青空だ。
雲がプカプカ、流れてる…。
さっきまで慶錦飯店の窓の無い部屋に居たのに…。
俺は今、雲がプカプカと浮かぶ、空を見上げ寝転んでいる。
ふと、俺に影が差した。
「天佑」
俺の視界に姿を現したのは、高校の制服に身を包んだ、高校生の樱花ちゃんだった。
…あぁ、これ、俺の記憶か。
そんなことをぼんやりと思っていると、もう1度、天佑!と呼ばれた。
「…なぁに」
「何、じゃないわよ!今授業中でしょ、また屋上でサボって…」
「君だってそうじゃない」
「私は許可を貰って教室出てます」
「俺に用?」
「そう、用があるの」
隣にドカリと座った樱花ちゃんと向き合う為に起き上がった。
「それでぇ、何?」
「…他校の生徒と、また喧嘩したんでしょ」
そう言って樱花ちゃんは自分の口の端を指差した。
倣って俺も自分の口の端を触ると、あぁ、切れてるね、痛い。
「今回の原因は何?」
「なにって…あっちが喧嘩ふっかけてきたんだよぉ。だから、蹴散らしただけ」
「その原因を聞いてるの。…天佑、自分から手、絶対出さないから、何かあるんでしょ」
「…さぁね、知らなぁい」
「知らないで喧嘩したの?」
「うん、そう」
「呆れた…」
樱花ちゃんがため息をつく。
「…ねぇ、天佑」
「ん〜?」
「もしかして…それが理由?」
「何のぉ?」
「…私と、余り接さなくなった、理由」
この言葉で、俺はどこの記憶を辿っているのか、理解出来た。
これは1年の時だ。
俺達は小学校から一緒で、高校も同じ所に進学。
けど、小中と違って、育った場所が違う奴らが集ってくる高校では、俺の敵が一気に増えたんだよね。
横浜流氓を目の敵にしてる奴ら、その流氓の息子を倒して名を上げようとする奴ら。
それは他校にも。
ずっと一緒に居る樱花ちゃんも、そのターゲットになったと聞いたのは、入学式の前日。
だから俺は、入学式から距離を置いたんだったっけ。
「…さぁね、どうだろうね〜」
「自分の事なのにどうだろうって…。まぁ、良いわ」
「え〜、良いの?」
「何となくだけど、解ったから」
よっ。と勢いを付けて樱花ちゃんが立ち上がった。
そして座る俺の前に立った。
「そんなの、気にしなくて良いのに」
「…そうもいかないよ」
俺はマフィアの息子、君は薬局の娘。
俺はグレーゾーンの淀みで生きる人間、君は明るい世界で生きる人。
俺は影の所で生きてて、君は光の中で生きてる。
世界が違うよ。
たとえ親同士に接点があったって、それは変えられない。
「昔から、喧嘩は強いけど好きじゃなかったもんね」
「そんなことないよ〜」
「ウソだ。天佑は、喧嘩なんかより、こうやって空を見上げて、のんびりしてる方が好きでしょ」
そう言って樱花ちゃんは上を見上げた。
そこにはさっき俺が見上げていた空と雲。
長閑な空気が俺達を包む。
…本当に、樱花ちゃんには、誤魔化しが効かないなぁ…。
ふわりと風が吹く。
校則通りのスカートを履いた樱花ちゃんの丈が揺れた。
「天佑は放っておくと、直ぐ自分を後回しにするからな〜」
「後回しぃ?」
「そうよ。自覚無いみたいだけど」
「…そうかな〜?」
「ほら、やっぱり自覚が無い。だから、私が毎回、直接言いに来てるのよ」
そう言って樱花ちゃんは笑った。
いつもそうだ。
俺が下に、暗い方に、闇に沈もうとすると。
上に、明るい方に、光へと引っ張り上げてくれるんだ。
彼女には自覚は無いだろうけど、記憶の中には、こうやって助けて貰った瞬間が俺の中に多く遺っている。
