10話

青空だ。
雲がプカプカ、流れてる…。
さっきまで慶錦飯店の窓の無い部屋に居たのに…。
俺は今、雲がプカプカと浮かぶ、空を見上げ寝転んでいる。
ふと、俺に影が差した。

「天佑」

俺の視界に姿を現したのは、高校の制服に身を包んだ、高校生の樱花ちゃんだった。
…あぁ、これ、俺の記憶か。
そんなことをぼんやりと思っていると、もう1度、天佑!と呼ばれた。

「…なぁに」
「何、じゃないわよ!今授業中でしょ、また屋上でサボって…」
「君だってそうじゃない」
「私は許可を貰って教室出てます」
「俺に用?」
「そう、用があるの」

隣にドカリと座った樱花ちゃんと向き合う為に起き上がった。

「それでぇ、何?」
「…他校の生徒と、また喧嘩したんでしょ」

そう言って樱花ちゃんは自分の口の端を指差した。
倣って俺も自分の口の端を触ると、あぁ、切れてるね、痛い。

「今回の原因は何?」
「なにって…あっちが喧嘩ふっかけてきたんだよぉ。だから、蹴散らしただけ」
「その原因を聞いてるの。…天佑、自分から手、絶対出さないから、何かあるんでしょ」
「…さぁね、知らなぁい」
「知らないで喧嘩したの?」
「うん、そう」
「呆れた…」

樱花ちゃんがため息をつく。

「…ねぇ、天佑」
「ん〜?」
「もしかして…それが理由?」
「何のぉ?」
「…私と、余り接さなくなった、理由」

この言葉で、俺はどこの記憶を辿っているのか、理解出来た。
これは1年の時だ。
俺達は小学校から一緒で、高校も同じ所に進学。
けど、小中と違って、育った場所が違う奴らが集ってくる高校では、俺の敵が一気に増えたんだよね。
横浜流氓を目の敵にしてる奴ら、その流氓の息子を倒して名を上げようとする奴ら。
それは他校にも。
ずっと一緒に居る樱花ちゃんも、そのターゲットになったと聞いたのは、入学式の前日。
だから俺は、入学式から距離を置いたんだったっけ。

「…さぁね、どうだろうね〜」
「自分の事なのにどうだろうって…。まぁ、良いわ」
「え〜、良いの?」
「何となくだけど、解ったから」

よっ。と勢いを付けて樱花ちゃんが立ち上がった。
そして座る俺の前に立った。

「そんなの、気にしなくて良いのに」
「…そうもいかないよ」

俺はマフィアの息子、君は薬局の娘。
俺はグレーゾーンの淀みで生きる人間、君は明るい世界で生きる人。
俺は影の所で生きてて、君は光の中で生きてる。
世界が違うよ。
たとえ親同士に接点があったって、それは変えられない。

「昔から、喧嘩は強いけど好きじゃなかったもんね」
「そんなことないよ〜」
「ウソだ。天佑は、喧嘩なんかより、こうやって空を見上げて、のんびりしてる方が好きでしょ」

そう言って樱花ちゃんは上を見上げた。
そこにはさっき俺が見上げていた空と雲。
長閑な空気が俺達を包む。
…本当に、樱花ちゃんには、誤魔化しが効かないなぁ…。
ふわりと風が吹く。
校則通りのスカートを履いた樱花ちゃんの丈が揺れた。

「天佑は放っておくと、直ぐ自分を後回しにするからな〜」
「後回しぃ?」
「そうよ。自覚無いみたいだけど」
「…そうかな〜?」
「ほら、やっぱり自覚が無い。だから、私が毎回、直接言いに来てるのよ」

そう言って樱花ちゃんは笑った。


いつもそうだ。
俺が下に、暗い方に、闇に沈もうとすると。
上に、明るい方に、光へと引っ張り上げてくれるんだ。
彼女には自覚は無いだろうけど、記憶の中には、こうやって助けて貰った瞬間が俺の中に多く遺っている。


