管理人の息抜き短編:4

横浜流氓の拠点、慶錦飯店に呼び出しされたのは明け方近く。
突然何だと思い、内容を聞くと。
総帥が怪我をしたとのこと。
程度を聞かされていないので、外傷用のキットは一通り持ってきたけど。

「大丈夫かな…」

仰々しい門を見上げ、1人ごちた。



※※



「お嬢、こちらです」
「…お嬢呼び、止めて貰って良いですか…」

流氓の方の案内で階段を上がれば、趙の私室ドアまで案内された。
中からは女性の声が数人分聞こえてくる。
流氓の方がドアを開けて。
その光景に固まった。


趙の私室の1つは兎に角派手だ。
VIPを持て成す部屋のデザインが、そのまま反映されている。
ホテルのスウィートルーム並みに広い室内、それに見合ったテーブルや椅子、バーカウンター、そして何より目に入るのは、壁際に置かれた大きなベット。
そこに趙の姿と、声の主である女性達の姿。
その姿に私は驚いた。

皆揃って、肌色が多いのだ。
趙は上半身裸、女性達は下着同然の格好。
お酒片手に、ベットの上で談笑している最中だ。
これ絶対、タイミング悪いでしょ。


「あ、あの…。出直した方が良いんじゃ…」

ベットから目を逸らして、流氓の方に小声で聞いてみる。

「いえ、お入り下さい、お嬢」
「ここにですか…?」

流石の私も躊躇いますよ!?

「あ〜、来た来た。俺の未来のお嫁さん来たからぁ、皆帰って」

何て紹介の仕方してるのよ。

趙の言葉を聞いた女性達は一斉に私を見る。
…何か、視線か痛いな。
ゆっくりとした動作でベットから立ち上がった下着同然の女性達は、私が立っているドアまで歩いてくる。
その目は、私を品定めしているように動く。

「…あんた、漢方薬局の娘?」

女性の1人が、ぶっきらぼうな態度で私に聞いた。

「…はい、」
「総帥に色目使ったら…どうなるか分かってるわよね」

…何で私、脅されてるんだろ。

「使わないんで…」
「ちょっと、止めた方が良いって」

別の女性が止めに入る。

「…おい」

趙の低い声が室内に響いた。

「俺ぇ…出てけって…言ったよね?」

ベットの上で胡坐をかいた趙の鋭い視線が、女性達に向けられた。
途端に怯えた様子で、逃げる様に部屋を後にしていった。

「樱花ちゃん」

にこりと微笑んだ趙が、いつものトーンで私を呼ぶ。
そして、こっち。と私を手招いた。

「ごめんねぇ、こんな明け方に呼び出しちゃって」
「それは良いんだけど…良かったの?」
「何がぁ?」
「いや、だって…」

何て表現して良いのか分からず、私は視線をドアに向けた。

「あ〜。あの娘達?気にしなくて良いよぉ。俺、樱花ちゃん一筋だから」
「…発言と現状が一致してないけど」
「え〜?じゃあ…行動で示そうか?」

あ、この話、長引かせると面倒になる。
そう直感して、私は肩にかけていた医療バッグをベットの上に置いた。

「で、どこ怪我したの?」

私から見える部分には大きな傷は無かった。

「その前にぃ、行動で俺の本気を…」
「示さなくて良いから、怪我の程度を教えて」

医者として圧をかけると、趙も諦めた。

「それが、背中切られちゃって」

そう言いながら趙は背中を向ける。
そこには左の肩甲骨辺りに、大きなガーゼが当てられてた。
そのガーゼの大きさに絶句する。

「え…え!?」
「結構切られちゃんだよね〜」

これ、緊急度高い傷!

