村長が駆け込んできたかと思えば、そんなことを口にした。
「あぁ」
「銃撃騒ぎですか?」
「いや、撃たれた状態であそこに捨てられた」
「…そうですか」
「チエン、悪いが薬を頼む」
「はい。塗り薬と飲み薬ですね。調合が出来たら持って行きます」
「いつもすまない」
「良いんです」
村長が店を出て行くのを確認して、私は壁にかけてある白衣を取り羽織った。
「銃で撃たれた状態で…」
捨てられた、ということは、どこかでいざこざがあったのかも。
※※
「ナンバさん」
「樱花ちゃん、悪いね」
調合を終わってホームレスが集う広場に向かうと、ナンバさんが焚き火を明りに処置をしていた。
「村長に言われて薬を調合してきました」
「あぁ、村長から聞いてるよ」
周りを見ると他のホームレス達が適度な距離をとってナンバさんの様子を見ていた。
「手伝ってくれない…ですよね」
「俺達は馴れ合ってここに居る訳じゃあねぇからな」
「ナンバさん、家から明かりを持ってきたので使って下さい」
「あぁ、助かるよ」
電池式のランタンのスイッチを入れて倒れている人に近づける。
大きい男性だった。
処置をする為に開けられた白いシャツから筋肉質な上半身が見えた。
「胸を撃たれてる…?」
「そうだ」
「その割には出血が少ないですね…」
「心臓から外れてるんだ」
「偶然にしては…凄いですね」
物凄く運が良かったのかもしれない。
「樱花ちゃんはもう帰った方が良い」
ナンバさんがそう言って自分の視線を男性から通りに移した。
通りすがりの人が何人か足を止めている。
「横浜流氓の奴もいるかもしんねぇ。趙にでも見つかったら面倒だろ」
「まぁ…そうですね。ランタンは置いて行きます。適当に返して貰っても良いですし、何なら使って下さい」
「樱花ちゃん、俺にもプライドってのがあるんだよ。使い終わったらちゃんと返すよ」
ナンバさんと冗談を言い合って、私は広場を後にした。
※※
数日間、情報が出ないか警戒していたけど、銃撃騒ぎなどのいざこざが特に出なかった。
「異人町の人じゃあ無かったのかな…」
捨てられた。って言ってたし、別のシマの件だったのかも。
「ま、私が出来るのはここまでだしね」
私がホームレスが集う広場の村長と取り交わしている約束事、『村長が必要だと判断した時のみ、無償で調合した薬を渡す』。
それは先代の父から取り交わされている。
最初はもっと踏み込んでホームレスと関わっていたけど、ある日横浜流氓が口を出してきて今の状態になった。
横浜流氓から見たら不法滞在者だからだとか何とか言ってたらしいけど。
それはお互い様な気も、しないでもない。
「…ん?」
店の前に大きな車が止まるのが、ガラス扉の先に見えた。
そしてガラの悪そうな、如何にもなボディーガードが数名降りてくる。
最後に開いた車のドアから、奴が降りてきた。
「…趙」
ひらりと車を降りた趙は店の中に居た私を見るなり、人当たりの良さそうな、そして相変わらず何を考えてるのか分から無さそうな笑顔を見せた。
何かを片手に持って店の中に入ってくる。
ボディーガードは全員、店の前に立った。
「樱花ちゃ〜ん。久しぶり」
「…営業妨害なんですけど」
店内のガラスケースに頬杖をついてお迎えしながら、私は早速悪態をついた。
あんなゴツい人達いたら常連客だって入れやしない。
「良いの良いの。これからぁ、俺の休憩に付き合って貰うんだから」
そう言って趙は片手に持っていた袋を顔まで掲げた。
「…!それ…!」
「そ。行列凄くて中々食べられない
ずっと食べてみたかった肉包子を見せられちゃあ、断れない。
私の食欲は人並み以上なのだ、自覚している。
「…客間に行ってて」
お茶も宜しくね〜。と趙は慣れた様子で店にある、顧客用の個室に入っていった。
その背中を見送って、小さくため息をついて、私は店の扉に『
※※
烏龍茶を淹れたポットと湯呑を2つ載せたお盆を片手に客間に入れば、ド派手なスニーカーを脱いで長ソファで寛いでいた。
ここは君の実家か。
と言いたいところだけど、幼い頃からの馴染みなので外れてはいない。
スニーカーを脱ぐようになっただけマシだ。
前に土足で上がられ私が怒って以来、ちゃんと守っている辺りは律儀なのだ。
「ありがとね〜」
「リラックスし過ぎ」
「だってぇ、家でも外でもボディガードがいっつも横に居るから寛げないんだよねぇ。ここは唯一ボディガード無しで入れる場所だし」
「横浜流氓の総帥も大変ね」