「…授業抜け出してまで来ることじゃないじゃん」
「それは別件。天佑の担任に、教室連れてくるように頼まれたの」
「なぁんだ。じゃあ行かない」
「駄目。テストの点が良くても、出席率良くないと留年だよ」

ほら立って。樱花ちゃんが俺の腕を引っ張る。

「行きたくないなぁ〜」
「私も授業があるんだから、行って貰わないと困るよ」

そう言えば最近も、こんなこと言われたなぁ…。
樱花ちゃんはこの頃から…なぁんにも、変わってないなぁ。
…俺の想いも、なぁんにも、変わらないなぁ。












記憶が突然途切れ、瞼を開いた。
俺はさっき居た、真っ暗な部屋に、縛られたまま倒れてた。
あぁ、意識飛んじゃってたのかぁ…。
今…何時だろ…。

重い扉が開く音が聞こえた。
開いた隙間から、光が差し込む。

「…馬渕」
「よぉ、起きたか」

馬渕は俺の元まで歩いてくると、俺の髪を掴んで引き上げた。

「イ…ッ」
「お前に朗報だ」
「朗報…?」
「嬢ちゃんが来たぞ、慶錦飯店の入口にいる」
「…!?」

樱花ちゃん…どうして…。

「お仲間を連れて来ているらしが…そんなの俺の手にかかりゃ、あっという間にあの世だ」
「…よせよ、馬渕…」
「嬢ちゃんの死に様をお前に見せるか…お前の生首を嬢ちゃんに見せるか…どっちにしても、楽しみだぜ」

髪を掴んでた手が離され、俺は力が入らず床に崩れ落ちた。
高笑いをしながら、馬渕が部屋から出て行った。


…どうして…来ちゃったの…。



※※



「はっ!」

待ち伏せしていた横浜流氓の戦闘員を蹴りで蹴散らし、地面に着地した。

「お〜…強ぇ…」

後ろで見てた一番君が私にそう言う。

「連れて来て正解でしょ?」
「あぁ、まぁ…」
「…?歯切れが悪いね?」
「だってよ…趙には口止めされてっから、連れて来て良かったのかなって思っちまってよ」
「…この状況で趙の言う事なんて聞いてる場合じゃないわよ」

あいつの首が危うって言うのに、呑気に待ってなんかいられない。
私は慶錦飯店の看板がかかる門を見上げた。

「…入りましょう、皆さん」

私の言葉に一番君がドアを開いた。
その先には支配人が既に立っていた。
一番君が前に立ち、支配人と向き合った。

「お待ちしておりました。慶錦飯店へようこそ。ボスから皆様を丁重にもてなすよう、申し付かっております」
「そのボスってのは馬渕のことだよな?じゃあ、前のボスは要らねぇだろ?さっさと趙をここに連れて来てくれよ」
「…それは出来かねます」
「そうかい、サービス悪い店だな。なら、俺らで趙を探して、連れて帰るまでだ。通させて貰うぜ」
「…それも出来かねます」
「なんだと」

支配人が数回、手を鳴らす。
その合図で店内から流氓の戦闘員が出てきた。

「……チッ。おい、来るぞ。気を付けろ」
「それから…先程、賞金が引きあがった方がいらっしゃいます…チエン・インフゥア様」
「…私?」
「ボスは貴方に10臆の賞金をかけました」
「10臆!?」

一番君の驚きの声と共に皆が私の方を向く。

「どうして樱花ちゃんだけ…?」
「わ、分かりません…」
「なぁにを企んでやがんだ…馬渕の野郎…」
「皆さん、話は後です。来ますよ」

足立さんの質問に答える前に、ジュンギさんはファイティングポーズを崩さず、私達に声をかけた。
その声を合図に皆改めて前を向く。

「賞金首御一行のご来店だ。当店自慢のフルコースで……おもてなししてやれ!」



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