贈物

「付き合わせて済まなかった、アネモネ」
「いいえ。いつでもお手伝いします」

目的の書物が入手出来た。
古書店には調査兵団の兵団舎まで運んで貰うよう頼んだので、大きな荷物も無くお店を後にする。

「良かったですね、分隊長。あの書物、絶版ですよ」
「アドニスも同じことを言っていた。随分探したが、苦労した甲斐があった」
「そうですね」
「アネモネに手伝って貰ったお陰で、随分と時間を短縮出来た」
「本探しはウィスティリアの家で幼い頃からやっていたことなので、得意なんです」
「改めて礼を言おう」
「お役に立てて何よりです」
「さて、このまま兵団舎に…」
「どうされました?」

エルヴィン分隊長は胸ポケットに仕舞った懐中時計を出した所で言葉を切った。

「…いつの間に」
「え?」
「懐中時計の紐が切れている」
「えっ!」

そう言って差し出された紐は、確かに普段輪になっている紐が切れて2本になっていた。

「兵団の制服なら良いですが、正装時には不便ですね」
「あぁ。服のどこかに留めないと落としてしまうな」
「…そうだっ!分隊長、これから見に行くのはどうでしょう?」
「これからか」
「はい。古書店巡りも終わりましたし、兵団舎に戻るまでまだ時間に余裕があります。この辺りは商店が並んでいますし、丁度良いと思いますよ」

エルヴィン分隊長は多忙だ。
昨年、長距離索敵陣形の運用が始まってからは更に。
次、こんな風にぽっかりと時間が、この商店が並ぶような場所で空くかなんて分からない。
もしかしたら無いかもしれない。
丁度良い機会だ、下僚としては少し仕事から離れてゆっくりしてもらいたい。

「いかがでしょう?」
「…そうだな。空いた時間に探してしまおう」
「それが良いです」
「一緒に探してくれるか」
「私が、ですか?」
「兵団舎までは馬車だ。君も時間が空いているだろう」

ゆっくりして欲しかったんだけど、下僚の私が付いていって良いものだろうか…。

「それとも別の用事があるのか」
「いいえっ。それはありませんが…」
「なら、もう少し俺に付き合ってくれ」

そう頼まれちゃうと、断れないな…。

「承知いたしました」


※※


「分隊長、ありましたよ。時計屋さん」

商店の並びを歩いていると、手頃なお店が目に入った。
重い木の扉を開くと、沢山の時計が迎える。

「凄い数…」

木の扉を閉めると、外の音が遮断され、時計のゼンマイの音だけが店内に響く。
違う世界に来たみたい。

「置時計に掛け時計…あ、ありましたよ、分隊長」

並んだ時計の棚の隣に、懐中時計の付属品が並ぶ棚があった。
分隊長は私に並んで物色を始める。
改めて店内を見渡す。
棚には置時計、壁には掛け時計、全部が1つ1つ動いて、ゼンマイの音のハーモニーが生まれる。

「いらっしゃいませ」

静かな声が私にかけられる。
お店の奥から店主と思われるご老人がやってきた。

「今日はどのような物をお探しで?」
「懐中時計の装飾品を」
「そうでしたか。どうぞごゆっくり」
「はい」

ご老人は、まるでこのゼンマイの音に邪魔にならないように声をかけてくる。
会釈をするとご老人は店の奥に戻っていった。

「アネモネ。これはどうだろうか」

エルヴィン分隊長に声をかけられ目を向けると、鎖の形の物を手に持っていた。
太過ぎず細過ぎず、シンプルで、懐中時計のデザインを邪魔しない見た目だった。

「それなら、タキシードや燕尾服にも合いますね」
「あぁ」
「分隊長が気に入られたのでしたら、それが良いかと」
「そうだな。そうしよう」

そう言って分隊長はその鎖を2本手に取った。
2本も買うのかしら。
デザインが余程気に入ったのかな。

「店主、これをくれ」

分隊長が声をかけると、ご老人が再び店内にやって来た。

「お決まりですかな」
「あぁ。ここで付けてくれるか」
「もちろんでございます」
「アネモネ」
「はい」
「時計を持ってきているか」
「は、はい…」
「出しなさい。一緒に付けて貰おう」