「何呑気に女性とお酒呑んでるのよ!」
「樱花ちゃん来るまで暇だったし〜、何かあの娘達来ちゃったから」

来ちゃったって、帰しなさいよ。

「取り敢えず、ガーゼ、剥がすよ」

傷に触れないようにそっとガーゼを外すと、結構な傷が現れた。
傷自体は浅く、出血も少ないけど、それにしても…。

「…痛くない?」

素朴な疑問を投げかける。

「イタイ、超イタイ」
「…だよね」

涼しい顔してるから、思わず聞いちゃったよ。

「まずは麻酔ね。局部麻酔しか用意してないから」

確実に縫合が必要なものだ。
何針縫うかな…。

「出来るだけ痛くしないでねぇ」
「…それは難しい注文です」

病院程の設備は持ち歩けない。
今あるのは、傷を縫って消毒する位の処置道具だ。
肩甲骨を中心に麻酔を打って、効いてくるまでに縫合道具を用意する。

「何をしたらこんな怪我するの…」
「それがぁ、貿易公司の経営邪魔する奴ら潰そうとしたら、返り討ちにあっちゃった」

道歩いてたら、猫にあっちゃった。みたいなノリで言わないで欲しい。

「…ねぇ、趙」
「なぁに?」
「何で切られたの?」

良く見ると、スッパリとじゃなくギザギザとした切り傷だ。
刃物でこんな傷、つくかな…。

「確かぁ、鋸?」
「ノ、ノコギリ!?」
「うん、何かそんな感じのやつ」

思わず想像しちゃって、小さく身震いが起こった。
怖い怖い。

「そろそろ効いてきたかな」

局部麻酔を打った辺りを軽く触れてみる。

「感触ある?」
「無いねぇ」
「ん。じゃあ縫ってくね」

傷口とその周りをしっかり消毒して、縫合を始めた。

「…あ、お酒はダメ」

持っていたグラスを傾けようとした趙に注意する。
麻酔打ったんだから、アルコールの接種は危険だ。

「え〜…」
「これ以上お酒呑んだから、麻酔の効き目が変わっちゃうよ」

痛くなりたいの?と縫いながら注意すると、大人しくグラスを置いた。

「傷自体は浅いから、痕は残らないと思うけど…」
「別に残っても良いよ」
「…そう?」

結構気にする人、多いけど。

「樱花ちゃんを抱いた時ぃ、思い出してくれるんでしょ?これ、私が縫ったな〜って」
「…なんで君に抱かれる前提なの…」

私が来るまでに大分呑んだな、これは。

「お酒も女性も程々にね」
「え〜?お酒は兎も角、俺ぇ、女は樱花ちゃん一筋…」
「はいはい」

さっき下着同然の女性達に囲まれてた男が、何言ってるんだか。

「ジュンギさんも言ってたよ。趙総帥は女遊びがお好きですね。って」
「…ジュンギぃ?」
「最近、コミジュルに来た人。ほら、シルバーアッシュの髪色の…」
「あぁ、あの人ね。…もう名前で呼んでんの?」
「うん」

少し前にコミジュルにやって来て、ソンヒさんから治療を託されたジュンギさん。
傷もすっかり良くなって、コミュニケーションも取れるまで回復した。
最近はソンヒさんと行動を共にして、仕事もどんどん覚えているようだ。

「短い時間でぇ、随分親しくなったんだねぇ…」
「…言い方に棘を感じるんだけど…」

何だ、突然。

「君はぁ、パーソナルスペースが狭すぎるんだよ…。もっと警戒心を持たないと…」
「警戒って…ソンヒさんの部下だよ?」
「樱花ちゃん、俺、流氓の総帥」
「…あぁ…」

三竦みの内情知り過ぎて、一瞬忘れてた。

「お言葉ですが総帥、私は絶対的平等を掲げる漢方薬局の主人です」

嫌味を込めて言うと、趙はむぅ…。と唸って黙った。

「…はい、縫合終わったよ」

縫合の糸を縛って、鋏で切る。
新しいガーゼで傷口を覆って、テープでしっかり留めた。

「暫くは湯舟に入らないようにね。傷口は1日1回消毒。消毒液と飲み薬を置いてくから」
「面倒だなぁ〜」
「傷を早く完治させたかったら、忘れないことね」

道具を仕舞いながらしっかり釘をさしておく。
こうしないと趙、忘れるからなぁ…。

「樱花ちゃん」
「ん?」
「ありがとね。こんな朝早くから」
「良いよ。この為に私が居るんだから」

道具を仕舞い終わり、医療バッグを肩にかけた。

「今日はしっかり安静にしててね」
「言われなくても…痛くて動きたくないよぉ」
「でしょうね」

ベットにゆっくり横になった趙は、ふぅ。と息をついて目を閉じる。
直ぐに寝息が聞こえてきた。

「…もう寝たの?」

もしかして、凄い眠かったのかな。
怪我で体力も消耗していたのだろう。
私はベットの端に追いやられた派手な柄の薄かけを手繰り、趙の身体にそっとかけた。

「じゃあね、趙総帥」

小声で眠る趙に声をかけ、彼の私室を後にした。



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