ほほ笑みあって、


確かに恋だった様からお題を拝借しております。




なまえを初めて認識したのは、彼女が入隊して2年目、俺が団長になり3年目のことだった。
正直、彼女は壁外調査で目立った成績を残していなかった。
印象も薄く、目立つ存在では無かった。


じゃあ、どこで彼女を認識したのか。
壁外調査でも無ければ、演習でも無かった。





「どこに行ってしまったかな…」

調査兵団に資金提供を行っている貴族の家に招待され、洗いたてのタキシードを下ろした。
Yシャツにカフスを付けながら兵団者の廊下を歩いていて、うっかりカフスを落としてしまったのだ。
廊下に屈み、カフスを探す。

参ったな、大事なものだ、無くす訳にはいかない。

「…エルヴィン団長?」

声が聞こえ顔を上げる。
女性の団員が立っていた。

「どうされたんですか?」
「あぁ、カフスを落としてしまって」

俺の返事を聞いた彼女は目を丸くし、隣に屈んだ。

「一緒に探します」

迷いの無い声だった。

「君の用は無いのか」
「はい。後は夕飯の時間を待つだけでしたので、大丈夫です」

ニコリと朗らかな笑顔が向けられ、そして直ぐに下を向いた。
綺麗な横顔だった。
決して華やかな顔立ちでは無いが、端々に彼女の知性的な内面を表す様な。

「君、」
「なまえです、団長」

名前を聞こうとすると、彼女が先に答えてくれた。

「なまえ、助かる」

俺の方を見た彼女は、またニコリと微笑み、カフス探しに戻っていった。

「あっ!」

暫くすると、なまえが声を上げた。
彼女は廊下に置いてあったカウチの下を覗いていた。

「ありました!団長!これですか?」

彼女の小さい手に収まっていたのは正しく俺が落としてしまった物。

「あぁ、これだ」
「良かったです!」

受け取ると、花が咲いたような、見惚れる笑顔を向けられた。

「本当に助かった」
「お役に立てて何よりです」
「…これは、父の形見なんだ」

えっ。となまえは少し驚いた様な表情を見せ、そして優しく微笑んだ。

「なら、尚更、お手伝い出来て良かったです」
「…何故?」
「団長の大切な物を見つけられたんですもの。お力になれて嬉しいです」



はにかむ様に言葉を紡ぐ彼女に、俺は見惚れた。
あぁ、何て愛らしい子なんだ。



「団長、もしかしてなんですが、この後ご予定が?」
「あ、あぁ。そうだったな」

さり気なく、俺に時間を気にする様仕向けてきた気遣い。
胸に仕舞っていた懐中時計を取り出し、時間を確認した。

「もう出発しなければ。なまえ、改めて礼を言う」
「言われる程のことはしていません。行ってらっしゃいませ、団長」

彼女は俺が通路を曲がるまで手を振り続けてくれた。


※※


「なまえ?あぁ、知っているよ。資料室の妖精だろ?」

後日、壁外調査の報告書を届けに来たハンジにふと、彼女のことを聞いてみた。

「資料室の妖精…?」
「そうだよ。彼女が入団してから、資料室がとても使い易くなったんだ。何でも、時間を見つけては室内の掃除と整頓を自発的に行っているらしいよ」
「何故そんなことをしている」
「実家が古書店なんだって。本の扱いには長けてるんだよ」
「…そうか」

と言うことは、資料室に行けば彼女に会える確率が高いのか。

「…資料室といえば、調べ物があったな。行ってこよう」
「調べ物?それなら私がやっておくよ」
「いや、俺で処理する。大丈夫だ」
「良いのかい?仕事が山積みなのに」

ハンジは私のテーブルに置かれている大量の書類に目を向ける。
全部俺の承認待ちの書類だ、目を通さなければ承認は押せない。

「それ位、自分で出来る。ハンジ、巨人の捕獲をしたければ、もっと納得出来る書類を作れ」
「痛いとこ突くな〜」
「今はウォールマリアの奪還が最優先事項になっている。それを上回るものが無い限り、俺の承認は出ないぞ」






資料室は兵団舎1階、門から1番離れた最奥にある。
大きな部屋には2階分のスペースがあり、調査兵団の今までの壁外調査の記録、巨人について、この地の今までの歴史、立体起動装置や格闘術の書物が保管されている。



重い扉を開くと、サッと風が舞った。
資料室の、どこかの窓が開いているのだろう。
書物の持ち出しに使う書類記入場所には、誰も居なかった。
壁外調査時以外は、当番制で団員が常駐している。
確かに、思い返せば、資料室の書類が探しやすく、埃の匂いが薄まったのは2年程前からだ。
今まで誰が行っていたのか等、思いもとどまらなかったが。

資料室の奥にある、室外へ抜ける窓が開いていた。
風はここからだ。
その先に、彼女が居た。
芝生に大きな布を敷いて、資料室の本だろう、丁寧に拭いている姿。
白い三角巾で頭と、小振りの顔の口元を覆っている。
俺の気配を感じたのか、拭いていた手を止めて顔を上げた。

