事件

エルヴィン分隊長は歩く速度が速い。
昔からそうだ。
大柄で足が長いというのもあるが、1歩が大きいのだ。
視線は自分の足元に向けて、やや早歩きのようについていく。

ふと、自分の視界が兵団のブーツからお気に入りのヒール靴に変わった。
驚いて瞬くと、それは幻のようだったようで消えていた。

昔は、そうだ、昔はロングスカートのワンピースを着て、ヒール靴を履いて分隊長の後ろを歩いていた。
偶の休暇に分隊長はウィスティリアの家に顔を出してくれた。
父や兄と一緒に応接室で紅茶を飲みながら話をしていた。
私は年が離れていたから何の話か分からなったけど、まだ世界が広くなかった私にとって分隊長はとても珍しい話を聞かせてくれる人だった。

遊び来た分隊長の後ろをどんな話を聞かせてくれるのか楽しみな気持ちで歩き。
帰る分隊長の後ろを少し寂しい気持ちで歩いた。

私はそこまで思い出して小さく首を横に振った。

駄目だ、この記憶を調査兵団に持ってきては、駄目。



分隊長が止まる気配がしたので顔を上げた。
ドアの前に立ったまま、多分そのドアが目的の部屋だろうに分隊長はノックせずじっと私を見ている。
私も立ち止まったまま分隊長を見つめ返す。

「アネモネ」
「はい」
「格闘術は良くやった」
「…はい」

返事を聞いたエルヴィン分隊長はドアをノックした。
入れ。と返事が聞こえ分隊長がドアを開ける。
そのドアには『団長室』と表記されていた。

「団長、アネモネを連れて参りました」
「ご苦労だったエルヴィン」

分隊長に続いて団長室に入るとキース団長が迎えてくれた。
机の前まで行き敬礼をした。
エルヴィン分隊長もドアを閉めて敬礼をしする。

「悪いな、こんな時間に呼び出して」
「いえ」
「ここの生活には慣れたか?」
「はい。先輩方も良くして下さいます」
「今日はミケを負かしたらしいじゃないか」
「…偶々です」
「君が言う偶々は私達調査兵団には致命傷だ。相手が君じゃなく巨人だったらミケは今頃死んでいるだろう」
「…仰る通りです」
「それでだ、アネモネ・ウィスティリア」
「はっ!」
「そんなに畏まるな」
「しかし…」

私の態度を見たキース団長が苦笑いを浮かべた。

「今日は調査兵団が君の家にお世話になっているから、その礼も兼ねて来て貰った」


自分の体温がスッと下がっていくのが分かる。


「君のお父様には寄付金を長期間頂いていている。調査兵団としてはとても有り難い」

あぁ、やっぱりな。心の中で思う。

「君の耳にも入っているとは思うが調査兵団は常に資金難だ。活動内容が特殊な分、募っても中々集まらない。君が調査兵団に入ったことで…」
「お言葉ですが」

団長の言葉を遮り発言するとキース団長も、視界の端に見えるエルヴィン分隊長も驚いたような態度を見せた。

「調査兵団への寄付金に関しては父が勝手にやっていることです。自分は関係ありません」

言いながら思う、あぁ、何て自分の発する言葉に温度が無いんだろう。
まるで学生が教科書を読み上げている様な口ぶりだ。

「…そうか」

団長は私の顔を見て目を伏せた。

「話は終わりでしょうか?」
「…あぁ、もう戻って良い」
「承知いたしました」

敬礼をしてドアに向かう。
エルヴィン分隊長と目が合い、分隊長にも敬礼をして退室した。
廊下を歩いていたが身体から力が抜けそうになって、立ち止まって近くの壁に手をついた。

「…………はぁ〜…」

家が嫌いな訳では無い。
家族とも上手くやってる。
でも、それと私が調査兵団に入ったことを一括りにして欲しくない。
今ここに居る私は兵団員、兵士なのだ。
私の意志で入ったのだ。
何時か言われるであろうことが、まさか団長からだなんて。

「…本当に、私これから大丈夫かなぁ…」



※※



「アネモネ・ウィスティリアは規律が少し足りないな」

キース団長がアネモネが出ていったドアを見ながら言う。

「それに関してはこれから叩き込んでも問題無いでしょう」
「そうか。彼女は久しぶりに骨のある団員だ。しっかり育てろ」
「はい」

彼女は、アネモネは昔からそうだった。
違うということは違うと意思表示しないと気が済まない性格。
連帯責任のこの調査兵団ではそれは”規律が無い”と評価される。
訓練兵団を3年過ごしているから、その面は心配無いだろう。


彼女の言葉を反芻する。
『自分は関係ありません』、家族の行いをそう表現した。
突き放す訳ではなく、憎んでいるわけでも無い。
アネモネの声色は、琥珀色の瞳と同じく”読めない”。
何を考え、その結論に至ったのか。
どんな感情で言葉を紡いだのか。
変人と呼ばれる兄に少し似てきたのか。


「エルヴィン」
「はい」
「私に何か用事か?」
「長距離索敵陣形の改正案が出来たのでそれを見て頂きたく」
「…分かった。持ってこい」

キース団長の返事に敬礼を返し退出した。



※※



「あ、おかえりアネモネ。なんの用だった?」

食堂に戻ればモブリットが書物を読んでいた。
その向かいに腰をかける。

「家のこと…」
「あ〜…。それはご苦労だったね」

すっかり疲れてしまった私を見てモブリットは労わってくれた。
モブリットには訓練兵団に入った当初から私の考えを話していた。
理解力の高いモブリットは私の考えを受け入れて、尊重してくれた。
マーガレッタもだ。

