2話

星龍会本部、会長室。
私が定期的に訪れる場所だ。

「これで問診は終わりです。お変わり無くて良かったです」

来客用のソファに座り持参した問診票にチェックを入れる。

「これで終わりか」
「はい。処方は変わらないので持参した漢方薬、置いていきますね」

ニコリと微笑んでテーブルの先に座る星野会長を見た。

「何回受けても良い気がしねぇな」
「そんなこと言わないで下さい、会長」
「俺ぁまだ病院なんかの世話にはならねぇよ」
「本格的に病院のお世話になりたくなければ、処方した漢方薬ちゃんと飲んで下さいね」

問診道具を仕舞って出して頂いたお茶をすする。
はぁ、ここの梅茶はいつ飲んでも美味しい。

「そいや嬢ちゃん」
「その呼び方止めてください、会長」
「この前は高部がお前さんに一言言っちまったようだな」
「あら、ご存知で?」
「あいつは真面目な男だ。自分の否も俺に言ってくる」
「そうなんですね」
「代わりに詫びるよ」
「お詫びされるようなことではありませんよ、会長」

高部さんが真面目だと会長は言うけど、それはきっと、もっと真面目な会長の背中を見てきたからだろう。

「高部はお前さんのことを気に入ってんだ」
「…そうなんですか?」

出会った最初の頃から変わらず、男前な顔をむっつりとさせながら私と話をする。
気に入られている感じは余りしない。

「この前だって電話で済むことをわざわざ足を運んだんだ」
「近くを通ったから。と仰ってましたよ」
「んなこたぁねぇよ。シノギの帰り道、遠回りしてお前さんの漢方薬局に行ったんだ」
「そ、そうですか…」

私の何を気に入ってるのか、良く分からない。

「でも、高部さんの一言に、ちょっとドキリとしました」
「何でだ」

会長の問いに私はチラリとドアの方を見た。

「…人払いはしてある。あの話・・・か」
「はい。一瞬、高部さんは知ってしまったのかと」

あのこと・・・・を知っている星龍会は確か会長だけ。
変に探りを入れないで正解だった。

「あいつにあの話・・・をするのはまだ早い。いずれはすることになるんだろうが」
「はい…」


ごく一部の人のみが知る秘密。
この異人町の、三すくみが成り立っているバランス。
私はその秘密の全てを知っている、肉の壁の中の、数少ないカタギの人間だ。




※※



「さてと、」

星龍会を出て時計を確認する。
次の予約までまだ時間があるかな。
どこかに寄り道でもしようか。

「…あ、」

そういえば、この前撃たれた人、大丈夫だったのかな。
ホームレスが集う近辺での変死体なんて話も出ていない辺り、多分生きているんだろうけど。

「行ってみようかな…」






足を運んでみれば、荒げた声が聞こえてきた。

「…?何だろう…」

喧嘩かな。
広場の中に入ってみれば、座り込んだスキンヘッドの男が何か怒鳴っている。

「テメエ、俺が横浜流氓の人間だって分かってんのか!!」
「流氓の人間…?」

あんな人居たかしら…?
様子を見ていると、スキンヘッドの男が怒鳴っている相手、赤スーツのガタイの大きい男の人は、怒鳴られても動じる様子無く腕を組んだ。

「ほーん。で、その最大の中華マフィアの幹部連中がここまでわざわざ来んのかよ??」
「なに…!?」
「じゃさっさと帰って幹部に報告しろ。小遣い稼ぎしてたらホームレスに返り討ちにされましたってよ」

会話から話が読めてきた。

「おめえも組織の人間なら分かんだろ。幹部が下っ端のイザコザくれえでイチイチ出張るなんてしねえことくらいよ」

どこかの組織の人かしら…。
星龍会…?いや、だとしたら会長から情報が入る筈…。
そもそも、この広場は…。

「ストップ、そこまでよ」

私が声を大きめに出し待ったをかけた。

「樱花ちゃん…」
「こんにちは、ナンバさん」

ナンバさんの横を通り近づく。
スキンヘッドの男は私を見るなりあからさまに困惑した様子を見せた。

「お、お嬢!」
「…その呼び方、嫌いなの、止めてくれる?」

お嬢はお嬢でも私は漢方薬局のお嬢、しかも今は店主なんだから、誤解を招くような呼び方しないで欲しい。

「貴方、流氓の人間のようだけど」
「へぃ!鄭といいますっ!」
「ここは流氓のナワバリの外よ、そんな所で小遣い稼ぎってどういうことかしら?」
「え?マジか??そりゃますますマズいんじゃねぇの?鄭チャン」

