2019 Milky way(Erwin)
資料室の重い扉を開いて外に出る。
「やっと…終わった…」
今日は1日、今度エルヴィン団長が王都に提出する書類に必要な書物を探していた。
タイミング悪く、リヴァイも、ハンジさんも、モブリットも、外出だった為殆どを1人でこなさなければならなくなった。
お陰で丸1日資料室に缶詰だ。
「あっつ〜…」
換気の悪い部屋に居たので、汗もかいたし埃も被った。
早く団長室に届けて湯に入ろう。
両手に抱えた資料を持ち直し、歩きはじめた。
「…あれ?」
もうすっかり夜だというのに、外が明るく感じる。
薄暗い室内に長時間居たせいかな。
徐に上を見上げる。
「ぅわっ…!」
晴れた夜空には満天の星空。
その中に、まるで河の様に流れる星たち。
「今日は天の川の日か…!」
昔、この星空をモチーフにした恋愛小説を読んだことがある。
平民の男性と貴族の女性、身分違いの2人が恋に落ち、逢うことすら難しく、年に1度だけ、星が天の川の様に見えるこの日に約束の場所で合おう。
そんな内容だった。
「そういえば…」
あの小説、ラストは何だったっけ…?
ハッピーエンドだったか…バットエンドだったか…。
そう考えながら歩いていると、目の前に持っていた書物が数冊、誰かに持ち上げられた。
「エルヴィン団長っ!」
「遅かったな、アネモネ」
「1人であの量の資料探すの、流石に時間かかりますよ」
「全部見つかったか」
「はい。滞りなく」
「そうか。助かる」
「団長、あの…持てますので」
「いや。俺が持とう」
話している間にも、エルヴィン団長は私の両手から書物を自分の手元に移す。
「駄目です。下僚が上官にお荷物を持たせる訳にはいきません。渡して下さい」
「強情だな」
「どっちがですか」
団長の両手に移動した書物を今度は渡した自身の手に移す。
「アネモネ」
「何ですか」
「これをしていたら、ずっと団長室には行けないぞ」
指摘に、書物を移動させていた手が止まる。
その隙に団長はさっさと歩き始めた。
慌てて後を追う。
「団長、困ります」
「何が困ると言うんだ」
「探した書物を団長に届けるのは私の仕事です」
「もう渡しているじゃないか」
「そういう意味じゃ無いです…!」
今日の団長はいつにも増して問答を求めてくる。
「…団長、今日は上機嫌ですね…」
「そう見えるか?」
「随分と饒舌です」
「そうか…そうだな」
私の言葉を噛みしめる様に理解したような返事が返ってくる。
「久しぶりだからな」
「…何が、ですか…?」
「君と2人きりになる日は。最後はいつだったか?」
そう問われ、思い返す。
新兵の頃は、何かと分隊長時代の団長に呼ばれ、2人きりというのは良くあった。
2年目以降は…。
リヴァイが居たり、リヴァイが居たり、リヴァイが居たりして、確かに2人きりという機会は少なくなった。
しかもその後、エルヴィン分隊長はエルヴィン団長になって、常に色んな団員に囲まれた生活になった。
「言われてみれば、そうそう無いですね…」
「そうだろう」
「だからって上機嫌の理由にはなりません」
私がそう言うと、団長は珍しく両眉を上げて驚いた。
その後にフッと笑う。
「…お前は変わらないな、アネモネ」
「はぁ…」
どこをどう取って、変わらないと評されたんだろう。
「ところで、さっきは随分上の空だったな」
「あ〜…。小説のラストが思い出せない作品がありまして…」
「小説?」
私に並んで歩いていた団長に向かって。空いた片手で空を指す。
見上げた団長は、あぁ。と合点がいった声を出した。
「今日は天の川か」
「はい。昔、モチーフにした小説が流行ったんです」
「君も読んだのか?」
「そうなんですけど、そのラストが思い出せないんです…」
「しかし綺麗だな」
見上げていた青色の瞳が私に向く。
「はい、とても」
団長の綺麗な青い瞳と、満天の星空のコントラストがとても綺麗。
私を見つめたまま、団長は急に無口になった。
「…団長?」
何か言うのかと待っていても、ずっと私を見つめたまま。
暫くして、やっと視線が外された。
「…あの小説は、バットエンドだ」
「え?」
