勘違い

演習場の入口にて森の奥を見つめながら帰りを待つ。
立体起動装置の動く音が段々と近づいてきた。

「…ん?」

聞こえてくる音がやけに少ない。
と思っていると、私が立っているすぐ横の木の幹にアンカーが刺さった。
幹に垂直でリヴァイが着地する。

「…リヴァイ君」
「何だ」
「他の…新兵達はどうしたの?」

今、演習場で行われているのは、新兵の実践に近い立体起動装置の訓練だ。
巨人に模した張りぼてのどれを回避し、どれを討伐するか、新兵達に判断をさせつつ、最奥から入口まで移動する、という内容。

リヴァイは私の指摘に自身の後ろを振り返り、そしてまた私を見た。

「居ないな」
「まさか…置いて来たの?」

新兵はまだ演習場の地形を把握していない。
下手したら、調査兵団舎内の演習場で迷子、なんてこともある。

「………ガキが俺について来れねぇだけだろ」
「今の間、何。言い訳考えてる時間があったら迎えに行きなさい」

私は演習場の奥を指差した。

「あれ、ワイヤーの音が聞こえる…」
「ネスの班か」

ワイヤーの音が私達の頭上に移動した。
見上げるとネスさんを先頭に新兵達が木の枝に続々と到着した。

「おいっ!リヴァイ!!お前自分の新兵置いていっただろ!」

ネスさんの後に続いた新兵には、リヴァイに託した顔ぶれが。

「ネスさんっ!すみません!!」
「アネモネが謝るこたぁねぇよ!」
「おい新兵、遅い。巨人に喰われてぇのか」
「リヴァイ…」

凄みをつけて睨まれた新兵達が震え上がっちゃってるじゃない…。

「しっかり面倒見ろよ!新兵達が壁の外で生き残れるかは俺達にかかってるんだからなっ!」
「はいっ!ありがとうございました!ってリヴァイッ」

私がネスさんにお礼を言っている隙にリヴァイはさっさと兵団舎に歩いて行ってしまう。

「もう、どこが面倒見が良いのよ…」
「あの…アネモネさん…」

申し訳なさそうな声に呼ばれると、木の枝から降りてきた新兵達が指示を待っていた。
そうだよね、教育担当が先に行っちゃったら何して良いか分からないよね。

「今日はここまでにしましょう。皆、立体起動装置のメンテナンス後、各自の部屋にて待機」

はっ!という威勢の良い声で返事をして、一斉に私に向かって敬礼を見せてくれる。
私はその初々しい敬礼に頷いてリヴァイを追った。

「私も敬礼される側になったか…」

何だか感慨深いな。

「あ!居た…」

兵団舎に行ってみると、水飲み場でリヴァイが顔を洗っていた。

「リヴァイ」

呼ぶと顔を洗う手を止め、拭きながら振り返る。

「何だ」
「あれは良くないと思うな」
「何がだ」
「新兵達の扱いよ。もっと丁寧に接して欲しい」

そう言って私は腕を組み、返事を待った。
リヴァイは拭いた手ぬぐいを見つめ、言葉を探すように考えている。

「アネモネよ」
「何」
「丁寧に接して、新兵は育つのか」

投げかけられた問いに、私も少し考える。

「…私は育つと思っているよ」
「…そうか」

返事の少しの間が、私とリヴァイの考え方の違いを理解させた。

「リヴァイは違うと思うの?」
「…違う、と言うより、分からねぇ。の方が近い」
「分からない…?」
「俺はずっと、荒々しさの中で生きてきた。だから、お前の言う丁寧というやつが、有効かどうかが想像出来ない」

ふむ、それは一理有るな。
経験が無ければ、倣うことは出来ない。

「じゃあ、リヴァイ」
「何だ」
「リヴァイがここに来た時の、私の教え方を思い出してよ。あれ、丁寧にしたつもりだよ」

今度はリヴァイは考え込む。

「…確かに悪くない」
「でしょ?」
「だが、俺には無理だ」
「え?」
「あれは多分だが、お前だから出来る芸当だ」
「そう…かな?」
「あぁ、そうだ」

納得出来るような、出来ないような…。

「この話は終わりだ」
「リヴァイの答えを聞いてないよ」
「何の答えだ」
「新兵に丁寧にしてって話しの答え」
「努力はする」
「う〜…ん」
「今の俺からはこれ以上の答えは出ない。納得しろ、アネモネ」
「…分かった」