そこで2本持っていた意味が分かった。

「いけません、分隊長…!」

私の分も買おうとしているんだ。

「私のはまだ紐が切れていません。使えます」
「だが、紐は切れ易い。変えておいた方が良いだろう」
「いいえっ。私のは変えて頂かなくて結構です」
「アネモネ」
「ご命令しても承服しかねます、分隊長」

分隊長がちょっとだけ圧を出してきた。
2年間、上官と下僚として過ごして分かってきたんだけど、分隊長って従って欲しい言葉の後には圧が出る。
なので私もそれなりの躱し方を覚えてきた。

「制服は着ていますが、今は職務中ではありませんので、ご命令は出来ませんよ。分隊長」

懐中時計の入っている上着の胸ポケットを上から両手で隠して、拒む姿勢を崩さずにいると、分隊長は困ったように息を吐いた。
そんな、駄々っ子を見るような目で見ないで下さいっ!

「アネモネ」
「頂けないものは頂けません」
「ならば、君が受け取る理由があれば良いんだな」
「り、理由ですか…?」
「あぁ」
「…どのような?」
「2年分の礼をさせてくれ」
「お礼…?」
「俺についてきてくれた礼だ。させてくれないか、アネモネ?」

分隊長の言葉にうっ。と詰まる。
それを受け取らないと言えるほど、私、非情にはなれない…。

「…分隊長」
「さぁ、出しなさい」
「その理由は卑怯じゃありませんか?」
「卑怯でも構わない。君がその胸ポケットから懐中時計を出してくれるなら」

ここでも出るのか。
手段を選ばない男、エルヴィン・スミス。

「…私が断りづらい理由を持ってくるなんて」
「君が最初から素直に出してくれれば良いんだ。さ、店主を待たせている、出すんだ」

こんな形で分隊長から何かを頂くなんて不本意だ。
しかし、ご老人も待っているし、何より、今までの労いを形にして贈りたいと分隊長は言ってくれている。
私は胸ポケットから懐中時計を取り出した。

「…お願いします」

ご老人に差し出すと、ニッコリと顔に皺を寄せて微笑んでくれた。


※※


「アネモネ」
「…まだ怒っているのか」
「…返事をしなさい、アネモネ」

それでも私は帰りの馬車の中、窓の外を見ている。
分隊長の仕方ないな。というため息が聞こえた。

「次、同じようなことがあっても受け取りません」

そっぽを向いたまま言う。

「何故だ」
「何故って…労う団員は私だけでは無い筈です」

同期も、先輩も、後輩も、皆心臓を捧げ、民の為に命をかけている。
私だけ貰うのは不公平だし、変な話だ。

分隊長の目を見て言うと、少し驚いたような表情をした後、目を細めた。

「そうだな。君の言う通りだ、アネモネ」

分隊長はふむ。と考える仕草をする。

「ならば、皆に菓子でも買っていってやろう」
「労いのお菓子ですか?」
「あぁ。流石に皆に装飾品を買う金は無いからな」
「それはいい案ですね」
「確か途中にあったな、焼き菓子の店が」
「はい。馬車を止めて買いましょう」
「皆の分か…結構な数になる」
「皆喜びますよ。調査兵団の資金だと、中々お菓子まで配給出来ませんし」
「士気が高まるなら安い買い物か」
「贈り物は値段ではありませんよ、分隊長」
「俺から贈って団員は喜ぶか」
「勿論ですっ!団員は皆、分隊長を慕っております!」

沢山のものを背負い、それをおくびにも出さず、調査兵団を導いてくれる。
分隊長の背中を皆、私も含め、尊敬の目で見つめているんだ。
そんな気持ちが出てしまい、前のめりで言うと、分隊長はフッと凛々しい眉を下げて笑った。

「中々気恥ずかしいな」
「そうですか?分隊長が受け取って良い称賛だと私は思いますよ」
「そうか。…そうだな、そうしよう」

噛み締める様に、目を閉じて返事を返してくれる。
その分隊長の長い睫毛を見つめながら、私の心も温かくなった。
さて、皆に買う焼き菓子、どれ位の量になるのかしら。
馬車で来て正解だったな。


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