「団長!」

口元の三角巾を外し、慌てて立ち上がったなまえは敬礼を見せる。
頷くと休めの姿勢に入った。

「私に構わず続けてくれ」
「はい…あの、資料室にご用ですか?」
「あぁ」
「自分もお手伝いします」

最初に会った時と同じような台詞に思わずフッと笑いが出てしまった。
なまえが不思議そうに俺を見る。

「団長…?」
「すまない。君は何時も誰かの手助けをしているのか」
「て、手助けですか…?」

思いもよらない質問、表情に出ている。

「どうでしょう…?自分では、良く分かりません…」
「無意識なのか」
「多分…そうかと…」

困らせてしまったようだ。

「ハンジから聞いた。君が資料室を整えてくれていると」
「はいっ。あの…私用の時間に行っていますので…規則違反では無いかと…」
「別に咎めている訳では無い。むしろ助かっている」
「本当ですかっ」

恐縮した様な仕草を見せていた彼女の顔がパッと明るくなった。
やはり、誰かの助けを行うのが好きらしい。

「何故私用の時間で行っている。申請を通せば、作業時間として許可する」
「…団長、私、入団して2年経ちます…。まだ、討伐数はゼロなんです。なので、演習の時間は減らしたくありません」

討伐数、それは調査兵団の力量に直接関わる。
討伐数が多い程、ミケやリヴァイの様に評価される。
…俺も、彼女を今までしっかりと認識していなかったのは、壁外で目立った成績を残せていなかったから。
いや、これは言い訳だ。

「心臓を捧げた兵士として、壁外でお役に立ちたいんです!今の私には力量が足りません。なので、この作業は私用の時間で行っています」

そう言い切ると口元をキュッと結んだ。

「…そうか」

俺も、壁外での活躍で団員の力量を図るその1人だ、相槌以外の返事が出来なかった。

「手を止めさせて済まなかったな」
「団長、何の資料をお探しですか?」
「立体起動装置の設計についてだ。技術班が改良を要望している。その予算確保の為の書類が必要でな」
「でしたら、持ち出し書類の記入場所から直ぐの棚の、一番上段に設計関係の書物が置いてあります。その辺りをご覧下さい」

返ってきた返事に思わず彼女を見る。

「…場所を覚えているのか」
「はい。記憶力には自信があります。後、馬の扱いにも」
「ほう…」

俺は彼女を見誤っているのかもしれない。
いや、もしかしたら、調査兵団の団員、全員が。

「なまえ、他に得意なことは?」

適材適所、それを判断するのも俺の、団長の仕事だ。


※※


「団長」

呼ばれ回想から意識が戻る。
目の前には記入途中の書類が広げられ、あの日の様に団長室には風が優しく舞い入っている。

「団長」

もう一度呼ばれ顔を上げれば、なまえが俺の座る机の前に立っていた。

「どうされました?」
「いや…。昔のことを思い出していた」

そう返事をすると彼女は少し不思議そうな顔をした。

「君を副官として置こうと決めた日のことだ」

そう付け加えると、益々不思議そうな顔になった。

「何故、また…?」
「さぁ、俺にも良く分からない」
「何かありましたか…?」

手に持っていた羽ペンを起きながら、彼女の問の答えを探る。

「特には何も無いな。君との関係が進展しない以外には」

そう答えると、なまえはジトリと俺を見た。

「職務中です、団長」

その目が開いた窓に動いた。
俺に横顔を見せるようになり、その横顔はあの日と何ら変わりなく、綺麗だ。

「もう直ぐ雨が来ます。窓を閉めましょう」

なまえは俺の直ぐ横にある窓まで移動して、音を立てないよう品のある仕草で窓を閉めた。


なまえの才能の1つ。
彼女は天気を当てられる。
しかも外れることが殆ど無いという、信頼を置けるものだ。
何でも、空気の湿度を感じて、変化を読めるらしい。
壁外調査には大変役立つ才能だ。


俺は椅子から立ち上がりなが、直ぐ横に来た彼女の身体を自分の腕に包み込む。

「っ、団長」
「誰も見てないよ」
「ここが演習場の木から見える場所だと把握されてます?」
「あぁ、勿論。でも、今は演習していないだろう」

艶の良い髪に口づけ、機嫌を伺う。
なまえはぐぅっ、と口を噤む。
反論する言葉が出ない時の、彼女の癖だ。
今回は俺の勝ちかな。

「まだまだ続く職務のモチベーションを上げる為に、こちらを向いてくれないか」

俺の両手にすっぽりと収まってしまう小さな顔を優しく、こちらに向ける。
なまえ気恥ずかしそうにその瞳を伏せる。
柔らかな頬に唇を寄せ、伏せた両瞼にも。
逆側の頬に口づけたところで、彼女がふっ、と優しく笑った。

「くすぐったいです」
「我慢してくれ」

俺の返事がおかしかったのか、なまえは更にふふっ、と笑い、その瞼を上げた。
俺と目が合うと、その瞳が微笑みから細まる。
つられて俺も、微笑みながら今度こそ、彼女の唇にキスを落とす。



ほほ笑みあって、(きみとキスを)




.

- 2 -
←前 次→