ノックを鳴らしミケがその部屋に入ると部屋の主とは違う匂いが香った。
クン、と鼻を鳴らし、そしてフッと笑った。

「さっきまで居たのか?」

執務室の机で自分を迎えたエルヴィンに尋ねると彼は書類から顔を上げ、あぁ。そうだが?とさも当たり前のように答えた。

「今新兵の間で噂が流れてる。お前も知ってるだろう」
「耳には入ってる。それがどうした」
「知ってて手伝わせるのか」

エルヴィン本人は気にしないだろうが、彼女はどうだろう。
紅葉を連想する髪色を肩の上で揺らし、琥珀色の瞳の見目麗しい新兵。
代々医者の家に生まれながら調査兵団なんてものを選んだせいで一族の奇人、なんてあだ名がついたとか、ついてないとか。

「別に気にしなければ良い話だ。それより何か用だったんじゃないのか?」
「あぁ。明日の会議で使う資料が出来た。目を通して欲しい」
「ミケは仕事が早くて助かる」
「ハンジの方はどうなんだ?」
「多分明日の早朝までかかるんじゃないか」

やれやれ。とエルヴィンは肩を竦めた。

「お前の方は?」
「もう直ぐ出来上がる。手伝ってくれた新兵が優秀だったお陰だ」

自覚はあるのだろうか。
目の前に居る旧知の仲の分隊長は心なし顔が綻んでいる。

ミケは新兵の入隊初日を思い出した。
彼女は俺達に敬礼をした。
彼をエルヴィン・スミスさん、そう呼んだ。
彼女なりのけじめ、心臓を捧げる覚悟を見せたのだ。
エルヴィンは彼女が生まれた時から知っているそうだ。
そんな彼女の決心に、エルヴィンは敬礼で答えた。

「問題ない」

ミケの思考が現実に戻る。
目の前には表情の無いエルヴィンが渡した資料を差し出していた。

「そういえば、聞いたのか?」
「何をだ?」
「彼女に、噂を知っているか」
「聞いたさ。もう耳に入っていた」
「そうか」
「本当のことではないからその内消えるだろうと言っておいた、虫除けにもなるともな」
「虫除け…?本人に言ったのか?」
「そうだ」

自身の書類に再度取りかかりながらエルヴィンは答えた。

確かに、見目麗しい新兵はその見た目だけを知っている者は胸をときめかせるであろう。
でも、彼女は調査兵団員、しかも訓練兵団は格闘術・立体起動供にトップ。
筆記は同期のモブリットに僅かながら負け2位、それでも点数は僅差だった。
特に格闘術は手を合わせた俺ですら勝てなかった。
そんな経歴を知れば胸のときめきも萎むだろう。

「良いアドバイスだな」

フッと笑うとエルヴィンも視線は手元のまま口角を上げた。


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