「星野さん。僕、お父さんになるんです」
流氓とのいざこざで負った傷を縫合していた漢方薬局の店主が、突然俺にそう言った。
「…なんでぇ、女孕ませたのか」
「いやぁ、それが。僕の子じゃ無いんです」
「あ?」
何だ、そりゃ。
「身籠った方を伴侶に迎えることにしたんです」
「てめぇの子じゃねぇのに養うってのか」
つくづく、こいつはお人好しだ。
「まぁ、結論から言うとそうなりますね」
人当たりの良さそうな顔で笑いながら、俺の傷に包帯を巻いていく。
「実は、今月生まれるんです。星野さん、生まれたら抱っこして下さいね」
「あ?何でだ」
「これから星野さんにお世話になるかもしれないからですよ」
「どんな理屈だ」
※※
漢方薬局の店主は、本当に赤子を星龍会に連れてきた。
しかも、伴侶になった女と共に。
「女の子なんです」
そう言って店主は、赤子を俺に差し出してくる。
「俺ぁ、抱き上げるなんて言ってねぇぞ」
「まぁまぁそう言わずに。ほら、可愛いでしょ?」
こいつはどうも、優しい口調の割に、断れない様な雰囲気を出す時がある。
今がそうだ。
丸め込まれている気がしねぇでもないが、渋々受け取った。
赤子は大きな瞳でジッと俺を視る。
母親似だな。
店主の後ろに、しとやかに立っている女に良く似ている。
「インフゥアと名付けました」
「…呼びづれぇな」
「そうですか?」
「あぁ」
「ん〜…。じゃあ、樱花はどうですか?」
「名前を2つ、つけんのか」
「いいえ。この子の名前を日本語読みにしたんです。これなら呼びやすい」
「俺ぁ呼ばねぇぞ。嬢ちゃんで十分だ」
「あ、笑った。インフゥアも気に入った?」
俺の腕の中に居た赤子は、大きな瞳を細めて、はしゃぐように笑ってる。
「インフゥアも星野さんに名前で呼ばれたいよねぇ」
「まだ言葉も分かんねぇガキだろ」
※※
「星野のカシラ、次はどこに行きやしょ」
「ミカジメ回収出来てねぇトコあっただろ。そこに行け」
「へぃ!」
運転している若い衆は返事をすると、乗っている車を転がし始めた。
異人町の景色は昔から少しずつ、変わっていっている。
でも、本質はなんも変わんねぇ。
ここは、訳アリの奴が流れ着いてくる場所だ。
車が信号で止まった。
窓には小さな公園が見える。
そこに見覚えのあるガキが居た。
漢方薬局の嬢ちゃんか。
嬢ちゃんは砂場に居る別のガキに話かけている。
ありゃ、流氓んとこのガキじゃねぇか。
確か、総帥の倅か。
嬢ちゃんは砂場に造られた城を指差して話かけている。
倅は少し照れたような顔をしてやがる。
何だ、あの城は倅が造ったのか。
嬢ちゃんが目を輝かせ、倅に色々と話しかけている。
そして嬢ちゃんが倅の手を取って、遊具に向かって歩いていった。
そこで車が走り始めた。
そういや、流氓んとこの倅は、随分内気だって聞いたな。
嬢ちゃんは漢方薬局の看板娘らしく、人見知りなんてしねぇからな。
「…お似合いじゃねぇか」
※※
「会長、この後は?」
運転席にいる組員が、バックミラー越しに聞いてくる。
「…そうだな」
時間も遅ぇし、本部に戻ろうか。
そう考えた時、歩いている学生服の男女に目が止まった。
「おい、ちょっと車、止めてくれ」
「へ、へい」
指示した通り、組員は車を路肩に停める。
窓を開けると、丁度後ろから2人が歩いて来た。
「買い食いか?」
中華まん片手に歩いていた嬢ちゃんに声をかけると、驚いた顔で俺を見た。
「ふぁ、ふぁいちょう!」
「…口に食いもん入れて喋るんじゃねぇよ」
年頃の女が何てザマだ。
慌てて咀嚼した嬢ちゃんが、会長、こんにちは!と改めて俺に挨拶をしてくる。
「どうされたんですか?」
「嬢ちゃんが見えたんでぇ、声かけただけだ」
「そうですか」
食いかけの中華まん片手に、嬢ちゃんがニコニコと愛想よく笑う。
