9話

あ〜…イッテ。
今までこんなに殴られたこと、無かったからなぁ…。
後ろ手に親指が縛られて、防御もロクに出来ないしねぇ。

「おらっ!」

部下だった奴に腹を蹴られて床に転がる。
それを見ている周りの奴らの笑い声が聞こえて、あぁ何か俺今、無様だなぁ…。
乱暴にドアの開く音が響いた。

「…馬渕…」
「てめぇ、趙!」

入ってきた馬渕が俺を見るなり胸倉を掴んだ。

「あの女をどこにやった!?」
「…おんなぁ…?俺、モテるからどの女か…ぐっ」
「とぼけんじゃねぇ!」

掴まれた胸倉をグッと締められる。
ちょっと、これじゃあ話出来ないじゃん。

「ラオマー!」

開いていたドアから別の奴が入ってきた。

「コミジュルです!あの女、今コミジュルに居るそうです」
「何だと…!?」
「店を閉めてコミジュルに向かう所を見た奴が居ます」
「馬鹿野郎!なんでそこで捕まえなかった!」
「それが…通勤の時間に移動されて、人目が多かったからだと…」

あぁ、樱花ちゃん、無事に着いたんだね、良かった。


本当は、俺の側に置いてあげたかったんだけど、流氓も星龍会と睨み合いが激しくなってたし、何よりこの。
俺の胸倉掴んでる馬渕が何をしでかすか分かんなかったから、側には置けなかった。
星龍会ってのも考えたんだけど、高部さん解放しても、組員の流氓への不信感から、流氓のシマに住む樱花ちゃんをしっかり守ってくれるか確信出来なかった…。
だから、1番安全なのはコミジュルだって思ったんだよね。
昨日、ちょっとイジワルな言い方しちゃったけど、樱花ちゃんの警戒心をちゃんと刺激出来たみたい。
あの子はグレーゾーンで生まれ育ってる、自分の身を守る術がその身体にしっかり染み付いてる。


「へ、ヘヘ…」

思惑通りにコトが運んで笑うと、馬渕が俺の頬に重いビンタを入れた。

「てめぇ…何笑ってやがるんだ…!」
「ハハ…俺より無様だねぇ…。計画が崩れたんでしょ…?」
「このクソが…!」

更に2発、両頬にビンタされる。
口の中が切れて、一気に血の味が広がった。

「ゴホ…」
「趙…お前、自分が置かれてる立場、分かってんのか…?」
「…あぁ、よぉく、分かってるよぉ…」
「何ヘラヘラ笑ってやがる!!」

今度は腹に1発、あぁ、そこさっき蹴られたとこだ…。
そのまま床に崩れ落ちた。

「へへへ…」
「こいつ…!」
「樱花ちゃんを…”導火線”に…使おうとしたんでしょ…。なぁ、馬渕…」


異人三は良く火薬庫に例えられる。
ちょっと刺激が入れば、あっという間に爆発を生んで、異人町は火の海。
ただ、ちょっと違うのが、異人三のトップがそれを自覚してること。
だから火薬庫のような存在だけど、火が点かないよう注意をしている。
ただ、これに例外があって。
異人三と対等に接し、絶対的中立を通している、漢方薬局の店主。
今は樱花ちゃんだ。
カタギの人間が、もし異人三が原因で命落としちゃったら。
三すくみの力加減があっという間に崩れちまう。
肉の壁は完全に壊滅、その近道になっちゃう、存在。


「そうは…させないよぉ…」
「あ?」
「コミジュルに…加勢頼んだし…樱花ちゃんには手、出せないだろうねぇ…ハハ」

馬渕に見つかる前、春日君達に連絡ついたから、ナンバ君を交渉のダシにしてコミジュルに向かうように頼んだ。
承諾してくれて…良かったよ…。
春日君には樱花ちゃんに、流氓で起こっているクーデターは伝えないよう口止めしたけどぉ…ちゃんと出来てるかな…。


遠のいていく意識の中で、ふと、昨日触れた樱花ちゃんの頬の感触を思い出した。
俺ぁまた…君に触れられるのかな…。



※※



「うん。今コミジュルの人達は診てきた。病院に行くほどじゃかなったよ。…うん、持ってきた調合薬で足りた」

コミジュルを抜けた後、火も収まり、一番君達は連れてきた小笠原という人物を尋問するという。
私はその間に1度コミジュルに戻り、怪我人の診察に当り、今はその帰り道だ。
ホームレス街への道すがら、事件を聞きつけた弟からの電話に出ている。
煙などは少し吸ってるが、皆軽傷で、安静にしていれば問題ない。
…身体の怪我は、ね。

