2019 White day

「…うん!良い仕上がり」

毎年借りている食堂の調理場にはパンの焼けるいい匂いが漂っている。
オーブンからバットを取り出して焼き上がりを確認。

「熱いうちに仕上げちゃわないと」

バットを調理台に置き、さて、何を振りかけようか。
さっきはシナモンをかけたから、ここは王道のお砂糖2度かけかな。

「おい」
「わっ!」

突然の訪問者に驚いて声が出た。

「…何の匂いだ」
「リヴァイ、どうしたの」
「お前に用があったが、取り込み中か」
「話ならこのまま聞けるけど、違う用事?」
「クソメガネからこの書類を届けろと言われた」
「ハンジさんね。ちゃんと名前を呼びなって」
「…やけに甘ったるい匂いだな。菓子か?」
「うん。ラスク。ホワイトデーだから」
「…何だ、それは」
「知らないの?」
「あぁ」
「3月14日に、日頃お世話になっている人に甘いお菓子を渡す習慣のことだよ。調査兵団は毎年担当の団員が作っているの」
「それがお前か」
「そ、」
「それがラスクか」
「食べたことある?」
「いや、無いな」
「先に食べてみる?シナモンが出来ているよ」

私がバスケットに並べた先に作っておいたラスクを差し出すと、リヴァイは素直に1つ摘まんで口に入れた。

「…ほぅ」
「美味しいでしょ?」
「紅茶に合うな」
「お茶うけで食べても良いし、ラスクは保存が効くから間食にも最適だよ」
「…随分と作るんだな」
「調査兵団員全員に渡るようにしないとだからね」
「クソメガネを呼ぶか」
「良いよ。ハンジさん、また書類未提出でエルヴィン団長に急かされてるんでしょ?」

多分、リヴァイに頼んで持ってきたこの書類も急かされた書類の1つだろう。

「本当はキャンディとか用意したいんだけどね〜。うち、お金無いから」

ホワイトデーの定番はキャンディ等の砂糖を沢山使ったものだが、予算少ない調査兵団ではそれが難しい。
なので、食材を卸してくれる業者に頼んで、毎年硬い古パンを安く分けて貰って、それで調理をしている。

「よし、仕上げの砂糖もかけ終わったから…」

私は小さなサイズのバスケットを取り出して、色鮮やかなチーフを下に敷く。
形の良いラスクを数枚綺麗に並べた。

「これで良し…っと」

別のチーフをかけて完成、と。

「おい」
「あ、書類ね。今目を通すよ」
「そのバスケットは何だ」
「団長に渡す用だよ」

用意した小さなバスケットの理由を知ったリヴァイは眉間に皺が寄る。

「…どうしたの」
「何故別だ」
「団長、忙しいから食堂に来て食べている時間無いでしょ?だから、こうやって毎年別で用意しているの」

普段、甘いものなんて食べる機会殆ど無い調査兵団では、ホワイトデーの菓子は大人気だ。
食堂に出すなりあっという間に無くなってしまう。
いつ休憩が取れるか分からない団長には、いつも別で用意をしている。

「アネモネ」
「何?」
「俺にも用意をしろ」
「は?」
「同じように」
「…別で用意をしろってこと?」
「そうだ」
「…どうして」

リヴァイ、今食べたし。

「保存がきくんだろ」
「そうだけど…。あ、保存食で持っておきたいってこと?」

気に入ってくれたのか、仕方無いなぁ。
相棒の我儘に答えて、私は保存用の新聞紙を取り出して数枚ラスクを包んだ。

「はい。皆には内緒だよ」

差し出したがリヴァイは受け取らない。
そして心底不服そうな表情を見せた。

「リヴァイ?」
「…何故、新聞紙なんだ」
「湿気からラスクを守ってくれるんだよ」
「バスケットは無いのか」
「用意してないね」

別で用意する予定、エルヴィン団長だけだったし。

「要らないの?」
「いや、貰おう」

皆に渡す用のバスケットにラスクを戻そうとすると、私の両手を握ってリヴァイが止めた。

「アネモネ」
「まだ何か?」
「来年は俺にも別で用意しろ」
「え?」
「約束しろ、良いな」
「え??う、うん…分かった…」

そんなに気に入ったの?
食に対して執着の無いリヴァイにしては、珍しい。

「書類を頼む。俺もこの後新兵の子守がある」
「うん、分かった。…余り苛めないであげてね」


※※


出来上がったラスクを食堂に置いてきて、私は兵団舎の外を歩く。
暖かくなってきた風が気持ちいい。

「…あれ?」

先にある花壇にエルヴィン団長の姿を見つけた。

「団長」
「アネモネか」
「はい。こんな所で何を?」
「見てみなさい」

近付いた私に団長は花壇を指差した。
見てみると花が。

「スノウドロップ、もうそんな季節ですか」

小さな白い花は冬の終わり、春の訪れの知らせを届けてくれると有名な花だ。

「今年も咲きましたね」

どうりで風が暖かい筈だ。

「アネモネ、私に用か?」
「はい。ホワイトデーのお菓子を届けに」

手に持っていたバスケットを差し出すと、エルヴィン団長はフッと目元を緩めた。

「…もうそんな季節か」
「はい」

受け取った団長はかけていたチーフを取り、ラスクを1つ摘まんだ。
団長が齧ると、サク。と良い音が鳴る。

「…今年も美味いな」
「ありがとうございます。毎年同じメニューですみません」
「用意してくれるだけ有り難い。予算が無い兵団で我儘は言えない」

遠くから整列の号令が聞こえた。
今年入る新兵が早速扱かれる所だ。

「春だな」
「そうですね」



暖かい風が吹き、訪れを知らせる花が咲く。
去年もその前も、沢山の仲間が巨人に殺された。
悲しい出来事も多かった、それに負けない位悔しい出来事も。
それでも、私は生きている。
巨人と戦っている。
立ち止まってはいられない。



「アネモネの作った菓子を貰うと、春の訪れを感じる」
「え?」

花じゃなくて?

「訓練兵団以前から貰っている、…今年で何年目だ?」
「さぁ…数えたことが無いものですね」

言われてみれば、エルヴィン団長には私がウィスティリアの家に居た頃から渡していたっけ。

「これを貰うと、今年も生きてこれたと実感する」
「そんな大それた物ではありませんよ」

調査兵団に入ってから渡しているラスクなんて、硬いパンを調理したもの。
お世話になっているエルヴィン団長に渡すには申し訳無い代物だ。

「アネモネ」
「はい」
「こういうものは、何を貰ったかじゃ無い、誰から貰ったかが大事なんだ」

春の風が吹いた。
暖かく、土の香りを纏った風が、私を見る団長の綺麗な金色の髪を靡いた。
団長はそっと目を細め微笑む。

「そうですね」

私も微笑み返し返事をした。


私もそうしよう。
毎年、この季節。
皆に、相棒に、団長に菓子を作り届けたことで。
生きている実感を改めて感じよう。



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