はどうも自分を下に見がちだ。
「でも…2人は立体起動装置が出来て、格闘術も出来るし、勉学だって…」
「マーガレッタは優しい」
「後お裁縫が上手」
「立体起動装置の整備は97期生トップ」
「女性らしい物腰」
「…それ私への当てつけ?モブリット」
「え!?ち、違うよ!」
向かいに座ってるモブリットを睨むと首をブンブン振って否定する。
それを見て横に座っているマーガレッタはクスリと笑った。
「兎に角、マーガレッタはそのままで良いんだよ。ほら、調査兵団は整備を得意としてる団員が少ないって聞いたし。絶対欠かせない団員になる」
「そ。俺達が保証する」
「2人とも…ありがとう」
ふんわりとした金色の髪を揺らして青色の瞳を細め笑った。
「アネモネ!アネモネ・ウィスティリア居る!?」
「はいっ!自分はここに!!」
聞き慣れない声に呼ばれた、きっと先輩だろうと思い大きな声で返事をして立ち上がる。
食堂の出入り口にその人は居た。
「あ〜!居た居た!ねぇ、今ちょっと良い?」
「はい!」
私達の所までやってきたのはハンジ・ゾエさん。
3人揃って立ち上がり敬礼をした。
「さっきの見たよ〜!凄いねっ」
「あ…ありがとうございます」
「ねぇ、どうやって勝ったの!?何かコツがあるんでしょ?」
「コツ、と言いますか…身体の中心部を集中して狙っただけです」
「中心?」
「はい」
私は自分の額を指差した。
「人間というのはどんなに鍛えても、鍛えられない箇所があります。それが身体の中心部です。額・顎・鎖骨・下腹部。この箇所を突けばそれなりの攻撃を与えられます」
説明しながら自分の額・顎・胸・下腹部と順に指を差す。
これはまだ訓練兵団に入る前、幼い頃から読んでいた医学書から得た知識だ。
ウィスティリア家は医者を家業にしているだけあって、その類の書物がわんさかある。
「成程…理屈は分かったけど、でもそれって実戦するの難しいよね?」
「はい。なので…今回のは自分でも正直驚いております」
私の返答でハンジさんは考え込むような仕草をする。
「感慨深いね…非常に興味深い…」
「あの…ハンジさん?」
「滾るねぇ!!!!」
「ひっ」
ブツブツと独り言を言っていたハンジさんが突然奇声のように声を上げたので驚きで喉が引き攣った。
ハンジさんが私の肩をガシッと掴む。
「ねぇ!アネモネ・ウィスティリア!君のことを調べさせて!!」
「………はい?」
「今”はい”って言ったね!!」
「違います疑問形ですっ!」
「決して大柄ではない君がミケを倒したんだよ!?きっとこの身体に何か秘密が…筋肉かな?」
「えっ!?あの、ハンジさん!?」
突然屈みこんだハンジさんが私の太腿を揉み始めた。
許容範囲を超えた行動、もうこれは奇行か、混乱して私は固まってしまった。
「ん〜…確かに細いだけじゃないね。しっかり筋肉も付いてるし、腰はどうかな?」
「ハンジさんあの!こ、困ります…!」
「そんなこと言わずに〜。悪い思いはさせないよ〜」
もう十分してます!とは言えず、呆然と光景を見ている2人に目で助けを求める。
「あ、あの…ハンジさん」
「ん?何だい?」
「アネモネが困っているので余り無理強いは…」
「あ!君、確かマーガレッタだね!!」
「は、はいっ」
「立体起動装置の整備がピカイチだって聞いてるよ」
「ありがとうございます…あの、ハンジさん、手を…止めてあげて下さいませんか…」
マーガレッタと話をしながらもハンジさんは私の身体を触る手を止めてくれない。
「何をしている」
聞き覚えのある声がハンジさんの奇行を止めてくれた。
「あ!エルヴィン!!今ね、アネモネ・ウィスティリアの身体を調べて…」
「悪いが彼女に用がある。またの機会にしてくれ」
「あ、そうなの?何だ残念」
エルヴィン分隊長がそう言うとハンジさんはあっさり私を離した。
支えが無くなって倒れそうなところを、分隊長の手が私の背中を支えてくれた。
「っ!申し訳ありません…」
急いで体制を戻して、分隊長からしっかり距離と取って敬礼をした。
感情の無い表情が、薄い青色の瞳が私を見る。
私も表情を引締め見つめ返した。
「アネモネ、来なさい」
「はい」
エルヴィン分隊長に言われて返事をすると分隊長は背を向けて歩き始めた。
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