私と鄭の会話に赤スーツの男が入ってきた。

「俺は横浜のことは詳しかねえけど、縄張りくらいはキッチリ決まってんだろ?」
「アンタにとっちゃ軽い気持ちの小遣い稼ぎでも、やってることは立派なシマ荒しだ」

赤スーツの男は鄭というスキンヘッドの男に煽るように言う。

「ナンバさん」

その様子を見ながら後ろに居るナンバさんに声をかける。

「あの人ですか?この前撃たれて捨てられてたって人…」
「あぁ」
「…カタギの人では無さそうですけど」
「ヤクザだったみてぇだ。背中に立派な龍も彫ってあった」
「わぉ」
「今日のとこは引き上げてやる。帰るぞ!!」

話しの決着がついたのか、鄭という男は子分を引き連れ帰っていった。

「報告するのか、流氓の総帥に」
「…いえ、1回目は見逃します。それでも続けるようなら私から話します」
「樱花ちゃんが居ると心強いよ」
「勝手なことをしてくれたな」

村長の声が聞こえたので視線を移すと、赤スーツの男に向かって言っていた。

「いや。でもこれでもうヤツにビビる必要ないっすよ」

ナンバさんが2人の間に入り村長に言う。
その言葉を聞いた村長がナンバさんを睨み付けた。

「村長」

私がその間に割って入る。

「そもそも、何故言って下さらなかったのですか?」

そう訊ねると村長は私をじっと見た。

「あんたはここの人間じゃない、関係の無い話だ」
「そんな…」
「俺らにとって一番重要なのは明日の寝床なんだ」

忘れるなよ、いいな?そう釘を差して村長は去って行ってしまった。

「村長…」
「村長は樱花ちゃんに迷惑をかけたくないんだろ」
「迷惑だなんて思いません」
「ただですら一級品の漢方薬をカネを払わず分けて貰ってるんだ。これ以上樱花ちゃんに負担をかけたくないって思うのが普通だろ」
「なぁ」

私達を呼んだ男は赤スーツの男だった。

「この人か?この前言ってた俺に薬作ってくれた漢方医さんって」
「あぁ。そうだ」
「会って礼が言いたかったんだ。本当に助かった、ありがとな」
「いいえ、その後、お加減は?」
「あぁ!もう缶拾いが出来る位に元気になってるぜ!」
「缶拾い…?」
「こいつ、暫くここに居るって言うから、カネを作ってもらってんだ」
「あぁ、そういうことですね」
「俺、春日一番ってんだ。一番って呼んでくれ」
「私はチエン・インフゥアといいます」
「は?え…?」
「樱花ちゃん、意地悪するなよ」
「フフ、ごめんなさい」
「名前が2つあんのか?」
「いいえ。本当の名前はインフゥアですけど、皆発音がしづらいみたいで、日本語読みの樱花って呼んで貰ってます」
「そっか!じゃあ俺も樱花ちゃんって呼ぶわ!」
「はい」
「…それより俺、勝手なことやっちまったよな」
「いや、お前の見立ては間違っちゃいねぇよ」
「縄張りの外で小遣い稼ぎは立派なシマ荒し、良い読みでしたよ、一番君」
「おかげで、ずっと溜まってた怒りが発散できたってもんだ!」
「しかし知らなかったな。横浜じゃ中華マフィアがあんなに幅を利かせてんだな」
「中華マフィアだけじゃねぇ。この街を仕切ってるのは『異人三』だ」
「イジンサン…??」
「ここに詳しい子が居る」
「詳しいって…『異人三』がお得意さんなだけですよ」

レザージャケットのポケットに仕舞っていた携帯がバイブを鳴らす。

「あ〜…。すみません、そろそろ漢方薬局に戻らないと…」
「仕事の途中だったのか」
「はい。予約の方がそろそろ来る時間なんです」
「そりゃ残念」
「一番君、お大事にね」
「おぅ!」

2人に手を振って広場を後にした。
一番君、大きく手を振ってくれてたけど、怪我大丈夫かしら。




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