「天の川の日、約束の場所へ向かおうとした男性は、愛する女性貴族の1家を陥れようとする、野盗と遭遇してしまう。それを阻止しようとして、命を落としてしまった」
「そんな内容でしたか…」
結構ショッキングだった。
何で忘れちゃってたんだろう、ちゃんと読んだのに。
「その後、改訂版が出版された」
「…そうでしたっけ?」
「あぁ。何でも、バットエンドがお気に召さなかった貴族からの要望で、ハッピーエンドで話を書き直したらしい」
「だから、私直ぐに結末が出てこなかったんだ…」
多分、両方読んで、頭の中でごちゃ混ぜになっていたんだ。
「アネモネはどちらが良かった?」
「小説の結末ですか?ハッピーエンドが良いに決まっているじゃないですか」
この壁の中、そして壁の外。
理不尽なことや憤りを感じることが多いんだ。
せめてフィクションの中では幸せであって欲しい。
「団長も読まれたんですか?」
「あぁ。ナイルに薦められた」
「…ナイルさん、ああいうの読むんですね」
偏見だと分かっているけど、あの険しい顔で恋愛小説を読んでいると思うと…。
「いや、マリーが読んでいたらしい」
「あぁ!それなら納得です」
マリーさんは、ナイルさんの奥様だ。
エルヴィン団長とも面識があって、私も何回かお会いしたことがある。
とても綺麗な女性だ。
「…この話はよそう」
「何故です?」
急に話を終わらせようとする団長を不思議に思い彼を見上げる。
珍しく、本当に珍しく、僅かに居心地の悪そうな表情を浮かべていた。
「どうされたんです?」
「いや、君にこの話をすべきでは無かった」
「…何故です?」
同じ問いになってしまったけど、そうとしか聞けなかった。
「終わりだと言っただろう」
「私の質問にも答えてくれないのですか?」
「あぁ。終わりだ」
何だろう、本当に急だ。
「…ん?」
兵団舎の団長室に向かう通路に差し掛かった時、厩舎から人影が見えた。
「…リヴァイ?」
「アネモネか」
翼のエンブレムが着いたマントを着たリヴァイが帰ってきた。
「どうしたの?帰りは明日の筈じゃ…」
リヴァイ達の用事が終わるのが夜の予定だったので、今日は近くに宿を取って、明日の早朝帰ってくるって話だったのに。
「用を済ませて戻ってきた」
「あ、そう…」
1人で?
「リヴァイ」
「何だ」
「ハンジさん達は?」
「あいつらは泊まっていくそうだ」
「そっか」
「それより、2人で何をしている」
「あ、リヴァイ。また団長に敬礼忘れてる」
「俺の質問に答えろ、アネモネ」
「敬礼が先」
「埒が明かないぞ、アネモネ」
「団長っ!団長からも何か言って下さい!」
私が言っても聞かないことは、団長に言って貰おう。
「俺は別に構わない」
「団長…!」
「これだけの月日貫いていることだ。諦めなさい、アネモネ」
「規律の問題です、団長」
「リヴァイ、私から答えよう。王都に提出する書類に必要な書物を、アネモネに資料室から探して貰っていた」
「…2人きりか」
「違うわよ。私1人で」
「…そうか」
「そうだっ。帰ってきたんだからリヴァイ、これから手伝ってよ」
「断る」
「即答っ!」
「リヴァイは長旅で疲れているだろう、しっかり休め。アネモネ、書物を団長室に運ぶ」
「畏まりました。じゃあリヴァイ、お休み」
「…待て」
私と団長が団長室に向かおうとすると呼び止められる。
「何?」
「アネモネ、お前はそれを運んだら休むのか」
「そんな訳無いでしょ。湯は浴びに行くけど、その後手伝うわ」
「…俺も行こう」
急に態度を変えてきた。
「…どういう風の吹き回し?」
「風なんか吹いてねぇだろ」
「そうじゃなくて!」
「…早く戻って正解だった」
「は?」
「さっさと行くぞ」
「えぇっ?」
団長は既に団長室に向かって行ってしまっているし。
リヴァイも何で急に考えが変わったのか言わないまま先に行ってしまうし。
何だか2人に振り回された気分。
「…はぁ」
思わず小さなため息が出てしまった。
ふと見上げれば、沢山の星空が照らしていた。
「本当に綺麗…よしっ」
年に1度の星空をしっかり記憶に収め、私は2人の後を追った。
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