結局、私が折れる形で治めるしか無いのか。

「ところで、新兵どもはどうした」
「兵団舎に帰らせたよ。時間も時間だし」

私は翼の紋章がついた上着の胸ポケットから懐中時計を取り出した。
確かこの後、新兵は座学だ。
再度演習を行う程時間は残っていない。

「…おい」
「どうしたの?」
「変えたのか」
「え?…あぁ、これ?」

懐中時計から下がる紐が鎖のものに変わったのに、リヴァイも気が付いた。

「うん、そうなんだ」
「…どこかで見たようなデザインだ」
「エルヴィン分隊長じゃない?」
「………あぁ、そうだ。エルヴィンが付けていた。同じものなのか」
「実は、エルヴィン分隊長に買って頂いたの」
「あ?」

返ってきた返事が思いの外低く、大きな声で少し驚く。

「ど、どうしたの…?」
「何故あの野郎がお前に買い与えた」
「リヴァイ、言い方。それが…この前資料探しの時に分隊長、懐中時計の鎖購入されたんだけど、今までの礼をさせてくれって…言われ…何でそんな怖い顔してるの」

経緯を説明しているだけなのに、まるでこれからブレードを抜いて巨人討伐にかかりそうな表情。

「何故断らなかった」
「は?」
「必要なければ、断ればいい」
「人の謝意を無下には出来ないよ。と言うか、何で受け取ったことをリヴァイに責められないといけないの」

この状況、おかしくない?

「お前がエルヴィンから謝礼を受け取ったからだ」
「感謝の気持ちは大事だよ。気持ちを形にしたいって分隊長は買って下さったんだから」
「形…か」
「リヴァイ?」
「アネモネ。この後時間はあるか」
「時間?うん、空いているよ」

今日の予定は新兵の演習を見る位。
他の予定は入ってないから、この後夕飯の時間までは空いている。

「じゃあ、付き合え」
「どこか行くの?」
「仕立て屋に頼んでいた服を取りに行く」
「そんなに多いの?」

1人じゃ持ち帰られない程、頼んだのかな。

「…あぁ、そうだ」
「そういう理由なら付き合うよ」


※※


リヴァイに連れられて来たのは、兵団舎に近い仕立て屋さんだった。
私は頼んだこと無いけど、前にモブリットが仕立てが丁寧なんだ。って言ってたな。
ドアを開けてお店に入ると、ドアに付いていたベルが鳴る。
その音で奥に居た紳士が出てきた。

「これはこれは、リヴァイ様。お時間通りで」
「服は出来ているか」
「ご用意致しますのでお掛けになってお待ちください」

店主は側にあった上品なソファーを手で指し、店の奥に向かった。

「座らないのか」
「付き添いだけど、座って良いの?」
「構わん」
「分かった」

空いているリヴァイの隣に腰を下ろした。

「良いお店だね」
「扱っている生地が良い」
「気に入っているんだ」
「あぁ」
「リヴァイは私服に拘りあるものね」
「お前は私服にもう少し頓着をしろ」
「訓練兵になってから私服着る機会がめっきり減っちゃったから…」

リヴァイの意見はご尤もで私は空笑いをして誤魔化した。

「ズボン以外は履かないのか」
「スカート?ウィスティリアの家に居た時は良く履いていたんだけど、今は持ってきてないんだ」
「ドレスは」
「そんなのいつ着るの」

兵団員が私服にドレスって…。

「お待たせしました」

店主が服が数着持って戻ってきた。
近くにあったハンガーラックにかける。
…あれ、そんなに数が無いな。
これ位の量ならリヴァイ1人でも持ち帰れそうだけど…。

「仕上がりの確認をお願い致します」

そう言われるとリヴァイはハンガーラックの元に行き、服の仕立てを確認する。
…慣れてるな。

「…問題無い」
「1着、試着されますか」
「そうだな、頼む」
「畏まりました」

ハンガーから1つ持ってリヴァイは奥の個室に入っていった。
話し相手が居なくなっちゃったから暇だな。
私は改めてお店の中をぐるりと見回す。
紳士服だけじゃなく、婦人物も置いてある。
私も今度、仕立てて貰おうかなぁ…。

「…わ、綺麗…」

婦人物の場所に、装飾品が置いてあるテーブルを見つけた。
立ち上がって近くで見てみる。

「ピンズにブローチ…お洒落だなぁ…」

ガラスで装飾された色とりどりの飾りがキラキラしている。

「未成年の私にはまだ早いかな…」
「気に入ったものはあったか」
「わぁ!」

突然後ろから声が聞こえた。

「リヴァイ!出てきたなら声かけてよ!」

ただですら、いつも気配消してるから分かりづらいのに!