テーブルにお盆を置いて湯吞に烏龍茶を注いだ。
「ここの肉包子、前から気になってたんだよね〜」
「良く買えたね」
「お願いして並んで貰った」
流氓の部下に並ばせたのか、察してしまった。
鼻歌を歌いながら趙は紙の箱に入った肉包子を私に差し出した。
「いただきます」
「召し上がれ〜」
ホカホカと湯気が立った肉包子を早速頬張った。
「美味っ!」
歯ごたえの良い具が詰まった肉包子に思わず声を上げる。
「あぁ〜。美味しいねぇ」
「行列は嘘をつかないのね」
食べ応え十分、味も申し分なし。
これはまた食べたくなる。
「樱花ちゃん、最近どぉ?」
「…どう、って?」
「お店の調子とかぁ、プライベートとか」
「…変わらず、ですけど…」
平日は店に立ち、休みは生薬の勉強、偶に学生時代の友達と会って飲む。
そんな毎日だ。
「その感じだと、男との縁、来て無さそうだねぇ」
「放・っ・て・お・い・て」
早い年齢でお店を継いだお陰で、恋愛とはとんと縁遠くなっているのは自覚している。
自立出来ている女ってモテないんだよね…。
「ンフフ、俺の所にいつでもお嫁に来て良いからねぇ。俺、いつでも大歓迎」
「…遠慮しておきます」
「なんで〜?樱花ちゃん、昔からずっと断ってるけど」
「生憎私には、横浜流氓を背負う程の度量は持ち合わせてないもんでね」
「そんなの要らないよぉ」
「要るわよ」
器用貧乏がド派手な服着て歩いている様な趙に言われても説得力無い。
ふと趙が肉包子を食べる手を止めて、自分のレザージャケットのポケットを探った。
「あぁ〜…。もう時間だ」
「次の仕事?」
「うん〜。…さぼっちゃおうかな」
「行きなさいよっ」
ボディーガード外で待たせてる総帥が何言ってるの!
「はぁ。面倒だなぁ」
スニーカーを履きながら趙が怠そうに言う。
「せっかくの樱花ちゃんとの時間、久しぶりだったのにぃ」
「私も午後の仕事があるんだから、行って貰わないと困るよ」
のろのろとソファから腰を上げる趙を客間に置いて、私は先に店内に出た。
「…あれ?」
店内には人が居た。
高級な生地で出来たストライプのスーツに身を包み、客間に背を向け立っている。
「高部さん?」
私が声をかけると、横浜星龍会 若頭の高部さんが振り返った。
「チエンさん」
「いらしてたんですね」
「先客が居たようでしたから、勝手ながら待たせて頂きました」
「あれ、今日は特に予約を頂いてませんよ?」
予約のスケジュール表を確認すると高部さんの名前が無かった。
いつもは星野会長にお渡しする漢方薬を取りに来る際、事前に予約や電話を頂くのに。
「いえ、今日は次回の予約を行いに参りました」
「わざわざですか?お電話で十分ですのに」
「近くを通ったものですから」
高部さんが私の後ろを見て、目つきが変わった。
「…先約は貴方でしたか」
「あれぇ、星龍会の高部さんじゃなぁい」
ヘラリと笑いながら趙が私の隣に立った。
「何でぇ、流氓のシマに星龍会の若頭が居るのかなぁ」
「悪いがここは誰が使っても咎められない場所だ。文句を言われる筋合いは無い」
「分かってるよぉ」
ヘラリと笑った趙の顔からスッと表情が消えた。
「態と言ったの」
「お二人さん、ここでの喧嘩はルール違反」
どんどんとピリつく空気に待ったをかけた。
「趙、次の仕事あるんでしょ。行きなよ」
「冷たいなぁ。お見送りとかぁ、してくんないの?」
「しない」
「じゃあ〜、いつものいってらっしゃいのキス…」
「したことないしこれからもしない」
さっきの殺気は気のせいだったとかと思ってしまう位の軽口を叩いてくる。
これが趙天佑という男だ、まともに取り合っていたらきりがない。
「総帥」
ガラス扉の先からボディーガードが趙に声をかける。
「ほら、待たせてるんだから」
「ん〜。また来るね、樱花ちゃん」
後ろ手にヒラヒラと手を振って趙は店を後にした。
「スミマセン、騒がしくて」
まだ警戒しているのか、高部さんはガラス扉を睨むように見ていた。
「チエンさん」
「はい?」
「貴方の立場上、特定の人物と親しくするのは如何なものかと思います」
鋭い眼光が私に向けられた。
「…重々承知はしております」
目を逸らさず返すと、高部さんが目を伏せた。
「差し出がましい発言でした、お詫び申し上げます」
「いえ、高部さんは星龍会の若頭ですから、当然の発言です。それでは、予約を承りますね」
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