その後ろには俺を睨む男。
「…あ、天佑…」
ハッと気が付いた嬢ちゃんが気まずそうに後ろを振り返る。
「…別に良いよぉ」
「漢方薬局のお得意さんだから…」
「知ってる〜」
独特な、間延びした語尾で喋る、流氓の倅。
その俺を見る瞳は眼光鋭く、流石マフィアの倅だ。
「おめぇら、いつも一緒なのか?」
「え?」
「俺がおめぇらを見る時は、いつも一緒だ」
「う〜ん…、幼馴染ですから」
ね?と振り返った嬢ちゃんが、流氓の倅に同意を求めた。
「まぁ…ね」
「あ。そういえば会長。父が早く薬局に来て下さいって言ってましたよ。予約、すっぽかしましたね」
嬢ちゃんは目を細めてジッと俺を見る。
こいつ、父親に似てきたな。
「今度連絡する」
「今日して下さい。何ならこの足で薬局寄って頂いても構いませんよ」
話を終わらせようとする俺に食い下がってくる嬢ちゃんの後ろの、倅に目が行った。
その表情は、まるで納得していないような顔だ。
…もしかしてこいつ、嬢ちゃんに惚れてんのか?
※※
「ねぇ、会長」
「何でぇ」
「俺がぁ、樱花ちゃんをお嫁にしたいって言ったら、どう思います?」
年に1度、三すくみの集まりの場。
ソンヒがまだ来てねぇから、ここには俺と趙の2人だけだ。
「…一緒になんのか」
「ん〜…。樱花ちゃんはまだやりたいことがあるみたい、なんですよねぇ」
「何でぇ、そのやりたいことってのは」
「漢方薬局の店主とかぁ、薬学の勉強とか?」
「それと結婚と、何の関係があんだ」
「やっぱぁ、お嫁に来ると、不自由することが多いじゃないですか。あ、俺は家事、一緒にやりますけどね」
「…まぁ、ガキが出来りゃそうなるだろうな」
「俺が変わってあげられる部分と、そうじゃない部分ってどうしてもあるから。だからぁ、樱花ちゃんが良ければ、いつでもお嫁においでって言ってます」
「随分呑気じゃねぇか」
嬢ちゃんは気立てが良い分、好意を抱かれやすい。
俺んとこの高部も気に入ってるしな。
未だに独身なのが不思議なくれぇだ。
「俺は樱花ちゃんの気持ちを、大事にしたいんです」
のらりくらりと、どこか掴めねぇ趙だが、嬢ちゃんへの気持ちは本気みてぇだ。
じゃなきゃ。
「…ずっと待ってんのか。嬢ちゃんの気持ちってやつを」
俺がそう返すと、趙は少し驚いたような顔を見せた。
「すっごい、会長。今ので分かっちゃたの?」
「そういうことじゃねぇのか」
「…うん、そういうことなんです」
目元を綻ばせ、趙が笑う。
その顔は昔、公園の砂場で嬢ちゃんに話かけられた時に見たような表情だった。
「俺ぁ別に反対はしねぇよ」
「それは心強い」
「問題はソンヒの方じゃねぇのか」
「そうなんですよね〜」
こいつの恋路は、多難だな。
※※
「…嬢ちゃんも大きくなったな」
そう言ってやれば、隣に座る嬢ちゃんはきょとりとした顔で俺を見た。
少し前に、俺が腕に抱いた赤子かと思ってたが、こんなに大きくなっちまったんだな…。
この異人町で生まれ、育ち、生きている。
グレーゾーンの世界の中、擦れることも無く、俺達にいつも健康を与えてくれる。
漢方薬局の店主として、嬢ちゃんは立派にやってっている。
ガキの頃から成長を見てきた分、複雑な気分だ。
これは一種の、親心ってやつかぁ…。
趙と嬢ちゃんを真っすぐに見た。
この2人も、離れることはあったが、支え合って生きている。
互いが無いモン持ってる分、一緒に居ることぁ自然なことだ。
全く、昔も今も、良くお似合いな2人だ。
「ったく。…まぁ、長生きはしねぇとな」
俺ぁ、こいつらのガキも、抱き上げてやりてぇなんて、思っちまったんだ。
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