「あ、そのシャツ、良いね」

リヴァイはまだ仕立てたシャツを身に着けていた。
リヴァイの細い身体に良く合っていて、仕立て屋さんの腕の良さが分かる。

「奥様、旦那様のシャツ、いかかでしょうか?」

店主が声をかけてくる。
私は内容を頭の中で噛み砕き、念の為後ろを振り返った。
店内に居るのは私達だけ。

「お前に言ってるんだ、アネモネ」
「え!?」

ビックリし過ぎて目を見開く。

「違います!!そんな関係じゃありません!!只の仕事仲間です!!」
「それはそれは、大変失礼致しました。余りにも良い雰囲気でしたもので…」

良い雰囲気って、何。

「それで、どれを買う」
「…どれ?」

何を買うって??

「その装飾品の中で気に入ったものは無かったのか」
「…??リヴァイ、何の話?」

装飾品を買う、なんて話してないよね…。
元々私、ここには荷物持ちで来てるし…奥様と間違われたけど。

「気に入ったものがあったなら買ってやろう」
「えっ!?良いよ、こんな大人な代物、私にはまだ早いよ」

胸の前で手を横に振って断ると、リヴァイの眉間に僅かに皺が寄った。

「…おい」
「ん?」
「エルヴィンからのは受け取って、おれからのは受け取らねぇのか」
「分隊長…?」

ここでやっと合点がいった。

「はは〜ん…」
「何だ」
「リヴァイ君。私にお礼を渡したくて、ここに連れてきたんだね」

なるほどなるほど。

「だから急に付き合えとか言ってきたんだね」

服の量も少ないし、受け取りは私を誘う口実だろう。
リヴァイは私を少し見つめてきて、目を伏せた。

「だったら何だ」
「何で少し怒ってるの」
「お前が要らないとか吐かすからだ」
「違うよ。今の私にはまだ早いって言ったんだよ」

ここに置いている装飾品は茶会や夜会に身に着けるような代物。
今の私には機会が殆ど無い。

私の言い分に納得したのか、リヴァイは目を伏せたまま、そうか。とたけ呟いた。

「納得した?じゃあ、服を引き取って兵団舎に戻ろう」

返事の代わりにリヴァイは奥の個室に戻っていった。

「先程は失礼を」

店主が私に声をかけてきた。

「いいえ、お気になさらず」
「リヴァイ様にお連れの方は?と訊ねた所、大切な方だとお答えされましたので、てっきり奥様かと…」
「…あ〜…」

それは、間違った解釈しちゃいますよね。

「多分、リヴァイは大切な仲間って意味で言ったんだと思います」
「そうでしたか」
「彼の言葉足らずですね。いつものことです」
「帰るぞ」

着替え終わったリヴァイは私に声をかけてきた。


※※


店を出て、連れてきた馬に荷物を付けると、リヴァイは待ってろ。と私に言って行ってしまった。

「まだ買うものがあったのかな…?」

自分の馬の頬を撫でながら待っていると、リヴァイは直ぐ戻ってきた。

「やる」

手に持っていた箱を私に突き出す。

「…何?」

受け取って開けてみると、お菓子が入っていた。

「わぁ…!美味しそう!!」

思わず頬が綻んだ。

「これ全部貰って良いの?」
「あぁ」
「ありがとう!へへ、兵団舎帰ったら食べよ」

思わぬ贈物に気分が上がる。
そんな私を見て、リヴァイが珍しく頬を上げる。
そして私の頭を徐に撫でてきた。

「お前は色気より食い気か」
「…子供扱いしてない?」
「俺から見たらガキだろ、アネモネ」
「年齢的にはねっ。でも、調査兵団としては先輩だからね」
「そうだな、あぁ、そうだ」
「…ちょっと、今の適当な返事。ねぇ、私のことあしらったでしょ」
「帰るぞ」
「リヴァイ!あしらったわね!」
「早く馬に乗れ。それ食うんだろ」

そうだけど!子供扱いされたの、何か悔しい!!


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