私はそれを幸福と呼ぶ



視界が柔らかなオレンジに包まれる。
まぶしい、そう思って目を開けると窓から差し込んできた光が部屋を夕焼け色に染めていた。確かさっきはまだ薄く青だったはず、二人して寝てしまったのか。隣を見ると、閉じられていた瞼がそっとひらいて、ぱちりと目が合った。

『んんっ……、おはよぉ、名前ちゃん』
「おはよ、だいごくん」

寝起きでちょっとかすれた低い声、ぼさっとした髪、緩みきった顔。世界でいちばん大好きな人。まだ起ききっていない彼は、手を私の方まで伸ばすとそっと頬に触れた。

『名前ちゃんやぁ』
「んー?」
『かわいいなぁおもて』
「もう、いつまで寝ぼけてるの」

照れ隠しにむにっと大吾くんの頬をつねってから起き上がる。布団から出てしまうとやはり寒く、ひとまず何か着よう、それから暖房をとベッドから降りようとしたら引き戻された。

『どこいくん?』
「服着たりとか。あと暖房、夜になって冷える前に」
『今やなくてええやんかぁ』

すっぽりと戻された腕の中、触れた肌はあたたかくて心地いい。一日中触れ合っていたのに、まだ触れたりないと思うのは何故だろう。

『まだここにおって?』
「どうしようかなぁ」
『なーあ、お願い』

離れるつもりなんかないけれど、少しだけ焦らしてみる。おねがい、そう言ってきゅるんとした目で私を見る大吾くん。小動物…チワワかな、そんな風に見える。飼い主に置いていかれそうな、そんな顔されてここから出られる私ではない。

「しょうがないなぁ」
『名前ちゃんだいすきー』
「はいはい、私も好きだよ」

サラサラの髪を梳くように撫でるのは、いつもの大吾くんの真似。形のいいまるっこい頭にオレンジが反射して、明るく染めたみたいな色。次は何色に染めるんだろうな、気になる。あ、ここ寝癖。

普段は手入れされたスーツに整えられた髪でスマートに仕事をしてるというのに、こんなふにゃふにゃになるなんて、誰が想像できるんだろう。誰にも見せてあげないけれど。

「……、ねえ、なんか当たってるんだけど」
『ん〜?』
「ん〜?じゃなーくて」
『さっき名前ちゃんが出ようとした時見えたんやもん』

ここ、と布団の中で伸ばされた手は的確に膨らみに触れる。けれどその動きはどちらかといえば触り心地がいいから、というような、ぬいぐるみでも触るような柔らかな動き。けれど太ももに当たる熱は、さっきまで何度も愛された後だと思えないくらいだ。

「こーら」
『ええやんかぁ、名前ちゃんの触ってたくなるしぃ』
「……いいけどさ」
『ふふ、言質とったでぇ』

のんびりした口調に合わせるように、大吾くんの手は私の胸元をゆっくりと触れていく。緩やかに形を変えるそれ、自分で触ったところで脂肪の塊だなぁと思うだけなのに、大吾くんはよく飽きないなぁと思う。……飽きられたらそれはちょっと嫌だけど。

「好きだねえ、触るの」
『そらそうやぁ、好きな子の触るん楽しいに決まっとるやん。今のうちに触り溜めしとかんと』
「……そう、ね」

横目で見る部屋の中、いらないものを捨てたり実家に送りつけたりと少しずつものが減っている。4月からは簡単に会うことも触れることもできなくなると思うと……いや、でもな。

『てなわけで、もっかいしよな』
「……どういうわけかわからないんだけど」
『大丈夫、明日もおやすみやから』
「ねーえ、だいごくーん」
『名前ちゃんとたくさん繋がっとりたいって思ってんけど。
 ……あかん?』
「……あかんく、ない」

ダメです、なんて言えるわけない。私だって、同じだから。



「……うごかないの?」
『たまにはええやろ?』

大吾くんは私に覆い被さったまま、口づけを繰り返すばかり。流石にお疲れかな、そもそも昨日家に来たのだって残業済ませてからだったし。

啄むようなキスを返しながら、より密着するように大吾くんの背中に手を回した。

『ずっとこうしてたいわぁ、』
「……わたしも」
『こーしてると、名前ちゃんのナカ、よぉわかるな』

大吾くんのカタチにぴったりくっつくそこを、ゆっくりと一往復される。薄いとはいえ隔たりだってあるのに、熱も、大きさも、凹凸さえはっきりわかるような気がする。

『なぁ、これどう』

少しだけ離れる肌を名残惜しく思っていると、お腹に当てられた掌。肌を滑るそれはおへその下、ちょうど繋がっているあたりに触れ、軽く押された。

「〜っ!」
『あ、締まった、きもち?』

じわじわとした気持ちよさが全身に広がる。数時間前までの強い快感とは別の、少し焦ったいような、でももっと欲しいと思わされる感覚。私の表情を読んだ大吾くんは、マッサージでもするかのようにさすったり、指先一本で押してみたりと楽しんでいる。その度に違う刺激が加わって、じわじわと快楽が積み重なっていく。これも気持ちいい、けれど。

「大吾くんっ……、ねえ、」
『ん〜?どうしたん?』
「……もっと、ねえ、大吾くんが欲しいの」

身体全部で、感じさせて?





後処理を終えて戻ってきた大吾くんをぎゅっと抱きしめる。疲れてそうだな、と思ったのに結局ねだってしまって、でも答えてくれるものだからつい甘えてしまった。……離れるまでにあと何回こんな日があるだろうと思うと、つい。

『名前ちゃん?』
「ん、毎日おつかれさま」
『え〜ありがとうなぁ』

名前ちゃんもな、と頬を撫でられるけれど、大吾くんと比べたらまだまだだと思う。並べるようにと頑張ってはいるけれど。春からの異動は、そのための一歩、になる予定。

『名前ちゃんと離れるん寂しいわぁ』
「……ごめ、」
『謝らんでっていうたやん。会いにも行くし、ちゃあんと待っとるから。目一杯、がんばっといで?』
「うん」
『もうあかんなぁ、って思ったら、いつでも戻ってきてええんやからな。壊れるまで無理するもんやないから』

柔らかく髪を撫でながら、ぽつりぽつりと言葉を落とす大吾くん。新しい環境への不安やすぐに会えなくなる寂しさ、抱え込んでいた気持ちを見透かされたかのような言葉がじんわりしみる。

いつでも戻ってこられるところがある、そう思うだけでなんとか乗り越えられる、気がする、から。
大丈夫だよ、そういう代わりに口付けた。






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