「…あれ?そういえばマーガレッタは?」
「立体起動装置の整備に行くって言ってた…随分時間がかかってるな…」
「…嫌な予感がする」
「俺も行くよ」

さっき座った椅子から立ち上がり、立体起動装置の保管室へ急いだ。





「…やっぱり」

保管室へ続く廊下の丁度端、人目につかない場所に数名の兵団員が見えた。
誰かを取り囲んでいる様に見える。

「あ、あの…困ります…!」
「え〜、だってマーガレッタちゃん、娼家の生まれなんでしょ?」
「何人相手にしてきたの?」
「俺達の相手もしてくれるよね?」

自分でも分かる、こめかみに青筋立ってるの。
聞いてるだけで気分が悪くなるような言葉を大事な友人に投げかけている先輩方に早足で近づく。

「アネモネ…!程々にな…!」

小さな声でモブリットが言うけどその保証は出来ないな。
先輩方の後ろに立って1人の肩を掴んだ。

「あ?何だ…アネモネ・ウィスティリア…」
「先輩方、私の同期に何かご用ですか?」

殺気を隠さず尋ねるとマーガレッタを囲んでいた兵団員がたじろいだ。

「自分、今日、格闘術でミケさんに勝ったんです。その腕をお披露目する良い機会のようですね」

拳を掌で叩いてみせると、ヒッ!と情けない声を上げて先輩方は去っていった。

「ふんっ!」
「アネモネ…」
「大丈夫だった?何かされなかった?」
「何も…ありがとう、モブリットも来てくれたのね」
「ゴメン、マーガレッタ。僕がもう少し早く気が付いていれば」
「ううん。良いの」
「本当に男って奴…あ、モブリットは別ね。男って奴は!!馬鹿の一つ覚え!!」
「わざわざフォローありがとう、アネモネ」

怒りを隠せない私の言葉にモブリットは苦笑いを浮かべた。


マーガレッタは先輩方が言った通り、都の地下街にある娼家で生まれた子だ。
だけど、孤児を保護する活動している牧師様に出会って、地上に出て、教養を受けて訓練兵団に入った。
本人は必要以上に言わないし、私もモブリットも口外していないのに、どこから噂を聞いたのか集るのだ、さっきみたいな輩が。
訓練兵団の時も同期でそんな奴が居て、私が蹴散らした。
実は私とマーガレッタが仲良くなったきっかけってそれだ。



「先輩方の顔もっとちゃんと見ておけば良かったな〜。マーガレッタ、名前とか分かる?」
「良いよアネモネ…もう慣れたし」
「慣れちゃ駄目だよ!いい、マーガレッタ。私達は調査兵団員なの。性欲丸出しの奴らの世話が仕事じゃない」
「分かってるよ。でも、私の力不足も原因だから…」
「そんなこと無いよ」
「あるわよ。だって、アネモネが来たら飛ぶように逃げちゃったじゃない…」
「まぁ、アネモネはちょっと別次元なような…」
「何か言った?モブリット?」
「ううんっ!」
「兎に角!続くようなら分隊長クラスの先輩に報告するからね、良い?」
「…分かったわ」

マーガレッタは困ったように笑う。
ほら、また彼女は自分を下に見ている。
だから私とモブリットが違うよって言ってあげる。
訓練兵団に入って仲良くなってからの3人の決まり事みたいなもの。

「それより整備は終わったの?」
「あ、うん…もう大丈夫」
「じゃあ部屋に戻ろう。そろそろ風呂に入らないと」
「そうね、新兵だから急いで入らないと怒られちゃう」

モブリットの提案に私が同意して、廊下を歩き始める。
後ろを歩いていたマーガレッタが突然私の服を掴んだ。

「アネモネ」

小さな声で呼ぶ。
私の前を歩くモブリットに聞かれたくない話なのか、私も小さな声でどうしたの?と返した。

「明日、訓練の前に必ず立体起動装置を見て」
「え?」
「必ずよ、約束して、お願い」

マーガレッタは今まで見たこと無い、焦りとも懇願ともとれるような表情をしていた。
少し困惑したが、きっと立体起動装置について何かアドバイスがあるのだろう。

「うん、分かった」

小さな声で返事をするとマーガレッタはホッとした表情に変わった。

「ありがとう…アネモネ」
「…え?」
「2人供!どうしたの?」
「いいえ!何でもないわモブリット!」

私の横をすり抜けてマーガレッタはモブリットに並んで歩いていった。
私もその後ろを追う。
ちょっと、様子がおかしいような気がしたけど…。

「明日の訓練は何かしら?」
「立体起動装置の訓練時間減らして座学増やして欲しいな〜」
「私も」

なんて他愛のない話をする前の2人は何時も通りで、私の思い違いかと結論付けた。



※※



深夜につんざく様な悲鳴が響いた。
私をはじめ同室の皆が起き上がりランタンに火を灯す。

「何!?」
「新兵はここに居なさい」

混乱する暗い室内で先輩兵士が私達新兵の待機を命じた。

「何だろ…ね、マーガレッタ…マーガレッタ?」

隣のベットにランタンを向けるともぬけの殻だった。

「マーガレッタ?何処かに居るの?」

寝室に当てられている部屋を見回してもマーガレッタの姿は無かった。
ベットから出て部屋のドアに居る先輩の方へ向かう。

「すみません、同期が見当たらなく…」



ドアの先、廊下のすぐそこ、他の兵士のランタンに照らされたそれは転がるように倒れていた。
首が掻っ切られ、血を流し、仰向けで寝ている。
青い瞳がこちらを向いていた。
命が失われた瞳と目が合った。



「マー…ガレッ…タ…?」



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