「…授業抜け出してまで来ることじゃないじゃん」
「それは別件。天佑の担任に、教室連れてくるように頼まれたの」
「なぁんだ。じゃあ行かない」
「駄目。テストの点が良くても、出席率良くないと留年だよ」
ほら立って。樱花ちゃんが俺の腕を引っ張る。
「行きたくないなぁ〜」
「私も授業があるんだから、行って貰わないと困るよ」
そう言えば最近も、こんなこと言われたなぁ…。
樱花ちゃんはこの頃から…なぁんにも、変わってないなぁ。
…俺の想いも、なぁんにも、変わらないなぁ。
記憶が突然途切れ、瞼を開いた。
俺はさっき居た、真っ暗な部屋に、縛られたまま倒れてた。
あぁ、意識飛んじゃってたのかぁ…。
今…何時だろ…。
重い扉が開く音が聞こえた。
開いた隙間から、光が差し込む。
「…馬渕」
「よぉ、起きたか」
馬渕は俺の元まで歩いてくると、俺の髪を掴んで引き上げた。
「イ…ッ」
「お前に朗報だ」
「朗報…?」
「嬢ちゃんが来たぞ、慶錦飯店の入口にいる」
「…!?」
樱花ちゃん…どうして…。
「お仲間を連れて来ているらしが…そんなの俺の手にかかりゃ、あっという間にあの世だ」
「…よせよ、馬渕…」
「嬢ちゃんの死に様をお前に見せるか…お前の生首を嬢ちゃんに見せるか…どっちにしても、楽しみだぜ」
髪を掴んでた手が離され、俺は力が入らず床に崩れ落ちた。
高笑いをしながら、馬渕が部屋から出て行った。
…どうして…来ちゃったの…。
※※
「はっ!」
待ち伏せしていた横浜流氓の戦闘員を蹴りで蹴散らし、地面に着地した。
「お〜…強ぇ…」
後ろで見てた一番君が私にそう言う。
「連れて来て正解でしょ?」
「あぁ、まぁ…」
「…?歯切れが悪いね?」
「だってよ…趙には口止めされてっから、連れて来て良かったのかなって思っちまってよ」
「…この状況で趙の言う事なんて聞いてる場合じゃないわよ」
あいつの首が危うって言うのに、呑気に待ってなんかいられない。
私は慶錦飯店の看板がかかる門を見上げた。
「…入りましょう、皆さん」
私の言葉に一番君がドアを開いた。
その先には支配人が既に立っていた。
一番君が前に立ち、支配人と向き合った。
「お待ちしておりました。慶錦飯店へようこそ。ボスから皆様を丁重にもてなすよう、申し付かっております」
「そのボスってのは馬渕のことだよな?じゃあ、前のボスは要らねぇだろ?さっさと趙をここに連れて来てくれよ」
「…それは出来かねます」
「そうかい、サービス悪い店だな。なら、俺らで趙を探して、連れて帰るまでだ。通させて貰うぜ」
「…それも出来かねます」
「なんだと」
支配人が数回、手を鳴らす。
その合図で店内から流氓の戦闘員が出てきた。
「……チッ。おい、来るぞ。気を付けろ」
「それから…先程、賞金が引きあがった方がいらっしゃいます…チエン・インフゥア様」
「…私?」
「ボスは貴方に10臆の賞金をかけました」
「10臆!?」
一番君の驚きの声と共に皆が私の方を向く。
「どうして樱花ちゃんだけ…?」
「わ、分かりません…」
「なぁにを企んでやがんだ…馬渕の野郎…」
「皆さん、話は後です。来ますよ」
足立さんの質問に答える前に、ジュンギさんはファイティングポーズを崩さず、私達に声をかけた。
その声を合図に皆改めて前を向く。
「賞金首御一行のご来店だ。当店自慢のフルコースで……おもてなししてやれ!」
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