「皆不安そうだったよ…」

身体のケアは私にも出来るけど、心のケアは限られた人にしか出来ない。

「…私もそう思う。ソンヒさんに伝えておくよ」

弟も同じようなことを考えたらしく、心的な要因の体調不良が増えるかもしれないと言った。

「じゃあ切るね。うん、…姐姐姉さんは平気だから。うん…じゃあね」

スマホを切ったところで広場に着いた。

「…あれ?」

私が入ってきた場所の反対側から誰かが出て行く姿が見えた。

「ナンバさん…」

そういえば、弟さんに会いに行くって、言ってたよな。

「ふ〜…、よし!!じゃ、いっちょ行くか!」

ナンバさんが歩いてきた先から一番君の威勢の良い声が聞こえた。
私もそこに向かう。
皆既に集まっていて、ジュンギさんがソンヒさんに何かを頼んでいる様だった。

「今、コミジュルでは、皆、不安にしています。ソンヒには是非、皆の元に居て頂きたいと存します」
「うーん……」
「何卒、ご理解頂きたく…」
「それには私も賛成です」

私が声をかけると、皆が一斉こちらを見た。

「樱花、戻ったのか」
「はい。コミジュルの方々、皆軽傷でした。ですが、ジュンギさんの仰る通り、皆不安そうでした。この部分のケアに関しては…私では力不足です」
「…そうか」
「あぁ、まぁ良いってことよ。確かに加勢は頼んだけど、そっちもそっちで大変だもんな。気にすんな」
「そうはいかん。春日よ、悪いが私はコミジュルを見に戻る。だが…その代わりにハン・ジュンギを残していく。いつでもお前たちと連絡がつくように」
「マジで!?そりゃ有り難てぇ!」
「何なりと、お申し付けくださいませ」



―ハン・ジュンギが仲間に加わりました―



「趙が春日達を寄越してくれたお陰で、我々は荻久保に義理を果たせた。我々も、お前達に出来る限りのことをする。役に立つ男だぞ……ハン・ジュンギは」
「あぁ……、知ってるよ」

一番君の返事を聞いたソンヒさんはコミジュルのある方向へと歩いていった。

「…それで、これから皆さんは何を…?」

話を途中からしか聞けなかった私が訊ねると、一番君が気まずそうに自分の頬を掻いた。

「あ〜…樱花ちゃん。俺ら、口止めされてたことがあんだ」
「…口止め?」
「今、横浜流氓でクーデターが起こってるのよ」
「………え?」

紗栄子さんの言葉に上手く理解が出来なかった。
クーデター…?

「趙は…趙は無事なんですか…?」
「それが分かんねぇんだ。連絡が取れねぇ、って話だ」

私の質問に足立さんが答えてくれる。

「…どうして、口止めなんか…」
「それがよ…コミジュルに来る前、趙から電話があって、『この話は樱花ちゃんの耳には入れないでくれ。知ったらこっちに来ちゃうから』って言われちまって…」
「趙が…?」
「あぁ。その時に樱花ちゃんがコミジュルに居るって話は俺達、聞いてたんだ」

コミジュルで一番君に会った時、『本当に居た』って言ってたのは、趙から聞いていたから…。



昨日の趙の言葉が頭の中で響いた。
『インフゥアのことは絶対守るから』
『だから君は、他の人を助けてあげてよ』
彼が言った本当の意味・・・・・が今、解った。



「あの…バカッ…」

私は思わず小声で呟いた。
自分がクーデター起こされてる中、一番君に電話をして…コミジュルに向かわせた…。



まただ。
また、趙は、自分を後回しにして…。
誤魔化すことだけ、上手になって…。



「…じゃあ、今から横浜流氓のシマに行くのね?」
「あぁ、趙に助けが居るか聞きに行くぜ」
「コミジュルで確認した限り、最後に趙が居たのは彼の店でした」
「慶錦飯店ですね。そこなら私が詳しいです。幼い頃、よく行っていたので」
「ちょっと待って。樱花ちゃん、一緒に来る気?」

紗栄子さんが私の返事に待ったをかけた。

「はい。横浜流氓は武闘派が多いマフィアです。数は多ければ多い程有利になります」
「そりゃなぁ…数が多い方が助かるが…」
「足立さん、先程の加勢で私の実力、良く分かって下さったと思いますが?」
「そりゃ…良く分かったけどよ…良いのか?」
「構いません。それに…」
「それに?」
「あのバカ、放っておくと、また自分を後回しにしそうだから。直接行きます」
「後回し?」
「時間が惜しいです、移動しましょう」

私は皆の移動を急き立てながら、昔の記憶を思い出した。



あの時だって、趙は…。




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